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冷酷と噂の氷帝陛下の心の声が『今日も妃が可愛すぎる』とダダ漏れな件について  作者: 九葉


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第六話 すれ違う心と建国記念の夜会

イザベラ・フォン・ヴァルデマールと出会ったあの日から、私の心には、薄い氷の膜が張ってしまったようだった。

カイゼル陛下の心の声は、相変わらず私への心配と、時々暴走気味の愛情で満ち溢れている。

けれど、一度芽生えてしまった疑念は、そう簡単には消えてくれない。


(この優しさも、『守ってやらなければいけない』か弱い存在への同情なのかもしれない)

(イザベラ様にも、同じように…ううん、もっと親身に、そうして差し上げていたのよね)


そう思うと、彼の心の声を聞くたびに、胸の奥がちくりと痛んだ。

私は、無意識のうちに、カイゼル陛下の視線を感じる場所を避けるようになっていた。温室へ行く時間をずらし、図書室では窓のない奥の席を選ぶ。彼が通りかかる気配がすると、そっと物陰に隠れてしまうこともあった。

それは、私のささやかな、そして愚かな抵抗だった。


私の態度の変化に、彼が気づかないはずはなかった。

渡り廊下の向こう側から聞こえてくる心の声は、日増しに焦りと混乱の色を濃くしていく。


『――(なぜだ!? なぜ最近、リリアンナの姿を見かけないんだ!? 侍女たちの報告では、離宮にはいるはずなのに…! 俺が何かしたか!? いや、何もしていない! 会えてすらいないのだから!)』


『――(もしかして、イザベラのせいか…! あいつめ、リリアンナに何を言ったんだ! やはり城から叩き出しておくべきだった! だが今それをすれば、ヴァルデマール公爵を余計に刺激することになる…くそっ!)』


彼の苦悩が伝わってくるたびに、私の心も痛む。

違うのです、陛下。あなたのせいではないのです。悪いのは、勝手に不安になって、あなたを避けている、私のこの弱い心なのです。

そう伝えたいのに、どう伝えればいいのかわからない。嫉妬している、なんて、口が裂けても言えるはずがなかった。


そんなある日、離宮に、今まで見たこともないほどの量の贈り物が届けられた。

美しい絹織物、輝く宝石、南方の珍しい果物…。

侍女たちは「まあ、陛下からだわ!」と色めき立っている。


『――(そうだ、贈り物だ! 言葉で伝えられないのなら、態度で示すしかない! 俺が気に掛けていると、大切に思っていると、これで伝わってくれ…! 頼む!)』


彼の、藁にもすがるような心の声。

けれど、今の私には、その贈り物の山が、まるで「ご機嫌取り」のように見えてしまった。

イザベラ様が言っていた。「わたくしも、よくカイゼル様に贈り物をいただいたものだわ」と。

この贈り物も、その一つと同じなのだろうか。そう思うと、素直に喜ぶことができず、私はただ「…ありがとうございます、と陛下にお伝えして」と、侍女に力なく微笑むことしかできなかった。


贈り物作戦が失敗に終わったと悟ったカイゼル陛下は、さらに混乱の度を深めていく。


『――(ダメだ…! 贈り物にも反応が薄いとは…! 重症だ! いったいどうすれば…! もう直接聞くしか無いのか!? だが、怖くて聞けない! もし「あなたのことなど嫌いです」と言われたら、俺は帝国ごと凍らせてしまうかもしれない…!)』


すれ違う心。

近づきたいのに、その方法がわからない皇帝と、信じたいのに、あと一歩が踏み出せない妃。

私たちの間には、見えない壁が、日に日に厚くなっていくようだった。


そんな気まずい空気が続く中、帝国を揺るがす一大イベントの開催が布告された。

――建国記念を祝う、夜会。

それは、皇族、貴族、そして各国の要人が一堂に会する、帝国で最も華やかな祝祭だった。当然、皇帝の隣には、妃である私が立つことになる。


その知らせを聞いた時、私の心臓は、重たい石のように沈んだ。

あんな華やかな場所で、私は陛下の隣に立つ資格があるのだろうか。イザベラ様のような、生まれながらにして気品と自信に満ち溢れた女性こそが、その場所に相応しいのではないか。


私が一人、離宮の窓辺で思い悩んでいると、侍従の訪問を告げる声が響いた。

扉の向こうに立っていたのは、カイゼル陛下、その人だった。

突然の訪問に、心臓が大きく跳ねる。彼が、私の私室の前にまで来たのは、初めてのことだった。


彼は、いつものように無表情で、私をまっすぐに見つめている。


「…夜会の件、聞いているな」

「…はい」


『――(ああ、久しぶりに間近で見た…。少しやつれたか? 俺のせいだ、俺が不安にさせたせいだ…。すまない、リリアンナ…)』


彼の、痛みに満ちた心の声が聞こえる。

違うのです、と叫びたかった。けれど、声が出ない。


「当日は、お前をエスコートする。…妃としての、務めだ」


告げられたのは、どこまでも事務的で、冷たい言葉だった。

『務め』。

その一言が、私の胸に深く突き刺さる。

やはり、そうなのだ。私と陛下の関係は、ただの「務め」。そこに、感情などない。


『――(違う! そんな言い方しかできないのか俺は! 「君と一緒に行きたいんだ」と、どうして素直に言えない! この馬鹿! 大馬鹿者!)』


心の声が、必死に彼の言葉を否定している。

けれど、傷ついた私の心には、彼の口から発せられた「務め」という言葉だけが、重く、重く響いていた。


「…承知、いたしました。妃として、務めを果たさせていただきます」


私は、精一杯の力で、そう答えた。

顔を上げることができない。きっと、今にも泣き出してしまいそうな、酷い顔をしているに違いないから。

私の返事を聞くと、カイゼル陛下はしばらく黙っていたが、やがて「…そうか」とだけ呟き、静かに踵を返した。


遠ざかっていく彼の背中を見つめながら、私は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

夜会の日、私は、完璧な「妃」という仮面を被って、彼の隣に立たなければならない。

心を殺して、ただの美しい人形として。

その日、私の本当の心が、完全に壊れてしまわないことを、ただ祈るしかなかった。

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