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_____7月26日



僕と琴里は秋斗の家に向かった。

秋斗のお父さんの居場所を聞く為だ。


インターホンを鳴らすと目の下に隈を作ったお母さんが出てきた。

『2人とも、沢山探してくれているみたいでありがとうね。

まだ警察からも何も情報はないの。


もし良かったら、秋斗の部屋に入ってみる?』


「…お邪魔します。」

その言葉に甘えて僕達は秋斗の家に上がらせてもらうことになった。


玄関を入ると、秋斗のものであろう靴や小さい頃の秋斗の写真立てが立てられていた。

広く、ドアが沢山ある家は迷路のように感じる。


2階に登って右手の部屋が秋斗の部屋だそうだ。

秋斗の部屋はシンプルだったが、一際目立つ所に電子キーボードとギターが置いてあった。

そこには白紙の楽譜や、手書きで書かれた楽譜等置いてあった。


『お茶を入れてくるから好きに見ていていいわよ。』

そう言って部屋を出ていくお母さんを尻目に、僕は部屋を見渡す。



「秋斗さ、音楽が好きだって言ってたよな。自分で作曲とかしてたんだ。全然知らなかった。」


『秋斗の曲、ないのかな。』

琴里がパソコン机の辺りを見渡す。


「秋斗はパソコンに詳しいから、パソコンで作曲してたかもしれないね。」



秋斗の曲があるなら聞いてみたい。

普段自分のことを話さない秋斗の心の内を知りたい。

普段どんなことを考え、何を感じていたのか。



ノックと共に開いたドアからお母さんが入ってきて、暖かいお茶を置いてくれた。


『面白みもない部屋だったでしょ。


それで…

2人とも、今日はどうしたの?』



僕と琴里は目を合わせ頷く。




「実は…。秋斗のお父さんの居場所が知りたくて。」


僕の言葉に驚いた様子のお母さんは首を横に振った。


『ごめんなさい、教えられないわ。

あの人は冷酷な人なの。きっと会ってくれないと思うし、貴方達に冷たい言葉を吐くかもしれない。秋斗の事が心配なのは分かるけど、あの人は今回の事には無関係よ。

無関係と言うか、無関心なの。私達については。』



「無関係かも知れないですが、何か手掛かりが掴めるかもしれないです。お願いです。教えてください。」


優しい顔のお母さんが暗い顔で溜息を吐く。




「…秋斗、殴られたりしていませんでしたか?お父さんがこの家に居た時。」



少しの間を空けて僕がそう言うと、お母さんの顔色が変わり、目線が下を向く。


「秋斗、お父さんの家に連れていかれて居るかもしれないんじゃないですか?」


長い沈黙の後、お母さんが口を開く。


『……ごめんなさい。少し話を聞いてちょうだい。


お父さんは昔は秋斗の事を愛してくれていた。

でも厳格な人でね。ある日から、勉強が得意な弟と比べてしまうようになった。

秋斗の成績が悪かったら、殴るようになったの。

私はそれを辞めさせようと秋斗を守ったわ。


でもお父さんはね、お前に似たんじゃないかって、私のことも殴るようになってしまったの。

それを機に私と秋斗、お父さんと弟の間に距離ができてしまった。


お父さんは弟の事を褒め、愛して

秋斗と私の事は貶し、蔑んでいた。


秋斗には本当に辛い思いをさせたと思うわ。

ごめんなさい。』



涙ながらに語るお母さんはとても弱々しく見えた。

泣き顔を覆う手には、数ヶ所の痣が覗いた。




「待ってください。秋斗…弟いたんですか?」


チラッと琴里の方を見るも琴里は知らなかったと言うように首を横に振る。



お母さんは息を整えて話を続ける。


春斗はるとって言うんだけどね。

秋斗とは別の学校に通っていたの。と言っても、昔から身体が弱くて、入退院を繰り返していたからそんなに通学出来ていなかったんだけどね。


秋斗の精神と今後を心配した私は、お父さんにこの家から出て行ってもらうようにお願いしたの。


そしたらお父さん、ずっと前から不倫相手が居たみたいで、その人のところに行くって。会社も名古屋の部署に行くことしたからって、身体の弱いの春斗を連れて、出ていった。


だから秋斗を連れて行ったという事は無いわ。

私と秋斗にはもう関心がないの。


あれ以来、連絡も取っていなかったのだけれど、一昨日秋斗のことを連絡した時はさすがに動揺していたわ。笑っちゃうわよね。散々殴って居たくせに。


会社の事は分かるけど、住所までは私も知らない。

嘘をついて本当にごめんなさいね。』



言葉が出なかった。

秋斗に弟がいた事、秋斗にそんなにも辛いことがあった事、何も知らないでのうのうと生きていた僕。

隣で涙を流す琴里は嗚咽を漏らす。



「家族のことにまで首を突っ込んでしまってすみません。会社の住所だけ教えて貰えませんか。」


お母さんは暫く考え込んだ後、携帯電話で会社のホームページを見せてくれた。


『貴方達にこんな事をさせてしまってごめんなさいね。

何かあったらすぐ連絡してね。』


「本当に、ありがとうございます。」


僕達は暫く話した後、家を後にした。

お母さんはいつでも来ていいわよと微笑んで見送ってくれた。




『秋斗も、お母さんも、辛かっただろうね。』


琴里は足元を見ながらとぼとぼと僕の後ろを歩く。


「名古屋行こうよ。

お父さんに会って、秋斗の事聞こう。」

琴里は黙って頷く。


こうして僕達は名古屋に行くことを決意した。






_____7月28日


朝起きると、いつもの焼け付くような日差しはなく、暗く重い空が広がっていた。


秋斗が居た頃よりも、体が重く、起きるのが億劫になっていた。


でも、行動しなければ、何も変わらない。



母は僕の様子に、朝から声を掛けてくれた。

僕は事情を話すと、


『絶対見つかる。見つかるまで探してあげな。』


と、僕の元気がない時いつも作ってくれるハンバーグを朝から作ってくれていた。

母の優しさが心に沁みた。


名古屋に行くことを伝えると、頑張ってこい!と電車代を僕の手に握らせた。


僕は支度をして、傘を持って外に出た。



琴里を家まで迎えに行く道中、秋斗が居た頃の僕達が見えた気がした。

毎日明るくて、楽しくて。笑ってしまうような事が沢山あった。

秋斗に会いたい。

いままでみたいに普通に隣を歩いて欲しい。


琴里と合流した僕は、最寄りの駅から乗り継ぎ、新幹線で名古屋に向かう。



『私さ、純人よりも秋斗と一緒にいる時間長かった。なのに何も知らなかった。情けないよ。』


琴里は呟くように言った。


「僕だってそうだよ。もう3年も一緒に居たのに秋斗の事全然知らなかった。」


秋斗は僕達に自分のことを話さなかった。

あんなに苦しんでいたのに。何故親友の僕たちに何も話してくれなかったのか。話したくなかったのか。


3人で楽しく過ごしていたいという、優しい秋斗が取った選択肢だったのだろうか。


『この新幹線も、秋斗と3人で乗る予定だったのにね。

3人で京都、行きたかったなあ。』


琴里は鞄からあの時のノートを取り出すと"弾丸!京都旅行計画"と書かれたページを開く。


行きたい所、食べたい物、ぎっしり書かれた見開きのページには秋斗の文字もあった。


「秋斗が戻ってきたら、行こうね。

だからこのノートは大事に取っといて。」

僕は琴里のノートを閉じた。



《間もなく、名古屋、名古屋です》


名古屋までの1時間半はあっという間だった。

新幹線から降りると僕達は前もって調べておいた経路で、お父さんの職場へと向かう。


駅を降りて、幾つもの高いビルが聳え立っているビル街の一角、その会社はあった。


セキュリティがしっかりしているようで、覗くと自動ドアの先に警備員が立っている。


『如何なさいましたか。』


エントランスの女性スタッフに声をかけられた僕たちは秋斗のお父さんを呼んでもらうよう頼んだ。


「斎藤さんはいますか?」


どのような要件で?と続ける女性に息子さんの件で、と伝えると驚いたような顔をした。


『春斗くんのお友達ですか?そちらのソファに座って少々お待ち下さいね。』


会社の人には弟のことは伝えているのか、僕の意図とは違うがスムーズに伝わった。




数分後、長身のスーツを着た男性が出てきた。

眉間に皺の後が付いた、怖そうな人だった。


僕達の前に歩いてくると、


『春斗のことを心配して来てくれたのか?

今は入院中で学校には行けないんだ。

退院次第君達に連絡するように言うよ。』


それだけ言うと、振り返り奥の部屋へと戻ろうとした。



「待ってください!

話したいのは、秋斗の事です。」


僕がそう言うと男性の足はピタリと止まった。


振り返った彼は僕達の前のソファに座り、ゆっくりと口を開く。



『あいつ等とはもう縁を切るつもりだ。

離婚届も用意してある。


秋斗が居なくなったと言う話を聞いて驚いたが、どうせあの母親に悪態尽かして家出でもしたんじゃないのか?』


『そんなわけないでしょう!?』

琴里が声を荒らげると、周りの目線がこちらを向く。


僕は琴里の肩に手を置き、落ち着かせる。


「秋斗は夜中に家を抜け出し、どこかへ走って行ったまま居なくなったんです。携帯は電源が入っていなかった。

なのにその日の夜、秋斗の携帯の電源が着いた状態で道に落ちていました。

何かあったとしか思えないんです。


お父さんが連れて行ったんじゃないんですか。

何か知りませんか?」



お父さんは詳細を聞くと、少し驚いた表情を見せるも、すぐに険しい顔に戻り、知らない、と。


『秋斗を連れ出すほど暇じゃない。

そもそも名古屋に居て、秋人に手出し出来ようがないだろう。』


僕は秋斗やお母さんに対する暴行の件や、父親としての行動にも、言ってやりたいことは沢山あったが彼が快く聞き受けてくれるようには感じなかった。



「秋斗の今までの事、聞きました。

秋斗、すごく辛かったと思います。お母さんだって。

お父さんが協力してくれる事で変わることがあるかもしれないから、協力して欲しいんです。」



彼は少し気まずそうに目を横に逸らした。


『あの時の事もあいつ等のことも、もう忘れたいんだ。』


「お父さんが、秋斗達に一生忘れたくても忘れられない心の傷を作ったのに、ですか?」


僕が指摘すると彼は目を伏せる。


『もう帰ってくれないか。忙しいんだ。今から"息子"の見舞いでね。』



「春斗くん。ですか。

僕達も会わせて下さい。」


『会っても話す事など何も無いぞ。』


僕達は歩き出す彼の後を追い掛けた。





終始無言で5分ほど歩いた所には、大きな病院があった。


受付で手続きを済ませた彼は階段で2階に上がり、206と書かれた部屋に入った。




『あら、真斗まことさん。遅かったわね。

…その方達は?』


キラキラとしたネックレスやピアスを付け、如何にもセレブと言ったような感じの女性が振り向く。


『勝手に着いて来ただけだから気にするな、秋斗の友人だそうだ。』


『あぁ、あの息子?』


僕たちを上から下まで見回す女性はプイッとそっぽを向き、お父さんの腕を握る。



その奥で布団から顔だけを上げたカニューレをつけた少年は昔の秋斗そっくりだった。


『体調はどうだ?』

パンパンに詰まったトートバックをベット際に置く彼の目は、"お父さん"そのものだった。


『最近は安定していて調子いいよ!』

右手で親指を立てるその腕にも痛々しい程チューブが繋がれている。


秋斗とそっくりなはずなのに、似ても似つかない満面の笑みで笑う弟は僕達の事をちらっと見た。


「お父さん、少し話させてくれませんか。」


僕に睨むような視線を向けた彼は、また明日来るよ、と伝え大きな手で少年の頭を撫で、先に部屋から出た。


続くように出口に向かった女性は僕達だけに聞こえるような声で蔑むように言った。


『あの母親に言われてここに来たの?

あんな何も出来ない貧乏人とは関わらない方がいいわ。』


僕は拳を握りしめる。

また会いましょうと手を振り女性は部屋から出ていった。





『あの…学校の人ですか?』


純粋そうな瞳で僕達を見つめる少年。


「こんにちは。春斗くんだよね。

僕達は秋斗の友達で、話を聞きに来たんだよ。」


秋斗という言葉を聞いた瞬間、春斗くんは怯えたような顔に変わる。


『…おにいちゃん。

僕、ごめんなさい。ごめんなさい。

僕は、お母さんとお兄ちゃんがこっちに来ない事、知らなくて。


お兄ちゃんは僕の事嫌いになったみたいで。

連絡を無視されてるんです。


お、お兄ちゃんは元気ですか!何してますか!』



繋がれたチューブが抜けそうな勢いで身を乗り出した春斗くんは酷く動揺している。


『春斗くん!落ち着いて!』

琴里は春斗くんに近付き、布団に寝転ぶように伝えた。


「お兄ちゃんのこと、聞いてない?」


『お兄ちゃんのことってなんですか?』



どうやら春斗くんは秋斗のことを聞かされていないらしい。

琴里は言ってもいいのかな?とこちらを不安そうに見つめる。

体調も心配だし、あまり刺激するような事を言うのも不安だと思った僕は秋斗の事を話すのを辞めた。


お兄ちゃんによろしくお願いします!と帰り際に伝えられた僕はできる限りの笑顔で応えた。




「なんか純粋な子を騙した気分だよ。」

『確かにね。』

苦笑いした琴里は、直ぐにため息を吐いた。


『何も情報得られなかったね。あの女の人も凄く嫌な感じだったし。最悪だよ。』


父親と話せたし弟にも会えた。

秋斗が見つかる手掛かりにはならなかったが、ここに来たことが無駄では無かったと思いたい。



僕達は帰りの新幹線に乗り込んだ。

これからどうしようか。

あと何をすればいい?

どうやって探せばいい?

警察の報告を待っているしかないのか?



僕達にはもう探す術はなかった。



「…秋斗に会いたいな。」


そう口にすると目頭が熱くなった。


『私も』

隣で琴里が、ぽろりと涙を零した。



『ねえ、純人。


もし秋斗が見つからなかったらさ


2人で死のうよ。終わりにしよう。こんな世界』



吐き捨てるように話した言葉は心に重く響いた。


秋斗が居ない悲しみをこれから背負って生きていくなんてあまりにも辛すぎる。


でも。


「秋斗はそんな事望んでないよ。

もうこの世界に居なかったとしても。

秋斗は絶対僕達に幸せに生きて欲しいって思ってくれているはずだよ。」


琴里は肩を震わせて泣いた。

新幹線の窓越しに映る僕の頬にも、涙が流れていた。




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