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Prologue.2 1896年の空



「シグ……。寒いよ、シグ……」


 捨てられた子犬パピィはそう何度も呟いた。

 ガス灯の薄明かりの下、激しい吹雪が吹きつける。薄く降り積もった氷雪に足跡を残しながら、外套をはためかせて歩き去っていく男を必死に追うが、距離は一向に近づかず、たばこと硝煙のにおいは少しずつ遠くなっていく。


「シグッ!」


 幼い女の子は手を伸ばし、そこで〈黒犬ブラック・ドッグ〉ははっと目覚めた。

 窓の外ではビッグ・ベンが深夜を告げている。夜空に反響する鐘の音が意識を緩やかに覚醒させ、屋根裏のベッドに身を縮めていた少女は、あくび交じりにまぶたを擦った。


「…………」


 夢から覚めると記憶は次第に遠くなっていった。腰のホルスターに手を伸ばし、男が残してくれた一挺のリボルバーを抜く。

 M1892ナガン・リボルバー。ズシリと重い無骨な鉄の商売道具。シリンダーの中に装填された七発の弾丸が少女の現実であり、同時に新しい一日の始まりを告げてくれる。


「んっ……」


 少女はリボルバーを大事そうに胸に抱えたまま、カーテンを引いて三角窓を開いた。

 夜風とともに灯台のような探知光サーチライトが飛び込んでは部屋の壁をなぞって去っていく。窓辺に腰かけてシティの向こう側に広がる高層建築群を眺めると、西のウェストミンスター地区に解析機関エンジンの開発や販売で知られるバベッジ社が所有するバベッジ・タワーが見えた。

 俗に『ウェストミンスター灯台』と称される巨大な塔の周りには、夜間灯火に警告を受けた無数の郵便飛行船が浮遊し、ハイド・パークの側にあるヴィクトリア発着場への着陸を今か今かと待ちわびている。


 もう何度眺めたかもわからない、ロンドンの夜景。


 少女はこの光景が好きだった。少なくともあの場所には働いている人たちが大勢いて、その事実だけでも自分が孤独ではないと錯覚できる。



「……おはよう、ロンドン」



少女は星一つ見えない帝都の夜空にそう言って、机の上から黄燐マッチルーシファの古びた箱から一本取り、石壁に擦って火を点した。



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