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Phase.19 ずーっとモフられ続けるのだ




     19




「……どうしたんだ、リジル?」

「ううん、別に……」


 カネトリが目覚めた時、部屋の隅に立つ少女はどことなく落ち込んでいるように見えた。

 その問いに、少女は笑みを浮かべ、首を振って否定しようとするが、ペタンと伏せたままの獣の耳が何よりの証拠だった。先ほどまで泣いていたらしく、鼻は微かに赤らみ、どことなく目が腫れぼったくなっている。

 それから、しばらくの沈黙があった。

 カネトリはじっと見つめていたが、やがてリジルをベッドに座らせ、隣に腰かける。


「泣いてたようだけど……なにかあったのか?」

「……うん。少し……」

「…………。あー、よければ……」

「大丈夫……」

「……いや、俺が大丈夫じゃない」

「きゃっ!」


 カネトリはそう言うと、その華奢な身体を胸に引き寄せてベッドに倒れた。離れようと軽くもがこうとする少女にじゃれつくようにぎゅっと力を込め、その瞳を間近で見つめる。

 やがて少女は抵抗を諦め、その胸の上でぎゅっとシャツを握った。


「……離してレット・ミー・ゴー

ダメだノンわけを話してくれテル・ミー・ワイ

「……言えない」

「じゃあ、離さない。お前は毛だらけ男ファーリー・ジェントルマンの腕の中でずーっとモフられ・・・・続けるのだ!」


 カネトリは少女の背中に手を回し、布越しにその毛並みに優しく触れる。一定のテンポで、じわりと手の熱を伝えるように撫でていく。

 太股から臀部、尾てい骨の先に伸びている尻尾の先端に至るまで、指でツボを押すようにゆっくりとマッサージしていった。


「落ち着いたか? ……ダーウィンだったか、誰かの説によると、ホモ・サピエンスにも昔は尻尾があったらしい。それを退化で失うなんて、俺たちは惜しいことをした」

「……うん」


 その心地よさを感じて、少女はついうっとりと目を閉じてしまう。


「慣れたものだろう。興奮を高める愛撫だけじゃなく、リラックスさせることもできる。フェティシズムには色々あるが……撫でたり舐めたりのスキンシップを第一に考える獣人愛好家ファーリー・ジェントルマンは、もっとも相手に優しい人種だと俺は思う。文字通りの紳士ジェントルマンってやつだ」

「カネトリはジェントルマンには思えないけど……」


 そう言いつつも、武器商人の手が快くて微塵もいやらしく感じないのは、相手にほんの少しの下心もないからだとリジルは気づいていた。

 初めて会った時に耳を舐められたのも、それが相手の顔を舐めるという獣人の伝統的なスキンシップに乗っ取っていたことも理解している。

 獣人に対するカネトリの愛情。しかし、どこか歪ではある。

 だが、それでも悪意の中で生きている〈黒犬ブラック・ドッグ〉にとって誰かに身体を預けるという感覚は久しぶりだった。


「ははっ、そうか? これでも娼婦にはモテモテなんだが、俺もまだまだだな」

「…………」


 リジルは考えるように黙り、それからしばらくして口を開いた。


「……ねぇ、カネトリ。ホテルでのことは覚えてる?」

「……ああ」


 そこでカネトリは手を止め、少女から身体を離した。


「あれは……すまなかった。反省してる。時々、自分でも止められない衝動があって……」

「ううん。そうじゃないの。あの時、訊こうと思ったこと。カネトリは、どうして私に色々と教えてくれるの? どうして……優しくしてくれるの?」


 半獣人ハーフの少女は「その……」と言い淀み、それから意を決して続ける。


「それはカネトリが変態ファーリー・ジェントルマンで、あのキノトロープみたいなことをしたいから?」

「…………」

「もし、毛皮と尻尾があれば、私じゃなくても……」

「――それは、違う」


 カネトリは咄嗟にそう答えてから、何を言うべきかと頭を働かせるが、適切な言葉が一つも浮かんでこなかった。それならせめて正直に答えるのが礼儀だろうと、羞恥心を押し殺しつつポツリと呟くように言う。


「……いや、正直言うと、それもあるのかもしれない……お前は俺のドストライクだ。もう、今すぐにだって押し倒してしまいたいぐらいには、お前は魅力的だ」

「……っ」


 その言葉に銀と赤の瞳がはっと見開かれた。心なしか頬が赤く染まる。


「だけど、それだけじゃない。前にも言ったように、お前の目に惹かれたのは本当だ。強い意志のある、ケモノの目。合理的な理由じゃないのは重々承知だけど……」

「――カネトリ」


 リジルは言葉を遮り、その顔をじっと見つめた。


「ありがとう、カネトリ。出会ってまだ数日しか経ってないけど、二人がいい人たちだってわかったから……私……」

「お、おう……」


 そこで少女は俯いてしまい、再び静寂が訪れる。

 今度は長い沈黙だった。今になって気恥ずかしい想いがふつふつと湧き上がり、カネトリは話題を変えることにした。上着のポケットから懐中時計を出して時刻を確認する。


「十時か。そういや、昼間から何も食べてなかったな。夕食にしては少し遅いが、ラリー・オロークに言ってなにか食べるものを用意させよう。いるだろ?」

「うん……」

「よし。ちょっと待ってろ」


 カネトリはリジルの頭を軽く撫でて部屋を出た。

 伝えるべきか迷った末に、リジルは決意してベッドから立ち上がった。若干苦戦しながらもノートに書き置きを残し、ベッドの上で丸くなっている白い塊を揺すり起こす。


「……ねぇ、クロー。起きて。大変なの」

「とっくに起きてるよ。もっといい感じの雰囲気になるんじゃないかなーってさ、空気読んで寝たフリしてたの。……ほら、ボクはできるカラスだからさ?」


 それは一体どういう意味なのか判然としないまま、リジルは首を傾げて書いたばかりのメッセージを差し出した。


「これをカネトリに渡して欲しい」

「えっ? これって……」


 白カラスが文章とイラストを解読・・し終えた時には、すでに少女の姿はなかった。




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