EPISODE122:たこ焼き屋には出逢いが待つ
その頃、いつの間にか京都を去っていた市村はどこにいたかというと――。
「誰か来いひんかなぁ」
大阪の名所・通天閣の付近でタコを焼いていた。彼は大阪育ちの大阪生まれであり、創業50年という老舗のたこ焼き屋の息子であった。一人っ子で幼い頃から父親がたこを焼き、母が家事を切り盛りする姿を見ながら育った。当然たこ焼きも大好きだった。
「知り合いすら来いひんのってどういうこっちゃ……ま、焼くだけ焼いて待っときましょか」
そんな父のあとを継いでたこ焼き屋をはじめた市村だったが、まだまだ修行中の身である。店の売れ行きはそれなりだ。情熱をこめて店を営んできた父親の背と技を見ながら育ってきた彼だが、なかなか父のように繁盛はしない。一応味は良い評価を受けてはいるのだが――世の中、そう簡単にはいかないという事だろうか。
「……あっ、タコ切れてもうた。買ってこなあかんな……」
客を待ち続けてタコを焼いて数十分、やがて材料であるタコを切らしてしまう。これでは営業できないと思い、財布をポケットに入れて買い出しに行こうとする市村だったが――。
「イッチー!」
「!? そ、その声は……」
彼の名を呼ぶ若い女性の声。その女性は蜂蜜のような金髪のウェービーヘアに碧色の瞳で、薄手で半袖の上着に薄紫のTシャツと、その下にデニムのミニスカートを履いていた。屋台の前に出て女性の顔を見ると――、市村は大いに喜び歓声を上げた。
「……アズサ! アズサちゃんやないか! ひっさしぶりやのぉ〜!!」
「この頃電話もメールもしてくれへんから、心配しとったんやで。ホンマにも〜」
どうやら彼女は、市村とは知り合いだったようだ。しかもかなり親しい仲の様子。再会した記念と言わんばかりに、「ハラ減ったやろ、なんか食べてき」と市村はたこ焼き1パックを差し出す。
「た、食べてええの?」
「アホやなぁ、ええに決まっとるやろ。カネ払わんでいいし、そう遠慮せんと。な?」
お言葉に甘えて、梓はパックを開けてたこ焼きを食べ始める。ソースや海苔、かつおぶしがたっぷりとかけられたその姿には食欲をそそられる。「フー、フー」と息を吹きかけて冷ましながら、アズサはたこ焼きを食べていく。
「はうっ! め、めっちゃおいしい〜!」
「せやろォ? わしの自慢のたこ焼きやさかいなぁ」
「イッチー、ホンマにありがとーなー!」
あまりの美味しさにアズサが嬉しそうな声を上げる。それを聞いた市村の様子と来たら、鼻の下を伸ばしてまんざらでもなさそうだった。やがてアズサは、あっという間にたこ焼きを完食。
「ごちそうさま! 久々にイッチーのたこ焼き食べたけど、めっちゃおいしかったわ!」
「へへっ、アズサからそう言われるとわしも鼻が高くなってまうわ」
鼻を伸ばすようなしぐさをしながら、「そりゃあもう東京タワー、いやスカイツリー並にのう!」と冗談混じりに市村が笑う。
「ウソやー! ピノキオでもそこまで長う伸びひんで!」
「ウソやなーい!」
「そんなに鼻高うしてどないするーん?」
「せやなぁ、確かに何に使えるんかわからんなー!」
「もー! 後先考えてへんやろー!」
談笑する市村と梓。久々にガールフレンドと出会えたからか、市村はすこぶる嬉しそうだ。二人とも心の底から思い切り笑っていた。
――だが、和気あいあいとしている二人に水を差すように誰かが屋台の近くにやってくる。髪は短めの黄褐色、要するに黄色っぽい茶髪で瞳は赤みがかった茶色。つり目で真面目そうな、鋭い目付きだった。服は紺色のカッターシャツで、ズボンはベージュだ。
「おぅ、また会ったな」
「ん? この前食いに来たニイさんか? 奇遇やな〜!」
「こんにちはー♪」
茶髪の若い男性――不破を見たアズサが、「イッチー、この人知り合い?」
「ん? ああ、この前来たお客さんやわ。確か張り込み中のおまわりさんやったかいな」
「だいたいそんなところだ、お嬢さん」
ややかっこつけた仕草をとりながら、不破がアズサに挨拶する。「不破ってもんだ、よろしく!」と名前まで教えた。――市村のことは無視して。
「お、逢坂です。よろしくお願いします」
「ハハッ、こちらこそ」
「……おいおいおいおいッ!」
自分を無視してアズサに話しかけた不破が気に食わなかったか、市村が憤慨する。アズサと不破の間に割って入ると、
「何をさりげなくわしのカノジョ口説いとんねん! この女タラシがぁ!!」
「わっ! お、脅かすなよ、オイ」
「早よぉアズサから離れんかいワレェ! せやないとたこ焼き売ったらへんぞゴラァ!」
市村が目をカッと見開き不破を睨み付ける。すごい剣幕を前に少し動揺しながら、不破は後ろへ一歩下がった。
「……そ、そんなかしこまらんでもええで」
「い、いや、あれは誰でもビビるぞ……ところでたこ焼き、いくら?」
「お値段でっか? んー……」
市村が顎に指をそえ、難しい顔を浮かべながら考えを巡らせる。やがて「次のでタコは最後やしなー。200、いやちょっと値上げして300か」と呟きながら、値段をいくらにしようか悩み出した。なかなか答えが出ず、市村は悩み続ける。
「いくらにしよー……この頃繁盛してへんしなぁ……」
「じゃあさ、イッチー」
「なんや、アズサ?」
「間をとって250円はどない?」
「……それやッ!! その発想は無かったッ!!」
アズサが助け船を出した。目を見開いて彼女を指差して喜びながら、市村は屋台へ駆け込み最後のタコを焼き始める。あっという間に焼き上げ、パッケージに詰めると不破へ手渡す。
「……おう、すまんな。それでいくら出せばいい?」
「250円や」
「た、たけぇなオイ!?」
「あんたラッキーやな、それで最後のタコやで。せやからちょっぴり高め」
「200円ポッキリじゃねえのか、ボッタクリめ……この前もいつもより安くしとくって言いながら300円も払わせやがってよォ」
「クソぅ〜……」と悔しがりながら、不破はしぶしぶ財布から250円を出して市村に支払った。市村の経営方針に不満はあったが味には満足したらしく、その後何度も「うまいッ!」と舌鼓を打っていたという。