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第10回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
9/11

桜の花びら

拝啓 ミハエル様




 早いもので、貴方がここ松山を発ってから三度目の春が訪れました。貴方とまた一緒に見ようと約束したあの桜は、今年も咲きほこっています。


 貴方が他の兵卒たちとそちらの国に帰ってから、彼の人とは無事に会えたでしょうか。我が友は、相も変わらず彼の人を待ち続けています。最近もう一人子どもを産んだと伝え聞きました。二歳上の彼の人と同じ色の目をした姉は、とてもその子を可愛がっているそうです。


 私と貴方は結ばれることこそかないませんでしたが、せめてあの二人には互いの思いを貫いてほしいと思い、こうして筆をとりました。


 一兵卒の自分が海軍少尉に会うことなどこの場所くらいのものだ、と貴方がこぼしていたのは覚えています。望み薄であることは重々承知ですが、もしも海軍に知り合いなぞいれば、彼の人がどうしているのかだけでも教えていただけませんでしょうか。お返事をお待ちしております。


                                      敬具


                                   吉野さくら








吉野さくら様




 お手紙、ありがとうございました。貴女に頼まれた探し人についてですが、海軍の知人にあたってみたのですが、消息は不明とのことです。代わりと言っては何ですが、少し思い出話にでも付き合っていただけると有難いです。


 松山での出来事は、今でも鮮やかに脳裏に浮かび上がります。懐の寒い私達一兵卒には無理ですが、本国から多額の資金を持参してきた将校達は松山の街で毎日ように遊び歩き、その結果街はどんどん栄えていきましたと聞いています。そうやってにぎやかになった街の本屋で日本語の本を買い、貴女に文字を教わりながら読んだあたたかな時間は、今でも私の宝であります。貴女には笑われましたが、私は今でも平清盛を憎んでおり、彼を窮地に追いやった木曾義仲はすばらしいと思います。少尉と愛し合っていた彼女が、彼を日本からロシアへと返すために周囲に熱心に頼みこみ、自分の未来とひきかえにした という話には、巴御前を思い出しました。


私達の間には何も残せるものはありませんでしたが、幼くして家族を失った私にとって無償の愛を注いでくれた貴女の存在はかけがえのないものです。どこにいても、私は貴女の幸せを願っております。もう会えることはないかもしれませんが、どうぞお元気で。


ミハエル






ーーーーーーーーーーーーーーーー




染井春香様




この度は、松山捕虜収容所に関する貴重な資料の提供をありがとうございました。私達は日露戦争時代、日本に渡った捕虜とロシア革命についての研究に取り組んでおり、本日はその経過について報告をしようと思います。


まず、結論から申しますと 日本に渡った捕虜名簿の中に ミハエルという名の男は存在しませんでした。代わりにあったのは『ロマン・マリノフスキー』。ロシア帝国内務省警察部警備局のスパイとして活動していた男です。手紙の中にあるように、彼は幼い頃家族を失い、窃盗や強盗の罪で刑務所に行ったことからスパイとなりました。彼はその後労働者組合で働き、その統率力と演説の上手さからレーニンの推薦を受け政治家になったということです。その後の詳細については、同封した報告書をご覧下さい。


今回の提供資料により、私達は一人の人間を犯罪者から人情熱い政治家へと変えたのは何なのか、その根幹を垣間見た気が致しました。重ねてお礼申し上げます。




帝都大学文学部ロシア文化学科教授


唯野忠親




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