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(……地面が冷たくて気持ちいい)


ひんやりとした土の上に寝転がりながら、アレクは鍛錬用の剣を静かに握りしめた。馬鹿力の剣を受け止めたときは腕の筋肉が悲鳴を上げていたが、少しずつ手に握力が戻ってきたのだ。


頬をつけた地面からには、忙しない足音が聞こえる。

どたばたと大きく必死な足音は、乱取りで押され気味の同期の騎士のものだろう。対する師匠の足音は、じっと耳をすませてもほとんど聞き取れない。ただ観察していると、攻撃をする寸前だけ、大きく踏み込みをしているため、だしんと音が響いていた。アレクは心の中のメモに書き留める。いつ攻撃が来るかわかれば、勝ったも同然ではないだろうか。そうだ。そうに違いない。



「さあ、もう一本」

「はい!やああぁああ!」

「剣筋を迷わせるな」

「ぐはっ」


ずささと音を立て、目の前の地面に同期の見習い騎士が吹っ飛んできた。うめく同期に、ついさっきは自分も同じように吹っ飛ばされたことを棚にあげ、アレクはにやりとした。そして、勢いよく立ち上がる。時は満ちたのだ。



「僕の息を整えるための時間稼ぎ、ご苦労様!復活したアレク、今度こそ師匠から一本とってみせるよ!たぁー!!」



武芸に秀でた師匠からは、ひよっこのアレクにもわかるほどの凄みを感じ、圧倒されそうになった。それに何度も負けてきた師匠の前に立つと、どうにも腰がひける。

だが、アレクには今度こそ自信があった。

5分前にはめためたに負けた師匠と相対することになったとしても、5分前はなかった運と、観察からの学びで、勝利への道が光り輝いているように感じていた。



「誰がお前のためなんかに!師匠、やっちゃってください!」

「足運びがなってない」

「っぎゃん!」



アレクは大きな声で己を鼓舞しながら、師匠に斬りかかる。

しかし、勢いづいた上段からの剣戟は、あっさりと師匠に払いのけられてしまった。いくら観察ができていても、身体がついていかなかった。ちなみに、アレクが見つけてご満悦だった師匠の攻撃時の予兆はあえてであり、弟子たちへの手心だったことをアレクはまだ知らない。


弾かれてふわりと浮いた剣を握りしめたまま剣に引っ張られ、体制を崩す。しまったと思う間もなく、そのままアレクはぽかんとした顔のまま、師匠の足払いをうけてまた地べたに戻ることになった。剣は意地でも手放さなかった結果、うまく受け身を取れず地面に思いっきり尻餅をついたアレクは、しばらく無言で悶絶することになった。



「〜〜っ!もうだめだ…。こんな勢いで尻餅をついたんだし、王国全体が揺れなかった?」

「そんなわけないだろう。ひどい悲鳴とひどい格好に、王城全体が爆笑するのはありえるが」

「ひどい、フィルが心配してくれない」

「お前なぁ…。俺の必死の稽古を自分の時間稼ぎとか言ったの、忘れてないからな!?」



疲労から立てずに座り込んでいた同期ことフィルは、そんなアレクをみて呆れ顔だ。そのままいつものように喧嘩し始めた弟子2人に、師匠はため息を吐いて休憩を言い渡した。2人とも体力は底をついているのに、口だけはよく回るのだから、ため息も当然だろう。



「今日は終わりだ。お前たち、食事は抜くなよ。では、解散!」

「「はい!」」



ここは王城にある第三庭園の、道具小屋裏。

2人はここで、毎日しごかれている。





アレク改め、アレクサンドラが事務員のラードに声をかけられたのは、王都の騎士団に入隊してから半年が過ぎたころだった。

事務員にしては大柄な彼は、アレクの肩をぽんと叩き、なんとアレクが新人の中では1番体重が軽いということを伝えてきた。



「食堂でちゃんと食べていますか?」

「はい!」

「最近は、身体を効率よく鍛えられるメニューを開発して食堂に出しているのに、あなただけは肥えてくれません。うまくいかないものですねぇ」



他国から引き抜かれてきたという優秀な竜人は、尻尾でぴしりと床を鳴らしたあと、首を傾げている。

口から覗く鋭い牙と相まると、まるで痩せっぽちの見習いをおいしく食べるために太らせているような台詞だが、この御仁はあちこちの人や物の流れを観察し、滞りなく動かすことに熱心なのだろう。アレクもその恩恵に預かっているため、背筋を伸ばしてから受け答えをした。



「先輩から、ラード様のおかげで昔に比べてご飯がとてもおいしくなったと聞いています。同期からは、体調不良が減り、基礎体力がつきやすくなったという声もありました」

「そうでしょうそうでしょう。騎士団は強くなるし、士気もあがる。食いっぱぐれない職場は人気が出るため、良き人材も入る。いい政策でしょう。私は、その成果を眺めるのが好きでしてねぇ。平民上がりの新米騎士の体重などは、食生活が一気に改善されるからか、数字に出やすくて大好きなんですが」

「……な、なるほど〜」



若干知りたくなかったし、反応しずらい嗜好を知ってしまったアレクは目を泳がせる。牙を見せながらにっこりと笑っていたラードは、さてと言うと表情を引き締めた。



「あなたはもっと太りなさい。それと、ちょうど筋肉が足りない者向けの訓練に空きがあります。受けてみては?」



アレクとて年頃の女性だ。

王都の令嬢たちの間で流行っているというダイエットとは真逆の指示を受けて、少々狼狽えたが、アレクは数少ない女騎士の先輩方の、美しくしなやかな筋肉に憧れてもいた。重たい荷物によろけている時、女騎士の先輩が後ろからさっと荷物を奪い、微笑みと共にウインクをしてくれたことがある。あれを、自分だってやってみたいではないか。

アレクが期待に胸を膨らませながら了承すると、ラードは生真面目に頷いた。励むようにと言葉ももらったアレクは、次の月から新しい訓練に参加することになる。



見習い騎士にはやるべき雑用が多い。

朝は早くに起き、水汲みをする。桶にはった水で身体を清め、短いくせっ毛を木のブラシでなんとか落ち着かせようと試みては諦め、自分の分の洗濯をする。女子棟の掃除をしたあと、他の見習いと合流して訓練場の準備をする。

そのあとは、本来なら所属している部隊に新米として着いて回ることになるのだが、今回は朝の雑用が終わったあとの時間が、新しい訓練に当てられることになった。ラードがアレクの所属している隊にすでに話を通してくれたためか、先輩たちも好意的に送り出してくれたのが幸いだったのだろう。



「第三庭園の道具小屋裏…って、ここであってるのかなぁ」



支給されている革の鎧を身につけたアレクは、頼りない気持ちで周囲を見渡した。言われた場所にたどり着けているのだろうかと心配になったのだ。

生垣が高く迷路のようになっている第三庭園は、全体を見渡すことが難しい。まだ他にも小屋があるかもしれず、そちらが集合場所なのかもしれない。

誰もいない小屋をしばらく見つめたあと、アレクは周囲を歩くことにした。だが、振り返ったさきには眩い金色が広がる。



「………っ!?」

「……うわっ、ごめん!」



飛びのいてから、アレクは金髪の少年とぶつかりかけていたことに気が付いた。

無言で固まっている少年に、アレクは喜び勇んで声をかける。



「君も、筋肉がないと言われた仲間だよね!」

「……筋肉?」



ぽかんと口を開けた少年に、アレクはもしやと思いさっと眉をよせた。突っ込んではいけない話題だったのだ。

訓練に送り込んでくれたラードははっきりと口に出すタイプだったが、もしかしたらこの少年へ訓練を勧めた人は、少年へ筋肉が足りていないとは言えなかったのかもしれない。騎士にとって筋肉が足りないということは、恥ずべきことでもあるのだ。誤魔化すように笑顔をつくると、アレクは少年と握手をした。



「よろしく!頑張ろうね」

「……ああ、よろしく」



こうしてアレクは、彼に出会った。

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