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【第27回電撃大賞:最終候補作品】UNDERSHAFT ~史上最強の武器商人と呼ばれたケモナー、あるいは歴史の改変と世紀末の大英帝国についての楽しく有益な小著~  作者: 上地王植琉
Chapter. Ⅳ アンダーシャフトの娘(第二部:ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ディキシーランド)
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Phase.8 マキシム邸





     8




 一行はヴィクトリア駅まで行かず、途中のストリーサム・ヒル鉄道駅で降りた。

 ストリーサムはロンドンの南部、ランベス自治区とワンズワース自治区に跨るように広がるシティ郊外の住宅地だ。

 『街道沿いの集落(ストリーサム)』という名が示す通り、もともとは森と牧場が広がる近郊の田舎に過ぎなかったが、最近では地下鉄などが開通したことにより、シティ周辺部の開発が一層進んでいる。

 駅前で客待ちしていた四人乗り馬車(ランドー)に乗り込み、立派な門構えと広い庭を持つ豪邸ばかりが並ぶ高級住宅地の通りを進んでいく。


「貴族や資本家の家ばかりだな……。今から誰の屋敷に行くんだ?」

「マキシム卿よ。あんたの主力製品の生みの親、ハイラム・スティーブンス・マキシム」

「えっ、マキシム社の実験場はベクスリーにあるんじゃなかったっけ? 〈M1フライング・マシーン〉とかのプロペラ機はボールドウィンズ公園から飛ばしているって聞いたが……」

「家族がプロペラの音がうるさいって言うから新しく引っ越したみたいよ。ま、金は腐るほどあるでしょうしね」

「ハイラム・マキシムか」


 全自動式機関銃マキシム・ガンの生みの親にして、世界初の有人飛行に成功した飛行王。

 生まれこそアメリカの田舎だが、英国に帰化して成功を収めてからはヴィクトリア女王から直々に騎士ナイトの称号を贈られ、貴族の仲間入りを果たした。

 現在では機関銃の開発からは引退して、飛行船に代わる航空機の開発に取り組んでいるが、それでも〈銃後のお茶会フロック・ティーパーティー〉の重要な取引先であることには変わりない。


「……本当にリジルも連れていっていいのか?」

「もちろんよ。貴族には亜人嫌いの人もいるかもしれないけど、私もお母様も亜人差別主義者なんかじゃないもの。使用人にも一人、亜人がいるしね」

「お前はそれでいいかもしれないが……」

「――それに」


 バーバラはカネトリの言葉を遮り、手袋を脱いでリジルに手を差し出した。


「リジルちゃん、私たちはもうお友達でしょ?」

「…………」


 一瞬の躊躇の後、半獣人ハーフの少女は相手にまったくの敵意がないことに気づいた。

 小さく頷き、同じように手袋を脱いで応じる。おずおずと差し出したその手を、バーバラはぎゅっと握り返した。


「力強い手ね……本当に獣人の血が混じってるのね」

「嫌じゃないの?」

「まさか! 身体が毛皮に覆われてるだけで、どうしてそんなにひどく言われないといけないのかって小さい時から思ってたわ。尻尾とか耳とか、正直かわいいと思うしね」

「ありがとう……バーバラ、さん」

「バーバラでいいわ。それに心配しないでも大丈夫よ。もし何か言われたら、あたしが全力で守ってあげるから! このバーバラ・アンダーシャフトに任せなさい!」

「うん。……ありがとう、バーバラ」


 打ち解けた様子の彼女たちを見て、カネトリはほっと安堵のため息を吐いた。

 バーバラは気性こそ荒いものの、元来、素直で思いやりのある少女だ。これまで彼女が引き起こすトラブルはほとんど己の正義感から来るもので、常に誰かのために前線に立って、敵(と彼女が認識した者)が誰であるかもお構いなしに果敢に立ち向かってきた。

 戦場で流れ弾を食らうのは隣にいるカネトリだったので、それはそれで大問題であるのだが、今の態度を見るにリジルとは仲良くやれるだろう。


「ひとまず一段落、って感じかな?」

「……ああ。ひとまずはな」


 そっと耳打ちする白カラスに、カネトリは小さく頷いた。

 やがて馬車は開け放たれた門をくぐり、燕尾服テールコートとイブニング・ドレスを着た招待客で溢れる屋敷の前で停まった。玄関前の広い馬車留めには他にも何台かの馬車が停まっていて、丁度、二人の淑女が連れだって降りるところだった。

 それを見て、バーバラは手を振って二人に駆け寄る。


「セーラ! ベッキー! 久しぶりね、あなたたちも来てたの!?」


 黒髪をリボンで束ねた少女は、バーバラを見てニコリと笑った。


「ええ。|クソったれのミンチン女学院ブラッディ・ボーディングスクール以来からしら。あなたのお父さんの商売ビズが繁盛しているようで何よりだわ」

「セーラったら……。口の悪さは相変わらずね……」


 その言葉が痛烈な皮肉であることに気づき、バーバラは苦笑した。

 間髪入れず、もう一人のそばかすの少女が落ち着きなく応じる。


「ねぇねぇねぇ! それより聞いてよ、バーバラ! 今日ね、私たちオリバー・ツイスト様の婦人経営セミナーにいってきたの!」

「オリバー・ツイストって孤児から成り上がったっていう、あの?」

「そうよ! ああ、オリバー様! イケメンだしね! 今、若い娘の間ですごい人気なのよ。ほら、これ! 出版されたばかりの彼の自伝本! 『孤児オリバー、その不屈の人生』!」

「へ、へぇ、知らなかった……。セーラがオリバーに興味があるのも少し意外だったわ」

「まあね。最初はベッキーの付き添いだったんだけど、彼とは少し境遇が似てる気がしてね。ほら、私たちも孤児みたいなものでしょう……」


 二人と一羽は談笑する三人の傍らに立ち、手持ち無沙汰で話を聞いていた。


「オリバー・ツイストだってさ。……カネトリ、知ってる?」

「有名人だし、少しはな」


 実業界にいて、その名を知らぬ者はまずいない。カネトリもイブニング・スタンダード紙に連載されていた彼の自伝記事を読んだことはある。

 救貧院で生まれ育つも、教区吏のいじめに耐えかねて十歳で逃げ出す。ロンドンを放浪し、一度は窃盗団に取り込まれるも、周りの手助けを受けて改心。親切な紳士に引き取られて教育を施された後は、トップハム・ハット卿などとともにソドー島の鉄道敷設事業で財を成すなど、その数奇な人生と甘いマスクも相まって、やり手の若手実業家として注目を集めている。


「……まあ、兵器産業に手を出すならともかく、俺たちには一生縁のない奴だ」

「ギルドがあるから新規参入も厳しいしね」

「…………。……カネトリ、私たちは?」

「今は待とう。バーバラがいないと入れん」


 そんな二人と一羽の視線に気づいたのか、バーバラははっと気づいて会話を打ち切った。


「あっ、えと……あたし、連れを待たせるからいくわ。またね!」

「えー、もういっちゃうの?」

「うん。ごめん!」

「相変わらず慌ただしい女だこと……」


 バーバラの旧友、セーラ・クルーはため息交じりにその背中を見送った。


「……紹介しなくていいのか?」

「いいから、さっさといくわよ!」


 バーバラはぐいぐいとカネトリたちの背中を押してマキシム邸の玄関ホールをくぐった。

 すぐに入口で待機していたお仕着せ姿の従僕フットマンが来て、招待リストを参照してハンド・ベルを鳴らして来客を告げる。



「スティーブニッジ伯爵家御令嬢、バーバラ・アンダーシャフト様!」



「……あたし、この仰々しい肩書き嫌い」

「だろうな」


 『アンダーシャフト』の名を耳にし、その場の何人かがこちらに振り向いて視線を向けるが、三人と一羽は構わず奥の部屋に進んでいった。


「リジルちゃんは社交界って初めてよね? もしかして緊張してる?」

「少し……」

「大丈夫よ。だから堂々としてなさい」

「身につけた容認発言クイーンズ・イングリッシュが役立つ時がきたな」


 一行は大広間の隅を陣取り、各界の名士や貴族たちが行き交う様を眺めることにした。

 しばらくその状態で時間を潰していると、相手のほうからこちらを見つけたらしく、もじゃもじゃの白ひげを蓄え、大きな腹をした老人が手を振ってやってきた。


「やあやあ、君には見覚えがあるぞ。ギルドの武器商人だったね。そのトレードマークの白い鳥は一度見たら忘れんよ。えーっと……」

「カネトリです。ヴィッガース社の代理人として、主に南アフリカを担当しております」


 姿勢を正して会釈するカネトリを手で制して、マキシム卿はにこやかにその肩を叩いた。


「おお、トランスヴァールでの実戦投入の話は聞いているぞ。かなり売れたそうで嬉しいよ。わしにも君のようなセールスマンがいれば、ここまで苦労しなかっただろうに……」

「光栄です」


 マキシム銃は軍事革新をもたらした大発明なのだが、今のところは植民地や少数の遠征部隊で運用されているに過ぎない。理由は本体の故障が多く、武器としての信頼に欠けるからだとでたらめを言われているが、その実態は軍内部に巣食う保守派層の反対によるものだ。

 マキシム卿もアメリカ本国では弾の無駄だと評価されず、英国に移民して植民地向けに有効性をアピールすることでようやく販路を手に入れることができた。


「もうすぐ新世紀を迎えるというのに、機関銃の評価はまちまちだ。わしは常々、軍部に機関銃部隊の創設を訴えてきたが、これが回答だ」


 マキシム卿がため息交じりに差し出した手紙を受け取り、武器商人はさっと目を通した。


「えっと……『この度の提案ですが、残念ながら陸軍における機関銃部隊の創設は見送ることになりました。植民地などのごく一部の領域においては、機関銃が現地部隊によって有効的に活用され、守備が強化されたのは事実でありますが、そのために攻撃と守備のあいだに急激な変化がもたらされたのは事実ではない、というのが、軍部の回答であります。そもそもの話、戦争とは銃剣を振りかざして敵陣に突っ込み、日々の鍛錬で鍛え上げられた兵士たちの勇敢なる肉弾戦において勝敗が決するものである以上、そこから外れた考えは誠に騎士道精神に反する、非人間的な行いであることが』……」


 そこまで読んでカネトリははたと口を噤んだ。マキシム卿が呆れるのも納得だ。

 ある程度は予想できたとは言え、あまりにも酷い見解だった。

 新兵器が開発され、アフリカでの戦闘がどれだけ凄惨なものになろうとも、それはあくまで未開の蛮族に対する文明の英知である、というのが軍の考えだ。

 しかし、その一方で、それは文明国において行われる紳士的な(・・・・)戦争においては、まず使われるはずがないという矛盾を抱えている。


「これからも新兵器は次々と開発されるだろうが、連中は使い方がわかっていないと見える。騎士道! 騎兵隊に戦列歩兵! 一斉突撃! 軍部の石頭どもが未だに戦争がそのようなものだと考えている以上、『風に向かって説教』とはまさにこのことだろう。このままでは、いずれ悲惨な結果がもたらされる。それは歴史が証明しているというのに……」

「……『|我々が歴史から学べることは、《ウィ・ラーン・オウスツ・ダー・ゲヒシュツタ》|人間は歴史から決して学ばないということだ《・ダス・ウィ・ウンダープト・ニヒツ・ラーン》』」


 カネトリはドイツ語で言った。

 それを聞いて、マキシム卿はにやりと笑って頷く。


「ヘーゲルかね。……いかにも。無知は罪だ。英国はこれから多くの代償を支払うことになるだろうが、その前に第二次南北戦争だ。どちらが勝つにせよ、この戦争は機関銃の戦術利用のいいテストケースになるだろう」

「ええ。実際、南部連合国ディキシーランドからは大量の注文が入っています。北部合衆国ステイツもなんらかの対抗策を講じるでしょう」

「それはよかった。いずれにせよ、我々は顧客に対して誠実であるべきだ。ボーア人にせよ、英国軍にせよ、マキシム銃は向かうところ敵なしだ。ある者はこう言ったそうだね。『何が起ころうとも、我々にはマキシム銃がある。だが、奴らにはない』と。これだけの機関銃があれば戦う気など失せ、南アフリカが平和になる日も近いのではないか?」

「確かに」


 黒人や獣人たちの屍の上に築かれる身勝手な平和だ。

 冗談交じりとわかっているからこそ、カネトリはその嫌悪感を努めて顔に出さず、肩を竦めて応じてみせる。


「……っ!」


 その時、少女の獣耳が帽子の下でピクリと動いた。

 ただならぬ気配を感じ、リジルは部屋の扉に向き直り、咄嗟に腰からナイフを抜いて身構えようとするものの、そこに本来あるはずの武器はなかった。息を呑み、カネトリの隣でただ状況を見守ることしかできない。

 直後、カランカランとベルが鳴らされ、緊張した面持ちのフットマンが客の到着を告げる。



「――す、スティーブニッジ伯爵家当主、アンドリュー・アンダーシャフト様!」



 その瞬間、これまでざわざわとした話し声で溢れていた客間から一斉に音が途絶えた。

 静まり返った部屋にカツン、カツンと靴音を響かせながら、ゆっくりとした足取りで長身の男が入ってくる。一見すると穏やかな初老の男だが、その顔は用心深く自信に満ち溢れていて、どこか狡猾な蛇を思わせた。

 ヴィッガース、アームストロング、ジョン・ブラウンなどに次いでギルドの中核を担う大企業の一つ、アンダーシャフト社を率い、戦時公債の発行などで銀行や政治家を言いなりにし、『死と破壊の大商人』の名で畏れられている人物。

 カネトリがもっとも恐れるのは、すべてを見透かすようなその静かな翠の瞳だ。

 男の視線は部屋の中をさまよい、そして隅に固まっている白カラス連れの武器商人を捉えた。


「やあ、ハイラム・マキシム卿。本日はお招き感謝する。それと久しぶりだな、ワイゲルト。……愛する我が息子よ」

「あなたの息子はスティーブン義兄さんですよ」

「むっ、ああ、そうだったかな。だが、あれには見込みがないのでね」


 アンドリュー・アンダーシャフトはそう言って肩を竦めると、カネトリの隣に立つ少女に目を向けた。


「警戒しなくてもいい。……人間に似ているが、違うな。獣人かね?」

「っ……」

「警戒しなくてもいいと言っただろう。別に追い出したりはしない。……不思議なものだな、亜人というものは。人間に似た者も生まれるのだからな?」

「…………」


 アンダーシャフトに意味ありげな視線を向けられ、カネトリは思わず視線を逸らした。


「ん、アンダーシャフト卿、獣人というのは一体……」

「――お父様!」


 眉をひそめるマキシム卿の言葉を遮り、リジルを庇うようにバーバラが立ちはだかる。


「私のことは無視かしら?」

「いやいや、そんなことはないぞ。我が娘よ(マイ・ディア)


 アンダーシャフトはバーバラの腕を取り、その手の甲にそっと口づけをした。


「最後に会ったのがいつだったかは忘れたが、随分と大きくなったものだ。私は嬉しいぞ、バーバラ。すっかり立派な淑女レディになったものだな」

「ええ、おかげさまでね。お父様、たまにはお家に……」


 その言葉を手で制し、アンダーシャフトは続ける。


「――そう言えば、もう結婚はしたのかね?」

「…………」


 むすっと口を閉じる愛娘に対し、父親はいたずらっぽい笑みを浮かべて見せる。

 カネトリは冷や汗をかいた。初っ端から完全に意図した問いだった。バーバラの抱えている地雷を見抜き、わざと踏み抜いたのだ。


「……まだですけど、お父様には関係ありません」

「関係ないことはないはずだが、我が娘よ(マイ・ディア)。私の記憶が正しければ、もういい歳だろう。そろそろ相手を捕まえないと、行き遅れ(オールドミス)になってしまうぞ」

「そんなこと……っ!」

「ま、まあまあ、そのぐらいで!」


 ここで下手に注目を集めるのは避けたい。カネトリは不穏な空気が漂うのを敏感に察知し、ぎゅっと拳を握って言い返そうとする幼馴染を手で制して、その間に割って入った。

 口もとに微笑を浮かべたまま、死と破壊の大商人は端的に指摘する。


「そう言える立場かね? 君も当事者だと思うが……」

「うっ……」

「…………」


 バーバラにじろりと睨まれ、カネトリはたじろいだ。


「…………」

「…………」

「…………」


 沈黙。言葉は続かず、客間からすべての会話が損なわれた。周りの招待客も何事かと固唾を呑んで様子を伺っている。

 数多の視線が突き刺さるのを感じつつ、カネトリは頼みの綱である夜会の主催者に向き直り、無理やり提案した。


「さ、さあ、せっかくの夜会です。気を取り直して、マキシム卿。ゲストもほとんど揃ったようですし、晩餐にしませんか?」

「う、うむ……。時間には少し早いが、まあいいだろう。どうだね、アンダーシャフト卿?」

「それは名案だ。ちょうど、腹が減ったところでね」


 マキシム卿の問いに、アンダーシャフトは飄々と応じて踵を返した。




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