第7話 公式再検証、空気が変わる
その日の配信は、始まる前から様子がおかしかった。
【探索配信:天城恒一(公式再検証)】
視聴者数:14,672
「……いや増えすぎじゃない?」
スマホ画面に表示された数字を見て、天城恒一は本気で引いた。
一週間前まで、三人で困惑していたはずなのに。
【コメント】
・待機
・今日が本番
・公式再検証回きた
・黒岩さん生きてる?
「生きてます」
即答したのは、隣に立つ黒岩だった。
ただし、顔色は昨日よりさらに悪い。
「今日は、正式な再検証です」
黒岩は淡々と説明する。
「同一地点、同一条件で、
あなたの言う“偶然”が再現されるかどうかを確認します」
「……されなかったら?」
「あなたは“運のいい探索者”に戻ります」
【コメント】
・戻れるのか
・戻ってこれる?
・今さら無理だろ
恒一は苦笑した。
「戻れるなら戻りたいんですけどね」
それは本音だった。
ダンジョン内部。
問題の壁の前。
以前と同じ位置。
同じ角度。
同じ距離。
黒岩は距離を取り、記録端末を構えている。
周囲には、安全確保のための職員もいる。
完全に“公式の場”だった。
【コメント】
・厳重
・これで何も起きなかったら草
・逆に期待されすぎ
「……では」
黒岩が言う。
「天城さん、触れてください」
「はい……」
恒一は、ゆっくりと手を伸ばした。
――。
何も起きない。
「……あれ?」
壁は、ただの壁だった。
【コメント】
・入らない
・失敗?
・あれ?
「……ほら!」
恒一は思わず声を上げた。
「今日は普通です! ほら見てください!」
何度触っても、沈まない。
指はしっかりとコンクリートに当たる。
「……」
黒岩は無言で頷いた。
「一度、距離を取ってください」
数分後、再試行。
結果は同じ。
何も起きない。
【コメント】
・再現性なし?
・偶然説復活
・やっぱ運だけ?
恒一は、少しだけ肩の力が抜けた。
「……よかった」
本気でそう思った。
「やっぱり、昨日までのは――」
「天城さん」
黒岩が遮る。
「一つ、確認させてください」
「はい?」
「あなた、今――
“何も起きない”ことに安心しましたね?」
「……しました」
黒岩は、端末を操作しながら言った。
「ですが、それは“安全”とは限りません」
【コメント】
・不穏
・黒岩さん怖い
・どういう意味?
「どういうことですか」
黒岩は、視線を恒一に向けた。
「もしあなたの現象が、
“常に起きるもの”なら、対策が立てられます」
「……」
「ですが、起きたり起きなかったりする場合」
黒岩は、はっきりと言った。
「それは“制御不能”です」
空気が、少しだけ冷えた。
【コメント】
・あ
・笑えなくなってきた
・確かに怖い
恒一は、言葉を失った。
「……つまり」
「あなた自身が、
**いつ何を壊すかわからない存在**になる」
「……」
恒一は、思わず壁を見た。
さっきまで、何も起きなかった壁。
「……俺、何もしてないんです」
絞り出すように言う。
「信じています」
黒岩は即答した。
「だからこそ、問題なんです」
そのときだった。
恒一の視界の端に、
ほんの一瞬だけ“ズレ”が走った。
床と壁の境界。
さっきまでなかった違和感。
「……あ」
「天城さん?」
「今……」
言いかけた瞬間。
――ズン。
壁の一部が、沈んだ。
【コメント】
・出た
・今!?
・タイミング最悪!!
「……っ」
黒岩が、即座に叫ぶ。
「全員、距離を取れ!」
職員たちが動く。
封鎖用の装置が起動する。
だが、恒一は動けなかった。
「……俺、今」
自分でもわからない。
「触って、ない……」
沈黙。
【コメント】
・自動発動?
・本人操作してないのが一番怖い
・これ笑えないぞ
黒岩は、ゆっくりと息を吐いた。
「……記録、完了」
そして、恒一を見た。
「天城さん」
「はい……」
「一つ、約束してください」
「……なんですか」
「今後、
**私が止めたら、必ず止まること**」
恒一は、強く頷いた。
「……はい」
その返事は、今までで一番重かった。
【コメント】
・空気変わったな
・ここから本編
・事故男じゃ済まなくなった
配信終了。
画面が暗転する直前、
視聴者数は「18,000」を超えていた。
だが、恒一の胸に残ったのは――
達成感ではなく、はっきりとした違和感だった。
――俺、
本当にここに立っていいのか?
その疑問は、
まだ誰にも答えられなかった。




