第31話 世界は、縫い合わされている
その男は、資料より先に煙草の匂いを連れてきた。
「……久しぶりだな、ダンジョン庁」
会議室の扉を半開きにしたまま、男は言った。
白衣でもスーツでもない。
少しくたびれたコート姿。
「誰ですか」
天城恒一が警戒気味に聞くと、男は肩をすくめた。
「元・国家ダンジョン研究局。
今はただの――追い出された研究者だ」
そう言って、名刺を机に滑らせる。
【鷺宮レン】
世界構造研究/民間
「……鷺宮?」
黒岩が、わずかに眉を動かした。
「知ってるんですか」
「ええ。
“言いすぎて消された人”です」
「ひどい紹介だな」
鷺宮は笑ったが、否定はしなかった。
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「単刀直入に言う」
鷺宮は、ホワイトボードの前に立つ。
「君が見ている“歪み”は、
ダンジョンの異常じゃない」
恒一は、息を呑んだ。
「……じゃあ、何なんですか」
「“継ぎ目”だ」
チョークで、二つの円を描く。
「世界Aと、世界B」
さらに、その境界線を雑に縫うような線を引く。
「無理やり
縫い合わせた痕跡」
「それが、
ダンジョンだ」
会議室が、静まり返った。
「……別世界、
ってことですか」
「違う」
鷺宮は、すぐに首を振る。
「“別”じゃない」
「同じ世界の、
別の“層”だ」
恒一は、頭が追いつかないまま聞く。
「……じゃあ、
なんで歪むんですか」
「縫い目は、
ほつれる」
鷺宮は、淡々と言った。
「引っ張られれば、
裂ける」
「それだけだ」
黒岩が、低く言う。
「……つまり」
「ダンジョンは、
災害ではない?」
「災害でもある」
鷺宮は、少しだけ表情を変えた。
「だが本質は、
“応急処置の痕”だ」
「誰かが、
世界を壊して」
「誰かが、
縫い直した」
恒一は、喉が乾くのを感じた。
「……それを、
俺は見てる?」
「正確には」
鷺宮は、恒一を指差す。
「“縫い目がほどける直前”を
感知している」
「……選ばれたわけじゃない」
恒一は、ぽつりと言った。
「もちろんだ」
鷺宮は即答する。
「向いてたわけでも、
特別だったわけでもない」
一拍置く。
「……壊れなかっただけだ」
その言葉は、慰めでも称賛でもなかった。
ただの事実だった。
---
会議が終わったあと。
恒一は、廊下で立ち止まった。
「……鷺宮さん」
「レンでいい」
「……この話」
少し迷ってから、聞く。
「公式に、
出るんですか」
鷺宮は、笑った。
「出ない」
「断定できない話は、
政治に向かない」
「それに」
振り返って言う。
「“世界は縫い合わされている”
なんて言われても」
「誰も、
安心しないだろ」
恒一は、黙って頷いた。
「……じゃあ」
問いを重ねる。
「俺は、
何をすればいいんですか」
鷺宮は、少しだけ考えた。
「直そうとするな」
「……」
「縫い目を
全部ほどいたら」
「今度は、
世界が裂ける」
その言葉は、重かった。
「君の仕事は、
変わらない」
「止めろ」
「引っ張るな」
「これ以上、
裂けないように」
恒一は、息を吸い、吐いた。
「……結局」
「俺は、
境界に立ってるだけですね」
「そうだ」
鷺宮は、はっきり言った。
「英雄でも、
修復者でもない」
「ただの――」
一拍置いて。
「“縫い目を見てる人”だ」
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その夜。
恒一は、短い配信をつけた。
【探索配信:天城恒一(雑談)】
視聴者数:88,410
「……今日は、
ちょっと変な話をします」
【コメント】
・何
・構造の話?
・難しそう
「ダンジョンって」
少し言葉を選ぶ。
「穴じゃなくて」
「……継ぎ目かもしれません」
【コメント】
・縫い目?
・どういう意味
・急に哲学
「分かんなくていいです」
恒一は、すぐに言った。
「俺も、
まだ分かってません」
「ただ」
一拍置く。
「引っ張ると、
裂ける」
「止めないと、
壊れる」
【コメント】
・だから止まるのか
・らしいな
・それでいい
「……それだけです」
配信を切る。
画面が暗くなったあと、
恒一は天井を見上げた。
世界は、
縫い合わされている。
だからこそ。
無理に直せば、
もっと壊れる。
彼の役割は、
ますますはっきりしていた。
【次回予告】
『最初の事故』
縫い目が生まれた日の話は、
まだ、
誰もちゃんと語っていなかった。
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