第32話 最初に見えた人
その記録は、長い間「存在しないこと」になっていた。
国家ダンジョン研究局・封印資料庫。
閲覧権限は、限られている。
「……本当に、出すんですか」
天城恒一は、モニターに映る“解禁”の赤い表示を見つめた。
「今だからこそ、だ」
鷺宮レンは、腕を組んだまま言う。
「君がいる今なら、
話が“英雄譚”にならない」
画面が切り替わる。
【初期異常観測報告・機密解除】
二十年前。
ダンジョンが“災害”と呼ばれる前の記録。
『境界部にて、構造の重なりを確認』
『進入不可。視覚的歪みを観測』
「……これ」
恒一は、思わず呟いた。
「俺が見てるのと、同じです」
「そうだ」
鷺宮は頷く。
「最初に“見えた人間”がいた」
名前が表示される。
【観測者:久遠アキラ】
「久遠……」
「彼は、止まらなかった」
その言葉は、静かだった。
次のログ。
『構造解析を試みる』
『縫合部への直接干渉開始』
「……干渉?」
恒一が眉をひそめる。
「直そうとしたんだ」
鷺宮は、淡々と告げる。
「縫い目を、ほどこうとした」
映像記録が再生される。
歪みの中心へ、久遠が踏み込む。
境界が広がる。
構造が揺れる。
『干渉成功。構造変化確認』
その直後。
映像が、途切れる。
【記録終了】
「……どうなったんですか」
黒岩が、低く問う。
鷺宮は、少しだけ間を置いた。
「消えた」
「……は?」
「死亡記録はない」
「遺体もない」
「ただ、
“存在が記録から抜け落ちた”」
恒一は、息を呑んだ。
「……世界に、
縫い直された?」
「可能性はある」
鷺宮は、静かに言う。
「世界を解こうとした」
「だから、
世界に弾かれた」
沈黙。
重い沈黙。
「……俺」
恒一は、ゆっくり言った。
「直そうとは、
思ってません」
「止めてるだけです」
「それでいい」
鷺宮は即答した。
「彼は、“修復者”になろうとした」
「だが世界は、
修復者を必要としていなかった」
「必要なのは」
一拍置く。
「“裂けないようにする人間”だ」
恒一は、画面を見つめたまま、拳を握る。
「……俺が、
二人目ってことですか」
「そうだ」
鷺宮は否定しない。
「だが」
「君は、まだ
ほどこうとしていない」
「それが違いだ」
---
会議が終わったあと。
廊下で、恒一は立ち止まった。
「……俺が、
直そうとしたら」
「同じことが起きると思いますか」
鷺宮は、少しだけ笑った。
「保証はない」
「だが」
「縫い目は、
強く引けば裂ける」
その言葉は、比喩ではなかった。
---
その夜。
恒一は配信をつけた。
【探索配信:天城恒一】
視聴者数:94,782
「……今日は、
少し昔の話をします」
【コメント】
・何かあった?
・重そう
・また構造の話?
「昔」
一拍置く。
「“見えた人”がいました」
「でも」
「直そうとしました」
コメント欄が静まる。
「俺は」
はっきり言う。
「直しません」
【コメント】
・え
・直せるの?
・なんで?
「直そうとすると、
もっと壊れるかもしれないからです」
「俺は」
画面を見つめる。
「止めるだけでいい」
「裂けないように」
「引っ張らないように」
コメントがゆっくり流れる。
【コメント】
・らしいな
・それでいい
・直さなくていい
「……英雄じゃないですから」
少しだけ笑う。
「修復者にもなりません」
「ただ」
一拍置く。
「境界に立ちます」
配信を切る。
部屋の静寂の中で、恒一は思った。
世界は、縫い合わされている。
解けば、壊れる。
だから。
自分は、
ほどかない。
【次回予告】
『修復者にならない』
選ばなければならないのは、
“直すかどうか”ではない。
“どこまで踏み込むか”だ。
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