EPISODE98:サイ大の危機
黒いスーツの男たちのリーダーらしき男が変身したサイのシェイドが、両手の拳を打ち鳴らし挑発する。健も負けじと拳を構え、迎え撃つ準備をする。
「格の違いを教えてやる!」
のっし、のっしとサイ男がその重たい足を上げてゆっくりと歩み寄る――。その途中で助走をつけサイ男は健めがけて突進する。あまりに突然の出来事だった。
それに油断していてかわしきれず――その大きなツノで突き飛ばされてしまう。心臓を突き破られそうなほどの勢いだった。それほど威力が高かった――次に攻撃を受けたらやられてしまうかもしれない。
「健、大丈夫か!?」
「なんとか……このくらい何ともないよ」
心配するアルヴィーにそう答えて起き上がり、再びサイ男に立ち向かう。対するサイ男は仁王立ちしてすっかり余裕綽々だ。強者の余裕というやつだろうか。
「大した自信だな。だが、実力はそうでもないようだ」
「どうだか……!」
サイ男がその筋骨たくましい豪腕で殴りかかる。骨を、いや鋼鉄を凹ませ、或いはそのままブチ破りそうなパワーだった。この驚くほどの怪力はまさに見た目通り――こいつの実力は本物だ。三谷や花形とはわけが違う。
「うおおおぉぉぉぉ!」
よほど己の強さに自信があるのか、サイ男はみずから動こうとしない。むしろこちらの攻撃を待っているようにも見えた。チャンスとばかりに助走をつけ、サイ男めがけて殴り込む。だが、効かない。何発殴ってもまるで効いていない。
何故なら奴の体は鋼のように分厚く頑丈で硬い皮膚と、鍛え上げられたムキムキのこれまた鋼のように硬い筋肉に守られていたからだ。対して健はひょろひょろで、パンチもただのパンチでしかない。サイ男に全然効かないのも合点がいくというものだ。
「蚊でも止まったかァ?」
「なに!?」
「パンチっていうのは……こうするんだ」
余裕を崩さないサイ男が左手を握りしめて腰を深く落とす。そこからまっすぐに……健の腹にフックをかけて吹き飛ばした。
血ヘドを吐き苦悶する健に休む暇も与えず、サイ男――アーマーライノスは一気に畳み掛けようと仰向けに倒れた健に飛び乗って踏みつけた。それだけでは飽き足らず、アーマーライノスは立て続けに健を何度も殴り付ける。
「っグハァ! うっぐああああああ!!」
馬乗りの姿勢から繰り出される豪腕による力任せの連続攻撃が、絶え間なく押し寄せる。殴られるたびに血しぶきが上がり、健は苦痛の叫び声を上げていた。このままでは首がねじきれて血だまりができるだろう――。
「健ッ!」
彼を放っておけなくなったアルヴィーが飛び出して加勢に入ろうとする。だが、周りを囲って壁を作っていた黒いスーツの連中が行く手を阻む。そのうちの二人がアルヴィーの腕をつかんだ。
「離せぇ! ふんっ!!」
だがすぐに彼らは塵と化した。そもそもアルヴィーはシェイドの中でも屈指の強さを誇る、アルビノドラグーンが人化した姿だ。
そんな彼女に戦いを挑むのは、徒党を組んでいるとはいえ自殺行為に等しい。事実、取り押さえようと襲いかかった者たちはみな霧散した。
「今さら駆けつけても手遅れだ。こいつは直に死ぬ!」
サイ男が手を止めて姿勢も変えてアルヴィーに話しかけたかと思いきや、すぐに強力な一撃を健の腹にお見舞いする。更に無理矢理健の体を起こし、自慢の角で頭突きを浴びせた。おびただしく血が飛び散り、地面や壁、アルヴィーやサイ男に付着する。
「ハッ! 手応えのないやつだ。三谷や花形を倒せたのは、お前の力ではなく武器のお陰だったということか」
「くっ! ……はぁ、はぁ……」
傷つき、ボロボロになりながら、相手になじられながらも――健はなお立ち上がる。周りを見渡し近くに落ちていた木の棒を拾い上げると――それを武器にしてアーマーライノスへ先端を向けた。
「ほう、まだやる気か?」
「……武器がなくたって、お前なんかに……」
一歩前に踏み出し、助走をつけて棒を振りかぶる。かわされても振る。
「お前なんかには負けないッ!」
「くっ、あきらめの悪いヤツめ!」
やがて隙を突き、ついに命中。ポキッと折れてしまったがあともう一発はいけそうである。相手にも少しは効いたらしく、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。
「貴様ァ! 大人しくやられていればよかったものを!」
「悪いけど……僕たち、しつこいんだよね」
「まだ殴られ足りないらしいな……」
相手のパワーは絶大。しかし、その反面動きは遅めだ。硬い皮膚に守られていないであろう脇や首筋を狙い、健は折れた木の棒を振るう。
だが、悲しいかな、威力は雀の涙ほどしかない――。そして頼みの綱であった木の棒は、とうとう使えなくなってしまった。
「どりゃあああ!!」
「ぐはああああっ」
抵抗むなしくみぞおちに右ストレートを受けてしまい――健は地面に倒れ込んだ。体はボロボロで血まみれだ。骨はきしんでいる。もはや戦うどころか、鼻くそをほじる力も残っていなかった。
「しぶとい奴だ――。貴様にはずいぶん手こずらされたが、あがいたところで結果は変わらん」
「くっ……ぅううっ」
首を持ち上げた健が歯ぎしりしながら前を見ると――そこにあったのは拳をバキバキ鳴らして待っているアーマーライノスの姿。
後方には健を心配しているアルヴィーがいた。その周りには、叩きのめされた黒いスーツの男たちもいた。のびている理由は彼女にボコボコにされたからだ。もはや言うまでもない。
「死ぬがいいィィィィ!!」
「た、健……? 健ぅぅぅぅ!!」
アルヴィーが絶叫する声が聞こえる――。もはやここまでか。両腕で体を守ろうと身構えたが、防御しきれそうにはない――。だが、そのとき……
「な、なんだ!?」
生き残っていた黒いスーツの男たちが空中を浮遊したかと思えば、鋭い爪のような突起が生えた蜘蛛の脚のようなものが瞬く間に突き刺さり、次々と黒いスーツの男たちを消滅させていった。突然の奇襲をまぬがれた者にも容赦なくそれは襲いかかり、紫の血しぶきを上げながら消滅した。
「う……ウアアアアァ!」
最後の一人が恐怖のあまり逃げ出そうとする。だが、背後から右胸を貫かれ――致命傷を負った彼は灰になって絶命した。
「貴様は……!」
サイ男は今起きたことが信じられなそうな表情を、健とアルヴィーは安堵と恐怖が入り交じったような複雑な表情をそれぞれ浮かべていた。突如として現れた乱入者は左手に付着した血をなめとり、妖しげに微笑んでいた。瞳を淡い紫色に光らせながら――。
「フフッ」
小柄で華奢な体格の乱入者は、青紫の癖毛に緑色の瞳で蜘蛛の巣の意匠がある黒いワンピースを着ていた。9歳〜11歳ぐらいの小さな女の子だった。
だが、しかし――彼女は周囲がおびえるほどの凄まじいオーラを放っていた。風格があった。まるで大国の姫君、いや、冷酷な氷の女王のようだ――。
髪の毛が変化して出来た蜘蛛の脚や両手から滴り落ちる紫の血が、より一層底知れない不気味さを引き立てていた。
「……最高ね。恐怖におののき逃げ惑うミジメな愚か者の味は――」
「何様のつもりだ、『クイーン』……ッ」
「見たらわかるでしょ? わたしが何をしたいのかは」
険しい表情でアーマーライノスが少女を見つめる。健をいじめ倒していたときとは違い、余裕がなくなったような口調だった。対して少女は微笑んでおり、余裕をまったく崩していない。
その気になれば今ここにいる全員を皆殺しにできるほどの余力を残している。彼女からしてみれば、怪力無双のサイ男など足元にも及ばない。
赤子の手を捻るがごとく簡単に倒せてしまう。あとの二人も時間はかかるが簡単に倒せる。つまり彼女が負ける要素はひとつもないということだ。冷静で達観した大人のような口調が不気味で印象的だった。
「ふざけるな……ッ!」
「あはは! 別にふざけてなんかいないわよ?」
「こ、小娘がぁ!!」
激昂しアーマーライノスが掴みかかろうとする。だが、『クイーン』と呼ばれた少女が目を光らせ紫色のオーラを発すると同時に――ピタリと動きが止まった。
「小娘? ふふふ……わたしのことをそう言っていいのはこの世に五人といないわ。あなたがはじめてかもねぇ」
「あ……がが……!?」
「こんなところで死にたくないでしょ? さっさと帰りなさいよ、ゴミ野郎」
金縛りにされたサイ男がうめき声を上げる。哀れに思ったか、少女はその力を使って痛め付けることをやめた。続けて何を思ったか、次に自分の標的となるであろう健とアルヴィーをかばうように左腕を広げた。獲物に手を出すなということか? どちらにせよここは危険だと判断したサイ男――アーマーライノスは、
「命拾いしたな、小僧。次は武器を装備して来ることだ……」
捨て台詞を吐いて建物の隙間に飛び込み、退却した。
「……ありがとう、助かったよ。ところで君、この前の……」
左胸を押さえながら、目の前に佇む少女に礼を告げる。微笑みながら少女は血まみれの健に振り向き――唐突に抱きついた。戸惑う健とアルヴィーのそばで、少女はにんまり笑った。
「あーん♪ お兄ちゃん、やっぱりあたたかい。一緒にいてもいい?」
「け、ケガ治ってからまた相談しようよ……いつ会えるか分かんないけど」
「えーっ! まあいっか……」
少しショックを受けた様子で少女は健から離れる。その際についた彼の赤い血をなめとって、「おいしい……」と呟いた。
「……いま、おいしいって……?」
「うん。でも、ちょっと後ろめたいっていうかなんていうか……よくわかんないや」
――彼女は人を襲っているわけではないのか? 疑問に思う二人に少女は「それじゃ、またね」と呟き、帰ろうとしてとぼとぼ歩き出した。だが、途中で立ち止まって振り返る。
「どうしたんだい?」
「まだ名前聞いてなかった。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、なんていうの?」
「ぼ、僕は東條健っていうんだ。アルバイトやってるよ」
「私は……まあ、アルヴィーって呼んでくれ」
名前を訊かれ、少女にそれぞれの名前を告げる。しっかり聞いていた少女は、満面の笑みでこう答えた。
「わたしはねー、糸居まり子っていうの♪」
旋律が走った。宇宙で小惑星が弾け飛び、銀河の彼方で超新星爆発が起き、惑星がひとつ滅びたような――そんな不条理でわけのわからない衝撃が二人に走った。
健もアルヴィーも冷や汗をかきながら少女に視線を向けていたが、少女――まり子にはなぜ二人が驚いているのか見当もつかない。彼女自身はいたって普通に名乗っただけなのだが――。
「……あれ、どうしたの?」
「い、いや……一瞬まり子ちゃんからスゴいオーラみたいなのが飛んできたような気がするんだ」
「わ、私もだ。ひっくり返りそうなくらいビックリしたぞ」
「ふっしぎ〜。わたしの名前聞いてビックリする人いるのねぇ」
苦笑する健とアルヴィー。まり子の本心からの笑顔とは違う、ぎこちないスマイルだった。
「それじゃあね〜♪」
「またどこかで会おうぞー」
「またね、まり子ちゃーん!」
用も済んだので、まり子は今度こそ帰っていった。二人が見送る姿に優しさやぬくもり、そして懐かしさを感じながら。
「……あの人、もしかして明雄さんの子供かな? だとしたらいいパートナーにめぐり会えたわね、シロちゃん」
「……しかし、もっと早く気付くべきだったのう」
「えっ?」
「あの糸居まり子という女の子……私の知り合いだ」
「えええええええっ!?」
実はまり子もアルヴィーも、それぞれが帰り道で感づいていた。相手の正体に――。
補足のQ&Aコーナー♪ どんどんぱふぱふ
Q:まり子ちゃんはあの冷酷な口調と子どもっぽい口調と、どっちが素なんですか?
A:どっちも素です。ただ、彼女は自分が心を開いている相手には女の子らしい一面を見せるので、どちらかというと後者かも。
Q:メン・イン・ブラックなサイ男の人間体の名前は何ですか?
A:ミスター・アンドレです。ミスターは敬称であって名字ではありませんよ。
Q:健がフルボッコされてるとき、市村は何してたの?
A:イッチーはたこ焼き焼いてました。サイドワークが忙しかったのです。
Q:前も素手でカエル相手に苦戦してたけど、健って素手はダメなの?
A:からっきしです。なのでスカルフロッグ戦や今回のような事態が起きました。
Q:不破さんは?
A:そのうち出るんじゃないかな