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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第6章 ロリータ女王と捨てられぬ矜持
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EPISODE111:巨星散りゆく

 凶暴化し理性を失ったアンドレは、もはや単なる怪物と化していた。その巨体で突撃し、行く手を阻むものを破壊することしか頭にない。ただ、今でも考えていることはひとつだけある。何故人類だけが栄光を謳歌し、平和をむさぼるのか? 気にくわない――。

 そんな彼が向かう先は――オフィス街。もしこのままこの怪獣がオフィス街に突撃をかましたなら、被害は甚大なものとなる。建ち並ぶビルは全て瓦礫の山と化し、人々はなす術もなく殺されてしまう。こいつが適当に暴れ散らすだけでも街が火の海になってしまうのは確実。なんとしてでも止めなくてはならない。


「アルヴィー、あそこ! サイいたッ!!」

「わかった。……しっかり掴まっとれよ!」


 健が指差した先に巨大なサイの怪獣がいた。本来の姿である白龍に変化したアルヴィーが、空中で急激に加速をつけてサイに突進する。なんとか山の方まで突き飛ばすことに成功したが、まだ安心はできない。山のふもとに街があった場合、そこも漏れなく敵の攻撃対象となる。

 ゆえにこれは、一刻を争う事態なのだ。再びアルヴィーは、全力でサイの怪獣が吹き飛んだ先の山へ向かって滑空する。雲を突き抜け、林を駆け抜けるほどの速さだ。もちろんその引力と空気抵抗は生半可なものではない。しっかり掴まっていなければ、健もまり子も今頃地上に落ちていただろう。


「……いたよっ!」


 まり子が叫ぶ。彼女が指差す先にあったのは、見晴らしのいい岩場と見境なく暴れてひたすらに周囲を破壊するサイ怪獣の姿。近くには廃棄されたと思われる古びた採石場もあった。――他に人はいなさそうだ、ここなら奴がいくら暴れても安全かもしれない。


「……お兄ちゃん」

「まり子ちゃん、どうした?」

「あいつ、見ての通り頑丈そうだけど――ツノとか目を狙ったらいけるかも」

「ツノと目か……わかった!!」


 まり子が言った部分が弱点だとすれば、そこを狙えば勝てるはず。早速背中に飛び乗ってツノを破壊しようとする健だったが、突然サイ怪獣は咆哮を上げ自分の周りに黒い稲光を落とす。かわしきれずに命中し、健はアルヴィーの背中から落ちてしまう。


「ヤバい踏まれるッ!」


 人の体など余裕で踏み潰せそうな大きな足が、健の眼前に迫る。転がったり、跳び跳ねたりして回避するが、このままではいずれやられる。速く背中に登ってツノを破壊せねば。だが、どうやったら登れるのだろうか――。


「ヴォォォォォォ!」


 そのとき、サイ怪獣が突然飛び上がって全体重を乗せた押し潰しをしかけた。衝撃波を伴って地面を揺るがし、健を吹き飛ばすのにわけはなかった。絶叫を上げながら健は吹き飛ばされ空中へ舞い上がる。


「健ッ」


 そこへアルヴィーが通りかかり、健を背中で受け止める。なんとか持ち直した、今度こそ相手の弱点に近づいて攻撃しなければ。


「グボオオオオオ!!」


 接近する最中、敵のツノの先にエネルギーが集中。邪悪な黒っぽい紫色に染まったそれは巨大化すると足踏みと共に空中へ拡散し、黒いエネルギー弾が雨のように降り注ぐ。


「うわっ! すごいパワーだ……」

「あいつ、理性を捨てたのよ。だから何のためらいもなく周りを破壊する……動きを止めなきゃ!」

「でもどうやって!?」


 どうやって止めようというのか? 見当もつかず、心配するように健がまり子に問う。あの巨体である。あのパワーである。あの堅牢さである。今更止めようがないと思ったのだろう。だが、そんな不安を吹き飛ばすかの如く、まり子は「まあ見てて」と言い放つ。


「ふっ!」


 かわいらしい外見に合わないような、凛々しい掛け声を発して左手をかざすと――その掌から青紫の波動を放った。一瞬サイ怪獣の体に激痛が走り、体勢を崩して地面に倒れ込んだ。


「今のは……?」

「念動力って奴。サイコキネシスとか、テレキネシスって言った方が分かりやすかったかな」

「ああ、超能力ね! なるほど!」

「うん、それの一種だよ」

「……って今はしゃべってる場合じゃなかった! 今のうちに……」


 「アルヴィー、距離詰めて!」と健が呼びかける。「うむ、わかった!」と返事したあとアルヴィーは敵に急接近し、ツノの付近に健が飛び降りる。動きを止めているうちに倒しきってしまおうと考え、ひたすらに斬って叩いてダメージを与えていく。

 見たところ顔面も硬い表皮に覆われているし、目も攻撃したところで相手から視界を奪うことくらいしか出来ないだろう。よってここは、奴の力の源にもなっているであろう自慢のツノを叩くしかない。


「てっ! やっ! でやああああああ!!」


 叩く、斬る、叩く、斬る、叩いてぶった斬る。これを繰り返す単調な作業だ。だが、これ以外に勝つ方法はない。しかし相手もいつまでも気絶しているわけがなく――立ち上がって咆哮を上げ、健を吹き飛ばす。


「わっ」


 またも空中に吹き飛ばされる健。駆け寄ったアルヴィーの背に飛び乗り、再び様子を伺う。もしかしたらまり子に念動力で相手の動きを止めてもらわなくとも、背中に飛び乗れば――そう思い付いた直後、サイ怪獣が口から火の玉をいくつも吐き出し、見境なく周囲を破壊する。

 そのうち岩壁に命中し、頭上から岩が降りだす。落石の中を巧みにくぐり抜けるも、火の玉の流れ弾がアルヴィーに命中し――アルヴィーは岩壁に叩きつけられ、その衝撃で健とまり子は転落してしまう。


「あいたた……やられた。でも回り込むくらいなら……まり子はどうする?」

「わたしは……シロちゃんを守る! お兄ちゃんはあいつを倒して!」

「わかった! 頼んだよ!」


 だが、彼はそれしきの事では屈しない。オーブを柄に開いた3つの穴に装填し、準備は万端。踏みつけをかわし、降り注ぐエネルギー弾の雨を掻い潜り、地を走る衝撃波を飛び越えて――敵の額に生えたツノまで跳躍。


「これで終わりだ……アンドレェ――――ッ!!」


 真っ赤に燃える灼熱の炎、輝くほどに冷たい吹雪、激しく轟く稲妻――。三つの異なる斬撃がサイ怪獣を切り裂き、砕き、破壊する。やがて雄叫びを上げながら、アンドレは大爆発し砕け散った。息を荒くしながら、健が


「やった!」


 爆炎が収まると、その中には人の姿に戻ったアンドレが倒れていた。右腕で左胸を押さえており、もはや息も絶え絶えで戦える状態ではなかった。


「……お、俺は何を」


 彼は正気に戻っていた。まるでさっきまで巨大な怪物と化していたことを覚えていないような口振りだったが、すぐにそれを思い出したような複雑な表情を浮かべた。そうか、奴に負けたのだな――と。



「あいてて……私としたことが油断してもうた」


 人の姿に戻ったアルヴィーが起き上がり、頭をなでる。髪はチリチリで何故か服が破けており、胸の下半分がはみ出しヘソも見えており、更にスカートも少し破れているという目のやり場に困る格好をしていた。一応局部は隠れているのが幸いか。

 状況を把握すべく辺りを見渡す彼女の目に、立ち尽くす健とまり子の姿が留まった。立ち上がって駆け寄ると、二人が見下ろす先にはもはや虫の息であるアンドレの姿が。


「……あ、アルビノドラグーン。ずいぶんハレンチな姿じゃないか」

「悪かったのぅ……下乳出してて」

「まあ、それも悪くない……ところで、小僧」

「何だよ」

「以前約束したな。俺に勝ったら誰の命令で動いてるか教えてやると……」


 健はそう言われて、以前アンドレと戦ったときのことを回想した。あの時は武器を白峯に預けていたため素手での戦闘を余儀なくされ、更に素手での戦いが苦手だったためかなり苦しい戦いとなった。

 アンドレはこの時に「俺に勝ったら教えてやろう」と言っていた。健は相手に見くびられてからかわれたのだとばかり思っていたが、彼の口振りから察するにどうやら冗談ではなかったようだ。


「……それがどうしたんだよ」

「お前は勝者だ。たった今知る権利を得た。敗者は何も知らないまま散るのみだ」

「……じゃあ、教えてくれ」


 恐らく、こんなチャンスは二度と訪れないだろう。ここで少しでも敵の事情を知っておけば、戦いは有利になるはず。健はアンドレの話を聞き届けてやることにした。


「……三谷と、花形。前にこの二人と戦ったことがあるだろう」

「ああ」

「俺はこいつらと同じ組織に所属していた。それが『ヴァニティ・フェア』――。英語で虚栄の市、虚栄と軽薄の世界という意味だ」

「ヴァニティ・フェア……」


 健が顎に手をそえる。以前辰巳と戦った際に聞いた組織の名だ。まさかそれに属していたとは――。彼の隣にいたアルヴィーは納得が行った表情を浮かべ、まり子は目を伏せて影のある表情をしていた。彼女も何か知っていそうだが――。


「構成員はみな、人間に化けることができるシェイドばかりだ。そこらのザコとは桁が違う。更にいえば、上級のシェイドはほとんどがヴァニティ・フェアに所属している。だが、立場は平等ではない――階級制度が設けられているのだ。幹部と一般社員、という感じにな」

「……それじゃまるで、人間の会社みたいではないか」

「確かに言われてみれば……。ところで、あんたは幹部なのか?」

「いや、社員だ」


 その言葉を聞いて健とアルヴィーが目を丸くする。アンドレはかなりの強さを誇っていた。自ら幹部だと名乗っていた辰巳と同格だと、二人は思っていたのだが――実際は彼の言う通りだ。違っていた。勝手な思い込みであった……。


「……幹部は全員、俺たち社員より遥かに強い。だが、社長はその幹部を上回る。俺からすれば雲の上の存在だ」

「社長か……名は何と申す?」

「甲斐崎……」

「なにっ!?」


 その名を聞いたとき、アルヴィーがいつになく動揺した。いつも余裕を見せていた彼女が取り乱したということは――それほどその『甲斐崎』は危険な相手なのだろうか。


「……あ、アルヴィー?」

「いや、何でもない。気にするな」

「もしや恐れているのか? それはおれも同じだ……くどいようだが社長はそれほどまでに強い、うぐっ」


 アンドレがむせる。このままだと、今にも血を吐いて死んでしまいそうだ。


「強くなれ……」

「な、なんだよ。いきなり」

「お前は強い。もっと強くなれ……誰より強くなって、恐怖の帝王を打ち破ってみせろ! そっ……そのくらいの覚悟がなければ、人を守ることなどできんぞ……ご、ごほっ」

「わ、わかった……。アンドレ、あんたはどうするんだ?」

「俺は……もう……うぐ」


 左胸を押さえつけてアンドレが苦悶する。目を閉じて歯を食い縛っている表情が、なんとも辛そうで痛々しい。今にも命が尽きそうだ。


「さ、最後にひとつ教えてくれ」


 アンドレの体が崩れていく。闇に還ろうとしているのだ――。こうなればもう、助からない。


「アルビノドラグーン……お、お前は何故――本当の力を……か、解放、しないのだ……」


 そう言い残してアンドレは散った。闇に還り、髪の毛一本も残さず消えたのだ。今まで戦ったどの相手よりも手強い敵をようやく倒したのだ、喜んでもいいはずだが――健は儚げな顔をしていた。その隣で「本当の力……」とアルヴィーが呟く。心当たりが無さそうな口調だ。


「……他に生き方あったと思うのに、どうして死んだりなんか」

「あやつは、戦士として討ち死にすることを望んでいた……中途半端に生き延びるより、潔く死ぬことを選んだのかもしれんな」


 表情を曇らせる健に、アルヴィーが語りかける。あの様子や言動から察するに他にすることもなかったのだろうか。それともヤケを起こしたのだろうか――。真相は誰も知らない。


「行こう、健。くよくよしとる場合ではないぞ?」

「う、うん!」


 アルヴィーが笑顔で呼びかける。いつもの自信と余裕がある表情だ。ぎこちないながらも健も笑い、彼女についていく。だがまり子は、先程までアンドレが倒れていた場所をじっと見つめていた。


「……ホント、バカなオッサンよね。あなたなら戦い以外に色々できたはずなのに」


 ため息混じりに呟き、どこかパッとしない表情で空を見上げる。空は一面オレンジ色だ。もうすぐ日が沈む。すぐ笑顔に戻った彼女は、


「あの世でも達者でやりなさいよ、アンドレ」

「おーい、まり子ちゃーん!」

「ふぇ!?」

「モタモタしてると置いてっちゃうぞー!」

「ま、待って! すぐ行く!」


 少し離れたところから健が自分を呼んでいる。まり子は慌てて振り向き、健とアルヴィーに駆け寄った。そしてそのまま、帰路に着くのだった。


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