EPISODE123:おいでませゴーストタウン
不破が市村から買った最後のたこ焼きを完食し、一息ついてから数分が経過。不破は市村に、自分が何をしに来たかを話した。彼にはどうしても気になることがあったのだ。それは、市村が『近江の矛』の一員なのかどうか――ということだった。
あの無駄のない身のこなし、巧みな銃さばき。どう見ても素人のそれではなかった。故に疑ったのだ。彼が『近江の矛』に力を貸しているか否かを確かめるため、不破は市村にその事を質問したのだが――、その答えは
「……そうか。あんたは『近江の矛』には手を貸していなかったか」
「あったりまえやろ。あんな物騒な連中と一緒にドンチャン騒ぎするほどわしもアホやない」
「よく考えりゃあんた、あの時奴らに加勢してなかったな。変なこと聞いてすまん」
謝りながら不破が頭の後ろを掻く。――まだ引っ掛かる。堂島警部から聞いた情報では『近江の矛』の構成員の中にはエスパーも混じっているという情報があったが、それは市村ではなかった。となると、いったい誰が――?
不破が抱いていたモヤモヤは未だにとれず、更に膨らんでいく。もしや新藤がエスパーなのだろうか? だが、彼からはエスパーの気配を感じられなかった。しかしあの荒々しくも巧みな身動きや棒術から察するに、タダ者ではないことは確か。彼ではないならいったい誰がエスパーなのだろうか――。
「それもあるけど、あの新藤って奴はどうも信用できひん。あいつからこの関西を守る気はひとつも感じられへんし、ただ暴れたいだけなんちゃうかって思えるんや。……ま、そういうこっちゃ」
「せやんなぁ……イッチーも言ってるみたいに、ウチもその辺がひっかかんねんな」
「アズサちゃんもそう思うのか?」
「うん」
アズサが頷く。口を細めた不破は「ここまで人望ないと笑えてくるな」と呟いた。
「おいおい! ずいぶん盛り上がってんなァ、あんたら!」
そこに低い声が響いた。粗暴な口調の若い男性――声の主は黒が混じった金髪でユニオン・ジャック柄のバンダナを頭に巻いており、ネイビーブルーの革ジャンを着てその手には鉄パイプを握っていた。
「……新藤! 何の用だ!?」
「用件はひとつだ。だが、刑事のオッサンに用はねぇ。引っ込んでな」
「くっ!」
新藤に無理矢理その場からどかされ、不破は後ろへ下がった。不破を下がらせた新藤は市村に詰め寄り、「なああんた、この前海洋博にいたよな?」と訊ねる。
「……せやけど、それがどないした?」
「見てねぇようで俺は見てたぜェ? あんたのあの銃さばきと高い戦闘能力をな! きっと凄腕のエスパーに違いねェ、なあそうだろうッ!?」
「……ほんで? わしにどないせぇ言うねん」
市村は眉をしかめ、目を伏せて新藤を睨む。
「簡単さ。あんた見たところ腕利きのようだし、どうだ。『近江の矛』に入らねえか? もちろんタダで、とは言わない。あんたの実力に見合った報酬を用意するぜ」
「アホか。そないなもん興味あらへんわ、ボケェ!」
屋台の前に出た市村は銃を突きつけ、新藤を脅す。「ヒィッ」と情けないうめき声を上げ、新藤は少し後ろへ下がった。
「警察や政治家相手に暴れたいんやったら好きにやってろ。シェイドからみんなを守んのも別に構わん。せやけどなぁ……みんなのために命懸けて本気で戦う気ィないんやったら、早ようこの街から出てけッ!!」
市村が新藤へ威勢よく啖呵を切る。彼はいつになく本気で、心の底から怒っていた。不破もアズサもそして新藤も、その剣幕には驚かされるばかりだ。新藤の顔に焦りが表れ、額から冷や汗が流れた。
「……そ、そうかい。だったら俺にも手はある!」
苦笑いを浮かべる新藤。バッと飛び出しアズサに近寄ると――無理矢理彼女の肩をつかんで喉元に鉄パイプをあてがった。「は、離して!」と抵抗するも、新藤はこともあろうかグッとつかんだまま離さない。
「……何のマネじゃ、新藤! アズサを離せ!」
「そうはいかねェ! 離してほしけりゃ俺たちの仲間になるって言え! それができねえなら俺もこいつを離さないぜ」
「イッチぃぃぃぃぃっ!!」
――汚い。手段が汚すぎる。彼の卑怯な行いは到底許しがたいことだった。アズサを返してもらう代わりに近江の矛に入るか、それとも入らない代わりに彼女を見捨てるか。どっちも市村には出来なかった。
「ほらほら、嬢ちゃん叫んでるぜ? 助けてやんねェのか、ん?」
「野郎ォ……!」
銃身を握る両手が震える。――ここで新藤を撃てばアズサを助けられるかもしれない。だが、下手に撃とうとすれば相手もアズサを殺そうとするだろう。だから迂闊に手は出せない――。それは不破も同じだ。
「どうした、答えられねーのか? だったらこいつはもらってく!」
二人が躊躇しているのをいいことに、新藤は隙を突いて逃走。アズサを脇に抱え、「返してほしけりゃついてきな! だーっはっはっはっ!」とバカ笑いしながら飛び去っていく。
「待て、新藤ッ!」
「アズサぁぁぁぁッ!!」
このまま逃してはならない! 新藤のあとを追って二人は疾走する。ある時はまっすぐに走り、ある時は角を曲がり――。やがて誰もいない寂れた区画に辿り着いた。
「なんだ、ここは? 人っ子ひとりいないぞ……」
「まるで廃墟やな……新藤のヤツ、どこに逃げよった?」
「わからん。だが、近くにヤツが隠れてるかもしれん。隅々までくまなく探そう」
「わかった。……アズサのことも心配やさかい、なるべく早めに見つけられたらエエんやけど……」
待っていても何も起きない。アズサを助けるため、新藤を止めるため、二人は付近を探し始める。――誰もいない、とにかく誰もいない。隅から隅まで探し回ったが、本当に誰もいない。照明もなにひとつ点いておらず、まるでゴーストタウンのようだ――。ここまで静まり返っていると、かえって不気味ささえも感じさせられる。
「なんやねんここ……? 誰もおらんぞ」
「おばけなら出そうだが……想像したら背筋が震えてきやがったぁ〜〜っ」
「おいおい、んな縁起の悪いこと言わんといてくれや……」
そんな風に冗談も交えながら、二人は探索を進めていく。こういう状況だからこそ慎重に、冷静にしていかなければならない。時には冗談を言って場を和ませたり、エッチな本を読んだりする余裕も必要となる。そのくらい心に余裕を持たなければ発狂してしまうからだ。やがて二人は、路地の外れにある潰れたクラブを目の当たりにする。
「……残るはここだけやな」
「ああ。早いとこ新藤をブチのめしてアズサちゃん助けて、こんな気味悪ィ場所からさっさと出ようぜ」
「せやな……わしもそうしたいわ」
改めてアズサを救い出すことを胸に誓い、二人はクラブの中に入っていった。――中は真っ暗で、外から差し込む光しか明かりがなかった。隅っこの壁にあるスイッチを見つけて明かりを点けると、そこかしこに物が散らかっていた。
テーブルは倒れ、割れたビンの破片があちこちに散らばり――。この荒れようから察するに、使われなくなってから長いときが経っているのだろう。ここに新藤が逃げ込んだ可能性は高いが、果たしてどこにいるのだろうか? 奥の方に階段を見つけた不破は「手分けして探そう。オレは一階、あんたは二階を探してくれ」と市村に持ちかけ、市村もそれを承諾。二人で手分けして探すこととなった。
「おーい、誰かいたか?」
「いや、誰もおらんわ。そっちは?」
「こっちもみつかんねぇ」
「そっちもかいな! アズサも新藤もどこにおんねん……」
だが、一階にも二階にも誰もいなかった。諦めてクラブをあとにする二人だったが――外に出たその時である!
「探しもんは何でっかー? 見つけにくいもんでっかー?」
「ッ!? 誰だッ!?」
「どこにおる!?」
どこからともなく低い声が聴こえた。周りを見渡したが誰もいない。うしろを振り返ると、屋根の上には若い男性がいた。緑がかった黒髪に黒い眼で、左手にはラーメン屋などが出前に使う金属製の四角い入れ物――おかもちのような物体を持っている。右手はなぜか後ろに回していた。何かを隠しているように見えるが――。
「誰やお前!?」
「わいか? わい、用心棒の伊東いいまんねん」
屋根の上に座ったまま、四角い金属製の何かを持った男――伊東が名乗りを上げる。
「用心棒だと?」
「オゥ、わいは近江の矛にカネで雇われたクチや。ほんで誰を探してはるんや?」
気さくな、しかしどこか怪しい笑みを浮かべながら伊東が訊ねる。
「逢坂アズサっちゅう女の子と、新藤っちゅうゴロツキや。新藤やったらあんたも知っとるやろ?」
「あー、あのねーちゃんアズサちゃんっちゅうんか。またひとつ、お利口さんなったわ……」
すっとぼけた顔で伊東が呟く。本当は知っているのにしらばっくれたようにも見え、そんな彼の様子を見て市村と不破は苛立つ。
「しらばっくれんな! お前、あいつらがどこ行ったか知ってるんだろ。どっちか一人だけでもいい、答えろ!」
「そうカッカせんといてくださいや。ネエちゃんの方やったらすぐにでも顔見したるがな、ほれ」
そう告げたあと、伊東は後ろに回していた右手を前に出す。それと一緒に――さらわれていたアズサも姿を現した。立ち上がり、彼女と手を繋いで伊東は屋根から飛び降りる。着地して一息つくと、「ほれ、感動の再会や」とアズサを前にやった。
「アズサっ!」
「あーん、イッチー!」
市村とアズサが抱き合った。悔しそうな顔を浮かべる不破とニヤつく伊東の目の前で。
「……さて、これでアズサちゃんの無事が確認できた。次は新藤がどこへ逃げたか教えてもらおう」
「あ? 新藤がどこ行ったか? んなこと俺に聞かれても知らんがな」
不破の質問を受け、またも伊東はしらばっくれた。もちろんそんなことが許されるはずがなく、不破と市村は伊東を鬼のような形相で睨み付ける。アズサは隣できょとんとした顔でその様子を見つめていた。
「う、ウソやウソや。ちゃんと教えたるっちゅうねん」
「ホンマけぇ?」
「おう、ホンマや。ただし……」
そこで伊東は言葉を区切った。鋭い目を見開き、四角い金属製のおかもちのような何かを空中へ放り投げると――それは液状化しふたつのナックルのような形に変わって伊東の両手に装着された。
「わいに勝てたらの話やけどなァ!!」
びっしりとトゲが生えたナックルをはめた両手を構え、伊東が二人を威圧する。
「二人とも、気ぃつけて! あいつめっちゃ強そう!」
「そうらしいな……なんちゅうか、ごっつぅ強いオーラを感じる! ビンビンになぁ!」
二人を心配するアズサと、笑いながらも汗をかく市村。「危ないさかい、うしろ隠れとき」とアズサを後ろへ下がらせ、市村は伊東に銃を向ける。不破もランスを構え、その穂先を伊東に向けた。
「覚悟はええか? お二人さん」
「もちろんだ。お前を叩きのめして、新藤の居場所を聞き出す。そしてアズサちゃんを連れてこっから抜け出させてもらう」
「威勢のいいこと言わはるなァ」
宣言する不破を前に伊東が薄ら笑いを浮かべる。そして両手の拳を打ち鳴らし、腰を深く落として身構えた。
「そうと決まれば、レッツ・パーティーや!!」
さあ、戦いだ――。
Q:アズサとイッチーって仲いいの?
A:もちろんです。幼なじみの関係ですもの。
Q:それじゃあ、アズサとイッチーってデキてんの?
A:んなもんワシに聞かれてもわからんがな(伊東っぽく
Q:伊東ってそもそも何者?
A:エスパー伊東さんです。ウソです。流れ者のエスパーです。擬態が得意なタコのシェイドと契約したためか、自由自在に変形する金属という特殊な武器を手にしたようです。あ、この前出てきたタコとはまた違うやつだよ
Q:伊東の必殺技は?
A:ワイのワイルドワイバーンや(※冗談です