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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第7章 近・江・乱・舞
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EPISODE121:妄想クイーン


「じゃあこれ、会計課まで運んでください♪」

「はーい! わかりました!」


 翌日の月曜日、健は張り切ってバイトに取り組んでいた。パソコンでデータを打ち込んだり荷物を運んだりと、大忙しであった。でも、ジェシーや浅田、それにメガネをかけた今井――。いつも何かと世話になっている彼女ら三人の笑顔を見ると、自然と頑張れるし疲れてこない。むしろ喜んで仕事を次々とこなしていった。


「東條くんったら、相変わらず元気ねェ」

「何かいいことあったんでしょうか?」

「あったんじゃないかしら~? あの様子を見る限りは」


 そんな健のことを、浅田ら三人は暖かく見守っていた。その後ろで「マンセーしすぎネ、みんな東條サンを過大評価し過ぎネ……」と健を僻むような、健に嫉妬するような誰かの声が聞こえたような気がしたが――恐らく気のせいだろう。



「うぇ~……え、エネルギー切れだぁ」


 だが、みなぎっていた健の元気も仕事が終わる頃には種切れ。頬が痩せこけ、背筋も曲がって歩き方もぎこちないものに。彼はすっかり生気を失っていた。しかも、天候は今日も大荒れ。傘がなければ歩くことも満足に出来ないほどの大雨である。


「すごい雨……まるで梅雨に逆戻りしたみたいだ」


 バスに乗り、電車に乗り、そしてまたバスに乗り――。通勤時と退勤時、健は乗り物に3回も乗っている。今日は雨だったため、外は暗くジメジメしていた。要するに、それぞれの車窓から外の景色を眺めていてもまったく楽しくなかったということだ。ただ、電車やバスに乗る頃には流石に健の顔や姿勢は元通りになっていた。


「ひ~っ! ひ、冷える~! 何かあったかいの買って帰ろう」


 夏とは暑い季節。だが同時に、雨がよく降って湿度も上がりやすいジメジメした季節でもある。更に最近は一時期に比べて冷え込んできたため、夜は肌寒くなることうけあい。秋と冬が近付いて涼しくなって来ているためであり、クーラーがなくとも窓を開けただけで心地よい風が入ってくるのだ。とはいえ、朝から昼間にかけて暑いことに変わりはない。


「市村さんいるかなぁ?」


 帰り道、健は体が温まる食べ物を買って帰るために寄り道をしていた。ここで健が市村の名を呼んだのは、彼がエスパーでもあり副業としてたこ焼き屋もやっているからである。幾度となくライバルとして戦い、時には共闘もした。今ではライバルというより、攻撃的な反面気さくな性格である市村の性格も相まって頼れる戦友同士の関係になっていた。そしてその市村が移動屋台を置いて滞在しているのが、いま健が向かおうとしている『アサガオ公園』である。この公園は坂道の途中にある丘に立っており、そこから見える景色は絶景ともっぱらの評判を受けている。敷地は広大で中央には噴水があり全体的に静かな雰囲気が漂うなど、夜にデートをしに来るにも最適な場所だ。


「いっちむらさーん! ……ッ!? いない!!」


 だが、市村も屋台もそこにはなかった。「えー、そんな……」と少しショックを受けた健は仕方なく、コンビニで肉まんなりフライドチキンなりおでんなり――その辺の体が温まりそうなものを買って帰ることにした。


「た、ただいまーッ!」

「おぅ、お帰り。ずいぶんハデに濡れたの」

「ホントだ。ずぶ濡れになってるぅ」


 急に冷え込んだ夜の肌寒さと冷たい雨に打たれながらも、健は帰宅した。コンビニで買ってきた食べ物をテーブルに置くと着替えを持ってすぐに洗面所に直行し、手洗いをした。早いところ温まりたいので「先にお風呂入ってもいいかい!?」とアルヴィーとまり子に聞いたところ、「別に構わんぞ」「お兄ちゃんが先に入っていいわよー」と返答が帰ってきたのでそのまま浴室に特攻した。


「それにしても、この頃雨続きよねぇ。それに寒くなってきちゃったし……」

「確かに肌寒くなってきたのぅ。お主はムシだからそろそろ冬眠をする準備をしておいた方がいいかもな、まり子よ」

「ま、まだ早いわよぅ! シロちゃんったら冗談キツイんだから」

「ハハハ、すまんすまん」


 健が入浴中の間に食べてしまうのも気が滅入るので、二人はその間テレビを見たりガールズトークをしたりして時間を潰していた。お互いに相手が旧友だからか、健にも見せていない一面を見せあっている。口調も表情もいつもと少し違った。その様子と来たらまるで年が離れた仲良し姉妹のようだ。


「ねーねー、ところでさ」

「なんだ、まり子?」

「シロちゃんとみゆきさんはどういう関係なの? 恋のライバル同士?」

「うーん、そうだな……。別にお互いライバルというわけではないな。私とみゆき殿は、いわば姉妹分のようなもの」

「姉妹分かぁ……」


 ――二人のやりとりの中で名が挙がった風月みゆきは、まり子にとってはある意味恋のライバル。彼女が敬愛してやまない健の幼なじみであり、それゆえにまり子よりも付き合いが長くその仲は親密。もちろん健との距離は近い。対してまり子は健と出会ったのも彼に心奪われた(?)のもつい最近であり、距離はあまり近くはない。故にみゆきには焼きもちを焼いている。そしてアルヴィーは、そもそも健には恋愛感情を抱いてはいないし、みゆきの事もライバルとは思っていない。健の事はかけがえのないパートナーとして、みゆきのことは大切な仲間として認識している。もちろん自身もそう発言したように、みゆきのことは姉妹分として扱っているようだ。


「姉妹……ハッ!」


 ―アルヴィーおねえさま……―

 ―みゆき……―

 ―ずっと一緒にいてもいい?―

 ―もちろんだとも―

 ―チュッ―


 バラの花に包まれた華やかな空気の中で、お互いに胸を寄せ合い抱き合うアルヴィーとみゆきの姿。まるで同性愛という禁忌(タブー)を犯した高貴な姉妹のようである――。と、まり子の脳裏にこんな感じの風景が浮かび上がっていた。もちろんこれは彼女の妄想。彼女は見た目は子どもだが、中身は大人。アルヴィーよりは若いが、もう何百年も生き長らえている。でもリビドーは未だに衰えを知らないらしく、どうやらリビドーが妙な方向に働いてヘンなスイッチが入ってしまったようだ。いわゆる乙女の百合妄想というやつだろう。


「……悪くないかもねぇ。フフッ、フフフッ」

「ま、まり子?」

「ふぇ? あ、いや、こっちの話だよ。気にしないで!」


 うっとりとした表情で淫らに笑うまり子。アルヴィーに声をかけられてハッと我に帰ったが、それまでの彼女はまさしく女王を名乗るに相応しい妖艶な雰囲気を漂わせていた。将来シェイドたちの間で、女王(クイーン)たるもの妄想できなければ女王を名乗る資格なし――という法律が新たに出来上がるかもしれない。

 そうこうしているうちに健が風呂から上がってきた。さっぱりできたからか妙に爽やかな笑みを浮かべており、しっとりした髪も夏特有の清涼感を感じさせる。そこにジメジメした空気は一切ない。むしろ彼がこの場に現れたことで空気が清浄化されたようにも感じられた。


「お待たせ。それじゃ、食べよっか!」

「うん!」

「ちょうどお主が上がる前に食ってしまおうかと思っておったところだ!」


 フライドチキンにおでん、肉まんに生野菜、それから野菜ジュース――。レジ袋の中から買ってきたものを次々に取り出し、机の上にずらっと並べていく。もちろんこれだけでは腹は満たされないので、健は白いご飯を3人分入れて持っていく。そのあとに大きめの緑茶のペットボトルも冷蔵庫から取り出し、コップも用意して準備完了。あとは食べるだけ。


「いただきます!」


 ――その瞬間、食卓に満面の笑みと和んだ空気が蔓延した。コンビニで買えるような安い食事でもおいしく味わって食べることが出来るのは庶民の特権である。高級食材でも味わえない至高の味が、そこにはあった。どれほど美味であったかは、楽しげに食べている三人の顔を見れば一目瞭然だろう。

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