EPISODE114:後輩への警告
不破から話があるという連絡を受けた健は、三丁目にある空き地を訪れていた。土管や廃材などがそこかしこに置かれており、まるでスクラップ置場のようだった。入ってから少し奥の方で、不破は背を向けて佇んでいた。どうやら、空を眺めて待っていたようだ。
「来たか」
足音に反応したか、不破が背を向けたまま言う。相変わらず歴戦の戦士としての風格があり、近寄りがたいハードな雰囲気を漂わせていた。
「不破さん、僕に話っていうのは……」
「そんな難しいことじゃない。あのチビから離れろってことだ」
「えっ……どういうことですか。言っときますけど、僕はロリコンじゃないですよ」
「ちげェよバカ!」
振り向いた不破が怒ってそのまま健の頭を軽く叩く。本気で殴ったわけではないためか、叩かれた健はそんなに痛くは感じていなかった。「のっけから話ズラしやがって」と毒づきながらも、不破は話を続ける。腕を組んでいてやや偉そうに見える態度だが、この際触れないでおこう。せめてここでぐらい先輩としてのメンツを立たせなければ。
「……それで、なんであの子から離れないといけないんですか?」
「オレ自身もよくわからねェんだが、あのチビからは何か嫌な予感がするんだ。内面に何か危険なものを秘めてるんじゃねえか、ってな」
「危険なもの? 何が危険だっていうんですか? あの子は確かにまだわからないところ多いですけど、とくに問題は見当たりませんよ」
「お前から見ればそう感じるだろうな。けどな、オレから見れば……なに考えてるかわからないヤツほど危険だ」
真剣な表情で不破が語る。「できればわかりやすいヤツの方と付き合いたい」と付け加えて。
「あと、そうだな。オレは昨日夢を見たんだ。あのチビと似た雰囲気の女に殺される夢をな」
「……何が言いたいんです?」
「お前の身近なところに一番危険なヤツが潜んでいるかもしれないってことだ」
「き、危険なんですか? そうは思えないんですが」
確かにそのチビ――まり子はまだまだ謎が多い。見た目はあどけない子どもながら言動も立ち振る舞いも摩訶不思議でつかみどころが無く、何を考えているかわからない。平たく言えば食えないタイプだ。しかし、今のところとくに健の身に危険を及ぼす可能性があるようには見えないが――。
「今はそうだろうな。その様子じゃとくに何もされてないようだが……そのうちあの女はお前にキバを剥くぞ。オレが見た夢でもそうだったからな」
「近いうちに僕が彼女に殺されるってことですか?」
「ああ、そうなるな。だから離れろって言ったんだ」
健が表情を曇らせる。まり子はいつも微笑んでいる。だが、時折さびしげな顔を浮かべる。過去に何かあったような雰囲気だった。守ってやらねば、と、彼女の寂しそうな顔を見るたびに健は思っていた。なので、そう簡単に彼女と別れるわけには行かない。
「できません。あの子を自分から引き離すなんて」
「なに寝ぼけてんだ! お前、平気なのか? 自分が殺されるかもしれねぇんだぞ」
「それにあの子は僕に懐いてる。あなたが思ってるほど悪い子じゃない」
「そんなの猫被ってるだけだ。そのうち本性を表してお前を殺しに来るぞ。早く別れろ」
「なんでそんなこと!」
「シェイドの言うことを信じるのか!?」
不破が叫ぶ。どうやら彼は既に、まり子がシェイドである事を見抜いていたようだ。以前も健が知らないところでアルヴィーがシェイドだということを見抜いている。ただ、そのときは警告は発しなかった。
「何度も言わせないで下さい、彼女はまだ子どもだ! 突き放すことなんてできない!」
「ふざけんな! オレたちエスパーとシェイドがどういう関係か忘れたのか? 力で服従させて特殊能力を授かる! 共にシェイドと戦う! それだけだ! 奴らに情けをかけるんじゃない!」
「アルヴィーのときは何も言わなかったのに、なぜ今頃になって!」
「あの女は信用できるからだ。だが、今お前と一緒にいるチビは信用できん。別れろ!」
「だからできないって何度も……」
そのとき、健の頬を不破の鉄拳がかすった。今度は本気だ、逆上した彼の怒りがおぞましいほどに篭もっていた。殴られた衝撃で地面に座り込んだ健を見下ろし、不破が、
「クソッタレ! お前のために言ってやったのに! こうなったらお前の好きにしろ。だが、もうどうなっても知らないからな!」
不破がまたも毒づく。イライラを少しでも晴らそうと近くにあったドラム缶を蹴飛ばし、健を横切ってずかずかと歩き去っていく。もしかして、自分の心配をしてくれていた不破さんの好意を突っぱねてしまったのでは……。少し不安げな顔をしながら、健は立ち上がる。
「……大変なことになっちゃった……」
◆◆◆◆
まり子のことで健ともめてしまった翌日、心機一転して不破は警視庁のシェイド対策課に来ていた。久々の通勤だ、周りの同僚や後輩は突然の復帰に驚いていた。
「あっ、不破さん! おはようございます」
エレベーターの前で黒髪赤眼の若い婦警――宍戸が不破にあいさつする。彼女は不破が警察から抜けていた時期に入った若手だ。事務処理能力が高く、シェイド対策課でオペレーターとして働いている。まだ未熟で若いながら、上司である村上から期待の目を向けられているらしい。
「おぅ、宍戸ちゃん。久しぶりだな」
「はい、こちらこそ。長い間不破さんが来てないものですから、ちょっと心配になってました」
「そうか……迷惑かけちまったな」
自分が落ち込んで喪に伏していた間、周りはそんな自分のことを心配していたのか――。不破は少し申し訳が立たなそうな顔を浮かべた。
「さて、主任がお呼びです。わたしに着いてきてください」
宍戸が言うとおりに彼女についていき、共にエレベーターに乗る。シェイド対策課本部には、エレベーターのスイッチを特定の順番で押せば行くことが可能だ。
だが、順番を間違えたら当然行くことは出来ない。もう覚えたぞと言わんばかりに不破はでたらめにスイッチを押すが、反応はなし。どうやら間違っていたようだ。
「違います、違います! 今から正しい順番で入力しますから、しっかり記憶してくださいよー」
不破に注意したあと、宍戸は正しい順番でスイッチを押す。今度はちゃんと反応があり、下へ下へとエレベーターが下がっていった。
「久々に来たけど相変わらず目ぇチカチカするな……」
「そうですよね。わたしなんか、しょっちゅう目薬差してます」
エレベーターから降りた二人はモニタールームに入った。ここは東京23区に設置されたすべてのカメラがとらえた映像を映しており、ゆえに部屋中あちこちにモニターが設置されていた。つまりこの部屋にいれば、東京の全エリアの様子が一目瞭然というわけだ。
「村上主任、不破さんをお連れしました」
「おっ、来たねお二人さん」
宍戸の呼び掛けを聞き、部屋の中央に陣取っていた村上が椅子ごと振り向く。相変わらず軽いノリだ。やや腹が立つが、これでも根は真面目で冷静沈着。更に仲間思いである。時にはイヤミも言ったりするものの、リーダーシップは十分にある。
「さて、不破くん。君を呼んだのは他でもない。頼みたいことがあるからだ」
「頼みたいこと?」
「ああ、ちょっくら大阪の方まで行ってほしいんだ」
「大阪ッ!?」
不破が大声を出して驚く。部屋中に反響し、周囲の人物はあまりの騒音にみな耳を塞いだり驚いたりした。オーバーリアクションをとった不破に、「お、お静かに」と宍戸が動揺しつつも注意を促す。
「つ、次から大声出すんじゃないぞ……鼓膜が破れるかと思った」
「わ、わりぃ」と不破が頭を下げる。
「おほん! ……まずはこの資料を見てくれたまえ。今回頼みたい仕事の内容について記されているからね」
そう言って村上は、不破に資料を手渡す。そこには今回の指令の内容と、何をしたらいいのかが書かれていた。
「これは一体……」
「大阪に首都機能を分散するって話は聞いたことあるかい?」
「あ、ああ。一応知ってるがそれとどう関係があるんだ?」
首都圏である東京は広く、当然ながらたくさんの人々が住んでいる。その分シェイドに狙われるケースが多く、対策課の手は行き届いていたものの危険なことに変わりはなかった。そこである政治家が、もしものことが起きた時のために首都機能の一部を大阪に移設するという案を出し、その結果大阪は発展。これを機に安全面や交通面等も見直され、大阪府民は以前より快適な暮らしを送れるようになったというわけだ。
「それに伴って大阪にもシェイド対策課が設置されることになったんだ。まだ人員不足で準備でバタバタしてるみたいだから、助けに行ってやってほしい」
「ああ、わかった」
「僕らもなるべく君をサポートするから安心してくれ」
内容を把握し指令を引き受けた不破から、村上は資料を受け取る。
「そうそう、もうひとつ。『近江の矛』っていうのを知ってるかい?」
「『近江の矛』? なんだそりゃ?」
「最近になって結成された自警団さ。シェイド対策課がなかなか来てくれないから、自分達で関西一円を悪人やシェイドから守らなきゃってことで結成されたらしい」
「ちなみに近江っていうのは昔の滋賀県の呼び名のことみたいですよ」
村上の解説に宍戸が補足を入れた。「あぁ、なるほど。そういう意味だったんだな」と不破は納得する。
「ただね、その近江の矛ってのが怪しいんだよ」
「なんで怪しいんだよ? 市民が立ち上がって悪い奴らを独自に取り締まったり、怪物を退治したりするわけだろ?」
「確かにそうですよね。すごく危険なのにそれを恐れずに立ち向かうなんて、立派なことだと思います」
「確かに立派なことだ。だが、問題はそこじゃないんだ。黒い噂が絶えないらしい」
村上の言葉に疑問を持った様子で不破と宍戸は、「黒い噂?」と口々に呟く。
「ああ。街を守ってる一方で人を殺してるんじゃないかとか、街を守るのはタテマエで裏で何か企んでるんじゃないか、っていう感じでね」
「確かに怪しいな、それは……。そこでオレに自警団の動向を探れと」
感付いたような様子で不破が言う。
「そういうこと。二つの仕事を掛け持ちすることになるけど、大丈夫かい?」
「大丈夫だ。それに久々の勤務だ、遅れた分を取り戻さないとな」
「よし! それじゃ頼んだよ」
「ああ!」
力強く不破は答えた。大阪に向かうため、そのままモニタールームを立ち去ろうとする不破を「ちょっと待った」と村上が呼び止める。
「今度はなんだ?」
「大阪に行く前に君に渡したいものがある。宍戸ちゃーん!」
不破に渡したいものがあると村上は語る。宍戸にそれを持ってくるよう呼び掛け、宍戸は保管庫へと向かった。何を持ってくる気だろうか? お茶で水分補給をしながら待っていると、宍戸が戻ってきた。「よいしょ、よいしょ」と彼女が重たそうに両腕で抱えているのは、円錐形の槍・ランス型の武器だ。
「どうぞっ、お受け取りください……せーのッ」
「あ、ありがとう……って超重てぇぞコレ!?」
宍戸がランスを不破に手渡した。不破の両腕にズシッ! と、ランスが乗っかった。結構重たいようだ。鍛え上げられた不破の太い腕でも重たく感じるということは、それだけ重量があるということになる。
「それは白峯さんが君のために作ってくれた特注品だ」
「白峯さんが!?」
「ああ。何週間もかけて作ったらしいから、大事に使いなよ」
村上からそう告げられ、不破は頷いた。何を隠そうこのランス型の武器――機動槍イクスランサーは、以前巨大グモのシェイドと戦った際に大破した同型の武器を参考に、白峯が独自に開発したもの。開発には何週間もかかった。参考にした武器より性能が高くなっており、とくにパワーと使いやすさは折り紙つきだ。外見もメカニカルでとてもカッコいい。
「あとで白峯さんにお礼言わなきゃな……」
「そうだ、不破。大阪に着いたらまた連絡くれ。そしたら指示出すから」
「うし、わかった。じゃあ行ってくるわ」
「はい。不破さん、お気をつけて!」
こうして村上と宍戸に見送られ、不破は大阪へと向かうことになった。果たして天下の台所である大阪で、いったい何が待ち受けていようというのか?
Q:なんで前回の不破と村上はわざわざラーメンを食べるためだけに京都に行ったんですか?
A:二人はわざわざ白峯さんに遠出をさせるわけにはいかないと思ったので、彼女を気遣って自分たちのほうから京都に向かいました。……って、これもなんか変な話ですね(´・ω・`)
Q:市村さんは今なにしてるんですか?
A:タコ焼いてます