EPISODE107:プライドと忠誠心と晒せぬ生き恥 PART2
その頃健は、いつもどおりバイト先で働いていた。ウロコが砕け散った代わりにもたらされた回復効果の恩恵は大きく、こうして働ける程度の状態になるまで体力が回復していた。あれほどの傷だ、本来ならそのまま死んでいただろう。ウロコのお陰で辰巳に辛くも勝てたようなものだ。戦いはじめて以来の付き合いだった『お守り』がなくなってしまったのは少々寂しいが、あのウロコとそれを与えてくれた相棒には感謝しなければなるまい。感謝してもし足りないのは目に見えているが――。
「もぐもぐ……我ながらおいしいなーっ」
ちょうど今は昼休み。早起きして作った弁当を食べながら、健はネットサーフィンを楽しむ。主に大型掲示板やニュースサイト、その他には彼がいまハマっている特撮番組『電影戦隊スクリンジャー』、『兜ライダーMAX』の公式ホームページを見て回っていた。元来特撮というのは、基本的に児童向けのヒーロー番組である。だが、児童向けだからといって侮ってはいけない。健のような大人が観ても楽しめるつくりとなっているからだ。いくつになってもヒーロー、それに対抗するライバルや悪役はカッコいいものである。怪人が倒された際にドカン! と爆発するのも変えがたい爽快感があってなかなか良い。一方でどの作品も物語に深みがあり、ひとつのドラマとしても楽しめるのも良い部分のひとつ。特撮番組やロボットもののアニメを(無論他のアニメも)心から楽しんで観賞している健は実に、日本男児らしい趣向を持っていると言えよう。
「ぬぅ……最近こんな事件ばっかりだ。なんでこんな事するのか本当に信じられない」
「とーじょーくんっ♪」
最近発生しがちな、理不尽な犯罪に対して苦言を呈していると――背後から突然声をかけられた。声の主は彼の先輩に当たるOLの浅田だ。「うわッ」と声を上げ、健は机に伏せながら首を浅田に向ける。
「最近物騒な事件多いけど、大丈夫? ケガとかしてない?」
「はい。僕なら今日も元気です!」
「それは良かった! この前、人が石にされる事件があったでしょ。あれに巻き込まれてないかって心配になっちゃって……」
「そういえば、そんな事件がありましたね……」
他人事のように健は言うが、彼は思い切りこの事件に巻き込まれていた。しかも解決までしてしまった身だ。でもそれを話すわけには行かない。出来れば自分が戦っていることは内緒にしておきたいからである。余計な迷惑を他人にかけたくはない故の決断だ。辛いことだが、人々はみな怪物に怯えている。彼らをこれ以上苦しませたくはない。だから健は戦わなくてはならない――人々が本当の意味で安心できるまで。
「あの時ねー、あたしの友達が石にされちゃったのよねぇ。もしかしたら助からないんじゃ……って不安になっちゃったのよ」
「確かにそれは不安になりますね……それでその、お友達の方は助かったんでしょうか?」
「誰かが人を石にしたシェイドを倒して助けてくれたそうよー。ニュースでも取り上げられてたから、たぶん東條くんも知ってるはず。果たしてどんな人だったのかなぁ……」
ここで「それは自分です!」などとは口が裂けても言えない。正直やや面倒くさい状況だ。どう切り抜けたらいいのか、健は少し悩んでいた。そこへ今井とジェシーもやってきて、仲良しOL三人組が勢揃い。
「きっとあの噂のエスパーさんですよ」
「強くて優しくて……しかもカッコいい人よ。そんな感じがするわ〜」
「まさか、東條くんみたいなカンジの?」
「そうそう、そんな気がするの♪」
ドキッ! と、一瞬――健の心臓が止まった。ジェシーは以前シェイドの魔の手から健によって救われている。その時に彼がエスパーであることを知った。彼女のことだ、シェイドから救ったときに交わした『今はまだみんなにはナイショ』という約束を破るようには見えないし、話の中でうっかり話してしまうこともなさそうだが――。
「あれ、東條さん……さっきから顔が青いような気がするんですけど、大丈夫ですか?」
「ご、ご心配なく! 僕なら大丈夫ですから!」
「そ、それは良かった」
自分が元気であることをアピールする健。しかしやや空回りしており、OL三人組も含めた周りの人々は少し引いていた。
「さ、さて、気を取り直して……違う話題してみない?」
「そうね〜……あ、インターネット上で好きなことをつぶやけるサイトがあるんだけど、皆さん使ってるかしら」
「『つぶやいたー』だっけ? あたししょっちゅう使ってるよ!」
「違う違う、カタカナで『ツブヤイター』です。僕もバスとか電車の中でよく呟いてますよ!」
「気軽に書き込めていいですよねーっ」
「でも仕事中に呟いてたらダメよ〜。立派なサボりになりますから」
パソコン・携帯電話の両方から呟けるインターネット上のサイト・ツブヤイター。その利用者は数えきれぬほど多く、インターネットに繋げる環境がある者はそのほとんどが利用しているようだ。その中には芸能人やタレントもいるらしく、利用している層の幅広さが伺える。健もこの『ツブヤイター』を利用しており、通勤中や帰宅中などにしょっちゅう自分が思ったことを呟いているらしい。なお、この『ツブヤイター』だが、Botというプログラムを上手く使えばアニメや漫画のキャラクターのセリフを自動的に喋らせることが可能だそうだ。そこに副事務長の大杉(50代・生え際が気になる)もやってきて談笑に加わり――。
「エェー? わし、呟いてるけどなぁ……」
「いやいやいや、そりゃダメってもんですよ大杉さん。僕たちお金もらってるわけですし……」
「どこがいけないんだね? わしが呟いたら何か問題でもあるのかねェ? ん!?」
「いえ、なんでもないです……ぶるぶる」
仕事を終えて帰る途中、健は駅前の百貨店に寄ろうとしていた。明日は休みなのと、冷蔵庫の中身もスカスカになってきたので食材を買いに行こうと思ったのだ。それにまり子も新しく同居人となったため、そのぶん食費が増える。しかもまり子は育ち盛り(?)なのでよく食べる。よって、今のうちに食料を買いだめしておかなければあっという間に底が尽きてしまう。留守番しているアルヴィーとまり子に「百貨店で買いもんしてから帰るね」と電話をかけ、健は百貨店に入っていった。
「およ、意外と人いないのね。混まないうちに買って帰りましょ」
ややオネエっぽい口調で宣言すると、健は食料品売り場を見て回る。肉類や野菜、魚やおやつ……その中でもなるだけ安いものを選び、カートのカゴの中へ放り込んでいく。自分が好きなものに限って安売りされていないことが多く、それを見る度に健は唇を噛みしめていた。
「ありゃ、これ安いな。買ってこか」
今晩のおかずを選びに向かった先で、健はアジフライを発見。安かったのでカートへ入れた。他にはイカの唐揚げも安かったので買おうとしたところ、パックを取ろうとした誰かの手がぶつかり、「あっ、すみません」
「いえ、こちらこそごめんなさい……って、東條くん!?」
イカの唐揚げを取ろうとした女性が驚く。女性は黒髪のロングヘアーに琥珀色の瞳で、肌は雪のような色白。服装は緑色のシャツにグレーのロングスカートで、ツリ目だが柔らかい顔立ちをしており、そこまでキツそうな印象はない。むしろ優しげで献身的、かつ聡明に見えた。見ず知らずの他人に見えるが、健の名前を知っているということは彼の知り合いである可能性がある。事実、健自身も彼女には見覚えがあった。そう、この女性は――。
「そーいうあなたは……白峯さんッ!?」
健が何かと世話になっている天才(災)女性科学者、白峯とばりだ。
「たまには百貨店でお買い物したいなーって思って……あ、おなか空いてるでしょ? どうぞどうぞ、わたし食料まだあるから」
「いえいえ、白峯さんもおなか空いてるはず。栄養はしっかり取らなきゃ……」
イカの唐揚げの譲り合いが続くこと5分。収拾がつかなくなりそうだと危惧した白峯が健に唐揚げを譲ったことで譲り合いは幕を閉じた。
「そういえば白峯さんはどうしてここに来なさったんですか?」
「それはねー……まずはレジ行きましょ。話はそれからね」
「はーい」
それからというもの、健と白峯はレジに向かってそれぞれが買ったものを袋またはエコバッグに入れた。まとめ終わったところで二人はベンチに座る。
「さて、なんで私がこっちに来たか知りたい?」
「はいっ!」
「たまには遠出して大きなお店で買い物したかったからよ! あと、私って引きこもってそうなイメージあるでしょ」
「白峯さんが引きこもり……あんましそうは見えないな〜。むしろアウトドアとか好きそうに見えますよ」
「そうだったー? ま、確かに家にいること多いけど、それじゃくさっちゃうからネ」
こんな風に談笑がしばし続く。確かに白峯は研究者ゆえ、家の中にいることが多い。しかしながらこもりっぱなしではなく、気分転換のためにちょくちょく外出している。今回この百貨店に来たのもその一環だ。
「あっ……そうだ。みゆきちゃんから連絡あったけど……」
「なんですか?」
「人が石にされた事件あったよね。あのあと、また違うやつと戦わなかった?」
「はい。事件解決して帰ろうとしたら、メチャクチャ強いヤツが出てきて。オーブ3つ同時に使ってようやく撃退できたんです」
「そっか……みゆきちゃんの言ってた通りね」
右手をそえて白峯が考え事をはじめる。ずいぶん難しい顔だ。健が彼女のそばでパッとしない顔で彼女を見ていると、白峯が「……明日休みだったよね?」と呟く。
「はい、バイト休みですが……」
「腕時計はずして」
――困惑した。当然だ、社会人にとって腕時計とはすぐに現在の時刻を知ることが出来る貴重品。それをそう簡単に外して他人に渡すわけにはいかない。だが――それを渡してほしいと要求している白峯の目は無垢な子供のようだった、もし断ってしまえば彼女は落ち込むに違いない。だが、この腕時計は社会人の生活に必要不可欠。簡単には渡せない、だが――。
「これでも……ダメ?」
白峯も簡単には諦められなかった。悩ましい表情を浮かべたまま彼女はおもむろにボタンを外し、その豊満な胸をさらけ出そうとする――。ここまでされて ダ メ な わ け が な い
「フォーーッ! こ、これはけしからん……ど、どうぞこれを」
煩悩を刺激する大人の色気――元々、スケベな健が彼女の『谷間』を見て平静を保てるはずがなかった。
「ありがとう! これで何か作ってみようと思うから一晩だけ貸してね」
「わ、わかりました!」
服のボタンを閉じて借りた腕時計を懐に仕舞うと、「それじゃーねー」と白峯がエコバッグを吊り下げて帰っていく。白峯に誘惑されたことが頭から離れず、健は至福の表情で笑っていた。
「東條くんはおっぱいに弱い、と……メモメモ」