EPISODE11:大サソリ復活
みたび足を引きずってアパートの自室へ戻ると、
案の定アルヴィーが退屈そうにTVを見ながらかりん糖を食べ漁っていた。
「お帰り。…………ひどくやられたようだの」
一旦かりん糖を食べるのをやめると、すぐに健の肩を持って洗面所へ連れていった。
更に着替えも持ってきた。
「ありがと。ぜんぶ洗面所で着替えなきゃダメ?」
「それくらい自分で考えられんか?」
要するに、アルヴィーは目の前で着替えられたくないのである。
というか、そもそも野郎の着替えが見たい女性がどこにいるのだろうか?
着替えを終えた健は、キッチンの棚からチョコチップクッキーの箱を取ってからリビングへ。
「ひどいリンチだった。あんなの訓練じゃないよ。アイツが教師だったら今頃逮捕されてるだろうね!」
「……まあ気持ちは分かるが、それについては自分にも問題があるとは普通思わんかの?」
「え?」
「要するに相手にも自分にも非はあったということだ」
「そっか……」
「まあ、一方的に暴力を振るわれたなら話は別。そう気を落とすでない。また今度会った時に仕返ししてやればいいのだ」
とりあえず不破に対してむかっ腹が立っていたので愚痴る。
アルヴィーは最初どっちつかずの立場にいたが、気付けば理不尽なまでのその待遇に同情していた。
たまにイジメはイジメられる方にも問題があると言われるが、それにはイジメられている方が弱いからというニュアンスが含まれている。
要するに、イジメに負けないくらい強くなれ、ということだ。
決してイジメられっ子を貶す意味ではない。
「大変な目にあったのだな……。でも、みゆき殿に会えてよかったではないか」
アルヴィーは消毒液をつけたティッシュで、健の傷をポンポンと優しく消毒していた。
ムスッとした表情のまま、時に笑いながらTVを見ている健。
その傍ら先ほど取ってきたクッキーをつまんでいた。
「今すっげえイライラしてっからさ、しばらくしたらシェイド吹っ飛ばしてくる……」
「あんまりイライラするものでもないぞ。イライラしすぎたら、王蛇になってしまうぞ」
確かにイライラしすぎたら王蛇になってしまうだろう。
焼きそばを食べたり弁護士を怨んだり、貝をそのまま食べたり。
トカゲの干物を相手に薦めたり、しまいにゃ芝浦さんでガードベントしたり。
最終的には因縁のライバルと決着を着けることが出来ずに発狂し、射殺も止むなしと判断した機動隊へ特攻するのだろう。たぶん。
「王蛇さんかあ……確かにカッコいいけど、僕はタイガの方が好きだな〜」
確かにタイガもいいが、その場合は英雄になるために恩師や友人などの大切な人までも手にかけるような人間になってしまうこととなるだろう。
それもヤンデレの。そういえば、彼も『東條』だった。
「……む? この気配、シェイドか」
それからおしゃべりを続けつつおやつを食べていると、ウロコのお守りがシェイドを感知した。
「……相当強い反応だな。私も行こう、そうしよう」
「オッケー、援護よろしく!」
■□■□■
そのころ、不破は――。
「なっ、こいつは……!?」
不破が驚くのも無理はない、
彼が対峙したシェイドは先日倒したはずの巨大サソリ――【スコルペンド】だったからだ。
「いっちょまえになりやがって!」
だがその姿は、以前倒した時とはまったく違うかけ離れたものとなっていた。
甲冑を纏った成人男性のような上半身、巨大なサソリの下半身――。
そう、このサソリの化け物は半人半獣の怪物と化していたのだ。
故に、以前より遥かに強大。
「グオオオオオオオオオォ!!」
スコルペンドは咆哮を上げ、全身に開いた小さな穴から針を射出。
「しぶといヤツだ。今度こそ仕留めてやるよ!」
持ち前のスピードで針の雨の中を走る不破。
相手はただ闇雲に撃っているだけだと、不破はそう思っていたが――。
皮肉にも、その慢心が命取りとなった。
「うおッ!?」
鋭い尻尾の針による突き刺し攻撃が、油断した不破のもとへ飛んできたのだ。
それは右腕に突き刺さり、そこから全身へと猛毒が走った。
「や、野郎……頭までよくなりやがったか……げほっ」
動きが止まった不破に容赦のない攻撃が襲いかかる、まず下半身のハサミによる吹き飛ばし。
次に針のシャワー。極めつけは、先ほどの尻尾による突き刺し。
今度は足のすねを刺され、神経毒によりもたらされた激痛が全身に走る。
これでもう、立つこともままならなくなった。
「グゥオオオオオオオ……」
「く、くそ、これじゃ何もできねえじゃねえか」
低く唸りながら、満身創痍となった不破にゆっくりと近付くスコルペンド。
今出来るのはヤツの攻撃を左手のバックラーで防ぐことのみ。しかし、それもいつまで持つかは分からない。
(何もできねえ……ハッ!? そうか。今の状況は、オレと東條の位置が入れ替わっただけで、アイツと模擬戦をしたときと同じ。オレってひでえことしてたんだな……そりゃ、嫌われるわな)
この時不破は思い出していた、自分が健との模擬戦で彼にやった事を。
そして自覚した。自分が彼にやった事はこいつが自分にしていることとまったく同じだったと。
今の自分は、あの時のあいつと同じ状況に置かれているのだと。
「よ、美枝さん。オレもう……ダメかもしんねぇ……情けねぇよなあ」
覚悟を決めたかのごとくうつ伏せになる不破だったが――。
目の前のサソリ怪人へ向けて青色の炎が飛んで来た。
「ちょっと待ったあああああ!!」
更に聞き覚えのある叫び声が、もしや――と不破が顔を上げると。
「やい、サソリ男! 確かにそいつは訓練と称して後輩エスパーをイジメたヤなやつだったさ。けどね……無抵抗の相手をいたぶるやつもヤなやつだ。やっつけてやる!」
声の主は健だった。では、あの青い炎はいったい誰が?
その答えは、不破が空を見上げた先にあった。
本来の姿、白いドラゴン――【アルビノドラグーン】としての姿になったアルヴィーだ。
「ヘッ、後輩に抜かれちまったか……ますますなさけねえ」
不破は苦笑いした。自分の情けなさを、自分自身で苦し紛れに嘲った。
針の雨が健を襲う。だが健はそれを盾で防ぐ。止んだと同時に大剣で切りかかる。
「気をつけろ東條ッ! そいつは、そいつは……ごほっ、そいつの尻尾には猛毒が……げほっ!」
「あんたはもう喋るなよ!」
相手の攻撃を確実に防ぎながら、健は攻撃のチャンスをうかがっている。
不破のように超高速で動くことは出来ないが、その代わりに堅実に攻める。
それが健が確立した、自分なりの新たな戦闘スタイルだ。
そして、不破が最も恐れていた尻尾による突き刺しが飛んで来た。
「こんなもの!」
しかし健はそれをガード。
相手がよろめいた隙に切り上げて尻尾を切断。
あまりの出来事に、表情の読み取れない鉄仮面のような顔の裏で、サソリ怪人は苛立っていた。
なぜだ、こいつはこの前は取るに足らない相手だったはず。なのに、なぜ?
ナ ゼ コ イ ツ ハ オ レ ヲ ア ッ ト ウ シ テ イ ル ン ダ ?
「お前も僕もこの前とは違うってわけだな。けど……」
健は大型剣の属性を炎に変えた、そして空へ舞い上がる。
その構えは――斜め上からの突き下ろし。
「お前なんかには絶対に負けない!」
「援護するぞ、健!」
アルヴィーもそのあとを追うようにやってきた。そして、彼女が吐いたブレスに後押しされ――
「ファングブレイザぁ――――ッ!!」
交じり合う赤と青の炎をまとった、斜め上からの突き下ろし攻撃にして必殺技。
それが【ファングブレイザー】。それはサソリ怪人――スコルペンドの強固な殻を貫き、
「ピャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!!」
その体を無残に爆散させた。文字通り跡形もなく。
「す、すげえなお前。敵がこっぱみじんじゃねえか……」
感心して立ち上がる不破。しかし、毒のせいで全身に激痛が走る。
だが、その毒はすぐに消えた。
毒を受けても毒に冒したシェイドを倒せば、体を蝕む毒はその時点で消えるのだ。
「さっ、病院行こうよ」
「一人で意地を張るなどカッコがつかないのではないかな? 不破殿」
そんな満身創痍の彼に、大剣と盾を仕舞った健と人間体に戻ったアルヴィーが優しく手を差し伸べた。
「あいてて……あ、足が痛くて動けねえ」
「毒なら、きれいさっぱりなくなっておるぞ? あとはそのダメージを癒すだけだ」
足を引きずる不破の肩を持ち、日が昇る方向へと二人は歩んでいく。
だが、その反対方向にあるビルの屋上から、彼らを見下すものがいた。
「……あのような小僧が、大型シェイドを一人で倒してしまうとは。これは興味深い。くふふふ、新しい実験材料を見つけたぞ」
金髪にサングラス、黒いロングコートの男だ。
男は静かにその場を立ち去った――。
◆スコルペンド
◆巨大な紫紺色のサソリ型シェイド。
強固な殻はナパーム弾すら防ぎ、そのハサミは鋼鉄をも引き裂いてしまうほどの切れ味を誇る。
一度不破ライに倒されたが、その後時間をかけて復活し――。
◆スコルペンド・リダックス
◆上記のスコルペンドが再生した姿。よりおぞましい半人半獣の怪物と化しており、以前よりも遥かにパワーアップしている。
全身に開いた穴から麻痺性の針を飛ばすほか、再生前はほとんど使って来なかった尻尾を突き刺して相手を猛毒に冒す攻撃もするようになった。
不破を圧倒するも、駆けつけた健の必殺技【ファングブレイザー】で爆死した。
名前のReduxは『帰ってくる』という意味。