EPISODE139:金が欲しいなら働け
どす黒い雷雲に覆われた岩山。そこにそびえ立つ機械仕掛けの古びた城。その内部にある会議室――。
入口には「関係者以外立入禁止!」と書かれたでかでかした貼り紙が貼られており、その周囲をサングラスをかけた黒いスーツの男たちが見張っていた。その会議室の中では円卓が並び、幹部の席である円卓の背後には社員たちの席があった――。
「――全員集まったようだな」
部屋全体を見渡し、幹部たちが全員集結したことを確認した黒髪の男が言う。この男はライトブルーの瞳をしており、服装は黒いスーツとその下にに黄色いシャツ。ズボンとブーツも黒。とにかく黒ずくめだ。更に黒いコートを椅子にかけていた。
「はい。――ですが、『クイーン』だけいない」
「本当に身勝手だな、あのクモ女め……。まあ、気にするほどのことではない。はじめるぞ」
幹部のひとりである『クイーン』という女に関して不満を述べつつも、黒ずくめの男・甲斐崎は会議の開始を宣言する。
ちなみに『クイーン』とは――女郎蜘蛛のシェイドである糸居まり子のことを示す。彼女は現在ある事情から東條健のアパートに居着き、彼と同居中だ。彼女は傲慢で残忍冷酷。誰にも従わない。自分が心を開けるような相手なら話は別、だが――。
「――で、社長。例の青年の件ですが、このまま放置なさるおつもりですか?」
「ああ。困ったことに、ヤツのもとにはよりによって白龍と『クイーン』がいる。二人ともかなりの強さだ。迂闊に手は出せない」
「ですが……だからといってこのまま攻めないつもりですか? あんな連中、我々が一気に畳み掛ければわけはないはずだ」
「私もヴォルフガングと同じ意見だ。――事実、私の部署はあの青年の手で大打撃を受けました。連中を侮ってはいけません。このままでは私の部署、いや、この会社そのものが滅ぼされかねない」
「そうだ。今は守るべきではない、攻めるべきです。全国各地から兵力をありったけかき集め一気に攻め落とす! たったそれだけのことじゃないですか」
「それに8年前の光魔大戦でエスパーの数は激減しています。まず東條健を全力で倒して、残ったエスパーも全力で叩き潰す。そうすれば、残るは戦う力を持たない一般市民だけです。となれば、我々が地上を征するのも時間の問題」
金髪をした軍服姿の屈強な男――ヴォルフガングと顔に包帯を巻きいくつもコートを重ね着した男――辰巳がそれぞれ意見を出す。
二人とも最初は人間を軽視していたが、健たちとの戦闘を重ね徐々に考えを改めてきた。そして甲斐崎にそろそろ本腰を入れるべきだともの申したのだ。とくに辰巳はそれが顕著だった。
「ふん。セミのようにやかましい奴らだ……」
まくし立てんばかりの勢いで意見を出した二人に辟易した様子で、甲斐崎が言った。兵力をかき集めようにも時間がかかる。そうしている間にこちらが攻められてしまえば元も子もない。
「ハッ! 愚かしい。さすが脳ミソまで筋肉で出来ている奴は考えが違うな」
ヴォルフガングと辰巳をメガネをかけた壮年の男性が嘲笑う。彼は牧師風の服装で、知的な雰囲気を漂わせていた。だが同時に陰湿さも感じさせる。
「社長が連中に手をお出しにならないのはまだ戦力に余裕があるからだ。それもこうやってのびのびと傍観できるくらいにな。お前たちが必死になるほど追い詰められてはおらぬ。そうとも知らずに騒ぎおってが」
「くっ……!」
嫌味たっぷりに牧師風の男性が語る。どこまでも人をバカにするような口調に苛立ったヴォルフガングと辰巳は表情を険しくし、握りしめた拳をぷるぷると震わせた。
「そこまでにしておけ、クラーク」
「ぬっ。社長……」
これ以上騒がれては面倒だ、と甲斐崎は牧師風の男性・クラークを止める。
「確かにクラークが言う通り、まだ我々には余裕がある」
「ふっふっふ。そうでしょう、そうでしょう……」
「だが辰巳たちが言うように、戦力を増強することにも精を出さねばな」
「な、なに!?」
甲斐崎の言葉を聞いたクラークが冷や汗をかく。「どういうことです!」とクラークは甲斐崎へ訊ねた。周囲はうろたえる彼を見て騒然とし、中にはクラークを見て笑うものもいた。
「こんなこともあろうかと強力な助っ人を呼んである」
「助っ人……ですか?」
きょとんとした顔でクラークが呟く。
「ああ。頭が良くて、思わずため息が出るような美人をな」
「ということは女性ですか?」
「ああ、そうだ」
その助っ人が女性であることを聞いた辰巳が顎に手を当てて考える。何か心当たりでもあるのだろうか。その横ではヴォルフガングも腕を組みながら考えをめぐらせていた。恐らく彼も辰巳と同じで思い当たる人物がいるのだと思われる。
「……『彼』ではないのですね。なら、『彼』は今どこに?」
「あいつならとっくに活動を開始しているさ。裏でいろいろ工作している頃だな」
「なるほど。そうでしたか。……ふんッ」
――その頃、世間は8月中旬・お盆休み。夏休み中ならいよいよ終盤に差し掛かり、社会人なら暑い中でゆっくりと休める夢のようなシーズンだ。家族連れが子供と一緒に実家へ帰省することが多い。この期間中に思う存分アニメを観たりゲームを遊んだりするものももちろん多い。
だが――この世を生きるすべての人間が盆休みを楽しめるわけではなかった。たとえば警察官はほぼ毎日、24時間ずっと仕事をしている。休みがもらえることは滅多にないことなのだ。
都内のとある銀行。とくに変わったこともなく、職員たちはいつもどおりお客様に応対し、客はのんびりと椅子に座ったりせわしく金の出し入れをしたりしていた。
だが突然――自動ドアの向こうから招かれざる客が二人やってきた。一見普通の若者に見えるが――どこか物騒で危険な臭いがする。片方は痩せていて、もう片方は太った巨漢だった。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
「おらっ! 強盗だ! 大人しくしろぃ!!」
「は、離してぇ!」
太っている方が女性客に銃を突き付け人質にする。突然の襲撃と暴漢に絡まれたせいか、女性客はひどく怯えていた。
「おい、返してほしけりゃ金を出せ。1分、いや30秒以内にな! でなきゃ女の命はないぜ!」
強盗のうち痩せた方がバカ笑いする。笑いすぎで顎が外れそうだ。だが、彼らの天下は長くは続かなかった。目にも留まらぬスピードで何者かが太った方(以下デブ)の横を突っ切ると、女性客の姿がいつの間にか消えていたではないか。予想外の出来事に、デブも痩せた方(以下チビ)も驚きうろたえた。
「ケガはないですか?」
「あ、ありがとうございます。あなたは……?」
「名乗るほどの者じゃありません。早くここから逃げてください!」
超スピードで駆け抜け女性客を救ったのは、髪を黄褐色に染めて紺色のポロシャツを着た若い男性だった。肌はほどよく焼けた小麦色で、細身ながらも鍛え上げられた筋肉がたくましい。
おまけに甘いマスク――。まるでヒーローのようだ。彼は女性を逃すと眉を吊り上げ、強盗二人をにらむ。
「お前ら……最近この辺の銀行や宝石店を荒らし回っている中丸兄弟だな?」
「あぁん!? それがどうしたんだ!!」
「お前たちを現行犯逮捕する!」
男は左手にメカニカルな外見のランスと、右手にバックラーを携えランスの穂先を強盗の中丸兄弟へと向けた。穂先ではバチバチと火花が走っていた。
何を隠そうこの男は――警視庁捜査一課の刑事にしてシェイド対策課のエース・不破ライである。彼はエスパーであり、超高速で走る能力と電気を操る能力を持つ。戦い慣れていることもあってその実力は本物だ。
以前人間に化けて『近江の矛』のリーダーとして大阪に潜入し、悪事を働いていた新藤ことバイキングラーケンにやられた傷もすっかり治り、現場へ復帰していた。
「うるせぇ! このままお縄になってたまるかよ! 行くぞ、弟よ!」
「おうよ、兄貴ィ! こんなやつブッ潰してやろうぜ!!」
そしてこの強盗二人は中丸兄弟。銀行や宝石店を中心に盗みを働いている荒くれ者だ。先に仕掛けてきたのは彼らだった。チビの兄は全身から電気を放ったかと思えば不破へ突撃し、不破を外へ突き飛ばす。あとを追うようにデブの弟が転がっていった。
「おいオッサン! ビビってんのか、え゛ェ!? おらおらぁ!!」
「うわっ! とっと……」
銀行の外にて不破と中丸兄弟は激しい戦いを繰り広げていた。不破へ電気をまとったパンチやキックをすばやく繰り出すチビの兄。だが不破はすべて右手のバックラーでガードしていた。この程度でやられるような彼ではない。
「ブッ潰してやる!」
そこへデブの弟がボディープレスを仕掛けてきた。すばやく身をかわし、不破はランスを叩きつけて反撃。だが攻撃を受けた瞬間にデブの弟は体を岩のようにいかつく、硬くして攻撃を弾いてしまった。
まるで堅牢強固な岩団子だ――。自爆して大爆発したり、水をかけられて致命的なダメージを受けたりしなければいいのだが。
「そんな攻撃効かねぇよ!」
「があっ!」
不破の攻撃を弾き返したデブの弟は不破につかみかかり、ぶん投げて地面に叩きつけた。見た目通りなかなかのパワーだ。さすがの不破もこれはかなり堪えたか、少しうめきながら立ち上がった。
「ゴロツキにしてはなかなかやるな。こりゃあリハビリの相手にするにはちょっとキツいか……?」
「なに寝ぼけたこと言ってやがる!」
チビ――というか痩せている兄が不破へ飛びかかる。そのうしろにはデブの弟が走りながら不破へ接近していた。波状攻撃だ。どちらかを先に止めなければやられる。
「……だが、そこまでだ! うりゃっ!」
「どおおおッ!?」
飛びかかってきたガリガリの兄をランスで突き飛ばし弟に叩きつける。更に怯んだところにジャンプして急降下しながらの突きを浴びせてぶっ飛ばす。
とてもこの前病院から出たばかりの病み上がりとは思えない、機敏で巧みな動きだ。中丸兄弟は二人とも不破のあまりの強さにおびえ、すっかり腰を抜かしてていた。
「な、なんだこのオッサン! 超つええ〜〜っ!」
「兄貴ィ! 俺たちなんでこんなヤツにケンカ売っちまったんだよぅ!!」
「し、知らねぇよおーーーーっ」
見るからにガリガリで脆そうな兄はともかく、体を岩のように硬くできる弟はかなり防御力が高い。だがそれを打ち破る方法が無いわけではない。
「お前ら、覚悟は良いか?」
ランスの穂先に電気を集中させ――エネルギーが最大限まで溜まった瞬間に突撃。前方に電気を帯びた衝撃波をまといながら突進し相手を貫き、爆砕する。
「サンダーストライクッ!」
中丸兄弟は断末魔の叫びを上げながら二人仲良く大爆発。真っ黒焦げかつボロボロになった状態でその場に転がったところに手錠をかけられそのまま逮捕されたのであった。病み上がりとはいえ不破にかかれば、このくらい朝飯前である。高給取りは伊達ではない。
今回から第8章です。
ここんとこハードというか、エロが無いあっつい展開が続いたので
今回はインターバルにしたいと思います。ひょっとしたらポロリもあるかも……。
では! 次回をお楽しみに