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episode.44 人間の欲望と厄災


旅行扉トラベルポーターがうまく機能しない?」


 ヴァーネイラは頷くと、今異世界で起きている状況について説明した。とある人間の集落で恐ろしい厄災が召喚されてしまったこと、その厄災は万物を統べる竜の形をなしどのような場所でも死ぬことはない不死身であること。

 そして、その厄災は女神竜の力にも関与し始め旅行扉トラベルポーターがまともに機能していないということ。


「では……俺たちが先ほど落ちた場所は?」


「あそこは厄災と我々竜人族の戦地の一つよ。といっても、厄災はどんな属性も操りその姿さえも自由に変化する不死身の存在。我々に勝ち目はない」


 目の前に広げられた地図。トオルが関わった国や村はまだ無事ではあったが、ヴァーネイラの話が真実であれば厄災はほんの数日で世界の全てを焼き尽くし、無へと変えてしまうだろう。


「あの……どうしてそんなものを召喚したのでしょうか?」


 結衣はこんな時でも冷静で、顎に手を当てながら何かを考えている様子である。トオルはそれに驚きながらもヴァーネイラの答えを待った。


「厄災が召喚されたのはここ、ハルディ集落と呼ばれている人間が住まう集落です。人間というもっとも短命で魔力を持たない種族がこれまで長くにわたって繁栄してきた理由はご存じ?」


 結衣は即座に答える。


「野心でしょうか」


「えぇ、賢いお嬢さん。弱いからこそ彼らは大きな野心を持ちその土地を守ってきた。では、その次に現れるものは何かしら?」


「欲望……でしょうか」


「えぇ、支配欲、独占欲、加虐欲。彼らはこの世界の全てを自分たちのものにしようと考えた。けれど、人間以外の種族は人間よりも長寿で力を持ち強い。だからこそ、彼らは異次元の厄災を呼び出しそれに頼ることにした。けれど……厄災が最初に飲み込んだのは彼ら自身だった。厄災は人間たちの渦巻く欲望や野心を糧に育ってしまった」


 世界は違えど人間であるトオルと結衣は話を聞いて想像がついた。トオルたちの世界でも人間という生き物がどんなに汚い感情を抱き、それを行動に移してきたかは歴史が語っているからだ。


「では、どうやって厄災を?」


 ヴァーネイラは結衣の質問に対して静かに首を横に振った。


「方法はありません。あの厄災を封じ込める方法を知っていたのはあの人間たちのみ。しかし、文書も当人たちもアレに焼き尽くされてしまったのです。我々はゆっくり、ゆっくりとあの厄災に飲み込まれていく運命なのです」


 ヴァーネイラは二人の頭をそっと撫でると安心させるように


「けれど大丈夫。あと一度なら私の力で旅行扉トラベルポーターを正常に作用させることができるでしょう。トオル、彼女と猫ちゃんを連れて自分の世界にかえりなさい。それから、2度と……旅行扉トラベルポーターを開いてはいけませんよ。次にあなたがやってくる時、この世界は灰色の世界に変わり、きてしまえばもう帰ることはできなくなってしまう」


 と言ってトオルの右腕に触れた。すると、トオルの右腕から自然と旅行扉トラベルポーターは出現する。

 しかし、トオルはじっとヴァーネイラを見て旅行扉トラベルポーターに入ろうとはしなかった。それはケンシンも同じで、この世界から自分たちだけ逃げ出そうとは思っていなかったのだ。


「結衣ちゃん、ごめん」


「えっ」


 結衣は突然旅行扉トラベルポーターに吸い込まれて有無を言わせず消え去った。その判断にヴァーネイラは小さな悲鳴を上げる。


「トオル……、なんてことを」


「いいんです。俺、一緒に戦います」


「トオル、あれは異界から呼び出された厄災。女神竜の私でも対処のできない存在。あぁ、なんてこと……どうにかしてもう一度旅行扉トラベルポーターを……」


 トオルのポケットでスマホが震えた。彼はまだ電波が繋がっていることに驚きつつも通話を開始する。


「トオルくん! どうして……」


「あぁ、結衣ちゃん? 無事に家についた?」


「ついたよ、ついたけど……どうしてトオルくん」


 半泣きの結衣の答えにトオルは震えながら


「俺、きっとこの世界で役目があるから不思議な力が目覚めたと思うんだよね。底辺配信者で女の子に食わせてもらってたようなクズだったけど……やっぱりこういうかっこいいこと憧れちゃったんだ。ごめん、結衣ちゃん。そっちの世界のことはよろしく、へへ」


「いやだ、トオルく……」


 不安定な回線が切れると、トオルはスマホの電源を落としてポケットに入れた。


「すまん、ケンシン。お前はこっちの猫だしきっと嫌がると思ったから残ってもらったわ」


「相棒、俺はお前といつだって一緒だぜい。それにヴァーネイラ様俺は厄災を倒せないなんて思ってないっす。きっとそこに俺が飛ばされたきた意味があるって思ってるんで」


 ケンシンがトオルの肩に乗るとトオルは彼の尻尾をふわりと撫でた。


「あぁ、人間というのはなんて欲深い生き物なのでしょう」


 そういったヴァーネイラは愛おしそうにトオルを見つめるとそっと涙を流した。





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