EPISODE103:悪魔の彫像と嘲笑う海蛇
「貴様らごとき三十秒で十分だ!」
アイアンガーゴイルが挑発し、同時に空へ飛び上がる。滑空しながら脇目も振らずに健へ突撃する。当たる寸前で健は横へ飛んで回避する。
「チッ! かわしやがったか!」
地上へ降り立ったアイアンガーゴイルに斬りかかり、そのまま接近戦へと持ち込む。悪魔の石像のような外見に反して、相手はなかなかすばやい。その上攻撃も正確だ、なかなか隙が見つからない。
「どうしたガキがァ! うりゃっ!」
卑怯にもアイアンガーゴイルは健へ足払いをかけて、転倒させる。「卑怯だぞ!」と叫ぶ健に耳など貸さず、ガーゴイルは健を切り上げて吹き飛ばす。めげずに立ち上がる健を狙い、再び空中から突撃する。今度は避けず、当たる瞬間に反撃。地面に落ちたガーゴイルに唐竹割りを浴びせた。
「やるじゃねえか、だが……」
アイアンガーゴイルが後ろへ引き下がる。「何をする気だ……」とアルヴィーが疑念を抱くが、その答えはすぐに出た。なんとアイアンガーゴイルは、あろうことか石化した人々を人質にとったのだ。しかもその人物は、健も良く知っている人物だった。
「これならどうだぁ?」
「みゆきッ!」
「へへへ、知り合いだったのか……」
右手に持った剣を石化したみゆきにあてがい、ガーゴイルは「石化した人間を砕いたらどうなると思う?」と嘲笑いながら問いかけた。だが、健もアルヴィーも答えられなかった。いや、答えたくなかった。
「確かに俺を倒せば元に戻る。しかしその前に壊してしまえば……その人間は死ぬッ!」
「くっ……貴様!」
「ヒャハハハハ! そういうことだ、動いたらこいつの命は無いぜ!」
勝ち誇ったようにガーゴイルが笑う。石化したみゆきを盾にされては迂闊に動けやしない――それに卑怯な相手のことだ、他に自分が石に変えた人たちも盾にしてくるかもしれない。
「へへへ、手も足も出まい……」
物言わぬ石となったみゆきを脇に抱えてガーゴイルがまたも笑う。だが、がら空きだった彼の背中を狙って誰かがガーゴイルを蹴っ飛ばした。その弾みで石にされたみゆきがその場に転がる。
「だ、誰だ……ぐはっ!?」
うろたえるアイアンガーゴイルへ、容赦なくビームが撃ち込まれる。次々に放たれ、最後には特大のビームがガーゴイルに爆裂した。
「ふーっ」
銃撃主は白煙を上げる銃口に息を吹き付け、煙を消す。おびえるガーゴイルに再び銃口を向け、威嚇する。
「わしのライバルの女に手ェ出すとは到底許しがたいヤツ……」
「市村さん!」
「へへっ、すんませんなぁ、遅れてもうて」
剣の健と銃の市村――両雄が肩を合わせ、共にアイアンガーゴイルへ武器を向ける。もはやこのような外道、真面目に相手をする必要などなくなった。
「くそッ、生意気な……まとめてナマスにしてやる!」
滑空しながらアイアンガーゴイルが二人と一匹めがけてまっすぐ突撃。だが地上から市村に撃たれ、よろめいたところを龍に変身したアルヴィーから飛び移った健によってそのコウモリのような翼をもがれた。勢いを失ったガーゴイルは地べたへ落ち、そのままビームや斬撃、そして氷のつぶてや炎による猛攻を受ける。
「お、お前ら……俺様に何の恨みがあるんだ!?」
「うっさいわこのダボ! 早よう地獄に堕ちろや!」
焦燥を覚えたアイアンガーゴイルを市村が罵倒し、銃口からチャージしていたビームを射出。大きく吹き飛びコンクリートの壁に叩きつけられた。早く逃げないとやられてしまう! その場から逃げようとしたアイアンガーゴイルだったが、時すでに遅し。雷のオーブを剣にセットした健が跳躍し、ガーゴイルの背後に迫っていたのだ。
「ひ、ひぎぃ!?」
「デェヤアアアアアア!!」
とどろく稲妻をまとった金色の長剣がアイアンガーゴイルを大きく薙ぎ払う! 悲鳴を上げるアイアンガーゴイルだったが、何故か健の技は効いていなかった。
「な、なんだ。白龍と契約したエスパーさんって案外大したことねーな……ウッ!?」
何事もなかったかのように歩き出したその時である! アイアンガーゴイルの体内に入り込んだ技の余剰エネルギーが、彼の体内で爆発したのだ。
「ウゲェェェェェガアアアアア!!」
あれれ、もとい、哀れにもアイアンガーゴイルはマイクを一本破壊しそうな叫び声を上げて大爆発、チリと化した。卑怯者にふさわしい末路である。
「ざまぁみろやい……」
「まったくですよ」
アイアンガーゴイルが死ぬと同時に、灰色の石にされていた人々が元に戻った。もちろんみゆきも自由の身だ。
「……健くん! アルヴィーさんに市村さんも……」
「もう大丈夫や、みゆきちゃん。わしと東條はんと姐さんで頑張ったさかい、石にされてた人みんな元通りやで」
石にされていた間は記憶がなかったのか、状況が飲めず戸惑うみゆきに、市村がサムズアップしながら素敵なスマイルで状況を説明する。刹那、アルヴィーから「姐さんと呼ぶな!」と鉄拳による制裁が下った。もしかして、恥ずかしかったのだろうか――。
「次に姐さんと呼んでみろ。目潰しか四の字固めを決めてやるぞ、ふっふっふ……」
「アルヴィーの関節技は強力ですよー。市村さん、ただじゃすまないかもクックック……」
不敵に、時にいやらしく笑う二人を、殴られた弾みで地面にコケた市村はおびえた子猫のような目と姿勢で見つめていた。額から流れる冷や汗が何とも言えない。
「暗くなってきちゃった……さ、みゆき。みんなで帰ろう」
「うん!」
何はともあれ戦いは終わった。明日に備えて、夕陽をバックに健たち4人は土手を歩いて帰路に――
「……おっと、君たち。誰か忘れていないかな?」
帰路につきたかった。だが、それを許さないものがいた。先程現れて市街地で人々が襲われていることを告げた包帯に厚着の男――辰巳隆介だ。
「……あんたは、辰巳!」
「三谷に花形、そしてあのガーゴイルと――ことごとくうちの社員を倒すとは大したものだ。どうやら、我々は君たちを過小評価していたらしい」
右手をくいくいと動かし、辰巳は憎らしげに笑う。
「……誰でっか、このミイラ男か透明人間みたいなヤツは?」
「こやつは辰巳……泣く子も泣き止まないブラック会社、バニラ・アイスの幹部だそうだ!」
わざとか、それとも天然ボケか……辰巳にメンチを切る市村にアルヴィーは辰巳のことを簡単に説明したが、所々間違っていた。
「違う! 私は辰巳……泣く子もだまるブラック会社、ヴァニティ・フェアの幹部がひとりだ! 次から間違えるな?」
辰巳がガミガミ怒りながら間違っていた箇所を訂正し、言い直す。わざわざ健たちを指差して催促まで入れた。
「……本題に戻らせていただこう。東條健と市村正史、そのお知り合いの風月さんとお見受けしましたが」
「……それが何か」
眉をしかめ、健とアルヴィーがしかめっ面で辰巳を睨む。念のため言っておくと、アルヴィーはガーゴイルを倒した辺りで人間体に戻っている。
「そのうち東條さんと市村さんには是非とも我が社に来ていただきたい。人間とはいえあなた方は強力で将来有望なエスパーだ。上層部には私から話をつけましょう。給料も弾みますよ」
「……お断りや」
「そんなのこっちから願い下げだ。あんたにはついていかない」
答えは一目瞭然、全員が満場一致で『NO』と答えた。現在進行形で人間を襲っているシェイドに協力することなどできない。
アルヴィーや糸居まり子のように人間が好きだったり無益な殺生を好まないものはともかく、今話している辰巳からは悪意と卑しさしか感じられない。こんな奴についていく必要はあるのだろうか? ないに決まっている。
「そうですか……それは残念だ。ならば仕方がありませんね」
呆れて手を広げる辰巳。少し疲れたような口調だったが、恐らく苛立っている。神経質で気難しい彼は、ことが自分の思い通りに運ばない事を良しとしない。
「だが、私もただで帰るつもりはない……逆らった報いを受けていただく」
包帯の隙間から見える鋭い目がオレンジ色に光った。とっさに健は「伏せて!」と全員に呼び掛け、自身は盾を構えて他の三人をしゃがませた。背後で小さな爆発が起きたので振り向くも、幸い誰にも当たっていなかった。
「ちっ……流石にこけおどしは通じないか」
「あいにくな、わしら戦い慣れてんねん。あんなんで倒せると思うたら大間違いや」
「また減らず口を……余興は終わりにしますか」
少し気合いを入れて、辰巳は低く唸り声を上げた。体が黒く染まったかと思えば、だんだんと禍々しい姿に変わっていき――気がつくと三つ首の蛇のような不気味な怪人になっていた。
目がゴーグルのような顔で両肩から蛇の頭が伸びており、更に右腕は紫で左腕は緑で、真ん中の首と胴体はケバい水色だった。無理矢理つぎはぎにしたような雰囲気を漂わせており、極めて醜悪で腹黒い本性をこれ以上ないほどに表現した姿だった。まるで、ギリシャ神話に登場する不死身の水蛇を髣髴させる。
「ハッハッハッハッハ! これが私の真の姿……ヒュドラワインダーだ!! 覚悟はできたか、エスパーども!!」
その見た目通り、凶暴で残忍な口調で辰巳が叫ぶ。先程までの慇懃無礼で冷静な口調でしゃべっていた彼とはもはや別人だ。さっそく口から毒液を吐き出し、一同を牽制する。
「東條はん、みゆきちゃんはわしに任せとき! あんたはあのキショいヘビ野郎に集中するんや!」
「わかりました、お願いします!」
白龍に変身したアルヴィーと共に健は辰巳に向かって走っていく。一発入れようとするが、辰巳はそれを避けて健の脇腹を鋭い爪で切り裂く。毒でも塗ってあったのか、出血が酷い。手で押さえても血が止まらないのだ。
「うっ……!」
「ぜぇぇぇい!」
右肩のヘビの首が伸びたと思いきや、すぐに口から炎を吐き出した。盾で防ぎ、炎が途切れた隙を突いて攻撃を加えようとするが、逆に隙を突かれて腹を殴られてしまう。
「まだまだ青いな。……ぬん!」
「ぐはあっ!!」
よろめく健に容赦なく、両肩のヘビの口から吐き出された火炎と毒液の波状攻撃が襲いかかる。かわしきれずにそのまま浴びてしまい、健は坂を転がり落ちてしまった。「健くんッ!」とみゆきは悲痛な叫びを上げる。
「くそ……こいつ、強い!」
「そこで見ていろ! 大切な人が目の前で死ぬのをなぁ!!」
狂気じみた笑い声を上げながら辰巳は坂を飛び降りて健をいたぶりはじめる。爪で切り裂き、足のつま先で蹴り飛ばし、肩のヘビを伸ばして噛みついたり首を絞めたり――その方法はあまりに非人道的だ。ずっと人々を守るために戦い続けてきた健が成す術なく敵に蹂躙されるその光景は、あまりにも凄惨で残酷だった。みゆきは耐えきれなくなって慟哭し、市村は外道すぎる辰巳のやり方に激しい怒りを感じていた。
「はあっ、はあっ……」
「ハッハハハ! こんなものか、最近のエスパーというのは!!」
果たして、健の運命は? 戦いはまだ、始まったばかりだ。