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_____7月22日


僕は夏が好きだ。

肌にジリジリと伝わる日差しで高揚感に包まれる。

蝉の声、波の音、青一色の空、夏の匂い、全てが僕を包み込んでくれる様で気分もいっそう上がる。



『帰ろうよー』


弱々しい声のする方に目を向けると、長袖長ズボンに帽子をかぶった細身の男子高校生がぐったりしながらこちらをジッと見つめている。


学校から徒歩10分程の広い海浜。

そこが僕らの溜まり場だった。

まだ5分程しか歩いていないのに彼はクタクタだ。


『何言ってんのよ、秋斗あきと。明後日からやっと夏休み!て事で、今から海に行こーう!』


前方の少女が振り返り、小さな拳を空高く上げる。

意気揚々とルンルンで歩いている彼女は琴里ことり

乗り気だった僕は秋斗の肩に手を乗せレッツゴー!と叫ぶと、彼は小さな溜め息をつく。

暑いー、死ぬー、なんて小言を言いながらも後ろを歩いている僕達の親友。



.....


2人と出会ったのは3年前の中学3年生の始業式。

田舎町から東京に移り住んだ僕は、学校の大きさにすら驚いてしまった。

校門前の早めに咲き誇ってしまった桜は、既に散りかけていた。



越してきたばかりで友達もいない僕に、初めて話しかけてくれたのはお下げ髪でクリっとした目の活発な少女。


『初めまして転校生!私は山里琴里!

この子は斎藤秋斗!』


「あ、初めまして。

僕は橘純人たちばなすみと。よろしく。」


突然の大声に戸惑いつつも自己紹介した僕は、琴里の後ろに立つ秋斗にもよろしくと声を掛けた。

目にかかる前髪から見える目をチラッとこちらに向け、よろしく。と呟いた。


可愛くて元気な女の子と…なんかクールぶってるやつ。第一印象。




『純人はさ、なんか趣味とかないの?』


「うーん…。部活にも入らないつもりだし、特に無いかなあ。」


『えー!じゃあさ、私が部活ない日は遊ぼうよ!』


「あ、いいよ!じゃあ秋斗も!」


『秋斗はダメだよー。秋斗、放課後はすぐ帰っちゃうんだもん。』


吹奏楽部に入っている琴里はいつもニコニコと笑っていて、話が大好きで。そんな僕達の会話を何も言わず隣で聞いている秋斗。


寡黙で無表情だが、秋斗は僕達には心を開いてくれていたようで、自分からも話しかけてくれる事が増えた。



いつの間にか僕達はいつも3人で居た。




放課後はすぐに家に帰ってしまう秋斗だったが、家では僕と同じく暇なようで当時は縁もゆかりも無かったインターネットを教えてもらい、昔から家にあったブラウン管のパソコンで秋斗とネットゲームをして毎日過ごした。




そうして早くも1年近く経った卒業式。


秋斗と僕は同じ高校に行くことに決まっていたが、他校の女子校に入学することになった琴里は号泣していた。


『うぅー、私の事忘れないでよぉー。』


「そんなに泣くなよー。俺らは暇だからいつでも遊ぼうよ。」


僕達の高校は中学のすぐ近くで、琴里の女子校までは20分程歩けば行ける距離だった。


『私、高校では部活しない!

だからいっぱい遊ぼうね!!』


意気込む琴里に、秋斗が口を開く。



「僕も放課後、遊べるよ。」



「え。……どういう心境の変化?」


驚く僕達に、何となく。と首を傾げた秋斗は今までより清清とした顔をしていたように感じた。



高校に入ってからも毎日のように僕達は遊んだ。

何をするというわけでもなかったが、将来の話をしたり、琴里の恋愛話に付き合ったり、他愛も無いことばかりだった。


.....


そして現在。

高校3年生最後の夏になった。




「おーーーー、夏って感じ」


学校近くの海に来た僕達は、砂浜を歩く。

波は穏やかで、遠くに船が見える。

頬に当たる潮風が心地よくて目を瞑る。



ふと、秋斗の方を見ると秋斗は砂浜に大胆に身を預け、大の字で寝転がっていた。


「琴里、暁斗が光合成してるよー。」


『ちょっと!制服砂だらけになっちゃうよ!?』


ぎょっとした顔の琴里に構わず、僕も秋斗の隣で大の字に寝転んだ。



「うあー、気持ちいいけどめちゃくちゃ焼けそうだな。」


『僕は対策バッチリだよ。』


秋斗は抜いた帽子を顔の上に乗せ、その中から話していた。

熱中症になるぞ。と帽子を取り上げると閉じていた瞼が開いてクスッと笑った。



「秋斗はイケメンでいいよなー。

前髪もっと切ればモテモテだよ?」


『私が切ってあげよっか?』


上から顔を覗き込むように、手でハサミの真似をしている琴里はニヤニヤと笑っている。


『別に、モテたいとか無いし。』

「男子高校生なるもの恋愛をせずにどうする!」

『僕は2人と遊ぶ方が断然楽しいからいいや。』

ぶっきらぼうにそう言った秋斗は、眩しそうに目を細め、手で太陽を遮る。


『やけに素直じゃん。

私も彼氏作らないで遊んであげるね!』

茶化したように琴里が言うと秋斗は無言でもう一度帽子を顔に被せた。


日が暮れて日差しも落ち着いた頃、琴里を家まで送り届けて、僕と秋斗は2人で帰路につく。



「もうすぐ高校生も終わるのかー。

すっごい一瞬だったよ。」

『ね。こうやってあっという間に大人になって行くんだろうな。』

「嫌だなー。ずっと高校生がいい。」

『そう?俺は早く大人になりたいよ。』

他愛もない会話をしているうちに、分かれ道に着く。


「じゃ、また明日ー!」

手を振る秋斗に僕も見えなくなるまで手を振り、帰宅した。



_____7月23日



夏休み前の最後の日。


午前中で学校は終わり、皆もう休みムードだった。

クラスの友達に挨拶を済ませると、僕はいつも通り秋斗の教室に迎えに行く。


ホームルームが長引いている秋斗の教室の前で、琴里からのメッセージを開く。


"今日も海だから!学校前で待ってる!"

また?と含み笑いで呟くと、ホームルームを終えた秋斗が教室から出てきた。


「秋斗、今日も行くらしいよ。」

『また…?』


自分と同じ反応に僕は笑ってしまう。

琴里は結構わがままで自由奔放な性格だが、僕達はそれに付き合わされるのも楽しかった。


靴を履き替えていると、校門の向こうで大きく手を振っている琴里が待っていた。


「おまたせー。」


『やっと終わったねー!

夏休みは、遊びまくるよ!』


昨日よりも強い日差しが照りつける中、僕達は毎度の如く琴里を先導にいつもの海辺に向かう。



『うひゃー、気持ちいいー。』

琴里は裸足になって浅瀬を歩く。

それに続くように僕も靴を脱いで冷たい水に足をつける。

ひんやりと体を冷やしてくれるようで心地よい。



『純人ーーー琴里ーー』


珍しく張上げた秋斗の声がしたので振り返ると、砂浜に座り込んだ秋斗が輝いた目でどこがを指さしている。

指の方向を見ると道路脇に見慣れない少し古びれた屋台がある。


「……かき氷?」

琴里が後ろでプッと吹き出し笑い出したのでつられて僕も笑う。


『秋斗はほんとかき氷好きだよねー』


立ち上がった秋斗は今日1番の速さでかき氷屋に歩いていく。

の後ろに、秋斗を小走りで追いかける琴里。



『ね、これ買おうよ』

秋斗はかき氷の屋台の隅に置かれていたある物を手に取った。

"貝殻アクセサリー 300円"

そう張り紙されたそれはお世辞にも可愛いと思えないような、貝殻がそのまま貼り付けられたような指輪やネックレスだった。



『実はそれ、私の手作りなの。

まだ売れてないのよね。少しまけてあげて、200円でもいいわよ!』


屋台の綺麗なお姉さんがかき氷を作りながら、自慢げに話す。


「お、買っちゃう?」


『えっ、ほんとに買うの』


嘘でしょ、と唖然とした顔の琴里が引き気味に言うが、秋斗はピンキーリングを3つ買い、半ば強引に琴里につけた。

満足そうな顔で僕にも1つ渡して来たが、僕と秋斗の指には入らなかった。


「ま、まあ首からぶら下げればいいんじゃないか?」

『…うん』

秋斗は少し落ち込んだ様子だった。

意外とロマンチストな秋斗に僕は笑ってしまう。






なんでもない平凡で幸せな日常。

僕は2人が大好きだった。







『うっまあーー』

念願のかき氷レモン味を手にした秋斗は幸せそうに笑っていた。

『かき氷と言えば苺味に練乳だよね!?』

琴里もパクパクとそれを口に運ぶ。

「…シロップって全部同じ味らしいよ。」

そう言いつつも僕も苺味のかき氷にしたのだが。


「夏休み、なにするー?」

僕の問いに琴里がはいはい!と手を上げる。

『私、京都に行きたい!お団子とかお団子とかお団子とか食べようよ!』

「えー、食べたいけど遠くね?秋斗は?」

うーん、と目を伏せ考えた後、温泉かなあと呟く秋斗に僕達はまた吹き出した。


3人のバラバラな意見で夏休みの予定はなかなか決まりそうにない。

「結局夏休みはいつも通りグダグダ過ごすんじゃないの?」

『せっかくの夏休みなのにー!どこか行こうよ!』

駄々をこねる子供のように足をバタバタとさせる琴里。


「じゃあやっぱり京都にする?秋斗は?」

『僕も京都行ってみたいかも。』

僕達の会話にぱあっと顔を明るくした琴里は、鞄からノートを取りだして、大きく"弾丸!京都旅行計画"と書いた。


『そうと決まれば予定組まないと!日程はハードだよ!』


「出発明日なの!?ほんとに弾丸だな。」

『あたりまえでしょ!最後の夏休み、一日も無駄にすることは出来ないの!』

あからさまにウキウキな琴里に、僕と秋斗は笑いながらも砂浜で3人で計画を立てた。


そして、 あっという間に日は暮れた。


『じゃあ、明日8時に駅前だからね!遅刻厳禁!』

僕をピシッと指さす琴里に僕は敬礼して、手を振る。


琴里と別れた秋斗と僕は、同じ方向に歩き出した。


「あ、秋斗、ちょっとまってて。」

裏道ににこじんまりと立っている雑貨屋さんに立ち寄ると、ピンキーリングを吊るすためのチェーンを2つ買った。


「これでつけられるでしょ!」

『えー、ありがとう。』

秋斗はすぐにチェーンにポケットから取りだしたピンキーリングを付けて、首につけた。

『どう?』

少しドヤ顔で首元からネックレスを引っ張り出す秋斗。

僕はグッジョブサインを出して、同じようにそれを首につけた。


「明日から旅行かあ。母さんにお小遣いおねだりしないと。」

『1万円あれば行けるよね?』

「余裕でしょ!」


明日からの旅行について話していると、あっという間に分かれ道についた。


「今日も楽しかったなー!」

『楽しかったね。』


帽子の隙間から見える秋斗の目は優しい目だった。

また明日ね、と僕達はそれぞれの道に歩き出した。






秋斗と話したのはその日が最後だった。







_____7月24日


蝉の声で目が覚める。

大きい欠伸をした後に汗ばんだ体を洗う為シャワーを浴びて、待ち合わせ場所に向かう。


待ち合わせギリギリだった僕は駆け足で向かうと、そこにいるのは琴里1人だった。


『偉い!遅刻しなかったね!

秋斗が連絡取れないんだけど。寝てるのかなー』

膨れ顔の琴里に、秋斗が寝坊なんて珍しいな。と笑いながら携帯電話を取りだし電話をかける。


《お掛けになった電話は、電波の届かない所にあるか電源が…》


「繋がらないわ、電池切れてんのかな?」

もー!悪態をつきながら迎えに行こうよと言う琴里

に賛成し、秋斗の家に行くことにした。




「相変わらずでかい家だなあ。」


目の前に聳え立つ大きな一軒家は秋斗の家。

玄関の横には名前も分からないような大きな木が生えていて、煉瓦造りの二階建ての豪邸だ。

初めて見た時はとんだ金持ちかと思ったが秋斗曰くそうでもないらしい。

インターホンを鳴らすと、出てきたのは茶色の艶のある髪の女性。秋斗のお母さんだ。


『あ、こんにちは!秋斗いますか?』


琴里の声に首を傾げるお母さんは不思議そうな声で言う。


『あら、琴里ちゃん。秋斗なら起きたら居なかったから早朝に出掛けたと思ってたのだけど…。』


その声に僕と琴里は目を見合わせる。


「実は、今日8時に駅前で待ち合わせしてたんです。」


『旅行に行くのよね。昨日言ってたわ。

でも私が7時くらいに起きた時はもう居なかったのよ。』


秋斗の家から駅まではゆっくり歩いても20分だ。

寄り道していたとしても、連絡が取れないのはおかしい。



「ちょっと思い当たる所探してみるので、電話番号だけ教えてくれませんか?」


僕は秋斗のお母さんと電話番号を交換して、家を後にした。



『どこいっちゃったんだろう。大丈夫かな?』

何度電話を掛けても秋斗の携帯は繋がらない。

焦る琴里を横目に僕も心臓がバクバクと波打つ。



僕の大好きなジリジリと肌に焼き付く日差しが、少し痛く感じた。



思い付く限りの場所を琴里と僕は探した。

あの海辺、学校、帰り道、公園。

秋斗はどこにもいなかった。



『…純人。秋斗、いないよ。』

辺りは薄暗くなり、策も尽きた琴里と僕は公園のベンチに座り込んだ。



秋斗のお母さんに電話を掛けると朝よりも焦った様子で、交番に行く。何かあったら連絡するから今日は帰りなさいと、僕達を宥めた。


目に涙をうかべる琴里を家まで届けると、僕も家までの帰路を歩く。


いつもより足取りが重い。思ったように進まない。

秋斗、どこいっちゃったんだよ。

もう一度、と思い秋斗に電話をかける。


《……プルルル》


えっ、と思わず声が出た。

秋斗、なんだよ。焦ったよ。どこにいたんだよ。聞きたいことは山ほどあった。それでも秋斗は電話に出ない。

何度も何度も電話をかける。

それでもその電話が繋がることは無かった。



もうすぐ僕の家に着く。ふと、左耳から着信音がする。右耳に当てた携帯電話を耳から離し音のする方を振り返ると、携帯電話が落ちていた。画面に表示されているのは僕の名前。


「………は…?」


どうしてこんな所に?

さっきまで電源は切れていたのに。


混乱しながらも僕は一心不乱に秋斗の家まで走った。


涙が止まらなかった。息切れが嗚咽に混ざり過呼吸気味になりながら秋斗の家に着くと、お母さんに携帯電話を拾ったことを伝えた。


『秋斗…。何があったの。』

お母さんも大分混乱しているようで、その声は震えていた。

僕は何も言えなかった。


『取り敢えず、明日朝になったら警察にこの携帯の事を話すわね。

もう遅いから早く帰ってね。』


僕はただ頷いて、背を向けて歩いた。

情けなくも、泣きながら帰宅した。

どうやって帰ったのかはあまり覚えていない。


家に着くと、母の顔も見ずに2階に駆け上がる。

自室に閉じこもって、未だ整理出来ていない脳のまま、琴里にも電話で伝えることにした。



『…どういうこと!?誘拐!?意味わかんないよ!昨日は帰ったんだよね!?』


「昨日は途中まで一緒に帰ったよ。秋斗のお母さんが朝起きたら居なかったって言ってたから、夜中か早朝に抜け出したのかも。」


『もう意味わかんないよ…。なんかのドッキリであって欲しいくらい。』


「取り敢えず、明日も探そうと思ってる。」


数十分話した後、僕は電話を切った。

途端、静寂に包まれる。


僕は秋斗とのトーク画面を開いて見返す。

本当に誘拐?何の為に外に出た?たまたま外に出た時にたまたま誘拐された?

考えれば考えるほど頭の中は混乱した。


僕はぐちゃぐちゃの脳を整理するように目を瞑った。やっとの思いで意識が飛んだのは外が明るくなり始める頃だった。






_____7月25日




耳を劈く蝉の声で目が覚める。


「……暑い。」


汗ばんだ体が気持ち悪い。

窓から差し込む光が眩しくて嫌だ。


携帯を確認しても、もちろん秋斗からの連絡は無かった。


僕はシャワーを浴びて支度をし、琴里の家に向かった。



日差しが肌をジリジリと焼き付ける。

痛い。

暑い。

夏ってこんなに暑かったっけ。



家の前で待っていてくれた琴里は、腫らした目の下にクマを作り、どこか上の空だった。

「琴里、大丈夫?」

『…大丈夫な訳ないよね。秋斗が居なくなっちゃったんだよ。』

僕は返す言葉もなく、足元を見た。



『私ね、秋斗が行きそうな場所、書き出してきたの、ここ全部行って調べよう。』

と、琴里は涙のシミを作った紙を出してきた。


「…昨日さ、携帯が繋がるようになってたんだよ?繋がらなかったのに。そして僕の家の近くに落ちていた。態々電源を付けて携帯を置くなんて故意じゃないのか?

秋斗が自分からどこかに行ってるなんて考えられないよ。」


僕がそう言うと琴里は神妙な面持ちで考え込む。

「…何か心当たりあるの?」


ハッとした琴里は、ううん、何でもない。と顔を上げる。

『だよね…どうしよっか。』


僕にも分からない。

僕達に出来る事は無い。

悔しかった。



悶々としながら僕は秋斗のSNSを見てみることにした。

もちろん投稿の更新は無い。

"嫌いな夏も少し好きになれそう"

そんな文章が添えられた、あの日3人で食べたかき氷の写真と、秋斗が買った3つのピンキーリングが最後の投稿だった。


秋斗は高校に入った段階で始めたらしいが、それ程投稿は多くなく、全て食べ物や景色の写真だった。




帰ろうか。そう呟くまで、結局手掛かりも何も掴めなかった僕と琴里は、公園のベンチに座り込んでいた。お互い何も言えなかった。

「警察がきっと見つけれてくれるはずだ。僕達は秋斗を待っていよう。」



と、僕の携帯電話が鳴る。秋斗のお母さんからだった。内容は警察署に来てくれとの事。



急いで電車に乗り込み、二駅先の警察署に向かった僕たちは、当日の話を警察から聞かれ、一連の流れを説明した。

警察の方が捜査中に近くの監視カメラから情報を得たそうだ。


07/23 18:36

左上にそう書かれた映像が流れる。

僕と秋斗が歩いている。

手を振り合い、僕は右へ、秋斗は左へと歩き出す。


映像は早送りされ、

7/24 02:12

当たりは更に暗くなり街灯の明かりだけになった道が映し出される。

そこに。

画面を過ぎ去る人が居た。必死に走っているようだ。

その画面がもう一度スローモーションで流される。

「秋斗だ…」

秋斗がだる着のまま、全速力で走っている。

何かから逃げているようにも見えるその様子だが、その後朝になるまでその道を通る人は居なかった。



その後、まだ新たな情報が見つかり次第連絡します。と伝えられた秋斗のお母さんは困憊した様子だった。


秋斗に何かがあった。

あの映像を見てから嫌に現実味が湧いてくる。


『家まで送っていくわね。』


秋斗のお母さんの高級そうな車に乗せられた僕達は黙り込んで居た。



ふと、琴里が口を開ける。


『あ、あの…お母さん、秋斗のお父さんは…?』


数秒の無言の後、お母さんが悲しそうな表情で言った。

『お父さんは、3年程前から別の所に住んでるの。…仕事の転勤でね。』


ほっとした様子の琴里は、

『そっか、最近見かけなかったから。

秋斗が引っ越しせずにこっちに残ってくれて良かったです。』

と微笑んだ。



僕は少しお母さんに違和感を感じた。



「秋斗の事は伝えたんですか?」

お母さんは少し話しづらそうにする。

『昨晩、電話して伝えたの。すごく心配してた。

でも今はどうしても外せない仕事があるらしくて。落ち着いたらこっちに来るそうよ。』


自分の子供が行方不明なのに、そんな父親が居るか?

僕は内心怒りを感じながらも、そうですか、と一言。



琴里の家に着いた時、僕も一緒に降ります。と声を掛け、頭を下げると車は帰路についた。



「秋斗のお父さんの事。

僕と出会う前に何かあった?」


琴里は下を向いて何も言わない。


「秋斗の命がかかってるかもしれないんだ。些細なことでも教えてよ。」


切羽詰まったように伝えると琴里は顔を上げる。


『私、秋斗とは小学校の頃から一緒なの。

昔から長袖長ズボンで、もっと暗かった。全然笑わなくて。


一度だけ、秋斗の体を見た事があるの。

体育の時、秋斗は教室で着替えないで階段下の隠れているとこで着替えてたらしいんだけど、ばったり会っちゃって。



秋斗の体、痣だらけだった。



秋斗に聞いても、転んだとか言い訳して教えてくれなかった。

授業参観とかで両親は見た事あったの。すっごく優しそうなお母さんと、冷たい目のお父さん。

お父さんには街でたまに会った時、挨拶しても無視されるの。


私、お父さんに虐待されてるのかもって思ってた。

秋斗に直接聞いても違うよって言うんだよ。


ずっとなんでも話してね、何かあったら言ってね、って伝えてたけど、秋斗何も話してくれたことないの。


だから私、秋斗の側に居てあげたいって思ってたからずっと一緒にいた。

純人が転校してきて、友達になって、秋斗、少し楽しそうになった。


でもね、高校に入ってから、秋斗の顔が変わったの。雰囲気も明るくなった。


純人と居る時の秋斗、更に楽しそうだった。笑顔も見せるようになって。



今回の事で、お父さんが何か関わっているのかなって少し感じたの。分かんないけど。


でもお父さんが誘拐なんてすると思えない。

なんのメリットがあるのか分からないし。

今まで言えなくてごめんね。』


琴里が涙ながらに語った。


僕、馬鹿だな。

ずっと長袖なのも焼けたくないとか、夏が嫌いだとか、そんな下らない理由で着てるのかと思ってたし。あんなに仲良かったのに、秋斗の事、全然知らなかった。


もっと知ってやればよかった。知ろうとしてやればよかった。

後悔先に立たず。だけど。僕達にもできることが見つかった。


「話してくれてありがとう。

秋斗のお母さんに話聞いて、お父さんの所、行こう。」


琴里は驚いた顔で、困惑しながらも頷いた。




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