EPISODE104:決死の三位一体
目を両手で覆いたくなるほど惨たらしく、目を背けてしまうほど痛々しく。自分にとって大切な人、あるいは自分にとっての宿命のライバルである東條健が、何もできずに立ち尽くすみゆきと市村の眼前で抵抗むなしく蹂躙され、悲痛な叫びを上げている。
「うっ……くッ」
「みっともないね。いつまで私に抗う気かな?」
体を冒していく毒と、著しいダメージによる苦痛に喘ぐ健。そんな彼を嘲笑い、三つ首の蛇のような姿を現した辰巳は健の体を踏みつける。すぐに彼の体を強引に起こすと、鋭い爪を咽喉に突き立て
「時にはあきらめも肝心だぞ……ぬんッ!」
腹を強く殴った。フェンスに叩きつけられ、その衝撃で吐血し頭から血を流しながら、健はその場でうなだれた。
「ぐっ……グハッ」
「普通ここまですれば死ぬもんなのだが? お前はそうでもないようだ」
「し、死んでたまるか……」
これほどの血を流してもなお健は立ち上がり、剣と盾をその手に握りしめる。その隣では、アルヴィーがヒュドラのような姿の辰巳に対して睨みを利かせていた。
「お前みたいなヤツがみんなを襲う……泣き叫ぶみんなを嘲笑う! そんな奴らの好きにはさせない!!」
「ふん、何を言うかと思えばなんと陳腐な――」
息を吹き返したような、力強く勢いのある動きで辰巳に斬りかかる。それを防ぎきれず、辰巳はそのまま斬られてよろめく。更に間髪を入れず、健は斜め上への切り上げと切り下ろし、唐竹割りと空中からのかち割り攻撃をいっぺんに浴びせた。
「ば、バカな……貴様は毒と著しいダメージで弱っているはずだぞ」
「そんなの気合いでなんとかなるッ!」
「そうか。そうでなくては面白くない!」
回転斬りとそこから繋げて縦に武器を振り下ろす連続攻撃! そこから更に上空へ打ち上げ、高く跳躍して辰巳を地べたへ叩き落とす。地面にくぼみが出来るほどの威力と衝撃を与えた。
「おっ……いけるか!? いや、行けるわコレ! 東條はん勝てるかもしれん!」
「希望がちょっとだけ見えてきたわ……健くん、お願い。負けないで! あいつに勝って!!」
彼らの目に一筋の光が見えた。既に毒に冒されたにも関わらず、それを押してでも辰巳と戦う姿は頼もしいものがあった。市村とみゆきの声援を受け、奮い立った健は渾身の一撃を繰り出し辰巳を川岸へと吹き飛ばす。苛立つようなうめき声を上げ、上半身を起こすと「やるじゃないか!」
「だが、これしきの傷は……屁でもない!! むううううううんッ」
頭の皮をつまんで少し気合いを入れて唸ると、すっぽりと皮が脱げてその下にはツルツルした質感でピカピカと光る新しい肌が光っていた。
「だ……、脱皮した!?」
「ハッハハハ! 残念だったなボウヤ! ヒュドラとは死なない怪物。こうやって脱皮すればいくらダメージを受けようがチャラに出来る!!」
ヒュドラは実際脱皮していたのかどうかは分からないが――現実のヘビは脱皮して大きくなる。その原理を応用したかどうかは不明だが、辰巳はこうやって受けた傷を無かったことにすることが可能。更に脱皮せずとも、少し気合いを入れたらその場で再生できる。だが、脱皮しない場合は限度があるらしい。
「くそっ、そんなのありか! ズルいぞ!!」
「ズルいもへったくれもない! 勝負はあったな東條健……人間は傷の治療はできても、自分の意志で再生することはできん。脱皮して皮を新調することもな! つくづく弱い生き物よ……なぜ貴様らのようなチンケで弱い生き物にそこの白龍が味方するのか? 信じられんよ!」
ゼェゼェと息を切らしながら、仁王立ちして勝ち誇る辰巳を睨む。腰を落として剣を構えている健の隣で、アルヴィーは低く唸っていた。
「あのヘビ野郎、ふざけおって……! なんちゅうヤツや!!」
「健くん……アルヴィーさん……」
「なんとでも言え! こいつが死んだら外野の君たちにも後を追わせてやろう。その時までこのクズが苦しむさまをとくと見ておくがいい」
落ち込み、または憤る二人をあしらい、真ん中の首が口を大きく開けると強酸が吐き出された。健はこれを転んでなんとかかわすが、振り返ると――健の代わりに直撃した地面がドロドロに溶けていた。「あぶなかった……」と呟いて安堵するが、直後にヒュドラワインダーは顔の横についたキバを抜き――なんと、そのキバをサーベルのような形に変えた。
「そろそろ爪を研ぐのも飽きてきたのでね……今度は真っ二つにしてやろう! この魔剣でな!!」
魔剣ハイドラサーベル――。この毒蛇のキバを模したようなデザインの魔剣は猛毒を秘めており、いかなる金属も貫き粉砕するといわれている。それだけ強力でガードも難しいということだ。巧みな剣さばきは付け入る隙もほとんどなく、今の健には相手の攻撃をかわすか防御することしか出来なかった。
「シャアアアアア!!」
「ぐあっ!!」
やがて動きが緩んだ隙を突かれ、毒を秘めた斬撃をその身に受けてひるんでしまう。辰巳の爪に仕込まれていた毒と、ハイドラサーベルに含まれていた毒が重複したか――激しい疲労が健を襲い、視界がぼんやりと霞んでいく。
「ハッハッハ! いくらエスパーといえども所詮は脆弱な人間! それだけ毒が重複すれば生きてはいられまい!!」
「はぁ……はぁっ、ウッ」
目の前には喉元に突きつけられた毒牙。その傍らには、泣き叫び崩れ落ちる幼なじみと怒りのあまり敵へ銃を向ける、一応ライバル扱いの青年。敵は強い、ここでやられてしまえばあとの二人も間違いなく助からない――。二人を助けるため、ここは自分が踏ん張るしかない。
「クックック……痛いか、苦しいか? 早く楽になりたかろう。さあ、助かりたければ私に許しを乞え! 泣きわめけ! 命乞いをしろ! そうすれば命だけは助けてやる……」
「へっ、誰がするもんか……お前なんかに!」
「こざかしい!!」
要求を拒んだ健の顔を殴り、転倒。辰巳はハイドラサーベルの切っ先を向け、健の胸に突き立てようとする。
「口で言うだけなら私にも出来る。君も男なら潔く負けを認めろ?」
そう吐き捨て、狂気じみた笑いを浮かべながら剣を上へと上げる。
「死ねッ!!」
グサリ、と、健の左胸を凶刃が貫いた。声も出さずに健は驚愕の顔を浮かべ、そのままゆっくりと――地面に崩れ落ちた。
「ぅわはははは! まあこんなもんさ!!」
辰巳が高笑いを上げる中、みゆきと市村は深く悲しんでいた。パートナーを手にかけられ、怒りに震えた白龍は――けたたましい咆哮を上げた。そして倒れてもなお、健をいたぶり続ける辰巳を見て、みゆきはついに感情を押さえきれなくなり――。
「健く――――んッ!!」
――天に向かって慟哭した。叫んだところでどうにもならないことは分かっていた。それでも爆発した感情を抑えることはできなかった――。それほどまでに大切な人を傷つけられたことが耐えがたかったのだ。
――そのときである!
「くくく、叫んだところで何も起きないよ! さあ、次はお前たちの番だ……ん!?」
突如として健が息を吹き返し、立ち上がったのだ。心臓を貫かれたはずの彼が、なぜこうやって息をして立っているのだろうか――。
「き、貴様ァ……死んだはずでは無かったのか!」
「へへっ――残念でした」
片目をつぶり息を荒くしている彼が、上着の胸ポケットからボロボロになった何かを取り出す。それは――血で汚れ、ひび割れた白いウロコだった。かざした瞬間にパラパラと崩れ落ちる。
「アルヴィーからお守りもらってて良かった――。これがなかったら、さすがの僕も即死だったよ」
その白いウロコは――かつてアルヴィーが自分の体から剥がして健に与えたもの。周囲の気温にあわせて自動で温度を調節し、シェイドが現れたら音を響かせて知らせてくれる優れものだ。健は普段からこれを持ち歩き、もっぱらお守りがわりに持ち歩いていた。それがここで、健の命を守るために役目を終えた――というわけだ。
「これが砕けたとき、あんたの毒もきれいさっぱり消えた……それだけじゃなしに、僕に活力も与えてくれた。こんな機能があるなんて知らなかったけどね」
アルヴィーも知らなかったのか、それとも面倒くさがって教えなかったのか? 健自身もこのことについては知らなかったらしく、少し驚いたな様子で語っていた。それを見ていたみゆきと市村は、「生きててよかった……」と口々に呟いた。
「ぐぬぬ……」
「そうか、お主……こーいうご都合主義は嫌いだったかの?」
「この死に損ないどもめ、今度こそ仕留めてやるッ!!」
しゃべる余裕ができたアルヴィーのメタ発言に、辰巳はいきり立って襲いかかる。しかし薙ぎ払い攻撃を受けてサーベルを弾き飛ばされ、怒った彼は口から毒液を吐き出して健を溶かそうとする。だが、転がって難なくかわされた。
「シャアアアアアアアッ!」
あきらめの悪い辰巳は肩のヘビを伸ばし、健の首を絞める。拘束すれば動けなくなるから、その隙にいたぶってやる……と考え、ツメを振りかぶるが逆に肩のヘビごと斬られ「げふっ!」
「これがプロの技か!?」
健は炎のオーブを装填し、剣に炎の力を宿らせた。斜め下、横、斜め上、真上から真っ二つ――連続で斬撃を繰り出し、辰巳を焼き尽くす。すぐに再生しようとするが、傷口を焼かれているために瞬時に再生することができない。
「ちっ、再生能力の弱点に気付くとは……賢いな、お前」
辰巳が舌打ちする。しかし傷が再生できないならば脱皮するまで、と言わんばかりに彼は皮を脱ぎ捨ててしまう。切り落とされた肩のヘビもあとを追うようにニュルニュルと生えてきた。
「だが、どんなに傷をつけても無駄なこと! わはははははは!!」
(確かにそうだ……、再生しきれないほどのダメージを与えられるとしたらどうすればいいんだろう)
いくらダメージを与えても敵はその都度受けた傷を無かったことにしてしまう。傷口を焼いたり凍らせたりすれば再生する機能が鈍るが、それも脱皮されてしまえばチャラになってしまう。もはや手の打ち所がない――いったいどうすれば。ほぼ不死身の怪物であるヒュドラ辰巳への対策を練り始めた折、剣の柄に開いた三つの穴が健の目に留まった。そして、あることを思い付く。
(待てよ……今持ってるオーブ――この三つを同時に装填すれば!)
今は赤色をした炎のオーブをはめている。他の穴に、あと氷と雷の二つをセットすれば――三位一体の攻撃ができるはず。何の根拠もないのにその可能性を信じて、彼は残りの二つも穴にはめる。すると、突如として刀身が赤・青・黄色の3色に輝き――。
「た、健……お主いま、何をした?」
「え? な、なにって……その、三つ同時にはめたらそのパワーで相手を倒せるかもしれないって思ったんだけど……うわっ!」
すさまじいエネルギーだ。激しい炎と冷気、そして稲妻――3つの力が唸りを上げて飛び交う。近付くだけで燃えるか凍りつくか、痺れるか。そのくらい危険な状態だった。さすがの辰巳も、これには(元々青いが)顔を蒼くせざるを得ない。これなら間違いなく奴を倒せる、と思った。だが現実は甘くはなく、強すぎる力に彼の体は振り回され――。
そう、暴走する剣に振り回されているのだ。
「あ、熱い!」
まず一発目、炎を伴う斬撃。地獄の業火のごとき勢いで燃え盛る炎の波に、辰巳の体は飲まれていく。
「つ、つめたい!!」
二発目は、冷たすぎて輝くほどの冷気を帯びた一撃。炎を消し去ったそれが辰巳を凍てつかせ、その身を切り裂くのは時間の問題だった。不死身の怪物にして巨大な毒蛇であるヒュドラも、平たく言ってしまうと変温動物に分類される。ゆえに先程の業火とあわせて急激な体温の変化についていけず、身体に致命的なダメージを受けてしまったのだ。
「し、しびればびれぶーっ!!!」
最後の三発目は、激しい稲光をまとったトドメの一撃。爆発して轟くようなその必殺の一撃が直撃した辰巳の体はもう限界を迎えている。耳をつんざくほどの叫び声を上げ、そのまま食えそうなくらいこんがりと焼き焦げた彼は地面をすべりにすべった挙句硬い塀に叩きつけられた。ここまでされれば、再生には途方もない時間がかかりそうだ。とても戦えるような状態ではない。
「くっ……、傷がうまく再生できん」
ヒュドラのような姿から包帯を巻いた厚着の男性の姿に戻り、負傷した片腕を押さえながら立ち上がると
「まさかその剣にそんな力があろうとはね……もしかして、本当に帝王の剣だったりしてな」
「えッ!? あんた、帝王の剣のこと知ってるのか!?」
「すまないが、それは教えられないな。……また会いましょう!」
辰巳は健が知りたいことをはぐらかして返事をすると、咳き込んで血を吐きながら隙間に飛び込んでいく。そのままどこかへと姿を消した。同時に、安堵していた健がうめき声を上げて地面に倒れこむ。
「健くんッ!」
「東條はん!!」
「健ッ! 無事か!?」
ぐったりと倒れた彼のもとに、誰よりも健を心配していた二人と、龍から白髪の女性の姿となったアルヴィーが駆け寄る。もしや、さっきの激しい戦いで受けたダメージがたたって死んでしまったのでは――みゆきが不安になりながら彼の手首をつかんだが、まだ脈はあった。更に喜ぶべきことに、健はその上半身を起こし
「へ、平気だよ。ちょっと……疲れちゃっただけさ」
笑顔でそう語った。――心配しすぎだった。何の根拠もなく、彼はいつだって元気で明るく振舞っている。恐怖を与えようとする怪物から、人々の笑顔を守るために戦っている。そんな彼からすれば、これしきのことは大して苦しくはないのかもしれない。彼を見て、周りに駆け寄っていた三人は安堵の表情を浮かべた。