EPISODE132:社長へのみやげ
「むぅ……そう来るか。なかなか興味深いな」
その頃、雷雲に覆われたどこかの岩山にそびえ立つ古城――ヴァニティ・フェア本部。その玉座で頬杖を突き、何らかの書物を誰かが読んでいた。
ヴァニティ・フェアの『社長』である男――甲斐崎拓海だ。彼も他の幹部や構成員と同じくシェイドであるが、その正体は謎のベールに包まれている。彼の真の姿を知るものはほんの一握りしかいない。
「社長〜〜!」
そこに叫び声を上げながら新藤こと――バイキングラーケンが駆け込んできた。負傷した片腕には包帯が巻かれ、紫の血が少しだけ滲んでいる。
頭には同種族であるイカを愛好するあまり自作したイカの帽子を被っていた。銀ピカの三角帽なのでパーティーにも使えそうだ。イカにできてタコにはできない芸当である。
「新藤か。何の用だ? 途中経過ならこの前報告を受けたが……」
「そ、それが耳寄りな情報があるんスよ!」
「なに? どういうことだ、もっと近くに来い」
「ハイ〜っ」
甲斐崎に言われるまま新藤は彼に近づく。膝を突いて甲斐崎の耳元で東條健と交戦したことと、彼の武器を奪おうとしたが自分には重たすぎて使いこなせなかったことを伝えた。用件を確かに伝えた新藤は甲斐崎から少し離れ、そこでひざまずく。
「そうかそうか。となれば、アレはやはり帝王の剣に違いないと思ったのだな」
「ええ! 辰巳さんから聞きましたが『帝王の剣』っていえば世界を支配する資格があるものだけが握れるっていう伝説の剣! この俺が振り回せなかったならそうに違いないと思ったんです」
「なら聞くが……」
興奮ぎみに新藤が語る。『帝王の剣』とは、かつて世界を怪物から守り国を築いた英雄が振るっていた剣である。神にも匹敵する力を持った伝説の龍・黄金龍から『月鏡の盾』とともにその剣を授かったと伝えられている。
だが、その英雄は王となってから屈折して力に飢えた性格となり――他国からの略奪と逆らうもの達の虐殺を繰り返した。やがて年老いて死ぬことを恐れた彼は黄金龍に己を不老不死にするよう命じたが――そのような願いが聞き入れてもらえるはずはなかった。
要求を拒まれたことに激しく憤った王は黄金龍と刺し違え、儚い最期を遂げたという――。当たり前だが当事者はもういない。もしかしたら『そのときの記憶がない』だけで本当はその時代にいたのかもしれないが。
「新藤、お前……そう思ったのなら何故持ち帰ってこなかった」
「え?」
「仮に『帝王の剣』ならそのまま手に入ったも同然だったというのに」
「で、ですけどあっしには重たすぎて……」
「この愚か者めが!」
言い訳する新藤に甲斐崎が手をかざすと電流がほとばしり――新藤を痛め付けた。基本的に冷静沈着で何事にも動じない甲斐崎だが、このときばかりは怒りを抑えきれなかった。
「重たいぐらいでなんだ? 少し辛抱すれば済む話だろう」
「いや、ホントに冗談抜きでですね……」
「お前には呆れがついたぞ、新藤。そんなこともできないヤツを幹部に昇進させるわけにはいかん。おまえのようなヤツはクビだ」
「そ、そんなぁ!」
「嫌なら汚名を返上してみせろ。今回の作戦を成功させてな!」
甲斐崎が不甲斐ない新藤へ冷たく、厳しい言葉を次々に浴びせる。「早く結果を出してこい」となじり、彼は玉座から新藤をつまみ出した。
追い出された新藤は苦い顔を浮かべながら廊下を歩き、やがて自販機がある休憩室に入り込んだ。ここは彼のみならず他の社員の憩いの場である。適当な場所に座り、コーヒーの入った紙コップを片手に新藤はうなだれていた。
「新藤、君にしてはずいぶん弱気じゃないか? うん?」
「だ、誰だ?」
そんな新藤に突然誰かの声がかかる。見上げるとそこには、頭に包帯を巻いた男の姿があった。髪は黄褐色で、髪型は前髪が右に寄った外ハネの短髪。言うなればビジュアル系だ。服装は水色のスーツの上下に赤みがかった紫のシャツ、クリーム色のネクタイ。派手で少しけばけばしい色合いだ。
外見から察するに、年齢は三十代手前か半ばぐらいと思われる。三十代というには比較的若々しく、二十代にしてはやや老けている。そんな感じの男だった。
「ははは、わからんか。ま、顔に包帯ぐるぐる巻きしてないからな」
「え? ってことはあんた、辰巳さん?」
「ああそうだよ。君の上司の辰巳だよ」
「えっ、え〜っ! なんなんスかそれ……」
辰巳――と呼ばれた男が気さくに笑う。彼、辰巳隆介はこのヴァニティ・フェアの幹部のひとり。人当たりがいいが神経質で嫌味な性格であり、やや直情的な一面もある。極度の寒がりであり普段は顔を包帯で隠しコートやマフラーをいくつも重ね着しているが、何故かこの日は素顔を晒していた。
「それに辰巳さん療養中じゃ……」
「いいんだ、いいんだ。だいたい治ったから。おでこの傷はまだだがね」
「ってことはリハビリがてら様子を見に来たってことですかい?」
「まあ、そんなところだ」
「そうですか。ところで聞いてくださいよー、社長ったら今度失敗したら俺をクビにするってすごい剣幕で言ってきまして」
「おろろ、そりゃかなわないな。まあ当然だ、今回の大阪侵略作戦は我が社の威信が懸かっているからな。それだけ大事だし失敗は許されないってことだ」
「でも俺やりますよ! なにしろ出世がかかってんですからね」
「ハハッ、いいことだ。そのやる気をどんどん活かして登り詰めていかんとな」
「もちろんでさぁ!」
「そうだよ、その意気だよ新藤くん! 私も陰ながら応援してるぞー」
コーヒーを飲みながら、辰巳と新藤は話し合う。他愛ない世間話や単なる雑談、仕事の話など様々だ。だが辛気くさくなったか辰巳が途中で話を切る。それまで穏やかだった顔も急に真剣なものに変わった。
「……なあ、新藤くん。君にひとつ、いや三つほど言っておきたいことがある」
「な、なんすか?」
「一点目、人間をあまり見くびるな。確かに奴らは非力だし頭も悪いが、少しでも誰かを思いやる気持ちがあればいくらでも強くなれる。仲間がいれば更に強くなるから気をつけろ」
「は、はい」
「二点目、今回の作戦は必ず成功させろ。もう何度も言っているが、今回の作戦には我々の威信とプライドがかかっているんだ。失敗は許されんぞ」
「はいーっ」
「そして三点目……この戦いが終わったら、どっかの居酒屋で一晩飲み明かそう」
「えッ?」
「本当は前祝いで飲みに誘おうと思ってたんだが、そんな時間は無いだろうしなぁ」
残念そうに辰巳が言う。うわべだけでも人当たりをよくしておきたいからか、それとも自分自身のイメージアップをしたいからか、彼は部下や同僚とのスキンシップを欠かさない。とくに誰かを飲みに誘うのが好きなようだ。場合によるが、基本的に彼が部下におごるらしい。
「まあ、そんなところだ。わかったら大阪に戻れ」
「はい、ただちにッ!」
「それともう一点……」
そう言って辰巳が新藤に顔を寄せる。まだ何か言いたいことがあるようだ。
「……人間の中でも、とくに東條健には気をつけろ」
「な、なんでですか?」
「知らないのか? ヤツは8年前に死んだ、あの東條明雄の息子だ。凄腕のエスパーの息子だからな……当然ながら強い」
「は、はぁ……」
「私も一度彼と戦って痛い目を見たからね。君も彼と戦うときは決してぬかるんじゃないぞ」
辰巳から再三の忠告を受け、新藤は期待に答えるべく出撃する。廊下で彼を見送ると、辰巳は来た道を戻っていった。「何もなかったらいいんだが――」と呟きながら。