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過去編

作者: 竹春 雪華

 コンコンコン

 耳障りなノックが鳴り響く。

 私は溜め息を吐きながら、自分の部屋のドアを開く。


「やっほーこっちゃん♪遊びに来たよー」


 いつもの男性の登場に、私の気分が下がっていく。

「また来たんですか先輩……」

「うん! 毎日来るよ♪」

「毎日は来なくていいです」

 そう返事しながら私は勉強一式を準備する。

「まーた勉強? まだ一年生なんだから受験のことなんか考えなくていいのに」

「いいえ、今のうちに始めていないと合格出来ません」

 先輩は「えー」と言いながら口をとがらせる。

 この人は、母親同士が仲良くなって知り合っただけの人。それなのに毎日私の家に寄ってくる。そして人が勉強しているのに、周りをうろちょろして邪魔してくる。仕方ないから居間に移動して、向かいあって座る。いつもこのルーティーン。でもまだこっちの方が勉強できる。

「そういう先輩は、勉強しなくていいんですか? 今受験目前だと思うんですけど」

 私は居間のテーブルに問題集とノートを開く。

「俺は私立組だからもう終わってるんだよ〜」

 そういや私立高校は公立高校より早いんだった。……私には関係ない話だけど。

「結局どこの高校にしたんですか?」

「竹山高校♪」

「偏差値が凄く低い高校ですよね」

「そんな言い方しないでよー」

 先輩はむぅっとほっぺを膨らませる。

 こういう行動一つ一つが、子供っぽくて、年上に見えない要因になっている。

「でも竹山高校ってめっちゃサッカー強いんだよ! これは行かなきゃダメじゃん!」

 先輩は机をバンバンと叩く。うるさいからやめてほしい。

「先輩の将来の夢、『サッカー選手』ですもんね。」

「うん! 絶対叶えたい!」

「小学生みたいな夢……」

「むっ!? なんか言った?」

「いえ、なんでもないです」

 そっと目をそらす。

「まーいいや。こっちゃんはまだ一年生なのにもう決めてるんだよねー、高校」

「はい、梅里高校です」

「ひゃーめっちゃ賢いとこだー」

 先輩は手を上にあげて伸びる。

「それでさー」

 先輩が話を続ける。

 問題集を進めながら、雑音ながらに先輩の世間話を聞く。


 先輩が帰る時間になった。

 私は家の鍵を開ける。

「……あっちゃ〜」

 いつも見ている玄関先の空から、大粒の雨が降り注いでいる。

 そして、先輩の回りには雨具らしき物は見当たらない。

「傘、忘れたんですか?」

「うん。だって来る時雨なんかふってなかったもん」

「天気予報で言ってましたよ、夕方から雨が降ると」

「えっ? そうなの?」

 恥じらいもなく間抜け面を晒しながら聞き返してくるこの人には心底呆れ返るが、このまま返したらお母さんに何を言われるのか分かっている。

 私は二度目の溜め息を吐きながら傘立てに手を伸ばす。

「はい、どうぞ」

 勢いよく傘を押し付ける。

「うおっと、びっくりした。普通に渡してよー」

「それで早く帰ってください」

「追っ払うみたいに言わないでー……」

 それから先輩は傘をまじまじと見始める。

「かわいいね〜この傘、うさぎまで付いてる」

「そんな子供っぽい傘要りません」

 おばあちゃんが何かのバーゲンで買ってきた傘。もう小学生じゃないのに、こんな傘を持ってくるなんて信じられない。

 その点お母さんは分かっている。私は、このお母さんが買ってきた水色の傘の方が好きだ。

「え〜、かわいいのにもったいないな〜。これほとんど使ってないじゃん」

「使いませんよそんなの」

「こっちゃんにも似合うと思うし」

「似合う訳ないじゃないですか。」

 先輩は「えー」と納得していない表情を浮かべていたが、やっと玄関から一歩を踏み出した。

「じゃあ借りるね。明日また返すから」

「返さなくていいです」

「アッハハ、絶対返すからね」

 そう言って先輩は、元来た道を帰って行った。

「はぁ、車に気を付けてくださいね」


 時間が経って、お母さんが帰って来た。

「ただいま」

「おかえりなさい」

「まぁ、今日も伊東さんの息子さん来てたの?」

「はい」

「もう…いつもうちに来て勉強の邪魔してくるんだから。これが原因で落ちたらどうしてくれるんでしょう」

 ………何故だか怒りが募っていく。

「こんな頻度で来たら、うちの娘にバカが移っちゃうわ」

 一緒に居るだけで移る訳がない。

 先輩が居ても勉強して、お母さんが行かせたい学校に行くから……


 次の日、何故か勉強が進まない。

 時計を見ると、いつも先輩が来る時間だった。

 来ないのは珍しい。しかし、先輩が居なくて、邪魔をする物がないから、勉強が進むはず……なのに。

 その時、家の電話が鳴った。

 私は少し急いで電話に出た。何故急いだのか自分でも分からない。

「はい、もしもし」

「あら、こっちゃんかしら」

 この声は先輩のお母さん。親子揃ってこの呼び名を使うのはやめてほしい。

「はい、そうです。先輩は今日来ないのですか?」

 自然と訊いていた。

「あらら? ちょっと前に家を出たはずなんだけどねぇ〜、まだ着いてなかったのねぇ。あの子、美味しいお菓子を持って行くのを忘れたから、一回帰って来て欲しいのを言いたかったのよぉ〜」

「そうですか」

「何かあの子にあったのかしら……ちょっと見に行ってくれないかしら?」

「……はい、分かりました」

 そこで電話は切れる。

 何故私が先輩の送り迎えをしなければいけないのか。

 そう思いながら玄関から外に出る。

 少し歩いた所で、小さな人だかりを見つける。そこは横断歩道。

 ……先輩がいつも通る、横断歩道。

 私は夢中で駆け出す。横断歩道の真ん中、真っ赤な塊がある。その近くには水色の大きな車。近づくほど、輪郭がはっきりとしてくる。その塊は、先輩だった。

 嘘……

 頭が真っ白になっていく。

 その赤い液体は、腰から頭にかけて飛び散っている。そして、先輩の下半身が無残な状態になっていた。手の先がピクリと動く。顔が少しずれ、口角が上がっていくのが見える。

 頭とは裏腹に、目の前が真っ暗になっていった……


 気づいたら私は、病院にいた。

 起き上がると、窓からの光を浴びる……

 先輩がいた。

 しっかりとそこに存在している。幻覚じゃない。私はそこから下りて先輩に駆け寄った。

「大丈夫なんですか!?なんで車に轢かれてっ、いつも車には気を付けてって!」

嬉しさ、悲しさ、怒り、全ての感情をぶつけていた。涙声になっていると思う。それでも私は先輩の服を握りしめている。

「言ってたのに…」

 その時、頭に優しい感触が伝わる。

「……ごめんね、こっちゃん」

 …………私は、この一言で、この人の一言で、許してしまえるんだ。

 私は先輩の前で泣きじゃくっていた。

 先輩はいつまでも、私が落ち着くまで、頭を撫でてくれた。


 ………私が落ち着いた頃、先輩がボソッと呟いた。

「俺、両足が無くなっちゃったんだ」

 私はすぐに起き上がり、先輩の顔を見た。

「えっ、じゃあ、サッカーは…………




 高校の靴箱、私は二つの傘を持ちながら悩んでいた。

 ……邪魔だなぁ。

 その時、校舎の出口でクラスメイトが困った表情で立っていた。丁度良かったと、その男子に近寄る……。


「待ちましたか? 先輩」

「おっ、こっちゃん♪待ったぞー」

「そこは普通、『待ってない』って言うんですよ」

 私は先輩を再度見る。

「……なんだかチャラくなりましたね。髪まで染めて」

「えへへ、校則で禁止されてないし、せっかくだからってことで〜」

「はぁ」

「こっちゃんはなんか大人っぽくなったよね」

「そうですか? 変わってないように思いますが」

「こっちゃんは昔から大人っぽかったからなぁ〜」

「先輩が子供っぽかったんです」

 そんな会話をしながらも、つい足元を見てしまう。そこには先輩の足ではなく、人が作った義足がある。

「先輩は何部なんですか?」

「帰宅部っ!」

「何も入らなかったんですね」

「いいや、帰宅部に入ったんだよっ!帰宅するのが活動内容♪」

「はぁ……じゃあ、その為にも帰りますか。」

 そう言って先輩を見ると、雨具らしき物を持っていなかった。

「傘忘れたんですか?」

「うん、だってこっちゃんと帰るし」

「なんですかその理由」

「だってこっちゃん二つ傘持って……あれ?」

 私はうさぎの傘を持ち直す。

「一つしか…………持ってませんよ?」

 私は勝ち誇った表情で先輩を見た。

「……こっちゃん〜、水色の傘はどうしたのー?」

「クラスの男子にあげました。」

 私は傘を開く。

「それで? 入るんですか? 入らないんですか?」

 先輩は観念した顔で

「もちろん、入るよ♪」

 と答えた。


「……難しい」

「アッハハ、頑張れ〜〜」

「てか、先輩の方が背高いんですから、先輩が持ってくださいよ」

「まだこの足に慣れてなくてね〜、歩くので精一杯なんだよー」

「まだ慣れてないんですか? もう2年以上経ってるのに」

「意外と扱い難しいんだよ〜?」

「そうなんですか?ってちょっと、急に頭撫でないでください」

「えー嫌ー?」

 私達はそんな会話をしながら、いつもの帰り道を辿っていった。

この物語はフィクションです。

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