EPISODE110:プライドと忠誠心と晒せぬ生き恥 PART5
その頑強な肉体と分厚い皮膚、鋼鉄をも余裕で引きちぎりそうな豪腕――相手を威圧するのはたやすいことだ。このサイ男は以前に健を圧倒し、あと一歩で倒せるところまで追い詰めている。
「どうした……怖じ気づいたか」
「そっちこそ仕掛けてこないのか?」
健もアンドレも、お互いに身構えたまま一歩譲らない。張りつめた空気の中、先に仕掛けたのは――アンドレだった。健めがけてまっすぐに突進し突き飛ばそうとしたが、健は転がって回避。彼も以前は一方的にボコボコにされていたが、今度はそうはいかない。あの時は素手だったが、今回は武器をちゃんと装備してきている。これなら勝てる――とまではいかなくとも、互角には戦えるはずだ。
「せいっ!」
「ぐっ」
方向を変えてまた突進しようとした隙を突き、懐に踏み込んで叩っ斬る。アンドレは少しよろめいたが、すぐにパンチを入れる。だが盾で防がれた。
「備えあれば憂いなし! ってね」
「ふん!」
パンチを盾で弾き返し、ひるんだ隙に斬る。すかさずもう一撃入れ、今度は間合いをとって様子を伺う。
「少しはやるようになったな。だが、まだまだ軟弱、軟弱ゥ!」
力をためるようにしばらく足で後ろを蹴ると、アンドレはツノを突き立てて突撃した。そのいかつい外見に似合わず、速い。何とかかわしたが、一度だけではなく、二度、いや三度――何度も連続して健へ突撃をかました。突っ込まれるたびにかわしていた健だが、次第に疲弊していき――。
「おっお兄ちゃん、うしろッ!」
「!? しまっ……」
息を荒くして立ち尽くしていたところを突き飛ばされた。そのまま街灯に叩きつけられ、健の全身に激痛が走る。痛みを押して起き上がり、健は身構えた。
「油断は最大の敵だぞ、小僧! お前は隙が多すぎる。注意力が散漫なんじゃないのか?」
「そーいうあんたも余裕こいてる場合じゃないんじゃないか?」
飛び上がりながら剣を振り下ろし、今度は自分から先に攻撃を仕掛ける。少しひるんだ隙を見計らい、健は連続で斬撃を叩き込む! 相手を転倒させる程度のダメージを与えるも、アンドレは倒れることなど知らぬかのように立ち上がり豪腕で殴りかかって反撃に出る。盾で受け止めるもその衝撃は強く、少し後ずさりしてしまったほどだ。何度も耐えられそうにはなかった。
「臆病者め! 縮こまっている場合ではないぞ!」
だが、嫌な予感は的中してしまった。実際にアンドレは、何度もその豪腕を振るって無理矢理ガードを崩そうとして来たのだ。文字通りの力押しである。そのうち攻撃の手が止まったので、健はいったん距離を取る。すると次にアンドレは、飛び上がりながら両手の拳で殴りかかって来たではないか。これはまずい――転がって回避し、そのまま相手の後ろに回り込めた健は切り上げて反撃。振り向いたアンドレは再び両腕を地面に叩きつけるが、健は後ろへ宙返りしてそれをかわす。
「す、すごい……直撃したらヤバそうだ」
やはりというべきかその威力は凄まじいもので、殴られた箇所は窪んでいた。もしこれが直撃したら、以前アンドレと戦ったときのような事態になりかねない。ならばそうなる前に――このサイ男を倒さねば!
「……お兄ちゃーん!」
「な、何だいまり子ちゃん?」
「ゲームやるときにこういうやつが出たら、どうしてた?」
「うーんとね……確かにいるんだよねー、こーいうカタい奴。パワータイプで防御力が高い奴には……」
まり子から言われたことをもとに、健は考えを巡らせる。少しの間考えたのちに、彼の頭上に電球が浮かび上がった――気がした。要するに何かひらめいたということだ。
「そうだ! 魔法あるいは属性攻撃っ!」
「属性攻撃か……前にもそんなことがあったの」
アルヴィーは健の発言を聞いて、以前猛牛のシェイドと戦った際の出来事を回想していた。あの時も相手はパワータイプで、体が頑丈だったため生半可な攻撃は通じなかった。普通に叩くだけではダメだと判断した健は、あることを思い付いた。それが属性付きの攻撃だった、というわけだ。オーブを入れ替えながら連続攻撃を繰り出した末に相手は爆死した。今思うとこれは、辰巳との戦闘で放った命懸けの三位一体の技の前身だったのかも知れない。
「あれだけごっつい体しとるんだ、熱とかあまり逃せんだろうな」
「熱ね……よし!」
アルヴィーの発言で確信を得た健は赤いオーブを装填。刀身が瞬く間に赤く染まり、炎が燃え上がる。鎧や岩のようにいかつく分厚い皮膚を持つサイ男だが、もし炎で体を焼かれたらその熱を逃せるだろうか。
「何をごちゃごちゃと!」
戦闘中に延々としゃべる健たちに憤ったアンドレが助走をつけながら殴りかかる。真面目な性質ゆえに彼らの行動が不真面目で、戦いの場にそぐわないように見えたのだろう。だが、そう何度もやられる健ではない。盾でパンチを防ぐと、すかさず炎の剣をお見舞いする。上手く熱を排出できず、体内から焼かれるような感覚がアンドレを襲う。見てくれは立派でも内側からの攻撃には弱かった、ということだろうか。
「うっ……ごおおおおお」
「熱して……冷やす!」
オーブを入れ替え、今度は青いオーブを装填。今度は刀身が真っ青に凍っていき、輝くほど冷たい冷気を周囲に発生させる。燃えていたサイ男の体を冷ましていくが、今度は内側から裂けるような冷たさがサイ男を襲う。急激な体温の変化に耐えられず――鉄壁の守りを誇っていた皮膚にヒビが入った。
「なにッ、おっ俺の体が」
「もらった!」
相手の防御力は下がった。あとはありったけ攻撃するだけだ。凍らせてから縦、横、斜め上と切りつけたあと、
「でやああああああッ!!」
トドメに空高く飛び上がってからの唐竹割りを繰り出し、粉砕。サイ男は爆発し周囲には氷の破片が輝きながら散っていった。
「やったか!?」
アルヴィーが叫ぶ。だが、ぬか喜びだった。相手はまだ死んではおらず――。
「いや、まだだ!」
煙の中から片腕を押さえて立っているアンドレの姿がゆらゆらと浮かび上がった。あまりにしぶとい。そして執念深い――三人とも戦慄し、息を呑んだ。
「中々やるな……だが、まだだ! まだ負けるわけにはいかん!」
そう叫ぶとアンドレは懐から紫色の液体が入ったアンプルを取り出し、飲み干す。
(あれは……ネクロエキス? そっか、あいつ組織の捨て石に……)
「これ以上生き恥は晒せぬ! 最期くらい派手に散らねばな……それが同胞たちへのせめてもの手向け、ぐおおおおお!!」
黒い稲妻が、黒い霧が、アンドレの周囲に巻き起こる。雄叫びを発しながらアンドレの体はみるみるうちに膨れ上がっていき――。
「ウガアアアアアアアァ!!」
霧の中から巨大な四足歩行のサイの怪物が現れた。四階建てのビルほどはあろうかと思われる見上げるような巨体に、黒い岩のようにゴツゴツした表皮。トチの実のように赤い眼に人がちっぽけな虫に見えるほど巨大な足、そして鼻先や肩から生えた巨大なツノ――まるで怪獣のようだ。理性をかなぐり捨てた雄叫びは恐怖を通り越して、哀しささえも感じさせる。
「やらいでか……ッ」
「……伏せて!」
危険を察知したまり子がそう促した直後、巨大なサイの怪獣が両足で地面を大きく踏み鳴らす。激しい揺れと衝撃波が発生し、土煙と共に三人は吹き飛ばされてしまう。そのままサイ怪獣は突進し、街の方へ走っていく。
「あいたたっ……あいつ、どこ行ったんだ」
起き上がった健が呟く。するとアルヴィーが、「オフィス街の方だ。何にせよ急がねば!」
「オフィス街!? このままじゃヤバい……みんな、あいつ追わなきゃ!」
「うん!」
絶大なパワーを手にした代わりに、アンドレは理性を失った。怒りに満ちた奴が向かった先はオフィス街――このままでは多くの犠牲者が出てしまう。一刻も早くアンドレを止めなければ! 三人はオフィス街がある方向へと疾走した。