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第10回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
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拝啓 ハル先輩

拝啓 ハル先輩


ご無沙汰してます。お元気でしょうか? そちらにはもう慣れましたか?

 こちらは校庭の桜もすっかり散って新学期の慌ただしさもようやく落ち着いてきました。我が演劇部にも新入生が十人も(!)入部してくれて嬉しい悲鳴を上げています。これも先輩がスカウトされたおかげだと思います。でも先輩が転校してしまって部内には少し沈んだ雰囲気が漂っています。みんな寂しそう。もちろん私も寂しいです。

 思えばこの寂しさは先輩が新学期からいなくなってしまうと聞かされたときから胸に湧き上がってきていたものです。それまでは嬉しさと誇らしさでいっぱいだったのに。

 去年、高校演劇コンクールで自分たちも驚く間にあれよあれよと全国大会に出場して、金賞を獲得できたのは主役の先輩の演技があったからで、その先輩が芸能事務所にスカウトされたと聞いたときには金賞をもらったとき以上の嬉しさと誇らしさを感じました。絶対そう! 私の憧れの先輩はすごいんだぞ!ってみんなに言って回りたくなったし、よしよし先輩をスカウトするなんて分かってるじゃんと謎の上から目線でスカウトさんを褒めたりして。先輩はあんまり興奮するんじゃないって苦笑してたけど、そんなことできるはず無いじゃないですか! ムリです! 今年の新入生には私からしっかり先輩の凄さを伝えたいと思ってますよー

 でも、その有頂天さも、あの日、先輩が芸能活動のために東京に引っ越してしまうことを聞かされた日、もろくも打ち落とされました。バカですよね、私。先輩が都会に出て行くことなんか考えたら分かることなのに。でも、あと一年、先輩と一緒にお芝居できると思っていたのに、来年も先輩と一緒に全国で金賞取るつもりだったのに。胸にポッカリ穴が空いたような寂しさが湧き上がってきて、我慢できなくて、先輩に行かないでって泣きついたのは、本当に申し訳ありません。今思い出しても恥ずかしくて頬が熱くなります。私ほんとにダメですね。

 なのに、そんなダメな私を先輩が送別会で部長に指名したときはビックリしました。ムリムリムリムリっていう感じ。今でもどうして先輩が私なんかを指名したのか分かりません。たしかにお芝居では先輩の相手役をする事が多くて”ハルハナ”コンビなんていわれて嬉しかったことはありますけど、それは先輩に少しでも追いつきたくて必死に頑張ったから出来たことで、私にみんなをまとめるような引っ張っていくような、先輩みたいな才能はないです。それでも先輩に「後のことは花柚にまかす」と言われてしまったら、断れないじゃないですか。頑張るしかないじゃないですか。上手くいかなかったら、先輩、恨みますからね。その時は、帰ってきてくだ…いえいえ、冗談です。はい。頑張ります。ので、先輩は部のことは心配せずに、自分のこと、がんばって下さい。

 なんだか長々とこちらのことばかり書いてしまいましたが、先輩の方はどうですか? お芝居の稽古とか始まってますか? 先輩はお芝居以外もされるのでしょうか? やっぱり芸能事務所だから歌とかダンスとか? あ、芸能事務所と言えば、テレビに出ているような女優さんとかアイドルさんとかにもう会われましたか? 人並みにミーハーなので気になります^^

 ではではまたお手紙します。先輩も近況を知らせて下さいね。


                      あなたの後輩、小鳥遊花柚より 

 白川遙様




ハル先輩

 お手紙ありがとうございます! とってもとっても嬉しいです! 頑張ってらっしゃる先輩の近況をお伺いできて、わたしも演劇部のみんなもとても励みになりました。先輩のお手紙、みんなでキャーキャー言いながら回し読みしたんですよ^^ 

 お手紙にありましたが、やっぱりお芝居の稽古だけじゃなく歌やダンスのレッスンもあるんですね。もちろん先輩の目標が女優さんなのは知ってますが、先輩ならアイドルも余裕で出来るだろうなと思います。いやむしろアイドルの先輩も見てみたいです。歌って踊れるアイドル女優。うん、先輩にピッタリですね! と言う冗談(半分本気ですが)はさておき、すでにいろんなオーディションに参加されているという事、さすが都会の芸能プロダクションはすごいなあと思いました。どんなオーディションを受けられているんでしょうか? 舞台ですか? それともテレビのドラマ? もしかして映画とか? とてもわくわくします。ちなみに私みたいな素人でも参加できるようなのってありますか?(やっぱりエキストラですかね?)先輩がスカウトされてから、それまで夢の世界でしかなかった芸能の世界がなんだかちょっと身近になった気がしてます。自分でも手を伸ばせば届くのかな? とか。もちろん私になんかそんな可能性コンマ1パーセントもないだろうことも分かってます。それでも、心がざわつくのはなんなんでしょうね? 先輩、私でも頑張ったら手が届くと思いますか? すみません、分かるわけないですよね。詮無いことを聞いてしまいました。ごめんなさい、忘れて下さい。

 先輩が舞台に立つのを楽しみにしています。それではまた。




ハル先輩

 きゃあああああ! なんです、あれ! なんなんですか、あれは! 

見ました! 見ちゃいました! もう、びっくりです! 先輩がテレビに映ってるううう! CMです! CMですよね! 清涼飲料水のペットボトルを口にする先輩の大写しのお顔が映った時はもう、心臓止まるかと思いました。不意打ちすぎます! な、なんで、前もって教えておいてくれないんですか、もう! 

 でもでも、ほんとに凄いです。画面の中、制服姿の先輩はキラキラ輝いていて、夏の校庭でしょうか? 汗を拭って喉を潤す様子がキリッと決まっていて、こちらを見つめる瞳に胸が高鳴りました。すごく、すごく、いいです! さすが先輩です! さいこーです! いやあ、これから毎日このCMで先輩を見られると思うと胸が弾みます。いろんな人に自慢したいです。もちろん家族には真っ先に自慢しました。私があんまり騒ぐので落ち着きなさいと怒られましたが。でもでも、本当に嬉しいです。

 また今度、CM出演の経緯とか舞台裏とか教えて下さい。楽しみにしています。


先輩はサイコーだあ!




ハル先輩

 この前はどうも失礼しました。やっぱりはしゃぎすぎでしたか。先輩からのお叱り(?)のお手紙、反省しています。

 いや、でもですね、あれは先輩が悪いと思います。一言も連絡ないなんて。前もって教えてくださればよかったのに。先輩のことだから、私たちを驚かせてやろうとでも思ったんじゃないですか? ご期待通り、びっくりですよ。うん、やっぱりはこれははしゃぐのは仕方ないと思いまーす。今度何かありそうだったら、意地悪せずに、ちゃんと教えて下さいね。約束ですよ。お願いします。

 さて、暑い日が続いていますね。今年の夏は台風がいくつもやって来て雨が多いからか蒸し暑さが堪えます。先輩は大丈夫ですか? 我が部はそんな暑い中、ただいま、夏の合宿中です。もちろん稽古しているのは今年のコンクール出演作。先輩、今年の舞台はなんだと思いますか? 


 な、なんと! ミュージカルなんです!

 

 いやなにその無謀! できるわけないじゃん! って先輩もそう思うでしょう? 実際、難しすぎて、連日、頭を抱えています。特に歌が(笑)あと踊りも。こんな難しいことをやろうと言った人に文句を言ってやりたいです。


 ーーー私なんですが。


いやだってですね。先輩が歌や踊りのレッスンを受けていると知ったら、自分たちもやりたくなっちゃったんですよね。みんなも盛り上がっちゃって。あれよあれよという間に決まってしまいました。(誰か止めてくれよ〜)だから、これ、先輩のせいです。もちろん、去年とは違う新しいことに挑戦してみたいというのもありました。だから、難しいけれど楽しいです。頑張ります。

 夏が終わったら県予選。みんなで頑張りますので、どうか先輩もそちらで応援していてくださいね。それではまた。                   

                          地獄の夏合宿地より




ハル先輩

 うわああああ! 嬉しい報告ありがとうございます! 

 舞台オーディションに通られたとのこと、部員一同興奮しています。しかも、あの人気アニメの舞台化のヒロイン役なんて! 素敵すぎます。やっぱり先輩はすごいです! 誇らしいです。今から先輩の舞台が楽しみで仕方ないです。あのヒロインが、あの物語が、どんなふうに舞台化されるのか? ワクワクが止まりません。公演開始は年末頃の予定ということですが、稽古はいつ頃から始まるのでしょうか? 夏が終わったらすぐなのかな? なんだか自分のことのようにワクワクします。こんなことを書くとまた先輩に「落ち着けハナ」とたしなめられそうですが、でも、これが落ち着いてられますかって! なんなら踊り出したい気分です。というか、今ならミュージカル練習でダンスもしてるので踊れますよー!笑

 それに先輩の話を聞いて私たちもすごくモチベーションが上がっています。私たちも良い舞台にするぞー! 

 先輩の舞台、楽しみにしてます。絶対絶対見に行きます。お稽古頑張って下さいね。




ハル先輩

 お手紙ありがとうございました。先輩からのエール、部員一同感激しました。その上、素敵な差し入れまで送っていただいて、心もお腹も(笑)も元気いっぱいです!

 さて、先輩ももう知っていらっしゃると思いますが、我が演劇部は、無事、県予選を通過し秋の全国大会に参加できることになりました。これも先輩のエールのおかげです。本当にありがとうございます。本大会は10月◯X日ですが、先輩、その日、お時間ありますか? できれば観に来ていただきたいです。先輩に直接エールをもらえれば、みんな勇気百倍です。(私はちょっと緊張するかもしれませんが)無理なら、ネット配信もあるようですので、時間の許す限りでいいので私たちを見守っていてください。先輩が見ていてくださると思うだけで勇気が出ます。よろしくお願いします。




ハル先輩

 なかなか連絡できず、なんだかグズグズと日が経ってしまいました。すみません。先輩は、おかわりありませんか? 

 こちらではちらちらと雪が舞い始めています。早いですね。今年ももうすぐ終わりなんですね。


ーーーあの日、全国大会の日から、もう一月以上経つのに、まだぽっかり胸に穴が空いたような気分でいます。だめだな、私。先輩にせっかく観に来ていただいたのに、あんなにエールをもらったのに、金賞はおろか賞なしになってしまって、大口叩いてたのが恥ずかしいです。先輩に指名してもらって部長になったのに、先輩みたいにみんなを引っ張っていくことができませんでした。全然だめでした。先輩に期待してもらってたのに、その期待を裏切ってしまいました。すみません。本当に、すみません。自分が情けなくてイヤになります。なにを自惚れてたんでしょうね。やっぱり私は部長の器じゃないみたいです。やめたいです。先輩、やめても、いいですか? 許してくださいますか? 先輩…


 楽しみにしていた先輩の舞台公演がもうすぐ始まるのに、正直、今は観に行く勇気がありません。先輩に合わせる顔がないです。贈っていただいたチケットは誰かに譲ろうと思います。ああでも、先輩の舞台、観たかったなあ。本当にほんとうに観たかったなあ




ハル先輩

 あの日から、まだボーとしています。変な高揚感でいつまでたっても普段の自分が戻ってきません。先輩はほんとうにすごい人です。ありがとうございました。あ、と言うか、明けましておめでとうございます、ですね。すみません、忘れてました。今年もよろしくお願いします。


 あの日、先輩が朝早く突然私の家にやってきた時は驚きました。先輩に合わせる顔がないと怖じ気づいていた私を文字通り叩き起こして有無を言わせず先輩が向かった先は先輩の公演先の劇場で、それだけでも驚いたのに、着いてみたら私が当日急病の役者さんの代役で舞台に立つことになっていたのには心底動揺しました。聞いた瞬間心臓が竦み上がって止まるかと思いました。絶対ムリ! 出来るわけ無い! 慌てて断ろうとした私の前にはすでに舞台監督さんや演出さんやメイクさんや諸々のスタッフさんがそれこそ心配そうな、あるいは難しい顔で私を見つめていて、そんな中、先輩が「この子は出来る子だから、絶対大丈夫です」とぽんと私の肩を叩きながら言ったときには、なんてこと言うんです、先輩! と大声を上げそうになりました。

 それでも、その言葉にグッと来てしまった自分がいました。なんで先輩の言葉はこんなにも私の心に響くのでしょう? 私の心を奮い立たせるのでしょう? 先輩に信頼されていると思うだけで、勇気がわいてくるのはなんなんでしょうね。たぶん、私はすごく単純なのだと思います。大好きな先輩の、憧れの先輩の、期待に応えたい。ただもうそれだけなのです。だから、あの日、どうにかこうにか代役を務められたのは、すべて先輩のおかげなのです。短い練習時間の中で集中できたのも、舞台上で真っ白になりながらも役をかぶれたのも、舞台の興奮と余韻でいまも胸が昂揚しっぱなしなのも、すべて先輩のおかげです。ありがとうございます。

 でも、今更ながら思うのは、いくら急に代役が必要になったと言っても、こんな高校生のただの演劇部員を代役に押し込むなんて先輩はなんて無茶なことをしたのでしょう? よく、みなさんが納得しましたね? どんな魔法を用いたのでしょうか? ビックリです。

 舞台が終わった後、スタッフや役者のみなさんに、芝居よかったよといってもらえて、今度こそ先輩の顔を潰すことにならなくて心底ホッとしました。先輩の得意顔も見れて大満足です。ただ、先輩の演技や、お芝居自体は自分のことで精一杯でちゃんと観賞できなかったので、今度あらためて観に行こうと思います。その時は、いっぱい差し入れ持って楽屋にお伺いしますね。本当に本当にありがとうございました。




ハル先輩

 ご無沙汰しています。お元気でしょうか? と言うか、ハル先輩の活躍は連日テレビで見ていますのでお元気なことと思います。あらためてドラマ出演おめでとうございます。毎回楽しみに観ています。ただその分、お忙しいと思いますのでお体にはくれぐれも気をつけて下さいね。


 私の方は、高校最後の演劇コンクールも無事終わり、金賞には届きませんでしたが、賞を獲得することも出来、なんとか最後まで部長の責を全うできて胸をなで下ろしています。これも昨年の悔しさがあったからこそだと、今は前向きに考えられます。あの時は本当にありがとうございました。乗り越えられたのは先輩のおかげです。

 さて、私はいま高校卒業後の進路について悩み中です。私も先輩みたいに都会に出て行きたい思いもあるのですが、さすがにうちの家庭事情ではムリそうで、地元で進学することにしました。でも、お芝居は続けたいのです。自分が演じることが好きなことは、あの日、イヤと言うほど実感しました。なので、いま、地元の劇団をいろいろ調べています。大学に進学したら、思い切って劇団のオーディションも受けてみたいなと。そんなことを思っています。その時は、なにかアドバイスがありましたら、また教えてくださいね。よろしくお願いします。




ハル先輩

 思いもかけないお話をもらって驚いています。先輩の事務所のオーディションですか!?それはすごく受けてみたいです。受かる自信なんてまったくありませんが。

 先輩からこの話をもらって母と色々と話し合いました。先輩も知ってらっしゃる通り、うちの家は母一人娘一人の母子家庭です。経済的には進学するよりも早く働く方がいいのですが、大学にはいってほしいという母の希望や、もしオーディションに受かったとしてもはたして自分が役者としてやっていけるのかという不安、そしてなにより、私がオーディションに受かってそちらにいくことになったら、母を一人で残すことになってしまうという心苦しさがどうやっても拭えません。それでも、どうせ受からないだろうから、受けるだけでも、という思いも何度かよぎりましたが、それでは誘ってくださった先輩にも失礼です。

そんなこんなを色々悩んでさんざん迷って考えました。

その上でーーー


 申し訳ありません、先輩の事務所のオーディションは辞退することにします。


せっかくお話をもらったのに、先輩のお骨折りを無駄にすることになって、本当に申し訳ありません。いまでもこれが正しいのかどうか分かりません。たぶん、この選択を私はいつかきっと後悔するような気がします。先輩と同じところで生きられる可能性をみすみす捨てるなんて。なんて愚かなんでしょう。それでも、いつか、もっと先で、私に自信がついたら、もう一度先輩の隣に立ってお芝居ができるようになりたいです。今はその夢を支えに、こちらで頑張ろうと思います。

ねえ、先輩、そんな夢を見てもいいですよね?




ハル先輩

ご無沙汰しています。お元気でしょうか? 

 先日封切られた先輩の主演映画観ました。すっごくよかったです! あっと言わせる始まりからクスッと笑える楽しい中盤の展開を経てグッと切なくなるラストの別れのシーンまで、先輩の魅力がいっぱい詰まっていました。

 それに先輩はますます綺麗になって、うっとりするような大人のレディでした。いやあ、羨ましいなあ。私なんて今だに下手したら子供の役ができるぐらいちんちくりんで、実際劇団ではそういう役を振られることもあるんですが、もう少し大人の女性を演じられるようになりたいです。もう二十代も半ばですのにね! 


 お芝居は楽しいです。うちの劇団もこちらではかなりの人気劇団ですのでやりがいがあります。高校卒業の時、先輩のお誘いを断って地元に進学したくせに、結局途中で退学して劇団活動に専念してしまったのは我ながらどうかと思うのですが、それでも、この楽しさはやっぱり捨てられません。まあでも、いくらこっちで人気があっても役者なんて食えないことには変わりませんね。

 先輩は遠いです。もちろん、夢は諦めてませんよー。いつか先輩と一緒の舞台に立ちたい。その夢は諦めてません。それでも、先輩は遠いなあ。同じ芝居の世界にいるからこそ、先輩とのとてつもない距離を実感してます。先輩はどんどん先に、高みに登っていってしまって、私ははるか遠くから仰ぎ見ているだけ。

ねえ、先輩、少しはゆっくりしてもらってもいいんですよ。

なんてね笑。すみません、愚痴で。以前にも、こんな愚痴っている私に、先輩は「役者には年齢を重ねてゆくごとに成長していって大きく花開く人がいる。ハナはそのタイプだから大丈夫」「そんな役者さんはね、息の長い素敵な役者さんになるんだよ」と励まして下さいましたよね。今は先輩のその言葉がなによりの御守りです。

「頑張っていれば、きっと花開く時がくるよ」

はい。信じます。がんばります。

それではまた。先輩のご活躍を楽しみにしています。




ハル先輩

 お手紙ありがとうございます。先輩に褒めていただいて嬉しいです。

でも、先輩に見つかってしまったことがなんだか恥ずかしいです。と言うか先輩、東京では放送されてない地方局のドラマなんか観てるんですか? ちょっとビックリです。先輩は「ハナ、知らせろよー」とお怒りですが、いやあ、自分のこととなると恥ずかしいもんですね。昔、先輩が初めてのCM出演を知らせてくれなかった心境がいまになって少し分かった気がしました。

 あらためてドラマ出演の経緯ですが、うちの劇団での演技を地方局のプロデューサーの方が観ていてくださったようで、お声がけいただき、一年ほど前から、ちょっとした端役でドラマに出演させてもらっていたのです。そんないくつかの出演を経て、今回ヒロインの親友役という準主役級の役で出演させてもらえることになりました。ようやく、苦労かけっぱなしの母にも画面に映る娘の姿を観てもらえて感無量です。

 三十を過ぎてようやくわたしも先輩が言っていたように役者としての成長を感じられるようになりました。少しは自信も付いたかな。もちろん、まだまだですが。ドラマはもう少し続きますので、また、観ていただけると嬉しいです。感想は、欲しいけど、また舞い上がってしまいそうで怖いので、いいです。イヤでも、やっぱり、欲しい、かも…えーと、先輩の好きにしてください! よろしくお願いします。

 そういえば、先輩は、前クールのドラマが終わって、今期はドラマには出ていらっしゃらないですよね? 先輩の次のお仕事はなんなんでしょうか? もう決まっていますか? 先輩の事だからいろんなオファーから良いものを選んでいる状態なんでしょうね。また、映画ですかね? いずれにしても楽しみにしています。




ハル先輩

 今日、夢のような知らせを受けて、急いでこの手紙をしたためています。

先輩、わたし、舞台「光るキミ」のオーディションに合格しました! 

そうです! 「光るキミ」です! 先輩が主役のヒロインを演じることが決まっている舞台です!

信じられません。なにかの間違いか、どっきりじゃないかと疑っています。でも、頬をつねると痛いです。本当ですよね? 


先輩が主演で「光るキミ」が舞台化されることを知ったのは三ヵ月ほど前でした。その時には、ただ、さすが先輩、すごいなあと思っただけだったのですが、そのあと、例の地方局プロデューサーさんから舞台役者のオーディションがあることを教えてもらいました。私が先輩の後輩で先輩の事が大好きなことを日頃熱く語っていたのを覚えてくださっていたみたいです。それを聞いて私は、いても立ってもいられなくなりました。オーディションは基本有名芸能プロダクションや劇団の推薦を受けて参加するとのことだったのですが、私にはその時点で不利です。でもこんなチャンス、二度と無いかも知れない。私は教えてくれたプロデューサーさんにムリを言ってなんとか申し込んでもらいました。

 そこからは二度のオーディションがありました。一次には四十人ほどの参加者がいたでしょうか? 三つの主要な役柄を決めるためのオーディションでした。私が挑んだのは先輩のライバルになる才気煥発な女性役。正直、あまり私向きの役ではないと思いました。でも、ここでムリだと思って諦めるには、私ももう役者バカになりすぎました。どんな役でもかぶってみせる。どんな役でもかぶれる。それはいまの自分の胸に宿る仄かな自信です。

けれど、結果は時の運。監督の描くイメージに合わなければ選ばれることはない。なので戦々恐々で結果を待っていました。そして今日、結果を受け取りました。すごくすごく嬉しいです。

オーディションに参加していること、先輩には連絡できませでした。もし落ちてたら目も当てられません。恥ずかしすぎます。なので黙っていたことお許し下さい。

いまから、稽古が始まるのが楽しみです。早く、先輩に会いたいです。




ハル先輩

 この手紙は、舞台初日を明日に控えて書いています。明日、初日が終わったら、先輩にお渡ししようと思っています。

 正直、明日のことを考えて寝付けません。舞台は無事に終わったでしょうか? 観客のみなさんは満足してくれたでしょうか? 私はちゃんと役をかぶれたでしょうか? いまから不安と期待で胸がドキドキしています。

 舞台稽古の初日にもやっぱり私はドキドキと胸を揺らしていました。みなさんが集まっている部屋に入っていって、先輩の姿を見たとき、先輩が私に近寄ってきて「ハナ、待ってたよ」と言ってくださったとき、そして、みんなの前で自己紹介をしたとき、これは現実なのか? まだ夢を見ているんじゃないかと感じていました。だから、初読み合わせも、ふわふわして全然役をかぶれてなくて、監督にするどい指摘をもらったときに初めて夢から覚めて現実に戻った気分でした。

 それからの練習は、それはもう楽しいことばかり。上手い役者さんに囲まれて、自分の演技も向上していくのが手に取るように分かりました。それでも、先輩との芝居は緊張しました。役柄上、先輩に負けない機知に富んだ女性を演じなければならない。それは予想していた以上に難しくて、何度も挫けそうになりました。先輩はたぶん分かっていらっしゃったでしょう? 先輩にアドバイスを求めればきっと先輩は教えてくれる。そう分かっているから、私は先輩には相談しませんでした。いつまで経っても先輩におんぶに抱っこではいけないと言う想いと、先輩が信じてくれた私の成長を先輩に見せたいという想いがそうさせました。先輩、私、ちゃんと成長できてましたか? その答えは明日の舞台後に聞かせてください。

 そしていま強く思うのは、十八の高校卒業間近の自分に、あの時、あなたの想い描いた夢は叶うよと言ってあげたいです。不安でいっぱいだったあの頃の自分に、この先、いろんな事があって、苦しいこともイヤなことも挫折もある不遇の二十代をなんとか乗り越えた先に、あなたの夢は叶うから、だから、夢を諦めることだけはしないでって言ってあげたいです。そしていまの自分には、先輩の言葉を信じて諦めずによかったねと、褒めてあげたいです。

明日の舞台は十代の頃に夢見た、先輩の隣で同じ舞台に立つという私の夢が叶う舞台です。最高の舞台にしたいです。最高の舞台にします。

いつも私の憧れであり、目標であり、道標である、先輩に感謝を込めて。


先輩、大好きです!


                              花柚


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