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Phase.2 事後と信用




     2




 船が波止場に着くまでの間、殺し屋は犬もかくやと思われる舌技でただひたすらに舐められ続けた。カネトリの口撃・・が終わると、涎まみれになった少女はピクピクして立てずにいたので、その間に拳銃と隠し持っていたナイフを奪って手錠をかけて拘束した。


「あーあ、口の中が毛だらけだ。……ゴクッ」

「飲むんだ……」


 ゴクリと喉を鳴らす武器商人に、やや引き気味の白カラスが言った。


「……一応聞いとくけどさ、なんで当然のように手錠持ってんの?」

「プレイ用だ」

「あっそ」


 クローはやれやれと首を振って、少女の顔をまじまじと見つめる。


「可愛そうに……一生もんのトラウマだよ、アレは」

「そうか? むしろ甘いほうだろ。娼館だともっとハードなプレイ……いや、なんでもない。大体、始末されなかっただけまだマシってもんだ」


 カネトリは改めて半獣人ハーフの殺し屋を観察した。

 亜人と人間は子どもを成しにくいとされている。普通の獣人なら普段から見慣れているが、多くの移民や亜人が流入する英国においても半獣人ハーフは珍しい存在だ。

 この少女の場合、耳と尻尾という大きな特徴はそのままだが、顔や身体の形状は人間のもので、手足に獣毛が生じていながらも人間に近い形状をしていた。おそらく両目の色素が左右で異なっているのは偶然の産物なのだろう。


「う、ううっ……」

「あ、起きた?」

「おい、ばか……」


 カネトリが止める間もなく、白カラスは少女の顔を覗き込んだ。そこで少女は気がつくと、身を捩ろうとしてビクッと身体を震わせる。


「! な、何で鳥が……」

「世界は広いし、喋るカラスがいても別にいいんじゃない? ボクはクロー。こっちは相棒のカネトリ。さっきはごめんねー」

「なんで今喋るんだよ。ややこしくなるだろうが!」

「別にいーじゃん。こう見えても人を見る目だけは確かなんだ。見る目あり過ぎて未来が見えちゃうぐらい。ああ、この女の子に関わったばっかりにカネトリが銃撃されて血を垂れ流している未来が見える見える……」

「不吉な予言すんじゃねぇよ……」


 カネトリはため息交じりに言って、不自由な少女の肩を掴んで起こした。


「あー、〈黒犬ブラック・ドッグ〉とか言ったか。見逃してやるつもりだったが、お前の処遇についてはやはり上司の判断を仰ぐことにした。このままギルドに連行させてもらうぞ」

「殺さないの……?」

「俺はギルドの一員である前に商人だ。生かして情報を吐かせたほうが得と踏んだまでだ」


 ふんと鼻を鳴らす武器商人の言葉を相棒は訂正する。


「ううん。本当はね、かわいいからこのまま殺すのは嫌だなーってカネトリが」

「――おい、ばか」

「かわいいから……?」

「勘違いするな」


 カネトリは少女の頬を掴んでぐいっと顔を上げた。そのオッドアイを覗き込んで続ける。


「俺が気に入ったのは、あくまでもお前の目だ」

ふぇ?」

「昔、陸軍にいた時、上官に付き合ってインドで狩りをしたことがある。その時は土砂降りの悪天候でな、本隊から外れて迷子になってしまったんだ。モーグリというガイドの少年と二人、鬱蒼としたジャングルを歩いていく内、一匹の黒豹が躍り出てきた。現地人曰く、『バーギラ』という森の主だ。俺は咄嗟に肩に担いでいたライフルを向けた……が、撃てなかった。威厳に満ちた黒い獣の、その野生の両目に魅入られてしまったんだ。あんな体験は初めてだった……今になって思い返してみれば、あれはクローみたいに『喋れる獣』だったのかもしれないな」

「それが……私の目に似ているの?」

「比べることなんてできやしない。……だけどまあ、いい目をしていると俺は思う」


 カネトリは首を振って手を放し、小さく呟くように言った。


「なんかこう、内側から溢れ出るんだよ、生命力が。そもそも俺が獣人好きファーリー・ジェントルマンになったのだって、獣人娼婦が時々見せる野生の瞳に惹かれたわけだし……」

「気をつけて。またペロペロされるよ」

「……っ!」

「おい! さっきのは……まあ、ちょっとした挨拶みたいなもんだと思ってくれ。ほら、あれだ、獣人の挨拶でよくあるだろ。俺は英国紳士だからな、もう二度と合意なしに耳を舐めないと約束しよう」

「まあ、合意があっても舐めるほうがおかしいんだけどね」

「いや、おかしくない! それは欧州の価値観においてだけだ。舐めるというのは獣人同士の伝統的なコミュニケーション様式で、列記とした社会人類学的な……」

「社会人類学、ねぇ」

「…………」


 少女は身体を起こして白カラス相手に必死に弁解する変態を見た。

 言っていることは難しくてよくわからないが、どうやら悪意はないらしいことだけはなんとなくわかった。


「まあ、そのなんだ、お前の瞳に免じて悪いようにはしない。だから……」

「……わかった」

「話が早くて助かる。短い間だがよろしく……っと、そうだった」


 手を差し出し、少女の両腕が動けないのを見て、カネトリは手錠を外した。

 少女の手を前に持っていき、そこで両の手枷の間に少しゆとりができるように調節して再び手錠をかけた。


「これできつくないだろ? あのままだと歩くのに不便だからな」

「でも、これじゃ……」

「抵抗しようと思えば、抵抗できる。……これがどういう意味か、わかるか?」

「……わかんない」

「俺は商人だ。相手を信用しないことには始まらない。……つまるところ、この手錠は俺との契約ってわけだ。破りたければ、破ってもいいぞ。まあ、おすすめはしないが」

カネトリはコートを上げて腰のホルスターを見せた。それからシルクの白い手袋を脱いで、少女に素手を差し出す。


「よろしくな、〈黒犬ブラック・ドッグ〉」

「えっ……」


 あまりに自然に差し出された手をじっと見て、少女は虚を突かれたようだった。カネトリはそのまま手を伸ばして、人ならざる少女の手を取る。


「握手だよ。俺の正体を知った以上、そこらのまとも・・・な亜人差別主義者を装っても仕方ないだろ?」

「……うん」


 少女は口もとを緩めて頷いて、武器商人のごつごつした手を握り返した。



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