第3話 運だけ男、検証される
配信を切った瞬間、天城恒一は床に座り込んだ。
「……無理無理無理無理」
壁をすり抜けた。二回も。
モンスターから逃げ切った。偶然で。
「初心者ダンジョン、優しくなかった……」
さっきまで自分で言っていた言葉が、今になって重くのしかかる。
いや、正確には――ダンジョンが優しくないんじゃない。
「俺に何かおかしいこと起きてない?」
そう思った瞬間、スマホが震えた。
通知、通知、通知。
配信アプリ、動画サイト、SNS。
全部同時に。
「……え?」
嫌な予感しかしない。
恐る恐るアプリを開くと、見覚えのある自分の顔がサムネイルになっていた。
しかも、変な文字付きで。
【Eランク探索者、仕様を理解していないのに生還】
【ダンジョンの裏側に入った男】
【運だけで世界を破壊する可能性】
「最後のやつ盛りすぎだろ!!」
思わずツッコミを入れるが、誰も聞いていない。
再生数は、すでに五万を超えていた。
「……俺、昨日まで無職予備軍だったんだけど」
頭が追いつかない。
完全に置いていかれている。
だが、現実は待ってくれなかった。
翌朝。
恒一は、再びダンジョン前に立っていた。
理由?
簡単だ。
「配信、しないと金にならない……」
スポンサー? まだない。
固定ファン? いるわけない。
だが、視聴者数が増えた以上、配信を止める選択肢はなかった。
スマホを固定する。
【探索配信:天城恒一】
視聴者数:1,284
「……増えすぎじゃない?」
【コメント】
・待ってた
・今日もバグる?
・仕様理解してない男きた
・運だけでどこまで行けるか検証回
「いや、検証じゃなくて普通の探索ですからね?」
言いながら、恒一は歩き出す。
正直、昨日と同じ場所には行きたくない。
だが――。
【コメント】
・あ、壁行くな
・そこ昨日抜けたとこ
・検証しろ
・逃げるな
「圧が強い……」
視聴者の圧に負け、昨日の壁の前に立つ。
「えー……一応言っときますけど、これ危ないですからね?」
【コメント】
・死亡フラグ
・南無
・保険入ってる?
「入ってません!」
叫びつつ、恐る恐る手を伸ばす。
――スッ。
「……入るなぁ」
完全に壁の中だ。
【コメント】
・入った
・はい再現
・偶然とは?
「偶然です!!」
叫びながらも、内心では思っていた。
(これ、偶然じゃないな……)
だが、その思考はすぐに吹き飛ぶ。
背後から、足音。
「……え?」
振り向いた瞬間、モンスターと目が合った。
「ちょ、今日はそれ想定してない!」
【コメント】
・来た
・検証対象追加
・草
逃げる。
だが、足がもつれる。
「うわっ!」
転びかけた瞬間、恒一は反射的に横へ転がった。
――ズン。
壁の中。
「……あ」
気づいたときには、また“裏側”だった。
「ちょ、ここ安全地帯なの!?」
【コメント】
・避難所で草
・安全地帯判定
・本人が一番混乱してる
壁の向こうで、モンスターがウロウロしている。
こちらには気づいていない。
「……これ、ずっとここにいればいいんじゃ?」
【コメント】
・配信終了
・引きこもりエンド
・探索者の新しい形
「よくないです!」
恒一は深呼吸した。
「……落ち着け。落ち着け俺。これはバグ。バグだから……」
そう呟きながら、壁から出る。
無事、元の通路に戻れた。
「……生きてる」
【コメント】
・今日何回目だよ
・生還RTA
・運だけ男
その瞬間、画面に見慣れない通知が表示された。
【ダンジョン庁:監視対象に指定されました】
「……は?」
思考が止まる。
【コメント】
・公式きた
・終わったな
・おめでとう?
「おめでとうじゃない!!」
叫ぶ恒一の声が、ダンジョン内に響いた。
こうして天城恒一は知らぬ間に、
**「検証すべき存在」**として公式にマークされたのだった。
本人の意思とは、何の関係もなく。
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