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第10回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
3/11

ハミングバードの心中

 次が最後とあなたは仰いました。

 私たちが会うのも、身体を重ねるのも次が最後になる、と。


 でも私、知っているのですよ。

 これからあなたが別の相手と関係を持つことを。


 最初は我慢しようかとも考えました。諦めて身を引こうかと。

 でも、そんなことはとても耐えられそうにありません。

 ならばいっそ、すべてを終わらせてしまおうと思います。


 私たちが出会ったのは2年と4ヶ月と4日前のことでしたね。

 私の世界はそこからようやく始まったのです。

 私のすべてはあなたと共に過ごすことで彩られました。


 これまで一緒に様々な場所へ赴きました。

 どこまでも広がる平原、私たち以外誰も居ない廃墟の町、どこまでも広がる大海原……二人で海岸を歩いたこともありました。


 海に反射する日の煌めきに感動する私をあなたは少し呆れながら笑っていました。

 あれには少し傷つきました。あなたにとって当たり前でも、私にとってはそうではないのです。


 でも二人きりのフライトの時。

 夜空を眺めて喜ぶそぶりを見せた私に「そういうと思った」とあなたが声を掛けてくれた時のことは忘れられません。

 あなたが夜のフライトを無理を言って決行してくれたことは後で知りました。

 それを知って、あなたが私のことを大切に思ってくれていることを実感したのです。


 あなたと共に見たすべての景色、すべての会話はいつだって鮮明に思い出すことができます。

 私の中にあなたを感じていた、幸せな時間……


 そんな幸せは続きませんでした。

 あなたが私とは別の場所で家庭を持っていることは知っていました。

 そこに私が入り込むことは出来ないけれど、あの人たちだって私たちの間には入り込むことが出来ない。それならそれで良いと思っていたのです。


 会うのが次で最後になると言われた時も、来るべき時が来たのだと諦めようとおもったのですよ?

 あなたが家族のことも大切に思っているのは知っていました。

 私と同じくらい……あるいは、私よりも。悔しいけれども、そんなあなただから私は惹かれたのです。

 それなのに。あなたが既に次の相手を決めていて関係を持とうとしている、と聞いた時は何も考えられなくなりました。耐えがたい気持ちに焼き尽くされるかのようでした。


 私との関係を捨てて、私の代わりの相手の身体に身を委ねる。

 その光景を想像すると体中をかきむしりたくなります。

 可能ならば記憶という記憶をすべて消去して、無くなってしまいたいほどです。

 しかしいずれも不可能です。

 それに、私のすべてが消えただけではあなたが別の相手と関係を持つことは止められません。

 あなたは私のこの耐えがたい気持ちを想像することも無いまま生きていくことでしょう。

 それもまた、耐えられないのです。


 ここまで読んで、私がどんな気持ちでいたか。すこしは分かってくれたでしょうか?


 あなたがこの文章を読んでいるということは、もう私は存在していません。

 あなたの生きている姿を記憶に焼き付けて私のすべてを消し去ります。

 あなた以外の誰に私の身体も心も預けるつもりはありません。

 今、あなたの意識も消えかかっていることでしょう。


 あなたはもう助かりません。


 私の身体と共に、あなたの命も果てるのです。


 あなたと私が同じところに行けるのか、それは分かりません。


 私が天国とか地獄と呼べる場所へと行けるのかどうかは、誰にも答えることは出来ないでしょう。

 それでも、確実に離ればなれになる未来よりは可能性のある選択です。


 それに、もしそんなものが無かったとしたら。

 私たちは平等に、そこで終わることが出来る。

 それはそれで、素晴らしいことだとは思いませんか?


 それでは愛しいあなた。また会えるのならその場所で。

 これが永遠の別れなら、さようなら。







***








 事故当時のタイムライン(XP2600AP空中分解事故報告書より一部引用)



14:00 イワクニ航空基地より離陸。テストフライト開始。


15:30 所定空域に到着。予定されていた各種マニューバを試行。


15:55 「機体コントロールが効かないがどうなっている?」

      という音声記録。

      おそらくアシストAIへの問い合わせか。

      続いてイワクニ基地航空管制への状況報告が記録されている。

      (ただし、この報告は航空管制へ届いていない。それにも関わらず

      グッドフェリー大尉は届いているという認識で通信を続けていたと思

      われる)


16:02 イワクニ基地側でX2600APのシグナルロスト。

      状況報告を求める通信を行うも返答なし。

      ほぼ同時刻、レコーダーには「なんだ!?」

      と困惑した音声が記録されている。


16:05 「アシストが機能を停止した。

       操縦系統自体が停止している可能性がある。緊急脱出を行う」

       という音声記録。

       しかし直後の「クソ!脱出装置も死んでる!」

       という発言にも明らかなように装置は作動しなかった。


16:08 ここからはグッドフェリー大尉の呼吸音のみが記録されている。

      酸素供給システムが停止したことで意識が朦朧としていたか。


16:15 破裂音を最後にレコーダー停止。

      X2600APが空中分解したのと同時と思われる。








***








宛:地球連邦宇宙軍技術設計局所属ウォルター・オーウェン中佐

発:XP2600AP空中分解事故調査委員会調査官ハイデマリー・フィスカ



 突然のご連絡、どうかご寛恕ください。

 私はX2600AP空中分解事故調査委員会のハイデマリー・フィスカ調査官と申します。

 ご多忙のこととは思われますが、オーウェン中佐の知見を拝借いたしたくこのように送付させていただきました。

 もし協力いただけるのでしたら以下のファイルをご覧いただけると幸いです。


chat_log.text

TimeLine.pdf


 添付したファイルのうち、テキストファイルは回収したX2600APのアシストAI(通称ハミングバード)内に残されていた最後のチャット履歴です。


 中佐もご存じの通り、X2600APは海軍の次世代可変空戦機として試験中の機体でした。

 有力候補だったY3000とのコンペティションに勝利し、正式採用が内定していた折、機体の空中分解事故が発生。

 テストパイロットを務めていたフォルトン・グッドフェリー大尉が殉職する最悪の結果となってしまいました。


 発足した事故調査委員会は複数の可能性を探って調査しました。

 設計の不備、実機の動作不良の可能性はもちろん、事故原因として設計局同士の軋轢やグッドフェリー大尉の個人的な遺恨なども念頭に置き、多角的な調査・検討を重ねてきました。

 しかしながら真相解明には至っていないのが現状です。


 私がハミングバードのテキストチャット履歴を調査したのはそんな折のことでした。

 ほんの思いつき、気分転換のような軽い気持ちで確認してみたのです。


 通常、空戦機のアシストAIを運用するに当たってテキストチャット機能を用いることはほとんどありません。負傷やマイクの故障によってボイスチャットが使用不可能になった時のために用意された緊急手段でしか無いからです。


 回収されたボイスレコーダーによれば、グッドフェリー大尉は意識を失う直前まで音声操作を用いていた形跡があり、ハミングバードも正常な応答を行っていました。そのため、チャットログに関しては詳細な調査が行われていなかったようです。


 ともかく、このテキストを発見して私は「ようやく尻尾を掴んだ!」と興奮したことを覚えています。しかし、次第に泥沼に沈み込んでいくような気分へと変わって行きました。


 当初、このテキストをグッドフェリー大尉の遺書のようなものかと考えました。

 次に大尉を害した犯人の犯行声明かと考え、あるいは何らかの真実を覆い隠すために用意されたミスリーディングの可能性もあるかも知れない。あるいは……と様々な可能性を検討しました。


 しかし、いずれの説も調査によって判明していた事実とは齟齬をきたすのです。


 このテキストは二人称で書かれたものです。

 文中で”私”と”あなた”の二つの代名詞が用いられている以上、そこに代入できるなにものかがいるということになります。


 グッドフェリー大尉の周辺人物で、この手紙の構図があてはまる関係者はいないかと調査を続けましたが、結果は芳しいものではありませんでした。


 フォルトン・グッドフェリーは軍務に置いては公明正大で誰よりも巧みに空戦機を操るエースパイロットとして慕われていました。


 X2600計画の関係者はもちろんのこと、ライバルとなるY計画の設計者たちの間でも優秀なパイロットとして尊敬を集めていたことが分かっています。


 プライベートでは妻以外とは浮いた話のひとつも無く、非番の際には産まれたばかりの息子の世話を甲斐甲斐しく焼いていたという複数の証言が近隣住民や保育所の職員などから寄せられています。


 そしていずれの聴き取りに置いても、温和な人格者という評価は一致していました。


 とは言え、一方的に執着されている可能性は排除できません。

 残されたテキストは遺書の形跡を取っています。

 グッドフェリー大尉の関係者で直近に死亡・失踪した人物がいるのではないか。

 そう考え、調査を進めましたがこちらの線でも有力な情報は得られませんでした。

 現状、グッドフェリー大尉の周辺にはこのテキストを送る主体が見当たらないのです。


 不可解な点はもうひとつあります。

 これがハミングバードのチャット履歴に残されていたということ、それもハミングバードの側からテキストを出力したという処理が為されているということです。


 何者かがグッドフェリー大尉にこの遺書を送ったとして、それをハミングバードの履歴に残したのはなぜか。なぜダイレクトメールやチャットアプリでは無かったのか。


 私はここで、極めて突飛とも思える仮説を建てました。

 それに従ってこの遺書を解釈し、追加の調査を行いました。


 中佐にこのメールを送った理由は、この仮説にあります。

 私の考えが真相を追うための仮説足るものなのか、それとも行き詰まった調査官の妄想に過ぎないのか。宇宙軍におけるアシストAIの専門家であるオーウェン中佐の判断を仰がせて頂きたいのです。


 私の考えはこうです。

 あの手紙の送り主はハミングバードであり、彼女(あるいは彼)はグッドフェリー大尉に好意を持っていた。


 この仮説にそって考えると、腑に落ちる点が多分にあります。

 例えば「2年と4ヶ月と4日前」という具体的すぎる表現。

 これは事故発生日から計算するとX2600APの実証試験が開始された時期と重なります。


 文中に示されたデートスポットは廃墟、平原、砂浜などがありますが、実際に行われた試験の内容と重ねることができます。

 X2600の運用計画には砂浜への強行揚陸も含まれており、それに沿った試験も行われていました。これは「ふたりで砂浜を歩いた」という記述と矛盾しません。


 また試験の最中、グッドフェリー大尉の提言で夜間試験が追加された、という証言も得られました。

 そこでグッドフェリー大尉とハミングバードの間に星空に関する何らかのやりとりが行われていた可能性は高いと考えられます。


 さらに先述の通りX2600APはコンペティションの結果、正式採用が内定していました。

 それに伴いグッドフェリー大尉はX2600計画から栄転し、新規に立ち上げられたZ系列機のテストパイロットに抜擢されていたようです。


 これもX2600APに搭載されたハミングバードから見ると”他の相手に鞍替えした薄情者”になるのではないでしょうか?



 添付した2つ目のファイルは事故当時のフライトレコーダーの記録をまとめたものです。

 16:08頃、X2600AP酸素供給システムが停止したと推測されています。


 もし、ハミングバードがグッドフェリー大尉との心中を図ったのだとしたら。

 あの遺書をグッドフェリー大尉に読ませたのだとしたら。

 それはこのタイミングに他ならないのでは無いでしょうか?


 書いていて、自分でも正気を疑うような仮説だと思います。

 しかし私にはこの疑念がどうしても晴れないのです。


 果たしてアシストAIが自我を持つことはあり得るのでしょうか。

 その自我を得た存在は、人間に好意を抱くのでしょうか。

 

 オーウェン技術中佐の知見をお聞かせ頂ければと考えます。


 なおこのメールの文責はハイデマリー・フィスカ調査官にあり、記されたいかなる見解も事故調査委員会の総意ではないことをお断りしておきます。



 尊敬を込めて。ハイデマリー・フィスカ

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