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episode.8 エルフの村へ


「結衣ちゃんも送ったことだし、安物のピアスでも持って異世界参りますかぁ」


 がらんとした部屋にトオルが帰ってくると、彼の腹が盛大に音を鳴らした。


「結衣ちゃん、可愛い美人さんな上に家事も得意なのかぁ、いいよなぁ。嬉しいなぁ」


 トオルは結衣に対して結構な好印象であった。時折、結衣の様子がおかしい感じもしてはいるが、彼女の美人さと健気さでほとんど気にならないようだ。


「いつか、もっとバズって金持ちになったら恩返ししなくちゃだなぁ! おっしゃ、いくぞ! そうだ、結衣ちゃんリクエストのエルフがいっぱいいる里を探してみるか。まずは、コグー串だなぁぐへへ」


 安いピアスをポケットに入れてトオルはワープ空間へと身を入れる。いつものようにぐわんと歪んで少しして放り出された。


「あえ?」


 飛び込んだのはいつもの小屋ではなく、どちらかというと少し綺麗目なログハウスの中だった。

 その上、彼の目の前には……


「おかあさん! お客さんいたよ!」


 長い尖った耳にピンク色の髪の毛、綺麗なピンク色の瞳。


「エルフの幼女……?」


「あらあら、お客さま。こんな時期にいらっしゃい。えっと、人間族のお名前は?」


「トオルです」


「あら、不思議な名前ね。私はこの宿の女将ナターシャと言います。こっちは娘のリータ。リータ。お客さまにご挨拶は?」


 エプロンをつけたピンク色の大人エルフのお姉さんはリータという幼女を抱き上げるとにっこりと微笑んだ。

 トオルはワープ空間が別の場所に通じていることに驚きつつ、目の前の可愛いエルフママと幼女に顔を緩ませていた。


「こんちは! おにいちゃん」


「こんにちは、えっと不躾ですが異国からきたばかりでして……質屋なんかはございませんかね?」


 トオルの言葉にナターシャは眉を下げた。


「ここのところ、ダークオーガの被害が多くて外にあるお店はほとんど開けていないの。ここはエルフの村。新鮮なお野菜とフルーツが売りのエルフ村市場も今はがらんとしていて……」


「ダークオーガですか?」


「えぇ、彼らはオーガ族の中でも闇に身を落とした魔の者たち。ダークオーガはエルフや人間を食う恐ろしい一族なのです。水が弱点と言われていて、いま村の周りにお堀を建設していますが……」


「大変、なんですね」


「ですから、よければ質屋に入れようとしていたものを私の方で預かりますよ。お宿代はいりませんから。ところでトオルさんはどうしてこちらへ?」


「異国の食材を記録しに。ですが……そんなに大変な状態だとは。以前は、コグーの串焼きや人魚の涙なんかをこうして記録に」


 トオルがデジカメの画面を2人に見せるとまるで未来のものを見るかのように2人は目を輝かせたり、不思議そうに首を捻ったりする。


「すごい……こんなに綺麗に絵を映し出せるのですね。けれど、コグーという魔物はこの大陸には存在しなかったはず。随分な長旅だったのですね。そうだ、今夜はスープを作って差し上げますね。数刻しましたら戻りますから、お寛ぎくださいね。リータ、ママとお買い物に行きましょう」


「はぁい、ばいばい。おにいちゃん」


 リータに手を振ったトオルは木でできた椅子に座って状況を必死で整理する。


「まず、俺は前とは違い場所にワープした。けど……コグーってモンスターの名前が通じたってことは同じ世界線で違う場所。多分めっちゃ遠く。そんでもってこの村は結構ピンチな感じで食べ歩きなんかできる感じではない……と」


 窓の外を眺めてみると、一面の花畑に木でできたログハウスが立ち並んでいる。大きな蓮の葉っぱが日除けのように立てられていたり、虹色に輝く花をたくさんつけた桜っぽい木やふよふよと浮遊する綿菓子のような雲。

 美しい長毛種の猫がいたるところを闊歩している。メインクーンだろうか、大きくてふわふわで綺麗な猫たちだった。


——エルフの村だぁ……


 トオルは撮影しつつ目の前の景色に感動していた。


「みなさん、今回はエルフの村へやってきました。ただ、外の治安が悪いようで食べ歩きはできないかも。今回はエルフの宿グルメ紹介! って感じになりそうです」


 窓から見える村の光景だけで十分にバズりそうだが、トオルはあの素敵なママさんが作ってくれる美味しい料理に期待を膨らませた。


「おい! 汚い猫だ! ぶっとばせ!」


 あまりにも治安の悪い子供の声にトオルは思わず窓を開けて飛び出した。ふわり、と花畑の上に着地するとそこら中からお花の甘い香りが漂、近くに止まっていた蝶々が舞った。


「ナーゴ、ゴー」


「おらっ、汚くて不細工な猫! 出ていけ!」

「ほんとだ! 太ってやがる! 猫界のダークオーガめ!」


「おいこら、少年ども」


 灰色に薄汚れた長毛種の猫が少年たちに囲まれていた。彼らの1人、リーダー格であろう緑頭の小僧が石を振りかぶった瞬間、トオルは彼の腕をぐっと掴んでいた。


「いってえ! 何すんだよ!」


「動物をいじめちゃならねぇって親に教わんなかったか? 少年」


「うわっ! 人間だ! こえぇ! ごめんなさい〜!」

「逃げろ!」

「怒られる!」


 少年たちが一目散に逃げていくとトオルは怯える汚い猫をそっと抱き上げた。ずっしりと重いその猫は「ナ"ー」としゃがれた声で鳴いた。


「お前、俺の世界だったらバズるのになぁ」


 丸っこくてもふもふ、体は汚いものの顔はわりと美猫。その上、変な鳴き声。


「ちょっと待ってな。俺の非常食やるからよ」


 トオルは宿に戻るとリュックの中から非常食として忍ばせておいたビーフジャーキーを取り出して汚い猫に小さいかけらを咥えさせた。


「ついでに、はいポーズっと」


 猫は「ナ"ー」とお礼でもいうように鳴いてからジャーキーを咥えて走り去っていった。


「異世界のネコチャン、サムネにしよっと」






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