第5話 公式立会いで事故るな
公式監視下。
その四文字の重みを、天城恒一はダンジョンの入口で噛みしめていた。
「……胃が痛い」
「それは私の台詞です」
隣で即座に返してきたのは、ダンジョン庁職員・黒岩だった。
今日もスーツ姿、今日も顔色が悪い。
【探索配信:天城恒一(公式立会い)】
視聴者数:8,412
【コメント】
・公式回きた
・黒岩さん今日も苦労してる
・胃薬用意した?
・事故るなよ?絶対事故るなよ?
「その“事故るなよ”って前振りやめてください!」
「……視聴者の皆さんに言っても無駄ですよ」
黒岩は淡々としていた。
もう諦めの境地らしい。
今回の目的は単純だ。
昨日起きた“壁抜け現象”が、偶然かどうかの再検証。
場所も同じ、時間帯も近い。
「なお、今日は最深部には行きません」
黒岩がはっきり言う。
「初心者ダンジョンとはいえ、あそこはEランク立ち入り非推奨です」
「行きません! 行きませんからね!」
【コメント】
・フラグ
・フラグ立て職人
・これは行く
恒一は聞かなかったことにして、通路を進んだ。
……数分後。
「……あれ?」
「どうしました」
「この道、こんな長かったでしたっけ」
同じルートを何度も通っているはずなのに、妙に距離感がおかしい。
壁の配置も、微妙にズレている気がする。
【コメント】
・始まったな
・空間歪み
・公式の前でやるな
「……天城さん」
黒岩の声が低くなる。
「はい」
「嫌な予感がします」
「俺もです」
次の瞬間だった。
通路の先が、開けた。
「……あ」
そこは、初心者ダンジョンの構造図には存在しないはずの空間。
広すぎる。天井が高すぎる。
そして――。
「……ボス部屋?」
【コメント】
・最深部
・言ったそばから
・公式、仕事しろ
「行きませんって言ったじゃないですか!!」
恒一が叫ぶ。
「私は“行くな”とは言いましたが、“行けない”とは言っていません」
黒岩は疲れ切った声で言った。
「……報告書が増えます」
「増えない未来を選びたいんですけど!」
だが、選択肢はなかった。
奥から、重い足音。
「……来ます」
巨大な影が現れる。
初心者ダンジョンの想定を明らかに超えたサイズ。
【コメント】
・格が違う
・Eランクの敵じゃない
・公式さん?
「黒岩さん、これ俺が戦うやつじゃないですよね!?」
「断言します。違います」
モンスターが咆哮する。
「うわぁぁぁ!」
恒一は逃げた。
必死に、全力で。
だが、足がもつれる。
「ちょ――!」
転倒。
迫る一撃。
――終わった。
そう思った瞬間。
恒一の視界に、妙な“ズレ”が見えた。
床と床の、わずかな隙間。
現実なら、気にも留めない違和感。
「……あっちだ!」
理屈はない。
反射で、そこへ飛び込んだ。
――ズン。
体が、すり抜ける。
「……は?」
気づいたとき、恒一はボス部屋の“外側”にいた。
壁の向こうで、モンスターがこちらを認識できずに吠えている。
【コメント】
・またやった
・公式の前で
・再現性しかない
黒岩は、無言だった。
ただ、深く、深く息を吸い――。
「……天城さん」
「はい」
「あなた、事故る才能だけは一級品ですね」
「褒めてないですよね!?」
【コメント】
・公式認定事故
・才能の方向性
・草
数分後。
緊急措置として、その区画は封鎖された。
ダンジョン出口。
「本日の配信は、ここまでです」
黒岩がそう宣言する。
「……俺、何かやらかしました?」
「やらかしていないと言えば嘘になりますが」
黒岩はスマホを見た。
「ただ一つ、はっきりしたことがあります」
「なんですか」
「あなたは――
**偶然で説明できる範囲を、完全に超えました**」
【コメント】
・公式見解
・運だけ終了
・始まったな
恒一は、遠い目をした。
「……普通に生きたいだけなんですけどね」
その呟きは、
視聴者数「12,000」を超える配信で、しっかり拾われていた。




