墓地 ダンジョンの最奥で
真っ暗でひんやりした世界、ここはどこ?
何でも良いや、とりあえず、体は動かない。鉄臭い水たまりの中にいるみたい。
「……………た。」
「……っ………………」
「まさか…………………………な……」
かすかに聞こえていた誰かの話す声。それは、私の意識と共にだんだんとはっきりしだす。
???「…………私の体はもうだめね?ホルドは?」
ホルド「俺も似たようなもんだ。リナは?」
???「あの子も死んでるのかしら?リナ?」
冷たい手が私の頬を撫でる。その死霊のような冷たさに声が出る。つか、リナって私の名前か?
「あん、いや。」
ホルド「!まだいきてるぞ!アニヤ!」
アニヤ「起きてリナ!早く!」
朝?にしてはまだ辺りは暗い。私は床のように硬いベッドからきつい体を起こしたのだった。
「うつつ、もうなんなの?」
ホルド「お前!辺津鏡から、薬草を取り出せ!」
アニヤ「早く治さないとひどい傷よ!」
辺津鏡?薬草?何それ?
かすむ目をこする。?何やら自分の手も鉄臭くて所々濡れているようだ。
薄暗い部屋、壁のくぼみの燭台に炎が揺らめいていて、声の主たちを映し出す。
「は……?!」
私は声の主たちを見て驚愕して声を上げそうになったが、
ぷにっ
肉球がそれを制した。
なんとそこには、しゃべる黒猫と死霊がこちらを覗き込んでいた。
透明で明るい茶色の髪をボブカットにした死霊の女性。
黒猫はまるでヒゲでもあるかのようにωだけ白い。
そして、死霊の向こうには死霊の体?が横たわっている。
私「何?何?なんなのあなたたち?!」
ホルド「?アニヤ、待て、様子がおかしい。」
と黒猫は言う。様子がおかしいのは正直そちらでは?って思う。
アニヤ「記憶がない?!嘘でしょ?リナ、あなただけが頼りなのよ?!」
何やら緊迫しているようだが、私は今、ちょ~眠いし、しんどい……つか、猫と死霊か。驚いて損した。
私「もう少ししてから起こして?まだ夜中じゃない。」
おやすみー
ベチャ
?ベチャ?
アニヤ「もう!この子ったら!」
ホルド「緊急事態だぞ!起きろ!バカ!」
スウ!
反論しようとしたが、体が勝手に起き上がる、心なしか顔も何かが張り付いたようにこわばっていた。
ホルド「ここから、回復の泉まで、なんとか敵とエンカウントせずにたどり着くんだ!」
アニヤ「分かった。行ってみる!」
扉をそーっと開けて、部屋の外をうかがう。
これは、私がやってるのか?誰かに体を動かされているような?
まぁ、楽ちんではある。
ホルド『やばい!オークキングだ!見つかったら食われるぞ!』(ヒソヒソ)
アニヤ『向こうを向いてる!今がチャンスよ、リナ!』
私「わっわかった!」
オークキング「うー?声?」
まっずい!
動きがトロい。ソイツが後ろを向く前に素早く、外の通路の陰に隠れる。床をよく見ると血の足跡が続いている。
私は靴を脱いではだしになった。ほんのり女のムレた足の匂いがする。
なんだか、ムラムラする……。見つかったら食われるスリリングな状況にドキドキする。
その胸の高鳴りが余計に興奮させるのだろう。
オークキング「うー?血の匂い?足跡?」
ドスッドスッドスッドスッ…………
オークキングは遠ざかっていく。
ホルド『やべー!思考もトロくて助かった!』
アニヤ『マッピングを参照したわ!回復の泉はこの先よ!』
しゃがみ、スニーキングモードで足音を立てずに狭い通路を進む。
後ろの方でガシャガシャと音が走ってきている。
私「?」
ホルド「やばい!スケルトンだ!今のままじゃ、追いつかれるぞ!」
アニヤ「私に任せて!」
アニヤが私の口を使って高速で呪文を唱える。
ビュゥゥゥゥン……!
体が透明になり、背景に溶け込む。間一髪、通路の隅で縮こまる。
側にはいかにも高そうな鎧具足に身を包んだスケルトンが2体私たちを目で探している。
モゾモゾ顔をだした胸の中の黒猫が小声で叫ぶ。
ホルド『物音を立てるな!』
スケルトン達の下顎が鳴る。
カタカタ……
カタカタカタ…………
何事かを相談したかのように見えたスケルトン達は、また、ガシャガシャと音を立ててその場をあとにした。
ホルド『今のうちに!』
私は身体に残った力を振り絞って走った。
猫は胸の谷間で埋まっている。まあ、そこに収まっててほしい。足元でチョロチョロされては困る。
ペタペタ……!
ホルド「やった!ついた!回復の泉だ!」
アニヤ「飲むのよ、リナ!」
通路の突き当たりに確かに透明な湧き水がある。しかし、
私「え?煮沸消毒とかいらないの?おなかこわさない?」
アニヤ「ボス戦の前に何回も飲んだじゃない!」
ホルド「つべこべ言うな!」
渋々(しぶしぶ)、飲む。
あ、うまいかも。
そして、みるみる体の傷が治っていく。
水面に写る自分の顔を確かめる。
濃い眉、クドいくっきりとした目、ギラギラと黄色い瞳、プックリとした小さな口、スラっと伸びた小鼻、黒いセミロングの髪。
んー、どうでもいっか。
ゴクゴク……
アニヤ「……用法、用量。」
ホルド「もういいんじゃないか?」
私「プハ!……これ持っていこう。」
しゅ!
ぼと!
私「アレ?」
空間から見覚えのある水筒が出てきた。あ、しかも入ってる。
チャパチャパ
ホルド「使えてんじゃねーか!辺津鏡!」
私「え?そうなの?」
使おうと思って使ったのかな?よくわからない。その時、後ろから大きな気配がする。
オークキング「うー、見つけた!しんぬーしゃだ!」
ドコォ!
オークキングの持つ大きな鉄の棍棒が、さっきまで私のいた場所に振り下ろされ、大地が砕かれる。咄嗟にその巨体の股の下に飛び込む。
私「ひぇー!」
私は夢中で走った。
アニヤやホルドが攻撃魔法とか言ってたような気もするが、よく覚えてない。
グニャア
なんの前触れもなく、地響きと共に空間が歪む。
ゴゴゴゴゴゴ……
アニヤ「え?!」
ホルド「ダンジョンが!再構築されるぞ!何かにつかまれ!」
私「あわわわ!」
グラグラ、グラグラ……!
シュン!
アレ?ここはどこだ?
さっきまで後ろにいたオークキングとか言うのが居ない。
今までの石膏の土壁で固められた通路が、むき出しの土のものに変わって壁の燭台もたいまつの光に変わってしまっている。
アニヤ「なんてことなの!」
ホルド「クリュソスの奴が外に出やがったんだ!」
クリュソス?
誰だかわからないが、その名前を聞くと無性に腹が立つ。
私「私らを置いて!」
なぜか、口からそんな言葉が出る。うう、だんだんと思い出してきてるのか?
アニヤ「とりあえず、マッピングし直さないと!」
ホルド「俺の髭がレーダーになる。スニーキングモードで進め。地上をめざすぞ!」
アニヤ「最下層で間違いないんだろうけど……」
ホルド「なかなか、上に登る階段がないな。」
私「アニヤ、こっち?」
アニヤ「そっちはさっき通ったわよ?」
ホルド「あ!」
後ろの通路の曲がり角に大きな手が出てくる。胸の谷間に収まっているホルドのヒゲは前方には有効だが、後方には働かない。
後で、装備から外そう。
ホルド「でかいぞ!」
ヌゥ!
オークキング「うー!やっと見つけたぞ!」
アニヤ「リナ、火属性!」
え?え?わからない!
ホルド「だめだ!まだ思い出しちゃいないぞ!」
オークキング「オークパンチ!」
ドコォ!
私「くっ」
防御態勢を取ったが、壁に激突する。
さっきまでの硬い石膏で固めた土壁だったら頭を割られてただろう。
ガラガラガラ……!
その衝撃で壁が崩れ隠し部屋が現れる。
ゴホッゴホッ
ホルド「みろ!宝箱だ!」
隠し部屋の奥には宝箱が置かれている。それは異様なオーラを放っていた。
アニヤ「ミミックじゃないの?」
ホルド「一か八かだ!開けろ!リナ!」
オークキングが鉄の棍棒を振り下ろす前に隠し部屋に飛び込む。
パカ!
私「これは!」
ホルド「リボルバー?!」
アニヤ「使えるのそれ?!」
中にはヘルメーカーと刻印されたリボルバー拳銃が2丁入っていた。
私「とりあえず、装備できる!」
私の体を巡っていた魔力が握った銃に集中する。
ドゥン!
ビシッ!
オークキングの眉間に一発。当たった衝撃なのかオークキングはより目になっている。
オークキング「うづ!」
ゴッパァ!
その頭は水風船の様に弾けた。
ホルド「うわ!一撃かよ!?」
アニヤ「やった!SSRの装備じゃない?!これ?!」
首から上をなくした巨体が音を立てて、その場に倒れた。その向こうからスケルトン達が槍を掲げながら迫ってくる。
今さっき見たやつか?
ドゥン!ドゥン!
ばきょ!
パァン!
当たった箇所が粉々に砕ける。スケルトン達はその場に崩れた。
シーン
ホルド「やった!再生しないぞ!」
アニヤ「あんなに手こずってた相手なのに!」
ヘルメーカーの銃口から白い煙が上がっていた。
すごい……のか?
とりあえず、これがあれば魔法を使えなくても戦っていけそうだ。
こうして、髭の黒猫と可愛い死霊と魔法の使えない私の奇妙な旅が始まった。