第11話 Dランク探索者、期待される
Dランク探索者用の装備は、やけに重かった。
「……こんなに分厚い必要あります?」
天城恒一は、胸元のプロテクターを指で叩きながら言った。
鈍い音が返ってくる。
「必要です」
即答したのは黒岩だった。
「あなたの場合、“過剰なくらい”で丁度いい」
「褒めてないですよね」
「事実です」
否定の余地はなかった。
スポンサーから提供された新装備は、安全性重視の塊だった。
衝撃吸収、位置固定、緊急拘束機構付き。
万が一の際は、外部から強制回収までされる。
――要するに。
「……俺、信頼されてないですよね」
「管理されています」
「言い換えがひどい」
【探索配信:天城恒一(Dランク初配信)】
視聴者数:52,118
【コメント】
・Dランクおめ
・装備ガチすぎて草
・檻じゃん
・事故対策万全で安心
「安心って言われるの、初めてかもしれません」
恒一は苦笑しながら、ダンジョン入口をくぐった。
今日の探索ルートは、事前に申請・承認済み。
危険度は低。
異常報告ゼロ。
――普通の、Dランク探索者の仕事。
「……行きます」
歩き出す。
モンスターは弱い。
罠も単純。
教科書通りの対応で、問題なく進める。
【コメント】
・安定
・普通だ
・事故男どこ行った?
「……普通ですよね?」
恒一は、どこか確認するように言った。
「普通です」
黒岩が頷く。
「これが、本来のDランク探索です」
「……そうですか」
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
(よかった。今日は何も起きない)
十分経過。
二十分経過。
本当に、何も起きない。
【コメント】
・平和回
・でも正直物足りない
・今日は虚無?
「虚無って言わないでください!」
思わずツッコむ。
「探索者としては、これが正解ですからね!?」
【コメント】
・それはそう
・でも事故が見たい
・期待裏切られた感ある
「……期待?」
恒一は、足を止めた。
「俺、何か期待されてます?」
言ってから気づく。
自分で聞く質問じゃない。
コメント欄が、一瞬止まった。
【コメント】
・……
・言わせんな
・察しろ
黒岩が、静かに口を開いた。
「天城さん」
「はい」
「あなたは今、“何も起きない”ことに安心していますね」
「……はい」
「ですが」
黒岩は、視聴者数の推移を指差した。
52,118 → 49,603 → 47,980
「……減ってる」
「ええ」
黒岩は淡々と言う。
「期待されているのは、
“安全な探索”ではありません」
恒一は、喉が詰まった。
「……じゃあ」
「“起きるかもしれない何か”です」
【コメント】
・言語化助かる
・それな
・事故男ブランド
「……俺、事故起こしたくないんですけど」
思わず本音が漏れた。
「知っています」
黒岩は頷く。
「ですが、あなたはもう
“起きないことを期待される立場”ではありません」
探索終了。
無事帰還。
報酬も問題なし。
Dランク探索者としては、満点だ。
だが。
【コメント】
・今日は普通だったな
・つまらなくはないけど
・次は何か起きる?
配信を切ったあと、恒一は椅子に深く座り込んだ。
「……俺、ちゃんと仕事したのに」
「ええ」
黒岩ははっきり言った。
「ですが、“物語”は進みませんでした」
「……物語?」
「配信者・天城恒一としての、です」
恒一は、天井を見上げた。
「……探索者って、何でしたっけ」
「本来は、危険を減らす仕事です」
「……ですよね」
なのに。
危険がなければ、評価されない。
「……変な世界ですね」
黒岩は、小さく笑った。
「だから、あなたが必要とされている」
「必要って」
「期待です」
黒岩は、はっきり言った。
「あなたには、
**“何かが起きるかもしれない”という期待が集まっている**」
恒一は、黙り込んだ。
それは、誇らしい言葉ではなかった。
むしろ――重い。
配信アプリを閉じながら、恒一は思った。
――成り上がったはずなのに。
――なんで、前より怖いんだ。
次回配信の予定欄には、すでに予告が表示されていた。
【次回予告】
『事故を期待される男』
そのタイトルを見て、
恒一は小さく息を吐いた。
「……普通にやりたいだけなんだけどな」
その願いは、
もう“視聴者の期待”とは噛み合っていなかった。




