EPISODE119:推参! 近江の矛
いろいろとショッキングな出来事もあったが、とりあえずポットパスは倒した。これでひと安心――というわけにはいかなかった。シェイドがまだ会場内にいたからだ。その証拠に市村のレーダーが強く反応を示していた。
「まだおるみたいやな……」
「市村さん、場所は?」
「南ゲートや。しかもぎょうさん沸いとる!」
「わかりました! 南ゲートへ急ぎましょう!」
「おう!」
シェイドはまだ、南ゲートで発生していた。一刻を争う事態だ。襲われている人々を救うべく、健たちは広場から南へ疾走した。そこで待っていたのはトンボのようなシェイドや最下級シェイド――クリーパーで構成されたシェイドの群れと、ひとりで人々を守りながら戦う不破の姿。ランスをかざして放電したり、走りながらランスを振り回したりして必死に敵を蹴散らしていた。
「プップルァァァァ!!」
「こいつらッ! いい加減にしやがれ!!」
執拗に襲いかかるシェイドに対して怒りをぶつける不破。すぐ後ろには逃げ惑う人々がいた――。気を抜けば皆殺されてしまう。たった一瞬でも油断は出来ない。とにかく、戦い抜くしかない。だが、疲弊により生まれた隙を突かれ転倒。あっという間に劣勢に追い込まれてしまう。
「くっ……」
トンボのシェイドのうち一体がその腕についた鋭い鎌を振り上げる。このまま斬り殺されてしまうのだろうか? そう思った不破を助けるように――何者かが背後からトンボを切り裂き、一刀両断。真っ二つになって消滅したトンボの後ろにいたのは――。
「東條!」
「危なかった……会場内にいた人たちは無事でしたか?」
「ああ、大丈夫だ。だが全員が避難し終わったわけじゃない……オレの後ろにまだ何人も残ってる」
不破が後ろを親指で指差す。そこには親子連れや老人、若者――年齢を問わず何人もの人々がいた。いずれも避難しようとして、その途中で沸き出てきたシェイドに襲撃されたのだ。不破はそんな彼らを敵の魔の手から守りながら戦っていたというわけだ。
「なら話は早いですね、敵を全滅させないと!」
「よし、お前らと一緒ならすぐにカタが付きそうだ!」
「みゆきちゃん達、危ないからうしろ下がっときやー」
「誰だお前!?」
「それはあとで話したる」
みゆき達を後ろへ下がらせ、健、不破、市村の三人はそれぞれ武器を構えて敵を迎え撃つ。その間みゆきのことは近くにいるアルヴィーとまり子が守ってくれる。この二人に任せれば安心だ。
「ふっ、はっ!」
「おらッ」
「うりゃうりゃー!!」
剣が切る。稲妻が走る。槍が貫く。ビームが敵を落とす。飛ぶ鳥を落とすような勢いで、三人は矢継ぎ早に敵を蹴散らしていく。たくさん群がっていた敵は、あっという間に赤いトンボと水色のトンボのシェイドを一匹ずつ残すのみとなった。
「凍り付け!」
空を飛びながら二匹のトンボはすばやく動き回る。だが、すばやい敵は動きを止めればいい。狙いを定め、健は冷気を放って赤いトンボを凍結させる。そしてそれに市村がビームを当てて粉砕。赤いトンボは砕け散った。
「逃がすかよ!」
逃げ惑う水色のトンボを狙うのは、不破。ランスから放電して敵をしびれさせ、その隙に跳躍。
「食らえ、ジャベリンサンダァァッ!!」
空高くから電気をまとったランスを勢いよく投げつけ、水色のトンボに見事命中させる。激しい稲妻をその身に浴びた水色のトンボは、金切り声を上げながら爆発した。
「み、みんなスゴいわ……あんなにたくさんいたのにあっという間にやっつけちゃった」
「うむ、実にいいチームワークだった」
「三人とも、普段からあれぐらい仲がよかったらいいのにね〜」
健たち三人の見事な戦いぶりを見ていたみゆき達が、それぞれ違った感想を呟く。これでシェイドは全滅、近くにいた人々は歓声を上げた。照れ臭そうに健は笑い、不破と市村は豪快に笑った。英雄になった気分だ。だが、まだ終わっていなかった! シェイドが新たに数匹沸き出たのだ。気配を感じ取った健たち三人はすぐに振り向き、身構える。
「クソッ、しつこいな。まだやるのか!」
「やっと一息つける思うたらこれや。イヤらしい!」
「でもやらなきゃ……やられます!」
息をする間もなくシェイドは襲いかかる。早くカタをつけるべく三人は武器を携えて突撃するが、寸前でどこからともなく銃撃を受ける。シェイドと民間人、両者へ対する威嚇射撃だ。
「なんだ今のは……?」
不破がきょとんとした顔をしながら呟く。だが間もなくして手榴弾が投げ込まれ、爆発。かわしたいところだが背後にいる民間人を守るため、しっかり身構えて爆風を耐えた。煙が立ち込める中、「いまだ! かかれ!!」と何者かの声が響く。低い声だったので恐らく男だろう。だが、考察をする暇も無く――銃や刃物等で武装した屈強な若者たちが数十人も現れ、機敏で統制の取れた動きでシェイドを翻弄。瞬く間に追い詰めていく。
「そりゃ! うりゃっ!」
「でりゃあああああ!!」
「バケモノめ、これでも食らえ!」
「くたばれ!」
思わず目を見張るような動きだった。まるでよく訓練された兵隊のような――。シェイドが残り一匹となったそのとき、リーダー格と思しき男が現れる。髪は金髪でユニオン・ジャック柄(※イギリスの国旗をモチーフにした柄のこと)のバンダナを巻いており、革ジャンをハードに着こなしていた。「どけ、そいつは俺が殺る」と告げて部下達をどけると、その男は背負っていた鉄パイプを抜き出し――荒々しく振り回してならす。
「ギ……ギィ」
「みんなでワイワイやってるときに空気も読まず現れやがって」
バンダナの男は歯を食いしばった表情で鉄パイプを振り上げ、
「テメーみてぇなクソッタレは……脳髄ブチまけて死ね!!」
相手を口汚く罵倒しながら、そのまま敵の脳天をカチ割った。一瞬の出来事だったがすさまじい力が一撃でこめられており、事実、頭を割られたクリーパーは消滅した。格好つけながら鉄パイプを振り回すと、背中に背負ってニヤッと笑いながら民衆に振り向く。
「安心してくれ、もう大丈夫だ。会場に現れたシェイドは俺たちがブッ潰した。この海洋博で遊ぶのを再開してくんな」
チンピラまがいの風貌だが、あの技量とすばやい身のこなし、そして高い統率力――。この男、ただものではなさそうだ。何はともあれ、脅威は去った。民衆はバンダナの男に笑顔を見せて――いなかった。むしろ、戸惑っていたりおびえたりしていた。健たちも無論、あまりいい顔はしていない。そんな中で不破がバンダナの男に詰め寄り、「なあ、ちょっといいか」
「……なんだ、オッサン?」
「オッサンじゃない! オレは警察関係の者だ」
バンダナの男に警察手帳を見せ、己の身分を証明する。これで相手は、目の前にいる茶髪のガラが悪そうな屈強な男性が警視庁の不破である事を認識した。
「あー、刑事さんね。それで俺に何の用だ?」
「単刀直入に聞こう。君ら、最近話題になってる『近江の矛』か?」
「そうだと言ったら?」
「……聞くところによると、君たちはたびたび問題を起こしているようだな。本当にそういうことをやったのかどうか、署まで来て聞かせて欲しい」
「へぇ、署まで来いと?」
真剣な顔で語りかける不破に対して、リーダー格の男は彼を馬鹿にするような憎らしい笑顔を浮かべていた。嫌らしく笑うと、「だが断る」
「警察なんて信じねぇ。いつも口先ばっかりで、肝心な時に限って行動を起こさない。みんながシェイドに襲われてるときだってすぐに助けに来てくれない。そんなヤツらを俺たちが信じると思ってんのか?」
「関西ではそうだったな。だが、関東ではちゃんと守備が行き届いてる。こっちにもシェイド対策課は立ったし、君のその考えももうしばらくすれば変わるはずだ」
「権力の犬が! えらそうにほざくな!」
バンダナの男が逆上し不破に掴みかかる。周囲の人々は皆驚愕の顔を浮かべ、辺りは再び騒然とし始めた。
「その善人ぶった態度が気に入らねえ! 俺たちから集めた税金を何かに役立てたことが一度でもあんのか!? 一人でも許しがたい理不尽な犯罪を犯したヤツをきちんと罰したことがあるのか!? どうなんだ、言ってみろよ!!」
「くっ! 離せ!」
「し、新藤さん! 落ち着いてください!」
激昂しあらん限りに不破と警察の事を罵るバンダナの男。『近江の矛』のメンバーの一人がリーダーの名を呼びながら止めに入った。納得が行かなかったのか、新藤と呼ばれた男は至極不満そうに舌打ちした。
「なー、刑事さん。悪いことは言わん。新藤さんは警察が嫌いやさかい、ごっつキレやすいんや。せやから、ワシらにはあんまり関わらんといてくれへんか」
「……そうか、それはすまなかった」
メンバーの一人が不破にそう告げると、新藤のもとに他のメンバーが全員集まった。新藤は怒りを抑え切れぬ様子でメンバーを連れて帰っていった。
「……あれが、『近江の矛』……街の人たちを守ってくれるのはいいけど、ちょっと物騒だったなぁ」
立ち尽くす不破の後ろで健が呟く。『近江の矛』とそのリーダーである新藤のことを信じられないような口調だった。それは彼以外も同じことを思っており、やはり新藤の粗暴な言動とやり方は信用しがたかったようだ。
「警察は信じられぬ、か。私にはあのゴロツキどもの方がよっぽど信じられんよ」
「どうしてだい、アルヴィー?」
「怪しいからだ」
アルヴィーが呆れるように語る。彼女が『近江の矛』のメンバーを怪しいと思う理由がわからなかったのか、「え?」と健が呟く。
「他の構成員はギリギリ信用できる。だが、あの新藤という男は……血生臭い」
「ええっ!? た、確かにちょっと荒っぽいなーとは思ったけど……」
「とにかく、私にはあの男が俗にいう『正義の味方』には見えんのだ。ああいう荒っぽいヤツは根は優しいのというのがよくあるパターンだが、やつからは良心をカケラも感じなかった」
驚くことに、アルヴィーはひと目見ただけで新藤がどういう人物なのかを見抜いて冷静に分析していた。これには健たちもビックリだ。みゆきも同じような考えを持っていたのか、「確かにあの人、血に飢えたような目をしてた……」と少しおびえながら語る。
「あの新藤って人、どっかで見たことあるような……」
――この状況の中で、まり子は密かに心当たりがあるようなことを呟いていた。実は似たような容姿と性格をしていた男を、彼女は見たことがある。その人物は――。