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episode.6 出来心だった恋沼さん


「で、で、出来心だったんです!」


 トオルの玄関先に押し入った恋沼結衣こいぬまゆいは深々と頭を下げた。混乱するトオルは「ほえ?」と間抜けに首を傾げる。


「恋沼さんって、ちょっと天然な人……?」


「あの、その職権濫用? というか、本当にたまたまが積み重なって」


「どゆこと? 野郎の部屋でよければとりあえず上がり……ます?」


「はっ、ありがとうございますっ。これが……Truくんの部屋」


 トオルの後ろでデレっと溶けたような表情を一瞬だけして、結衣はきゅっと口角を上げ直す。

 

「んで、職権濫用とは?」


「えっと、だから昨日ウーバールに来た時に串野さんがTruくんだとわかって今日押しかけてきちゃったというか、なんというか。そもそも、Truくんの配信はずっとみてたから居住範囲は知ってて、だからこそウーバールを進めたというかなんというか」


 完全にストーカーのそれであるが、察しの悪すぎるトオルはなんだか嬉しそうに笑って見せた。


「そ、そうなんだ! でもファンの子に会えて嬉しいかも……?」


「いや、そのファンというかその? ずっと応援してる、ほら私の名前!」


 察しの悪いトオルとは違って多少の罪悪感を感じている結衣は複雑そうに唇を噛んだ。


「そうそう、恋沼さんは大学生?」


「はい。今はお湯の水女子大学3年生です。ウーバールは最近始めたんです」


「おっ、じゃあそんなに年齢変わらないかも? タメ語で話そうぜ〜」


 トオルが怒っていないどころか、少し嬉しそうで結衣は安心する。


「そ、そう? でもすごいね。あの異世界の動画。本物かと思っちゃった」


「でしょ〜、俺。フリーターで頑張ってきたけどさ、こう初めてバズってずっと宙に浮いてるみたいな感じでさ〜」


「Truくんは昔から異世界系の漫画とか好きだし、なんかリアリティあってすごいな〜って思ってる。次も異世界系の動画にするの?」


「お、もしかして恋沼さんも結構古参?」


 トオルの言葉に結衣はガチンと固まった。


(この人、私の正体に気がついてない〜⁈ Truくんは楽天家でそういうところも大好きだけどあまりにも鈍感すぎるよ〜‼︎)


「Truくん? もしかして、私が誰かわかってない?」


「え? そりゃ、昨日ウーバールに来てくれた恋沼結衣さんでしょ? 美人……ごほっ。女子大生の」


 美人といいかけてくれたことに結衣は喜びつつも、やはり察しの悪いトオルに驚いた。けれど、その彼のポンコツさにすら結衣は愛おしさを感じている。


「あの、私の名前を英語にしてみて」


「英語? こいぬま……カープレイク?」


 どちらもハズレである。


「ううん、お魚の鯉じゃなくてほら恋愛の方の」


「あぁ、Loveね。んで沼は……恋沼……Loveぬ、あっ⁈ まじっすか⁈」


「はいっ」


 驚きを隠せないトオルとやっと気がついてくれて嬉しい結衣のおかしな距離感がしばらく沈黙で埋まった。

 トオルは目の前の最高に可愛くてタイプな女の子が初期からのリスナーでとこあるごとに援助してもらっていた「Love沼さん」だと気がつき、どうしたって格好つけられなくなってしまったからである。


 一方で結衣の方は、Truの中の人があまりにも自分の大好きなTruすぎて感激していたし、自分の正体を明かした赤裸々感で胸がいっぱいだった。


「あのお……Love沼さん」


「あの、結衣ちゃんとかでいいよ。ほら、もうリアルにあってるんだし……?」


「電気代とガス代……ってか俺こんな若くて可愛い女の子にお金……ほんと情けないぜぇ」


「いいのいいの。私、お金の使い道Truくんくらいしかなくって……、Truくんが喜んでくれることが私の生きがいだったんだから、それに……職権濫用しちゃったし。痛み分けってことで……?」


「あの、俺ちゃんと稼げるようになったらちゃんと返すから」


「えっ、いいのに。だって、2年前からTruくんにたくさん癒してもらったし喜ばせてもらったもん。けど……その、心配になっちゃって」


「心配? あっ、まってねお茶飲む?」


「ありがとう」


 家に上がって10分、トオルは買いだめしたペットボトルのお茶を結衣に差し出した。結衣は両手で受け取るとそっとテーブルの上に置く。


「心配って? もしかして、異世界のこと?」


「ううん、Truくんがバズったことは嬉しかったよ? けど、そのたくさんリスナーが増えて可愛い女の子たちからモテるようになったら、私よりもお金出せる人が増えちゃったら忘れられちゃうかもって」


「そんな! 俺は最古参のリスナーを忘れたりしないし……」


 トオルは目の前に座っている結衣をじっと見つめた。高卒フリーター男にはまったく見合わないようなお嬢様女子大生、美人で清楚でまるで女子アナだ。おまけに巨乳。こんな子が、押しかけてくるくらい熱心なファンというだけで嬉しいと彼は思った。


「ほ、ほんとに?」


「あぁ、ほんとさ、じゃあその証明に……俺の秘密を教えて差し上げよう!」


 トオルは美人に格好が付けたくてとっておきの秘密を教えることにした。そう、彼の脳内では結衣をどうにか異世界につれていき、デートをしてものにしようなんてそんな邪な考えがあったのだ。


 バンと格好良く開け放った押し入れ。


「押し入れ……? もしかして、Truくんの秘蔵グッズが⁈」


「わぁっ、危ないっ」


「え? 危ないって、そんなに崩れるほど荷物は……あっ、ごめんね私ったら〜」



 変な意味で興奮している結衣をみてトオルは、彼女には押し入れに存在するワープ空間が見えておらず、触れても彼女が異世界に飛ばないことを理解した。


(やはり、俺にしか見えてないんだ)


「わぁ……高校の卒アルのTruくんかわいいぁ〜」


「あっ! 結衣ちゃんダメ!」


「パシャリ」


「あ〜俺の黒歴史が〜」


(結衣ちゃんの様子がおかしすぎて全然エロい雰囲気にならねぇ!)


 トオルの卒アルを抱きしめて照れる結衣に困惑しつつ、トオルはこの出会いにちょっとした感謝を隠せないのだった。



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