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【第27回電撃大賞:最終候補作品】UNDERSHAFT ~史上最強の武器商人と呼ばれたケモナー、あるいは歴史の改変と世紀末の大英帝国についての楽しく有益な小著~  作者: 上地王植琉
Chapter. Ⅳ アンダーシャフトの娘(第二部:ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ディキシーランド)
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Phase.6 演説と邂逅




     6




 クリスタル・パレスの中庭には変わり者で有名な古生物学者、ジョージ・エドワード・チャレンジャー教授自身の手によって機関エンジンシミュレーションされた恐竜のジオラマが設置されていた。

 一番の目玉である大迫力の肉食恐竜、アロサウルスなどを見物して再び館内に戻ってくると、中央の袖廊トランセプトの辺りに人だかりができていた。

 普段、毎週土曜日の午後になると四千人規模のクラシック・コンサートが催される舞台上には、向かい合うように二つの演台が置かれている。


「カネトリ、あれは……?」

「ああ。何かの講演会だな。議題は……」


 その時、拍手で迎えられた登壇者に見覚えがあり、カネトリはピタリと足を止めた。


「ブリトマート夫人……」

「カネトリ、どうしたの?」

「…………。……リジル、ちょっと見ていってもいいか?」

「うん」


 二人と一羽は人混みから少し離れた位置に陣取った。

 檀上に上がったのは、葬式のような黒いドレスを着けた五十代そこらの初老の婦人だった。典型的な上流階級の女性といった具合で、そのたたずまいには自らの自信が現れている。


「お集まりいただいた、紳士淑女のみなさん! 並びに、この場を設けてくれた第五代グレーストーク卿ジョン・クレイトン三世、女性参政権協会全国連盟のみなさま、遥々エルフ連邦から応援に駆けつけて下さったジェニー・エリノア・マルクス、そしていつも私を支えてくれる親友のウィニフレッド・バンクス婦人に感謝を捧げます。私は英国武器規制委員会のブリトマート・アンダーシャフト! スティーブニッジ伯の娘であり、『|死と破壊の大商人《デス・アンド・デストラクション・ディーラー》』――アンドリュー・アンダーシャフトの妻であります!」


 カネトリの大恩人にして、師であるアンドリュー・アンダーシャフトの名を知らぬ者など、ロンドンには存在しない。

 ブリトマート夫人が悪名高いその名を口にした瞬間、群衆から割れんばかりの拍手と冷やかしのブーイングが巻き起こった。


「この場にも、妻であれば、夫の仕事に口を出すなという方もいるでしょう……ナンセンス! まったくもって、ナンセンス! 私が行動するのは、自らの良心と、信仰心、そして何より、女性の発言権を拡大させるために他なりません! 私がこの場で主張したいことはただ一つ、 アフリカの植民地における武器輸出規制の強化です!」

「……っ」


 その単語を聞いて、カネトリはいち武器商人として顔を上げた。一言も聞き漏らすまいと、演説に集中する。


「みなさまは奴隷貿易がいかに下劣で人道に反したものであるかはご存知の通りかと思います。しかし、その奴隷貿易を裏で支えていたのが、じつは武器貿易であったことをご存知の方は少ないでしょう。アフリカで奴隷狩りをするのは野蛮なアフリカ人ですが、それに必要な武器を渡しているのは我々なのです。九十年に締結されたブリュッセル協定では亜人も含めたすべての奴隷貿易が禁止され、現在では少数の密輸を除いて奴隷貿易はアフリカから根絶されました。これは我々がアフリカにもたらした、植民地政策の素晴らしい恩恵であります!」


「恩恵だってさ。武器を憎むくせに、帝国主義自体は否定しないんだねぇ」

「あの人は英国人で、上流階級だからな。良くも悪くも」


 肩の上の白カラスが小声で告げる皮肉を、カネトリは苦笑して頷いた。


「……ドイツとベルギーが主導したこの国際協定では、アフリカにおける武器取引の規制も含まれていましたが……ナンセンス! みなさんもご存知の〈銃後のお茶会フロック・ティーパーティー〉の息のかかった一部の議員の反対によって抜け穴だらけの無意味なものになってしまいました……。自衛目的の武器の取引を規制することはできないという、そのような理由で! あのセシル・ローズが、領土拡張の野心に囚われた欲深い帝国主義者が、ボーア人の土地に侵攻したのも、この武器貿易に支えられてのことであります。まあ、彼は失脚してただのデブ男(ファット・マン)になったわけですが」


 おどけるように肩を竦めて見せる婦人に、群衆から笑い声が生まれた。

 それは去年の年末に前ケープ植民地首相、セシル・ローズが引き起こしたクーデター未遂事件だ。

 八六年にヨハネスブルグ近郊のウィットウォーターズランドで金鉱脈が発見されると、ローズはトランスヴァール共和国の併合を目論むようになり、約六百人の私兵団パイオニアコラムをもって領内に侵攻する。しかし、事前に計画を掴んでいたボーア人の義勇兵たちに捕らえられ、蜂起は失敗。


 これには英国本土でも批判の声が高まり、ローズは首相を辞任。


 以後、英国の領土拡張の野心を警戒したボーア人と英国政府との間で緊張が生じたまま今に至る。以前、カネトリがトランスヴァール共和国に機関銃を売り込むのに成功したのも、この事件のおかげでボーア人たちが軍備拡張に動いていたためだ。


「武器は人間の精神を荒廃させます! アフリカを分割する列強諸国間の摩擦を回避するためにも武器は厳格に規制する必要があるでしょう。それどころか、この状態が続けば、近い将来、アフリカ諸国が真の文明を手に入れて独立した後も部族闘争や内戦が続くことは予想に難しくありません! 我々は人道に乗っ取り、銃規制ガン・コントロールを徹底し……」

「……無駄だ」


 ブリトマート夫人の力のこもった演説に対し、カネトリは首を振ってそう呟いた。


「どうして?」

「武器ってのは、絶対になくらないようにできているんだ。……ブリュッセル協定が制定されてから、アラブ人商人による奴隷貿易が撲滅されたのは確かだ。ただ、武器の密輸に歯止めはかからなかった。どうしてか? 列強諸国のアフリカ分割が、新しい武器市場の拡大をもたらしたからだ。砂糖に蟻が引きつけられるように、人間は武器に引きつけられる。そこに需要がある限り、武器は流れ続ける。分かりやすく言うと、政府の帝国主義が武器商人おれたちを必要としているのさ」

「……?」

「ちゃんと説明してあげたら?」

「そうだな」


 白カラスの言葉に武器商人は頷き、少し考えて少女に向き直った。


「武器がよく売れるのは、じつは戦争が起きる前の準備期間なんだ。敵対する者同士が互いを脅威に感じて軍拡する段階だな。アフリカ分割では列強諸国の国境線が隣り合うことになった。当然、そこにはあらゆる摩擦が生まれる。例えば、先のエチオピア戦争……エチオピア帝国と新生ローマ帝国との戦いだ。フランスとイタリアについて前に教えたよな?」

「うん。覚えてる。グレート・ブリテン島の隣にある六角形ヘキサゴンの国がフランスで、イタリアはその下にある長靴みたいな国」

「そうだ。アフリカの植民地の位置は?」

「フランスが西側をほとんどとマダガスカル島、イタリアがエジプトの隣と東側の少し……」

「エリトリアとソマリランドだ。いいぞ、よく勉強してるな。元々、イタリアとフランスはチュニジアとか北アフリカの利権をめぐって争っていた。だけど、先に西アフリカのほとんどを手に入れたのはフランスだった。イタリア政府は東アフリカに方針を転換して、エチオピアを手に入れようとしたが、ライバルのフランスからすれば目障りだ。だからイタリアに対抗してエチオピア側を支援することしたんだ。フランス領ジブチを通して最新の武器を輸出したり、近代国家に欠かせない解析機関を提供したりしてな」

「同じヨーロッパの国同士なのに?」

「関係ないさ。すべては利害関係なんだ。つけ加えると、武器の製造業者や武器を売り捌く商人にとっては敵も味方もない。ただ顧客があるだけだ。だから俺は英国に敵対するボーア人に機関銃を売ったし、この前はアイルランド人の独立派にライフルと弾薬を渡した」


 カネトリは少し小声になって、続ける。


「自由だの人道だの聞こえはいいが、結局は経済がすべてだ。現代社会に奴隷は必要ないから廃止されたが、武器は必要不可欠だ。おそらく、これからもな。列強がアフリカ分割を続けている時点で、そこから武器を取り除くことは不可能だ」

「じゃあ、あの人が言ってることは……嘘なの?」

「嘘じゃないが、聞こえのいい理想論だ。仮に英国が武器の輸出を規制したとしても、他国、例えばドイツとかに市場を奪われるだけだ。世界から武器がなくなることは絶対にない。それがわかっているからこそ、政治家もギルドには口を出さない。いや、出せない(・・・・)と言うべきかな。仮にもこれまで自由貿易を推進してきた国だ。自由貿易の果てに生み出された『怪物』の手綱を握るなんてのは……」


 カネトリはふと口を閉ざし、「それにしても」と独り言ちた。


「英国武器規制委員会か。ご大層な名前だが、一体、誰がそんな組織を立ち上げたんだろうな。アンダーシャフトさんに対するあてつけなのか……。まさか、バーバラが……」

「――あたしじゃないわ。ミルヴァートンって人よ。チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン伯爵、だったかしら?」

「知らないな」


 そう咄嗟に返事をして、カネトリはギクリと振り返った。


「その声は……バーバラ!」

「カネトリ、クロー、久しぶりね。……ところで、その女、誰?」


 お世話になったアンダーシャフト家の長女であり、幼少の頃からともに育ってきた幼馴染の少女――バーバラ・アンダーシャフトが冷ややかな目を向けて立っていた。





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