EPISODE10:先輩はスパルタ野郎
やがて不破と模擬戦闘を行う約束をした休日がやってきた。みゆきに予定変更を申し込んでOKをもらった健は、傍から見れば目立つどころではない武骨な剣と盾を背負い、不破に言われた三丁目の空き地へ向かう。
「おう、早かったじゃないか」
着いてからほどなくすると、不破がやってきた。緊張によるものか、健は胸の高鳴りを押さえられずにいた。――こいつが不破ライか? 金髪に染めた髪に日焼けした小麦色の肌。聞いていたとおりガラが悪そうな外見。更に背も高く筋肉も隆々としている。彼はいかにも強そうで(実際強いようだが)、見るものすべてを威圧するオーラを全身から放っていた。――殺されたりしないだろうか、と健は少し不安になった。
「……あの、あなたが不破ライさん?」
少しばかり緊張しながら目の前のガラが悪い男にそう訊ねると、「その通り」と不破は首を縦に振った。その手には既にランスとバックラーを握っており、まだかまだかと健を待ち構えていた。
「オッケー、しゃべる前にまずやろうってか……!」
苦笑いしながら、健。不破の対岸にいた健も既に長剣と盾を手にしていた。不破は余裕の面構え。対して健は緊張から顔が強張っていた。
「そうこなくっちゃな!」
勝負がはじまった。不破が先制し、その猛烈なスピードで健の出鼻を見事に挫いた。ぶつかりあう剣とランス、斬り合いが続く。
「訓練だからって手加減はしねえ。いつでも本気で向かい合わなきゃ、シェイドにもエスパーにも勝てないぜ!」
切り上げを食らい、健の体が宙へと舞い上がる。そのままランスで切り下ろし、横なぎ、すばやい突きと不破の攻撃が続く。あまりにも速すぎる。これでは手も足も出ない。
「ちょっ、タンマタンマ! 本気でやりあわなきゃいけないのはわかった。けどさ、もう少しフェアにできませんか?!」
「ハァ?」
グロッキーから立ち直り抗議するも、不破は健の言葉に耳を貸そうともしない。――ナメられている。完全にナメられている。
「手加減しろだなんておまえ、バカか? そんなの今更できるか! 男と男の真剣勝負に、手加減なんざ必要ないんだよ!!」
「ぐあっ」
不破から一切容赦のない腹パンを受け、吹っ飛ばされた健はそのままドラム缶へと一直線。
「さっきから甘ったれてばかり……癇に障るんだよ、このヒヨッコが!!」
「ううっ! があああああっ!!」
倒れたドラム缶に埋もれた健へ、不破の突き下ろし攻撃が襲いかかる。転がってそれをかわし起き上がり、反撃に出る健。不破へ斬りかかるも瞬時に背後へ回りこまれ、またも先を読まれた。
「どこ見てんだウスノロめ! オレのように高速移動するタイプの相手もいるってこと、よーく覚えておけッ!」
健をなじると不破が三人に分身。健は身構えて攻撃に備える。本物がどれか分からず、やみくもに斬りかかる健に三人分の攻撃が波状に襲いかかる。もはや次元が違う。とてもじゃないが真似できない。
「ひ、卑怯だ! こんなの卑怯すぎる!! だいたいどこが訓練だ。まるでイジメっ……」
「少し黙ってろ!!」
背後に回りこんだ不破はかかと落としを繰り出す。健の左肩に命中してそこから全身へ痛みが走り――戦闘不能に陥った。
「あ……ぐ……がぁぁ」
「意味も無いのに喋りすぎだ。隙だらけだったぞ?」
困ったような表情で不破が言う。大きくため息をつくとうめき声を上げる健に情けをかけるように手を拾い上げ、服についたホコリを払う。
「しっかしてんでダメだなお前。パワー0点、スピード0点、あげくテクニックも0点。そんなんじゃシェイドに食われてオダブツだぜ? それと見たところ、お前は人に手を出すのに抵抗があるようだな。まあ、気持ちは分からないこともねえが」
「だってさ、シェイドはいいとしてエスパーは同じ人間じゃないですか。うっかり殺しちゃったりでもしたら……っていうかアンタが容赦なさすぎる!」
「だから、それはお前がたるんでるだけだよ。いい加減人のせいにするのはやめろ」
「なっ……」
涙目で健が不破に打ち明ける。そして抗議する。
「ま、そう気にするこたァない。殺したくないならオレみたいに力を加減すりゃあいい」
眉をしかめる健。彼には不破のその言葉が信じられなかった。あの一切容赦のない攻撃の数々はどう考えても、自分を本気で殺しに来たようにしか思えなかったからだ。
本気で敵に立ち向かわなければならないとはいえども、自分に反撃の隙を与えなかった不破は鬼としか言いようがない。ましてや偉そうに先輩風を吹かせていて、印象は最悪だ。こんな無粋で粗暴なヤツは尊敬しないに限る。
「『習うより慣れろ』だ。あとは体で覚えろや、じゃあな」
不破が超高速で空き地から去っていく。
「……くそっ、なんなんだよアイツ。出会ったそばから偉そうに……!」
その光景を見届けた健は、彼がいなくなったのを確認すると落ちていた木の枝を遠くへ力いっぱい放り投げた。悔しかった。手も足も出ず、見下すような態度を取った相手に成す術もなく敗れた自分の不甲斐なさに、彼は激しく憤っていた。
■□■□■
「ちくしょおおおおおおおおおおお!!!!」
道中でフェンスや電柱、ゴミ箱など周囲のものに八つ当たりしながら健は帰路についていた。しきりに当り散らした挙句息を荒げて公園の前まで来た頃には、すっかり日も暮れていた。
「ハァ、ハァ……クソっ、こんなにイライラしたのは久しぶりだ」
すっかり傷だらけの体と足に鞭打って、ゆっくりと歩き出す。たまたまそこにみゆきが通りかかり、傷だらけの健を見て驚嘆した。
「た、健くん……どうしたのそれ!?」
「みゆき! これは、その……そうだね、話は公園でしよう」
公園のベンチへ足を引きずって移動する健、ボロボロの彼の肩を持つみゆき。夕方の公園で二人きり、後ろにはこの公園のシンボルである噴水が空と同じ儚げなあかね色に染まっていた。
小鳥がさえずり子供たちが元気に戯れる中で、みゆきと健は場所に不相応なくらいシリアスな話をしようとしていた。
「ひどいケガ……いったい誰がこんなことしたの?」
せめて止血だけでもと、みゆきは健に手当を施した。幸い訓練でつけられた傷は浅く、軽く布で押さえただけで血は止まった。
「…………この前金髪のお兄さんに助けてもらったの覚えてる?」
「ううん。気絶してたから覚えてない」
「そうか。あの人ね、不破さんっていうんだ。その不破さんから訓練という名のイジメを受けた」
さぞ悔しそうな自分の顔を今頃不破さんは思い浮かべてるんだろうな、と健は苦笑い。なお今の彼は鼻の上と頬にばんそうこう、両腕にもばんそうこうと一目見ただけで怪我人と分かる格好だった。
「腹に思いっきりパンチしてきたり、分身して3人がかりでボコボコにしてきたりしてさ……僕、お婿に行けない体にされちゃったよ。ひどいと思わない?」
「まるでリンチじゃない……。それで、その不破さんはどこ行っちゃったの?」
「マッハでどっか行っちゃった。それにしてもこんなに痛めつけられたんじゃ、またバイト休まなきゃいけなくなっちゃうじゃんかぁ……こっちは生活かかってんだぞっ」
「大丈夫、大丈夫。健くんは丈夫だからさ、すぐ治ると思うよ」
頭を抱え込む健。彼に寄り添い、優しく介抱するみゆき。
「……ありがとう。今日はごめんね、この埋め合わせはまたするから」
切り替えの早い健はベンチから立ち上がり、申し訳なさそうにそう詫びた。
「いいの、いいの。あたしのことはいいから、健くんはエスパーのことをがんばって。でも……たまにでいいから、あたしに顔見せてね?」
「……ああ、約束する」
健気にエールを送るみゆきに、健も笑顔でそう答える。約束の証に指きりげんまんをすると、二人はそれぞれ帰路を歩み始めた。