第14話 切り抜きが、勝手に物語を作る
朝起きて、最初に見たものがそれだった。
【おすすめ】
『事故男、ついに化けの皮が剥がれる』
『天城恒一、ビビって安全路線に逃亡』
『公式に首輪を付けられた探索者』
「……誰だよ、こいつ」
天城恒一は、布団の中でスマホを握ったまま呟いた。
サムネイルに映っているのは、間違いなく自分の顔だ。
だが、そこに添えられた言葉は、自分の知っている自分じゃない。
動画を開く。
昨日の配信。
安全ルートを進み、何も起きなかった回。
――ただし。
編集されているのは、
・視聴者数が減った瞬間
・言葉に詰まった沈黙
・「事故を起こしたくない」と言った部分
そこに、煽り文字。
【事故れない男】
【期待に応えられない】
【終わった】
「……」
動画の最後には、こう締められていた。
『結局こいつは、
危険だから面白かっただけ。
安全になったら、何も残らない』
恒一は、スマホを伏せた。
「……そんなこと、言ってないだろ」
声は小さかった。
その日の配信は、始まる前から空気が違った。
【探索配信:天城恒一(Dランク)】
視聴者数:44,908
【コメント】
・切り抜き見た
・安全に逃げた人
・もう事故男じゃないよね
・期待外れ
「……おはようございます」
挨拶が、やけに重い。
「今日は、通常探索です」
【コメント】
・また?
・どうせ何も起きない
・切り抜きの方が面白かった
「……切り抜き、ですか」
恒一は、カメラから一瞬だけ視線を逸らした。
「俺、
ああいう編集されるようなこと、
言ったつもりないんですけどね」
【コメント】
・でもそう聞こえた
・受け取り方は自由
・配信向いてない?
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
「……向いてない、か」
その言葉が、やけに残った。
探索は始まる。
だが、恒一の集中力は明らかに落ちていた。
足取りが重い。
呼吸が浅い。
「……大丈夫ですか」
黒岩が、低く声をかける。
「……はい」
嘘だった。
何も起きない。
だが、それが“救い”にならない。
【コメント】
・今日も平和
・でも空気暗くない?
・事故男元気出せよ
「……元気出せって言われても」
恒一は、ぽつりと漏らした。
「俺、
事故を起こしたくてここにいるわけじゃないんです」
【コメント】
・分かるけど
・じゃあなんで配信してるの
・見せ物でしょ?
「……」
返せなかった。
配信終了。
控室に戻ると、恒一は椅子に沈み込んだ。
「……正直」
黒岩の前で、初めて弱音が漏れる。
「俺、
何をすれば正解なのか、分からなくなってきました」
黒岩は、すぐに答えなかった。
「天城さん」
少し間を置いてから、言う。
「切り抜きは、
“事実”を切って作る“物語”です」
「……」
「あなたの意図とは、関係ありません」
恒一は、苦く笑った。
「じゃあ、俺はもう、
何を言ってもダメじゃないですか」
「いいえ」
黒岩は、はっきりと言った。
「“黙る”のが、一番ダメです」
そのとき、控室のドアがノックされた。
「……入っていい?」
聞き覚えのある声。
「速水……レイさん?」
「うん」
レイは、いつもの落ち着いた表情で入ってきた。
「切り抜き、見た」
「……」
「正直に言うね」
レイは、はっきり言った。
「あれは、
“あなたが壊れ始めてる”編集だ」
恒一は、目を伏せた。
「……やっぱり」
「でも」
レイは続ける。
「それは、
“選んでない”からだよ」
「……選ぶ?」
「そう」
レイは、真っ直ぐに恒一を見る。
「事故るか、安全か、じゃない」
「“どう見せるか”を、
他人に全部任せてる」
その言葉が、胸に刺さった。
「期待される役を、
自分で選ばないと」
レイは、静かに言った。
「人は、勝手に物語を作る」
「……」
「それに飲み込まれるか、
自分で線を引くか」
恒一は、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと呟く。
「……俺に、できるんですかね」
「できる」
レイは即答した。
「あなたは、
“起きるかもしれない存在”なんだから」
その言い方は、
初めて“味方”のものに聞こえた。
その夜。
恒一は、配信アプリを開き、
一つの企画案を入力していた。
【企画案(下書き)】
『視聴者参加型・検証配信』
自分で選ぶ。
少なくとも、一歩だけ。
次回予告欄に、新しい文字が表示された。
【次回予告】
『視聴者参加型検証、始動』
それが、
流され続けていた物語に対する、
小さな抵抗だった。




