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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第6章 ロリータ女王と捨てられぬ矜持
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EPISODE106:プライドと忠誠心と晒せぬ生き恥 PART1

「申し訳ございませんッ」


 ――彼はいま、囲まれている。自分以外の幹部や社員が座している円卓の真ん中で汗にまみれて怯えながら、伏せた視線の先にいる社長――甲斐崎と向き合っている。同僚や部下たちの視線が冷たく、彼の背中に突き刺さっていた。


「部下に手本を見せてやろうと出撃し、例の青年と戦いました。途中までは順調でしたが、その……予想外のアクシデントが起きてしまいました」


「……ほう、それで?」


「結果として当分は戦闘が出来そうにないほどの重傷を負いました。やはり奴を甘く見るべきではなかったと私自身、深く反省しております!」


 能面のように無表情で死んでいるような雰囲気を漂わせる社員たちと、険しく冷徹な顔で辰巳を見つめる同格の幹部たち、そして甲斐崎――。皆の視線が痛い。包帯に隠れていて見えないものの、辰巳はひどく狼狽し震えていた。震えたまま頭を下げ、


「今後同じような失敗は二度としません。……この通りです! どうかお許しくださいッッッ!!」

「……見苦しいぞ。下がれ。治療に専念してさっさと現場に復帰するんだな」

「……ハッ! 承知いたしました!」


 ――いちおう彼は、許してもらえたようだ。円卓のある会議室をあとにし、彼は廊下へ出た。扉を静かに閉めてうつむきながら歩いていると、通路の脇で立っている大柄な壮年の黒人男性の姿が目に留まった。彼の部署で働く部下である……ミスター・アンドレだ。戦い慣れた佇まいとスキンヘッド、それから鋭い眼光が威圧感を醸し出していた。


「辰巳さん、甲斐崎さんはなんと?」

「社長ならヘコヘコしてる私の姿が見苦しいから下がれとおっしゃったよ……他には治療に専念しろとも言っておられた。こたびの失敗を許してもらえたかどうかはわからんが」


 ため息混じりに辰巳が語る。相変わらず包帯をしていて表情をうかがえないが、恐らくは著しい疲れを帯びた顔を浮かべていたのだろう。その後アンドレに延々と会社や仕事に対する愚痴や不満を聞いてもらいながら、彼は休憩室へ足を踏み入れる。

 基本的な構造は人間の会社のそれと同じであり、ゆえに一部の者からは反感を買われていた。自販機も人間のそれを模倣している。自販機には会社の特徴をよく表した禍々しいプリントが施されており、賛否両論別れているが基本的にはそのデザインは好評を得ているようだ。


「……苦労なさっているんですね」

「ああ……幹部になるというのは大変だぞ。上司と部下の間に板挟みされるしネチネチ嫌味言われるし暴力振るわれるしとにかくボロクソ言われるし部下は言うこと聞かないし毎日毎日残業させられるし……はあ〜〜〜〜っ」

「胃もたれとかしてませんか?」

「してないよ……」


 コーヒーを飲みながら、貯まっていた鬱憤を晴らすように。辰巳は休憩室へ来るとき以上に愚痴と不満を連ねていた。そのくたびれた面倒くさいオッサンのような語り口にアンドレはやや引きぎみになりながらも、彼の機嫌を直そうとなだめはじめる。幹部に昇進した日には、いずれは自分もこうなってしまうのだろうか――。


「なあ、アンドレ。君も不満とかあったら遠慮なく吐き出していいんだぞ。愚痴も立派なストレス解消法だからな」

「いえ、とくに不満はありませんが……ただ、ひとつだけ」

「なんだ、言ってみろ」


 本当に言ってしまってもいいのか、と言いたげに――アンドレが戸惑う表情を見せる。冷静沈着な彼にしては珍しいことだ。彼はもう何年も勤めているベテランだが、仕事以外での殺生をしない、お人好しがすぎるなどの理由から中々業績を上げられていないでいた。

 その点に関して何度も幹部連中や部署での上司である辰巳から注意を受けていたが、そのやり方を変えるつもりは無かった。彼にも意地がある。ずっと戦いに身を置いてきた勇猛な戦士としての意地と矜持を捨てられないのだ。――これが実際の会社なら速攻でクビにされてしまうが。


「ひとつだけあるとすれば……上司が口ばっかりで嫌味ばかり言ってきていつも偉そうで珍しく優しい態度を見せたなと思ったら今度は愚痴と不満を自分にぶちまけてきてやっと終わったと思ったら誰が得するかサッパリ見当がつかん昔語りをしてきてもうとにかくうるさい! こんな感じでしょうかね」

「……もしやそれは私のことかな?」

「はい、そうですとも」


「こいつめ! 誰のお陰で働けると思ってんだ、ハハハッ」

「ですな、ワハハ!」


 実のところ失礼に当たらないかどうか心配していたのだが、結果は見ての通り笑い合いに発展という形になった。半分冗談だったからか、とアンドレはひとり安堵する。存分に笑い、再び廊下へ出たあとに辰巳が、「そういやお前、またあの青年と戦いに行くんだったな」


「はい」

「……受け取れ」


 懐から怪しげな紫の液体が入ったアンプルを取り出し、アンドレに手渡す。以前三谷が死の間際に服用した増強剤だ、全能力を三倍に引き上げるという恐ろしい効能を持っている。


「これは……ネクロエキス!」

「ああ。我々シェイドの能力を限界まで強化する劇薬だ。その代償として寿命が急激に縮むが、三谷はそれを知らずに使った……」

「彼は組織の中でも末端でしたからな……つくづく不憫なヤツだ」


 アンドレが『ネクロエキス』が入ったアンプルを見て複雑な表情を浮かべる。本来は喜んで受けとるべきなのだろうが、そうも行かなかった。何故ならこれは、最後までヴァニティ・フェアという会社のために戦って死ぬか、あるいは会社を辞めて屈辱を受けたまま生き続けるか――という重要な選択肢だからだ。

 そして死刑宣告でもあった。確かに辞めることは出来るがその場合、反逆者の烙印を押され上層部や同僚のものたちから罵詈雑言を浴びさせられる。更にヴァニティ・フェアを辞めたことを一生責め続けられる。シェイドは人間と違い何百年以上も生きられるため、下手をすれば死ぬまで屈辱を受け続けるはめになってしまう。

 そうなるくらいなら死んだほうがマシだと言えよう。会社に逆らえば死あるのみ。どうせ死ぬのなら、いっそ会社のために散っていく方がいい――そう考える者の方が圧倒的多数を占めているのが現状だ。


「だが君も私も、この劇薬の効果は知っている。使うかどうかは君が決めろ」

「私がですか?」

「最期まで会社に尽くすか、それともこんな会社辞めてよそで働くか、だ。ただ私は、できれば部下を鉄砲玉にしたくはない」

「……わかりました。出来る限りのことはやってみます」


 ネクロエキスを懐に仕舞うと、アンドレは辰巳の下を去っていく。彼は、健たちとの決着をつけに向かったのだ。ヴァニティ・フェアの社員として、または誇り高き戦士として――。お世辞にも現在の健の状態は万全とは言いがたいが、果たして両者ともどう出るだろうか。


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