Phase.5 違和感
5
リジルはガイド役のカネトリの解説を聞きながら、クリスタル・パレスを見物して回った。
古代エジプトからルネサンスまでの美術や建築物を紹介するブースや古今東西の工業製品が展示されたブース。ドードーやモア、マンモスといった絶滅動物の剥製が蒸気仕掛けの生命と再現された当時の環境を与えられ、行動展示されているコーナー。アフリカの奥地に生息する象よりも大きいトカゲのような動物、竜獣の背中に乗る体験コーナーなど。
クリスタル・パレスは途方もない大きさで、これだけ見て回っても、見学する場所は一向に尽きなかった。
その内、カネトリも歩き疲れたのか、少し息切れするようになった。
「ちょっと喋り過ぎたな。病み上がりだしな……リジル、ちょっと休むか」
「うん」
一行は軽食を取って一休みすることにし、クローのお目当てのキャラメル・ポップコーンを売っている南洋区画に向かった。
ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世が、その居城として改装を行うと宣言した新無憂宮を紹介するパネル展示、最新のドイツ製蒸気機関の模型が並ぶ一角を通り過ぎると、急にそれまでの雰囲気が一転し、二人と一羽は鬱蒼とした森に足を踏み入れていた。
文明社会から一転し、熱帯雨林の濃緑のただ中へ。色鮮やかな花々が狂ったように咲き乱れ、これまた極彩色の鳥たちが鳴き声を交わして頭上を飛び交う。
「クロー、こいつらの歌声はどうだ?」
「まあまあかな。嫌いじゃないよ」
「手厳しい評価だな。……おっと、気をつけろ」
カネトリは少女が滑らないように手を貸しながら、砂利と泥でぬかるむ歩道を進んでいく。
やがて二人と一羽は、木漏れ日がちょうどいい具合に当たっている空間に出た。
木立の中に忘れられたように置かれている噴水に腰かけて一休みしようとして、カネトリは相棒の要求を果たすためにポップコーン売り場に歩いていった。
「リジル、デートは楽しい?」
「うん。色々あって目が回るけど……まるで旅行してるみたい」
「本当にね! あのフィリアス・フォッグですら世界一周には八十日もかかったけど、クリスタル・パレスなら一日で済むね」
「うん……」
リジルは頷き、シルクの手袋に目をやった。先程までそこに握られていた温もりを思い出すようにぎゅっと手を丸める。
「クロー、ここはいいところだね」
「イベントがある日はもっとすごいよ。定期的なクラシック・コンサートに英国最高レートの解像度と更新速度で描かれる高精細度キノトロープ・ショー、夏場には大掛かりな花火大会だってあるし……」
「ううん。そんなことじゃない」
リジルは首を振って、白カラスの羽毛をぎゅっと抱き締めた。
「クローとカネトリと、こうしてのんびりお話ができるから。武器も持たずに……」
「武器も持たずに、か。確かに、たまにはそんな日があってもいいね。カネトリだって休日ぐらいは自分の商売から離れたいだろうし」
「…………」
今、この時だけは腰のホルスターにかかっているいつもの重さを忘れられるような気がした。たとえ武器からは逃れられない運命だとしても。
しばらくするとカネトリがポップコーンの紙袋を持って戻ってきた。
「ほらよ」
「わーい!」
白カラスがポップコーンの山に首を突っ込んでガサゴソと食い漁る中、リジルは噴水の側に杭で打たれた立て看板に目を止めた。王冠を模したクリスタル・パレスの掲示許可印とともに、疾走する馬たちが描かれたタブロイド判のポスターが貼られている。
「あれは?」
「ああ。ロイアル・アスコット大会のお知らせだな。そうか、あれからもう一か月も経つのか……」
カネトリは思い出す。それは少女と初めて遭遇し、彼女を〈マスター〉の前に連れて行った時に、咄嗟に出てきた条件であった。
『現時点では、確かに発音だって下町訛りで人前には出せませんが、半年……いや、獣人が人間より耳がいいのを考えると、この一か月でクイーンズ・イングリッシュに矯正してみせますよ! 六月のロイアル・アスコット大会までには、必ず!』
カネトリは少女を信じて投資し、そして上司との賭けに勝った。
途中、カードの流出をめぐる事件に巻き込まれはしたものの、少女はヒギンズ教授の指導を受け、見事に言葉をクイーンズ・イングリッシュに矯正して見せた。出会った当時に比べれば、今の発音は天と地ほどの差もある。
「リジル、さっきはありがとうと言われたが……それを言うのは、俺のほうだ。お前はよくやってくれたよ。頑張ったな」
「……うん」
カネトリは淑女の耳を隠す帽子をそっと外して、その頭を優しく撫でた。
その途端、毛皮に覆われた獣耳がピクリと動き、少女のスカートの中から、ばさばさと布の擦れる微かな音がした。彼女の尻尾が喜びに動く気配を敏感に察知し、毛だらけ男のわしゃわしゃと猛烈に撫でまわしたい欲を刺激する。
悪い癖だ。彼女は俺の犬ではないというのに。そう内省しつつ、うずうずと痙攣したように動く指を、もう片方の理性の手が掴んで押しとどめる。
「うぐぐっ……」
「カネトリ……?」
うんうんと唸る隣の男を、リジルは心配そうに覗き込んだ。
「どーせ、いつもの発作でしょ」
昼食をあっという間に食い尽くした白カラスが、げぷっと膨れた腹を摩りながら言った。
「――り、リジル!」
「はい!」
カネトリは叫び、リジルはぴんと背を伸ばした。
一羽がやれやれと肩を竦めて見守る中、二人は身じろぎせずにじっと見つめ合うが、そこでふいにカネトリの瞳に迷いの色が生じた。数秒置いて、そっと目を逸らす。
「や、やっぱり、なんでもない……」
「えっ?」
「よし、休憩終わり! さ、さあ、気を取り直して次行くぞ!」
さっと立ち上がる男にリジルは違和感を覚えるが、何も言わずにそのまま立ち上がって後に続いた。
これに驚いたのは、むしろ相棒の白カラスだった。
「そんな、飛びついて撫でまわしてすーはーしないなんて……。変態じゃないカネトリなんて……カネトリじゃないよ! 一体、どうしちゃったのさ!? これは異常事態だよ! 明日には戦争でも起きるんじゃない!?」
「うるせー! そんなんで戦争が起きれば誰も苦労しねーよ!」
それはそれでどうなんだろうと、リジルは口に出さずに苦笑した。
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