EPISODE99:言えないことと癒えない傷
とばりに武器を預けた帰りに起きた、黒いスーツの男たちによる突然の襲撃。そのリーダー格の男が変身したサイ男――アーマーライノスの猛攻により、健の体はボロボロにされてしまった。
武器もない状態ながら彼は必死に抵抗したが、敵の圧倒的なパワーの前には無力だった。もはや命運尽きたかに見えたそのとき、思わぬ助け船が入った。
以前廃倉庫で市村と一緒にシェイドの群れを討伐していた時に出会った少女――糸居まり子が乱入して敵を殲滅、更にその摩訶不思議な力をもってアーマーライノスを退散させたのだ。
無邪気ながら冷酷さと底知れない不気味さを感じさせる彼女と名前を教えあうと、二人は別れを告げた。その後重傷を負わされ家に帰るどころではなくなった健は、アルヴィーが呼んだ救急車に乗せられ病院に搬送された。
それから治療を受け、3日が経った。健のバイト先である市役所の事務室では――。
「こちら京都市役所事務室です……はい、わかりました。お大事に〜……」
かかってきた電話の受け答えを終え、係長のケニーが受話器を戻す。一息ついてコーヒーを飲んでいると、金髪碧眼の女性職員が近くにやってきた。
彼女はジェシーだ。おっとりした性格で優しく、気配り上手な女性である。今でこそ一般市民の一人である彼女だが、元々はとある資産家のお嬢様であった。そのためか今でも時折、やや価値観のずれた一面を見せるらしい。
「係長〜、コーヒー入りましたよ〜」
「おぉ、センキューね。ジェシーさんの淹れてくれるコーヒーはベリーベリーおいしいネ!」
「どういたしまして〜」
互いに満面の笑みを浮かべる。コーヒーの味は誰が淹れても変わらない気はするが――実はそうでもない。気持ちの問題だ。先程ケニーがジェシーの淹れたコーヒーをうまいと評価したのは恐らく、心がこもっていたからだろう。
「……さっき東條サンから電話があったネ。外出先で大ケガしたから、明日は休むそうデス」
「えっ、そんな……大丈夫なんでしょうか」
「マダわからないネ。ドッチにしても心配だから、早く元気な姿を見せてほしいヨ」
「はい。私もそう思います……」
このときジェシーは、以前シェイドに襲われた際に健に助けてもらったことを思い出していた。あの時も体を張って彼女を守っていたが、今回はそれ以上に危険な事態に陥っているのだろうか?
彼がケガをしてバイトを休んだことは、これまでにも何度かあった。今回もまた無茶をしたのではないか――と、ジェシーは心配になっていたのだ。
「さ、こうしてちゃ東條サンに申し訳立たないネ!」
「そうですよね。こういうときこそ私たちが頑張らないと!」
だが落ち込んでいる暇はない。彼がいない分を補わなければならないのだ。気分を切り替え、彼らはあくせく働いた。そして、仕事が終わったあとのことである――。
ジェシー、浅田、今井の三人はファミレスに立ち寄っていた。今夜は三人で食事とおしゃべりを楽しもうというのだ。
ちなみにどこのファミレスかというと――健の幼なじみであるみゆきが働いている『トワイライト』である。
「東條くん、この頃急にムチャするようになったよねぇ。何度も病院やお医者さんの世話になってるみたいだけど、ホントに大丈夫かな……」
「確かにちょっと心配ですよね……。職場に来たばっかりのときはそんなことなかったんですけど」
浅田と今井は、健を心配するあまり表情を曇らせていた。バイトといえども彼は何かとよく働き、それでいて嫌な顔ひとつせずに毎日通い続けていた。
来るのが毎日ではなくなっても、その仕事ぶりは健在。無論明るい笑顔も変わらぬままだ。だが、今年の春に入ってから彼はたびたび無茶をするようになった。
それどころかケガをして休むことも何度か出てきた。もしや自分たちが見ていないところで、彼は体を壊しかねないような何かをしているのではないだろうか?
彼女たちは心配で仕方なかった。浮かない顔で水を飲む浅田や、窓を見つめてたそがれる今井を見かねたジェシーが、
「大丈夫よ、東條さんを信じましょう。あの人は強いから……それにそんな顔してたら、せっかくの食事もおいしくなくなっちゃうわ」
笑顔でそう語りかけた。やましい考えをやんわりと浄化するような、癒されるような笑顔だ。
「そ、そうよねジェシーさん! あたしら何考えてたんだろ……」
「と、東條さんなら大丈夫ですよね! はい!」
「ええ。彼を信じて待ちましょ〜」
場の空気を変えたところでジェシーがテーブルの隅にあるボタンを押し、ウェイターを呼ぶ。注文は既に決まっていた。
浅田はミックスグリルで今井はカルボナーラ、ジェシーはオムライスやサラダ、そしてコーンスープだ。期待を胸に抱いて待っていると、中肉中背で整った顔立ちの爽やかなウェイターがやってきた。
「ご注文をお伺いしまーす」
「あたしミックスグリルで!」
「じゃあ私はカルボナーラを……」
「わたしはオムライスとサラダ、それからコーンスープで。あとドリンクバーもお願いします」
「かしこまりました!」
注文を聞き届けた爽やかなウェイター(思わず見とれるほどのイケメン)が厨房へ向かっていく。あとは腹を空かせながら待つだけだ。再び期待に胸を膨らませながら、三人は食事が届くのを待っていた。
その頃、西大路の白峯家では――。机に剣と盾を置き、ノートパソコンと向き合っている女性がいた。言わずもがな、子の家の家主である白峯とばりだ。
すごい速さでキーボードを打ち、健から頼まれた伝承の時代について調べていた。スクリーンの横には、調べたことの中でもとくに重要な部分を書き連ねている。
「ふんふん……あれがこれで、これがそれで。へぇ、そういう事だったの」
かの黄金龍と帝王の剣ならびに盾の関係、その盾がどんなものだったか、かつてエーテルセイバーを振るっていた戦士はどのような顛末を迎えたのか、そもそもエーテルセイバーと帝王の剣は同じものなのか――。
彼女はとくに、それらについては念入りにサーチをかけていた。ウェブ上の百科事典や神話について詳しく紹介しているサイトなど、参考になりそうなところを探し回った。そして彼女は驚くべきことを知る――。
「こっ、これは……!?」
そこに記されていたのは信じられない出来事。メモ用紙に殴り書きで記録し、更に調べてみる。それ以外にも思わず目を丸くしてしまうようなことが、そのサイトにはいくつも載せられていた。
「……どうしよう。これ全部、東條くんたちに話してもいいのやら……」
翌日、健が住んでいるアパート『みかづきパレス』では――。
「健、調子はどうだ?」
「まあまあかな」
病院で治療を受け、帰宅した健は大事をとってバイトを休んでいた。敵の攻撃で大ダメージを受けてから日にちが経っていたが、傷はまだ完治していない。サイ男との戦いで受けた傷が完全に癒えるまで、自宅で療養することにしていた。
「けどまったく動けないってわけじゃ……あいたた!」
そう言って彼は立ち上がり右腕を動かすが、すぐに骨がきしみ左手で右肩を押さえた。
「まだ無理に動かしちゃダメよ! もう少し安静にしてた方が……」
「そ、そうだよね……いでで」
そんな健を見かねたみゆきが彼を叱りつける。健が大ケガして病院に搬送されたと知った彼女は、心配するあまり病室に乗り込んできた。
彼がアパートに戻ってからも、彼女は家にも戻らず付きっきりで健を看病していた。その間買い出しはもちろん、料理や洗濯といった家事も彼女が行った。
かなり厳しめのチェックも交えながら、だ。やはりというべきか、家事は女性の方が上手なのだろうか――健もアルヴィーも彼女には驚かされるばかりだ。
「で、でもいいの? そろそろ家帰った方が……お父さんもお母さんもきっと心配してるよ」
「いいの。家にはあらかじめ連絡しておいたし」
「え?」
「それにバイトも休んでるしね。健くんが私のことで心配することは何にもないよ」
「ということらしいぞ、健?」
話し合う二人の間にアルヴィーが口を挟む。顔がにやついているのは恐らく、二人をからかってその仲を進展させようと考えているからだろう。
「これも何かの縁だ。今のうちに二人で愛を育んでみてはどうかの?」
「いやいやいやいや! 僕とみゆきはそーゆー関係じゃ……」
「何を言うか! お主に付きっきりで身の回りの世話をするみゆき殿の姿は、まるでダメな夫を支える健気な妻のようだったぞ」
彼女はハッキリとそう言った。そう、言い切った。説明しなくても分かると思われるが、念のために説明しておくと――ダメな夫とはずばり健のことで、健気な妻とはみゆきのことである。少々言い方がまずいような気はするが、今のところはとりあえずこれでいいのだ。
「け、健気な妻? わたしがですか!?」
「うむ。他に誰がおる」
「えー、いや、でも……まだ結婚するとは決めてないしなぁ。言われて嬉しいのは確かですけど」
「ダメな……夫、だと……? くそぅ、良くできた夫になってやるぅ!」
寸劇のような、楽しげ(?)なやり取りをかわす三人。少し盛り上がってきたところで、健の携帯電話からポップな音楽が鳴り響く。
誰かから電話がかかってきたことを知らせるための着信メロディだ。メールを受信したときとはまた違うメロディに設定してあるようだ。
テーブルの上に置いたケータイを手にとると――電話は白峯からのものだった。何か大事な連絡にちがいない。これを受け取らないわけがなく、健は電話に出る。
「もしもし、東條です」
「東條くん、あれから帝王の剣や黄金龍について調べたんだけど……大変なことがわかったの。今からこっちに来てもらえないかしら?」
「ほ、本当ですか!? でもケガがまだ治ってなくて……」
「ほんと? 難ならあたしのほうからそっちまで行くけど……」
「いえ、歩くぐらい大丈夫です! それに外に出なきゃ体くさっちゃいますし」
「そっか。じゃあ、お手数かけるけどこっちまで来てちょうだいね」
「はーい、わかりました!」
通話し終わり、相手が電話を切ったことを確認すると自分も電話を切った。するとみゆきとアルヴィーに振り向き、「とばりさんが家に来てくれって」
「白峯さんが? でも、大丈夫なの?」
「平気さ、このくらい! それにそろそろリハビリしておきたいし」
両腕をがっしりと構えニッと笑った。が、すぐに片腕が悲痛な叫び声を上げる。
「イデデ! あいてて!」
「何かあったら心配だし私もついていくわ。いいでしょ、アルヴィーさん」
「うむ! それが良さそうだな」
これにて一致団結。アルヴィーが打った相づちを皮切りに、三人はアパートから出発した。頭や腕に包帯を巻き、(服を着ているので見えないが)肩や胸に湿布を貼った健の姿はやや痛々しいが、まあ大丈夫だろう。