EPISODE129:404号室
『総合』とつくだけあってこの狭山総合病院は広大だ。構造は地上九階立て、地下一階立て。医療設備も最新のものが取り揃えられており、市内では患者に優しい病院としてたいへん有名だ。不破はその病院の四階にある病室のひとつ――404号室にいた。
「ここに不破さんが?」
健が白峯に聞く。
「そうよ~。ここに不破君がいるのよ」
「なんかこの番号ってエラー画面みたいですね。ハハハ……」
「お邪魔しまーす」
404号室の中に入ると窓に近いベッドで頬杖を突きながら、不破は気難しそうな顔を浮かべて外の景色を眺めていた。ビル街のど真ん中から更に向こうには、海と港。近くには緑色に染まった野山が見える。色とりどりで意外ときれいだ。
村上が言っていたように、そんなところに首都機能を一部移設するとなればよりこの街は豊かになり発展する。だがそうなれば、先日入ったゴーストタウンのように寂れた地区がどうしても出てくる。豊かになる一方でそうした豊かではない場所が出来てしまうのはある意味仕方がないことではある。
貧富の差――というやつだ。だが、それを快く思わないものがいるのも事実。そうした政府の方針に不満を抱いているものは少なくない。――まさか、新藤はそこにつけこんだというのか?
「……くそっ、あのイカメシ野郎め……」
――つけこんだのが本当だとすれば奴の目的は恐らく、人々の政治家や警察への不信感を煽って混乱に陥れること。何故もっと早く気付けなかったのだろう、と不破は唇を噛みしめた。震わせている拳には何も出来なかった不甲斐ない自分への怒りと悔しさがこめられていた。
「お邪魔します〜」
しばらくして、病室のドアを開けて見覚えがある女性が入ってきた。彼女だけではなく、不破より年下または同年代の男女も四人。
「――白峯さん! それにみんな……」
――そう、白峯一行だ。棚の上に見舞品の花束を置いて白峯は、
「不破くんが入院したって聞いたから、みんなでお見舞いに来たの。大丈夫そうで良かったわ」
「いえいえ、ありがとうございます。みんなもありがとうな」
自分を気遣って見舞いに来てくれた五人に、不破はこの場を借りて礼を告げた。最初は孤独だった彼だが今では仲間がこんなにいる。――そう考えると感慨深いものがあった。
「それで不破さん、お怪我の方は……」
「心配すんな、宍戸。こんくらい平気さ。ほら、このとおり」
身体的にとくに問題は無いことを肘を曲げて証明する不破。だがすぐに腕が悲鳴を上げた。
「あぐっ、イデデッ!」
「ま、まだムリをしちゃダメです! どうか安静に」
「す……すまん」
左腕を押さえて痛がる不破。彼を心配した宍戸に不破は、「ところで村上のヤツは?」と訊ねる。
「あいにく主任は多忙で離れられないそうでして……それで私が代わりに行くことになったんです」
「そうだったのか。あいつ薄情だな……今日ぐらい休んでも良かったのによ」
不破に村上の様子を伝えた宍戸が下がり、今度は健とみゆき、アルヴィーの三人がベッドに近寄った。彼ら三人のスペースを確保するため、宍戸と白峯は窓側に回り込んだ。
「ところで不破さん、そのケガはどこで?」
「……新藤だ。あいつにやられた」
「新藤……ハッ!」
――警察なんて信じねぇ。いつも口先ばっかりで、肝心な時に限って行動を起こさない。みんながシェイドに襲われてるときだってすぐに助けに来てくれない。そんなヤツらを俺たちが信じると思ってんのか?――
――その善人ぶった態度が気に入らねえ! 俺たちから集めた税金を何かに役立てたことが一度でもあんのか!? 一人でも許しがたい理不尽な犯罪を犯したヤツをきちんと罰したことがあるのか!? どうなんだ、言ってみろよ!!――
――テメーみてぇなクソッタレは……脳髄ブチまけて死ね!!――
どこで入院するほどのケガを負ったのか? 不破によればそれは新藤につけられたものだという。そう聞いた健は海洋博がシェイドに襲撃を受け、自警団『近江の矛』が駆けつけてシェイドを駆逐したときのことを思い出す。
「……『近江の矛』の新藤ですか!?」
「ああ、そいつだ。あの野郎、シェイドだった。ヤツは端っから怪しかったが、みんなも疑ってた通りだ。あのくそったれは大阪のみんなを騙してやがったんだ」
「そうか……やはりな。道理で信用できない雰囲気だったわけだ」
やはり、とアルヴィーが腕を組みながら呟く。左手を口元に添えていた。――相変わらず下からたくしあげるような形だ。胸が大きいゆえ仕方がないことだが――。
「あんた、もしかして気付いてたのか?」
「いや、そうではない。ただなんとなく、あの新藤というヤツから血生臭さを感じ取っただけだ」
「つまり殺気か。確かにヤツは殺気立っていたし凶暴だったが……」
「それでその新藤さんって人は?」
「逃げられちまった。どこに消えたのかわからない」
アルヴィーと話し終えたところにみゆきがひとつ問いを投げるが、答えは彼が言う通りであった。不破は新藤に蹂躙された挙句逃げられたことをとても歯がゆく感じていた。
「くそっ! 奴のニヤケ面が目に浮かんで来やがる! 行かせてくれ。ヤツを止めるには今しか無いんだ!」
「ふ、不破さん! 落ち着いて……」
やがていても立ってもいられなくなった不破は、ベッドから這い出してでも新藤を止めに行こうとする。そのひどく傷ついた体で、だ。もちろんそんな無茶を許せるはずがなく、健たちは不破を止めようとする。
「何しやがる!」
「ダメですよ、今は安静にしないと! 新藤の事は僕たちで何とかしてみます。だから不破さんは体を休めて……」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ! 大阪がシェイドのものになるかもしれないんだぞ? なのにこんなところでジッとしてられるか!」
健の静止も聞かず不破は「行かせてくれ……行かせてくれッ!」としきりに叫びもがく。そんなことをすれば余計に状態が悪化する。何とかして止めなければ――他の四人が取り押さえている中、白峯は意を決して「待って不破くん!」と呼び掛ける。
「これはあなた一人だけの戦いじゃないの。ここは健くんたちを信じて」
「ですが白峯さん、オレ一人だけここで大人しくしてるのは嫌です。だから行かせてください!」
「ダメよ!」
「っ……」
「あなたに自分を蔑ろにしてほしくないの。ここは健くんたちに任せて、あなたは治療に専念して」
不破は頭ではわかっていた。今は行くべきではないということは。だが、心では許せなかったのだ。病室でいつまでも何もせずに寝てるわけにはいかないと。
しかし白峯が言うように、下手に動けば命に関わる危険性がある。反発してでも出ていくつもりをしていたがこんな自分を本気で心配してくれている白峯の言葉を聞いて――不破は考えを改めた。
「……わかりました。ちょっと悔しいですが、ここは東條に任せてみようと思います」
白峯の思いを受け取った不破が言う。落ち着いたからかいつもより穏やかな笑みを浮かべていた。そんな彼を見て、健たちにも笑顔が戻った。
「ただし東條! お前までやられたら承知しねーからな」
「はい! わかってます」
「ああ、任せてくれ。健とともにあのゴロツキを必ずや倒してみせる!」
健とアルヴィーが力強く宣言する。それを聞いた不破は至極嬉しそうに「なら安心だな!」と返した。
「新藤がシェイドであることが分かった以上、レーダーか何かを使えば奴の居場所はすぐにわかると思います」
「でもレーダーはこの前……」
宍戸の言葉を聞いたみゆきが心配そうに呟く。なにを隠そう健がレーダーとして使っていた白い鱗は――辰巳との戦闘で彼の身代わりとして砕け散ったからだ。
「心配ご無用! それなら用意してあるわ」
「えっ?」
そんな心配はいらないと白峯が微笑む。カバンに手を入れてごそごそと音を立てて取り出したのは――レーダーだった。それも七つ集めたらシェンロンが現れて願い事を叶えてくれる玉を探すのに役立ちそうな形の。
「じゃじゃーん♪ 東條くん専用のドラゴンレーダー……じゃなくてシェイドサーチャーよ。はい、どうぞ」
「す、スゲエ! 僕のためにここまで……ありがとうございます!」
「うふふ。今後も役に立つと思うから、是非とも使ってみてね」
嬉しそうに白峯が微笑む。健はやや興奮した様子で白峯に礼を告げた。
「それじゃあね、不破くん!」
「今日はありがとうございました。他のみんなも元気でなーっ」
不破が早く退院できることを祈りつつ、健たちは病室をあとにした。なお、宍戸はもう少し病室に残るようだ。面倒を見てから帰るか、あるいは大阪での思い出話を聞いていきたいのだろう。
「これから頑張んなきゃね。東條くん、準備はできてる?」
「はい、もちろんです!」
「よっしゃ、その意気よ! ところでみんなお腹空いてない?」
帰り道、駐車場へ向かう途中で白峯が他の三人に訊ねる。食事に行くかどうかを聞いてみたのだ。それには及ばないと答えるつもりをしていた三人だったが急に腹の虫が鳴り――。
「あらあら、それじゃ食べに行きましょ」
「ま、マジですか!?」
「もちろんマジよ♪」
「やったーッ!!」
「おおっ、かたじけない!」
「どこにしよっかなー……」
喜色満面。手を繋いでスキップしながら駐車場へ向かう四人だったが、その行く手を阻もうとする者が一人――。
「悪いが食事会は中止や」
「!? 誰だッ」
ハッと真剣な顔で健がみゆきと手を繋いだまま辺りを見渡す。その速さ、コンマ1秒。ルンルン気分から一転して真面目な顔になるその切り替えの速さには驚かされるばかりだ。
「誰……どこにいるの?」
「姿を見せよ!」
「逃げも隠れもしまへーん。シャウッ!!」
若い男性の声が人をおちょくるような態度をとる。声の主は木の枝に乗っており、そこから飛び降りて姿を見せた。その男は金髪の逆立った髪型で肌は小麦色。
ヘビ柄の革ジャンを着ていて他にも耳にピアスや顔に稲妻のようなギザギザの模様を入れており、まるでパンクロッカーを彷彿させるような派手な服装だ。
「皆さんお揃いでー。ワシは祇園藤吾! 『近江の矛』の一員じゃい!」
「『近江の矛』だって!? いったい僕たちに何の用だ!」
「新藤さんの命令や。邪魔するヤツはブッ殺せってなぁ! いひひひっ!」
「なにッ……!」
パンクロッカーっぽいというかチンピラにしか見えない男――祇園藤吾が嫌らしく笑う。唇を噛みしめる健のうしろでは、いち早く危機感を感知したアルヴィーがみゆきと白峯をかばい立てしていた。
――そんな緊迫した空気の中、健の携帯電話がプルプルと震え出す。知っている誰かから電話がかかってきたか、或いは誰かからメールが届いたかのどちらかだ。
「もしかして電話でっか? それぐらいやったら待っといたるさけぇ、どーぞ出てくらはいやぁ」
「わざわざどうもー……」
なんと藤吾は電話に出るのを待ってくれるようだ。少々不本意ながらも礼を言うと、健は電話に出た。
「もしもーし」
「あ、お兄ちゃん? わたしよ、わたし! まり子よ!」
「ま、まり子ちゃん? どうしたの?」
「遅いよー! いつまで特訓やってるのよー!」
電話の相手はまり子だった。特訓する為に出掛けた健に留守番を頼まれ、ひとりで寂しい思いをしていた。待っても待っても健たちが帰ってこないため、退屈したのだろう。
「い、今大阪の狭山総合病院の辺り!」
「病院? 何しに行ってるのよっ!」
「不破さんのお見舞いに行ってんの!」
「ホント〜? 早く帰ってきてよー!」
「わ、わかった!」
「切るよ、もうッ!!」
しきりに騒ぐだけ騒いで健をまくし立てると、まり子は電話を切った。あの騒々しさから察するにまり子は相当寂しかったのだろう。早く帰って彼女を喜ばせてやらねば……。
「話は済んだみたいでんなぁ?」
「ああ……待っててくださって、どうもありがとうございました」
にやつく藤吾に対して健が皮肉混じりに言う。
「ほうか……。ほな、戦ってええんやな」
「こっちには待ってる人がいるんだ。さっさと終わらせてもらうぞ!」
片方はバイオリン型の奇抜な形状の剣を、もう片方は水色のラインが入ったシルバーグレイの長剣と龍の頭を模した盾を携え――腰に力を入れて身構えた。
「ええ度胸やないの。いざ……尋常に勝負じゃあああああ!!」
戦いの火蓋は切って落とされた!