彩色の夢幻
人の目の届かないところ。植木の下や小さな木陰、道端の小さな場所に誰も知らない秘境へと続く扉がある……今でも僕はそう思っている。
小さな頃には教えられたサンタさんも、分別がつく頃になれば現実を諭される。大人の世界は現実の世界、夢幻は見向きもされなくなる。それでも信じたいと思う。そういうものは確かに存在していて、誰かを支えていると。
授業中、ノートの片隅に小さな落書きをした。片隅からこちらに覗く彼らは小さく、あまりにか弱い存在だ。でも、勇気を出してこちらに呼びかけているのだと、そう思うだけで少し元気になれる。
ちらちらと先生の背中を確認して、ばれないようにペンケースで隠した。
昼休憩の時間になり、弁当箱とそれを包むナフキンを片手に教室から静かに離れる。外、といっても学校の敷地内の静かな場所でナフキンを広げて弁当を食べ始める。暫くすれば様子を見ていた子猫がコチラに集まってきた。
「はい、今日はこれくらいしかあげられないけど……」
ナフキンの上にちぎった食パンを落として、子猫の前に置いておく。そうすれば小さく鳴いて、少しずつ食べ始める。小さな住人との些細な出会いの瞬間が、学校で与えられる穏やかな時間。
部活には所属してないから、終業のチャイムが聞こえたら昇降口まで一直線に向かう。時折、校門前の駐車場で送迎する車が目に留まる。少し羨ましいけど、事情があって家族が熱心に支えているのかな、とも思う。習い事とか、塾とか……そんなふうに日々を忙しく過ごせるのは羨ましい。ただ純粋に、何かに打ち込んで自信をつけるのは眩しいことだと思うから。
「ただいま」
「ああ、帰ったのか。早く部屋に戻って明日の支度をしなさい」
母様の声が聞こえて、僕は言われた通りに部屋に戻る。自分の部屋に戻ると少し落ち着く。年の離れた兄とは別の部屋になったから、ゆったりとした時間を過ごせる。一人になると、僕はおもむろに本棚から絵本を取り出す。
例えば、小さな小人とその仲間たちが誰よりも強いドラゴンを退治する物語、子どもたちが不思議な世界に迷い込んで世界を救う物語、魔法使いたちの学校の物語……それらの物語に共通するのは別の世界がすぐそばにあること。
凡人と魔法使いの世界、子どもと大人の世界、そして日常と非日常。もしかしたら僕の見る世界も、別の誰かが見たら奇妙な世界に見えるのかもしれない。そっと絵本を閉じて、どんな世界があるのだろうと想像を膨らませる。
「おーい、弟。寝てないでこっちの手伝え」
「……ん、寝てない。もう帰ってきたの? 兄さん」
「おう、早く来てくれ」
「これ何?」
「あれだよ、んー確か幼稚園のアーチだったか。お前、こういうの得意だろ? 好きにやっていいっていってたから」
「……兄さん、流石に手伝ってくれるよね?」
「そりゃ、俺が請け負ったのにお前だけに任せるわけにもいかないだろ。とりあえず段ボールとかは貰っておいたから、飾りとかの工作は任せておくな」
「うん、じゃあ部屋に運んでおいて」
小さな子たちがアーチをくぐる時、ワクワクしてくれるような物を作りたい。まるで夢の王国のように装飾を豪華にして、それでいて愛着を持てるキャラクターを散りばめる。どんなに無機質な段ボールも、色を付ければ個性的な素材だ。アイデアを組み合わせて、細部まで世界を彩る。
幼い心に彩り豊かな世界を見せられるように、僕はまた新しい色を染める。