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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第6章 ロリータ女王と捨てられぬ矜持
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EPISODE101:新しい同居人

 コロコロ転がしてホコリを取るローラーのようなもの、ほうきとちりとり、掃除機――あらゆるものを駆使した結果、まるでクモに呪いでもかけられたようにクモの巣だらけになっていた、健の部屋の掃除が終わった。

 なぜクモの巣まみれになっていたのか? それは後にまり子の口から語られたが、どうやらクモの巣を張ったのはそこが自分の縄張り(テリトリー)だということを証明するためだったらしい。以前廃倉庫で出会った際に道中に巣を張っていたのもそのためだったそうだ。

 勝手に部屋に上がりこんで汚してしまった事を、まり子は素直に謝った。このときアルヴィーは驚いていた。彼女とは旧知の仲、いわば腐れ縁だったのだが――傲慢で非情な『女王』であるまり子が他人に頭を下げたことがやや信じられなかったのだ。彼女が心を開いたものには優しく、純粋で明るい女だというのはよく知っていた。だが同時に、あまり他人を寄せ付けようとしない孤高な一面も持っていた。

 その苛烈とも善悪の区別がつかぬ純真無垢ともいえる二面性がある性格から、まり子には友と呼べるものが少なかったのだ。そんな彼女の数少ない友人がアルヴィーであった。彼女とは約700年ほど前からの付き合いであるが――話すと長くなるため、この辺りで割愛しておく。


「お兄ちゃんの料理、おいしー! とくにお肉がたまんない!」

「野菜も食べなきゃダメだぞー? あとお魚もだね……」

「いーもん。わたしは肉食系だもん」


 掃除を終えて手もきれいに洗った健とアルヴィーは、いつの間にか部屋に入って来たまり子と一緒に夕飯を食べていた。今日のお品書きは肉野菜炒めとみそ汁と白ごはんで、すべて健の手作りだ。すぐに食べられるメニューを考えた結果、この組み合わせとなったのだ。

 手抜きと言われるのでは、と危惧していた健だったが――見ての通り評価は上々だ。いつも食べているせいか、それともジェラシーか、アルヴィーはとくに何も気にせずに料理を味わっていた。やはりウマかったのか、無上の喜びを浮かべていた。

 噛んでいたものを飲み込んで一呼吸おきはじめた彼女は、微笑みながらまり子に視線を向け


「ふふふ。ホントは立派な大人なのに、まるで子どものようだの。のう、まり子?」

「むっ……言ったわねー。早く大人になってやるーッ」


 ムキになったまり子が、大食いタレントもビックリして腰を抜かすような勢いでおかずやごはんを食べていく。その食いっぷりには流石の健やアルヴィーも目を丸くするばかりだ。やがて瞬く間にまり子は満腹になり、迂闊に動けなくなった。嘔吐するか腹を壊す可能性があったからだ。


「た、食べすぎた〜〜〜〜……」

「あちゃー……。暴飲暴食は体に良くないよ」

「う、うん……次から腹八分目にするね。うっぷ……」


 糸居まり子……その可憐で美しい外見に似合わず、意外と大食いな女である。だが、それもそれでまたかわいらしい。

 休憩をおいて消化しきった頃に、まり子は健とアルヴィーに自らの正体を打ち明ける。本当は大人の姿だったということや、産気付いて子どもを産み落としていた時期に警察のシェイド対策課の襲撃を受けたこと、更に街中で暴れていた子グモともども討伐されたことを――。


「……へぇ、そんなことが……大変だったんだね」

「うん。力が不足してたから、不完全な状態で復活しちゃったの。それで子どもの姿になったってわけ」

「そうだったのか……」


 ことの経緯を聞いた健は顎に手を当てると、何やら考え事を始める。その内容は『大人のまり子はどんな姿なのか?』というものだったが、最初は真面目に考えていたものの、途中からどんどん淫らでおかしな方向へとそれていった。それに伴い、表情もいやらしくなっていき――。


「お兄ちゃん、今エッチなこと考えてなかった?」

「えっ? いや、何も……」


 図星だった。うろたえて目を丸くしている健と少しませたように笑っているまり子の間にアルヴィーが割って入り、「そうかの? お主なら考えかねんが」


「かっ考えてない! 考えてないから!」

「へぇー。じゃ、これはなあに?」


 あわてふためく健の前にまり子が、彼の愛読書を突きつけた。とはいっても読んでタメになるようなことは書いていない。

 むしろ煩悩を満たせるような内容だった。なぜならそれは、水着姿の若い女性の写真が載っている――いわゆるエロ本だったからだ。


「引き出しに隠してあったの見つけたよ。こーいうの好きなんでしょ?」

「へげぇ~っ!? ど、どうしてそれを……」

「フフッ。わたしもお兄ちゃんがどーいう女の人が好きなのか知っておきたかったんだー」


 恥ずかしそうに両手で顔を隠す健だったが、そんな彼をまり子は笑って許した。彼女はある意味、このくらいの心意気がある男性が好みなのかもしれない。


「それよりまり子――お主、ここに住みつく気か?」

「ここに住むつもりよ。ずっとじゃないけどね~」


 まり子が微笑んだ。その笑顔は幼いながらも、やや大人びている。裏に何か思惑が潜んでいるような気がするが、恐らくそれは思い過ごしであろう。アルヴィーの知り合いなら悪い奴ではないはず。ここは彼女を信じてみよう、と、健は思った。


「……そっか。分かった! ここにいてくれてもいいよ!」

「いいの!? ありがとう♪」


 ――また、笑った。とても無邪気で、どこにも捻じ曲がったところがないような笑顔で。彼女は健が思っているよりもピュアで健気だ。だが、ひょっとすればそれは上っ面だけで、本心は以前サイ男との戦いで見せたように鬼畜で残忍冷酷なものかもしれない。

 とはいえ今のところ、彼女は敵対するもの……つまり己が嫌っているものには容赦がないだけで、仲間や自分が好意を示している相手には温厚で優しい態度で接している。必要以上に警戒しなくても大丈夫――なハズだ。


「ただしッ! 条件がある。ひとつ、クモの巣をやたらめったらに張らないこと! ふたつ、なんの罪もない人たちを襲わないこと! そしてみっつッ! お隣さんや大家さんに迷惑はかけないことッ! 以上の3つを、部屋にいてくれる間でいいからできるだけ守って欲しい。わかったね?」

「わ、わかった。そうするわ」


 いきなり大声(しかも早口)でまくし立てるように健がそう催促したものだから、まり子はやや動揺していた。素性がつかめない以上、これくらい言い聞かせてやらないと何をするかわからない――と思っての行動だったが、いま思えば少々やりすぎたかもしれない。健は少し、心の中で反省した。


「それからたとえイケメンでも怪しい人にはついていっちゃ……」

「ま、まあ落ち着け健……まり子は利口だからそれくらいは朝飯前だ」

「ご、ごめんっ」


 そんな風にアルヴィーから制止され、気を取り直して麦茶とお菓子を仲良く味わっていると――。ピンポーン! と玄関のブザーが音を鳴らした。――誰かが来たようだ。「こんな時間に誰だろう」と少し怪しみながら、玄関のドアを開けると、そこにいたのは――


「宅配便でーす!」

「あ、あんたは……!」


 そのいかつい体格をした大男は、どこからどう見ても気のいい運送会社のあんちゃんには見えなかった。黒いスーツを身に纏い、洋画によくいる黒人のシークレットサービスのような、沈着冷静で戦い慣れているであろう雰囲気を醸し出すその男はただならぬ威圧感を放っていた。

 それ以前に健たちは、その男に見覚えがあった。この前武器を持たない健を完膚なきまでに叩きのめしたものの、まり子に難なくいなされて逃亡したサイのシェイドだ。


「傷は癒えたか、小僧? それに私はあんたではない、そうだな……アンドレとでも呼んでくれ」

「そのアンドレさんが何の用だ!」

「待て待て、俺は戦いに来たのではない。様子を見に来たのだ……今後俺と戦って果てるであろう相手の具合をな」


 こちらをおちょくるような態度に憤った健を、アンドレと名乗った黒人男性は鼻で笑った。健からしてみれば、自分をボコボコにした相手が自分の様子を見に来るその神経と思考回路の構造が理解できなかったのだと思われる。

 妙にフレンドリーなのがまた腹立たしいことこの上ない。しかし、その自信に満ちた言動とその自信に裏打ちされた実力は本物だ。こればかりは反論のしようがない。


「それに俺は万全な状態の相手としか戦わん主義でな。できるだけ無益な殺生は避けたいんだよ」

「無闇やたらに周りのものは壊すくせに」


 まり子が敵意を示した視線をアンドレに向ける。目つきも先程まで健に見せていた明るいものではなく、冷酷で険しいものへ変わっていた。まるで別人のようだ……。まり子が呟いた言葉を聞き流せなかったか、アンドレは少し眉毛をぴくつかせる。


「まあいい……とにかく、貴様らが戦える状態になるまでは暴れたりなどしない。それだけは約束しよう」

「本当だな……?」

「ああ、ウソじゃない。では、また」


 律儀にも頭を少し下げた後、アンドレは玄関のドアを閉めてアパートを去っていった。態度は紳士的ではあったが、それでも健は彼を許せなかった。

 アンドレとしてはあくまで温厚で人間味のある態度をとっていたつもりだったのだが、その彼にほとんど反撃の隙を与えられずにいたぶられた健からしてみればバカにされているように感じたのだろう。


「……アンドレ、か。勝てるかな、あいつに」



 夜の京都。満点の星空が見下ろす静まり返った市街地の中を、黒いスーツを着た黒人男性が一人で歩いていた。


「……ミスター・アンドレ」


 高架下を通り過ぎようとしていたそのとき、柱の近くで新聞を読んでいた男が大柄な黒人男性の名を呼ぶ。その男は顔に包帯を巻いて目元以外を隠しており、更にこの暑い中なのにコートやマフラーをいくつも重ね着していていた。

 若干涼しい夜ならともかく、朝や昼間は蒸し暑いはずだ。それこそ焦熱地獄のように。熱中症で倒れたりはしていないのだろうか。冬場ならとにかく、この夏場に耐えられるかどうかやや心配になってくる服装をしていた。


「何故あの場で連中を抹殺しなかった? 君ならそのくらい簡単だろう」

「お言葉ですが……私、できれば万全な状態の相手と戦いたい主義でして。弱った者に手を出したくはないのです」

「フン……正々堂々とした考えでいらっしゃる」


 アンドレの主張を鼻で笑い、包帯の男は詰め寄って無理矢理肩を組む。そして睨むように顔を近づけた。


「だがそれでは仕事にならない。まさか我々『ヴァニティ・フェア』の企業方針を忘れたわけではないだろうね?」

「い、いえ……決して忘れたわけでは――」


 包帯の下で至極不機嫌そうな表情をして舌打ちしながら、辰巳は顔をどけてアンドレから少し離れる。だがそれでもその蛇のような鋭い眼光はアンドレにしっかりと向けられていた。コートの懐からメモ帳を取り出し、包帯の男――辰巳隆介(たつみりゅうすけ)は自分達の組織の企業方針をつづったページを開く。


「一、忌々しい人間どもは見つけ次第殺すか痛めつけろ。二、過去の栄光にこだわるな。我が社では結果がすべてだ。三、邪魔をするものはたとえ同族でも生かしておくな。裏切り者は殺害しろ。四、欲しいものは殺してでも奪い取れ。五、生き残りたいなら業績を上げろ。六、すべては甲斐崎様のために」


 辰巳は企業方針を淡々と、時折己の感情を交えながら読んでいく。さりげなく読まれたが、その内容はいずれも実に極悪非道極まりないものだった。

 まるで略奪者のような残虐さだ。こんな会社があったとしても、自ら入りに来るようなものはまずいないだろう。――それが人間であったら、だが。そもそもこのヴァニティ・フェアという企業を創立したのは非情な怪物(シェイド)だ。故にこのように悪の組織を地で行くような方針となったのだ。

 創立者にそのようなつもりは無かったのだろうが、これは紛れもないブラック企業である。今も昔も()に恐ろしいのは、無自覚な悪意という事なのだろうか。誠に恐ろしいことである。


「君はこの中のひとつでもちゃんと守ったことがあったのか? 現在進行形でひとつも守れていないじゃないか。それじゃダメだ、君は業績はゼロだが実力が高いから生かされてるようなものだしな」

「し、しかし……私は自分の意見を変える気はありません」

「言い訳するな、結果を出しなさい結果を。何度も言うが君は真面目すぎるんだよ……。どんな汚い手段でもかまわず使え! ガンガン壊せ、バンバン叩け、女が出来たらとにかくイかせろ! くだらないプライドは肥溜め(クソのやま)に投げ捨ててしまえ!!」


 大声でまくし立てながら辰巳はアンドレに罵詈雑言を浴びせていく。このとき、口調が丁寧なものから乱暴なものへと変貌していた。

 言い終える頃には息を荒げ、口元の包帯を一瞬だけほどいてペットボトルに入っていたミネラルウォーターを飲んだ。目にも止まらぬ早業で、すぐに口元は見えなくなってしまった。


「……はーっ。ま、いろいろ言ったが……そのぐらいの覚悟をしなければ幹部に昇進できないぞ。君の戦闘能力は幹部社員と比べても遜色ないからね。上層部や私の部署の者たちも君ほどの逸材がヒラ社員のままなのが惜しいと口々に言っている」

「あ……ありがとうございます」


 喝を入れてすっかり落ち着いた辰巳は、礼を告げられて気分がよくなったのか包帯の下で微笑みを浮かべていた。しかし、その表情はすぐにまた険しいものへと変わり、


「だが! 君は見てくれは手練(てだれ)だがまだまだ青い。翌日、私は例の青年と戦う。君は本部でプロの業を見ていてくれたまえ」

「わ、分かりました……」


 自慢げにそう告げて、辰巳は高架下を去っていった。彼がいなくなってから、「よき上司なのかそうでないのか、あの人はさっぱり分からん……」とアンドレは呆れるように呟いた。

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