EPISODE9:復活の予感
それは二年前の出来事だった――。
「今日も星がきれいだな。まるで君みたいに」
「えー、ライったら何言ってるのよ。恥ずかしい……」
夜の東京都内。仲良く手を繋ぐ男と女。男は警視庁捜査一課の警部補で、女はアクセサリーショップの店員。
二人はお互いに愛し合っていた。その絆は固く永遠に結ばれるものだと――誰もが信じていた。しかし――悲劇がこのアツアツのカップルを襲った。
「よ、美枝さんッ!」
当時、都内では人の体が突然発火して焼け死ぬ事件が多発していた。後にたびたび話題に上がるようになったほどの問題に発展した、『連続発火事件』だ。
首謀者に関しては謎が多く、目撃情報は多数上げられているものの今もなお謎の多い不気味な存在とされている。その中でもとくに有力な情報は、『金髪で黒ずくめの服装をした長身の男』という容姿に関するものだった。
「……ライ、愛してる……いき、て……」
結婚式の前日に彼女は焼かれ、彼より先にこの世を去ったのだ。死の瞬間まで、女は男のことを想っていた。
「うわあああああああっ!!」
――目の前で火に焼かれた恋人が息絶える光景。それが何度も彼の夢の中で繰り返され、うなされていた。
「ハッ!?」
目を覚ました『彼』は恐怖に喘ぎながら、自身の二つの手のひらを目をむき出して見つめていた。そして今いるこの空間が現実である事を確認すると、恐怖に震えていた体がようやく静まり返った。
「またあの日の夢か……」
――彼はあと何回、見たくもない悪夢にうなされるのだろうか。
黄昏るように路地を歩くその男、不破ライ。彼は高校を卒業して、血も滲む努力の末に幼い頃からの夢だった警察官になれた。それも、警視庁の捜査一課というエリートに。
彼は後の恋人である『倉田美枝』とも知り合い、彼女との結婚も決まった。まさに文字通り、順風満帆の人生を送ろうとしていたわけだ。だが、式を挙げる前に美枝は不幸にも事故に巻き込まれてしまった。
「……見つからないなぁ。どこにいるんだか」
連続発火事件の犯人へ復讐するため、ライは警察を辞めてでもエスパーになることを決めた。これまた努力に努力に重ね、何度も死にそうな思いをしてようやくエスパーになることが出来た。
だが、もちろんこれで彼の目的は終わったわけではない。まだ残っているのだ、恋人の命を奪った犯人への復讐が――。
「見つけたらただじゃすまさねえ。絶対に復讐してやる……!」
そんな孤独な戦いをひたむきに続けている彼の前に、協力したいという人物が現れた。その人物はライに協力する代わりに、ある条件を持ちかけてきた。
シェイドとの戦闘データ、ならびに戦いで付着するであろうシェイドの細胞を提供すること。そうすれば、恋人を奪った怨敵の居場所をサーチするという。ライにとってこれほど有意義なことはない。利害が一致した二人は互いに協力し合う事を決めた。
その頃――。
闇の中で先日倒されたはずのサソリの化け物が、バラバラになった体を再生させていた。
「再生と同時に強化を計るとは興味深い。こいつで連中の実力の程度を見てやるとするか。フフフ……」
黒いローブを着た男性が、その光景を陰から見つめていた。そのフードの下には、目玉を模した禍々しい模様が施された仮面を着けていた。いったい、何者なのか――?
■□■□
「ほう、その大久保とかいう学者がそんなことを言っていたのか。いろいろと考えさせられるな」
「確かにね。人によっちゃ生命への冒涜とかそういう風にも感じられるし」
「でも大切な人を亡くしたときに、その人が生き返ったら嬉しくないか?」
「言われてみれば――」
健のアパートにて。聞く気があるのかないのか曖昧だが、アルヴィーが壁に腰かけて座りながら話を聞いていた。その雪――或いは、真珠のように白くて長い髪を梳かしている姿は美しく、ある意味浮世離れしていた。
元より〝彼女〟は、非現実的な存在だ。そもそも龍というのは分類上は空想の生物で、そもそも実在しているわけがない。その実在するはずのない生物が、今こうやってここに存在している。人の姿――それも妖怪や化け物に至極ありがちな、美しい女性の姿をとって。
「まあ、それはおいといて。おいら感心しちゃったよ。いつか、有名になってお金持ちになれるといいな~……あれ、ポテチなくなってる!」
健がおやつを食べようと入れ物の蓋を開けると、中にごっそり入れておいたはずのポテチが姿を消していた。もしや、と健がアルヴィーに尋ねると。
「すまぬ、コンソメパンチがあまりにもおいしかったものでつい……。『冬の宿』とかいうせんべいとポッキーなら残ってるから、安心してくれ」
やはりか、と健は腰を落とした。そんな彼をアルヴィーは申し訳なさそうに見つめている。
「その二つ残してくれといてサンキューな。けど、大好きなコンソメパンチを食われた怨みは忘れないぞ! いつか弁償してもらうからね! フン!」
「げに恐ろしいのは食い物の恨みか……」
腕を組んで怒る健。文句を垂れながらも、健は『冬の宿』の袋を開けるととっさに食べ始めた。
「――のう、健よ」
「なんだい?」
「少しばかりたずねごとをしてもよいかの?」
もぐもぐと口を動かしながら喋ったことで健は注意を受けた。かじりきったせんべいを飲み込むと、アルヴィーは話を再開した。
「明日は土曜日、休日だ。おぬしのバイト先でも土曜は休みだったかの?」
「うん」と、健は即答。
「この前世話になった不破ライという男が、この休日にお主と模擬戦をしたいらしい。場所は三丁目の空き地だそうだ」
「その不破さんって誰さ? そんな人知らないよ。ふわふわしてんの? 気持ちいいの?」
「ふふふ、冗談好きなヤツよの。この前、実はお主があのサソリにやられた際に駆けつけてくれたエスパーがいたんだ」
「それが……不破さん?」
「ああ」
アルヴィーはくすりと笑い、以前助けてくれたエスパーについての話をした。――人外の怪物にしては気品がありすぎる。
買いかぶりすぎかもしれないが、大胆不敵な王侯貴族か、はたまたエレガントな名家のお嬢様のようにも見える。
その鋭くもたおやかな瞳は一点の曇りもなく、細めているとはいえ中に星でも入っているかのように輝いている。
何より、人間臭すぎる。父親からの縁があるとはいえ、とても親身になって付き合ってくれている。――こんなにも優しいもう一人の姉や母のような女性を、容易に化け物と同列に扱っていいものか?
否。そんなことは雨が降ろうが槍が降ろうが、隕石が落ちてこようが、絶対に出来ない。この凛々しくも妖艶な笑みにかどかわされるのは、もはや時間の問題だった。
「どんな人?」
「見た感じは金髪のヤンキーだったな。それかチンピラに近い」
「えーっ……ヤダ、なんか怖そうじゃん」
「まあ、そう気を落とすな。明日不破殿に会って、ストレス発散がてら勝負して来い。何事も経験だぞ、ご主人」
「明日かあ……あっ!」
そのとき、ふっと健はあることを思い出した。
勢いでそのまま立ち上がり、
「いっけね、思い出した。明日みゆきんちに遊びに行くんだった!」
「なぬ!?」
日曜に延期してもらえ、とアルヴィーが怒鳴り散らしたのは言うまでもない。
いつもこんな調子の健に、人々をシェイドの魔の手から守るエスパーが果たして務まるのだろうか?