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第6話 魔女の研究テーマ

「遠慮が無いとは思っていたが……それにしても無さ過ぎじゃねぇか?」


「あら? そうかしら?」


「いや……確かに『来られる日は来たい』という趣旨の発言はしてたが……。

あれから本当に連日のように訪ねて来るとはな……」


「ふふっ……おかげでこの屋敷の間取りも大体は把握できたわ。

これで、もう迷子にもなることもないし、面倒をかける心配も無いでしょう?」


「ククッ……そうだな。まぁ、それは確かに良い事か」


 驚いたことに、イザベラが住んでいるこの屋敷は、一応は貴族であるアイリスの

屋敷よりも広かった。


 更に、その構造もかなり特殊なものであり、特に普段は倉庫代わりに使っている

らしい、同じ扉が整然と等間隔に並んでいる区画では、慣れていない者が不用意に

歩き回ると、方向感覚を失ってすぐに迷ってしまいかねない。


 そして、そんな事とは知らないアイリスは、案の定、屋敷を訪れ始めて間もない

頃に、突然、胸に抱いていたロジャーをイザベラに手渡したかと思うと、『今から

かくれんぼをしましょう!』と告げて走り去り……そのまま見事に屋敷内を彷徨う

羽目になったのだ。


「アタシも屋敷内で遭遇する度に、いちいち抱きつかれるのも面倒だしな?」


「もうっ! それはきちんと謝ったでしょう?

それに、あれはイザベラだって悪かったのよ?

本気で探してくれていれば、きっともっと簡単に見つけられたでしょうに……」


 前触れも無く、突然に始まった『屋敷内かくれんぼ』。


 その時もイザベラはそれに仕方なく付き合ったのだが……。


 始まりが唐突過ぎたからか、はたまた、単純にそういう性格だったからか。


…如何せん、魔女――鬼役に全くやる気がなかった。


 そのため、急いで探すでもなく、のんびり歩きながら、散歩気分で屋内を巡った

結果……不安そうな瞳のアイリスを問題の区画で発見したのは、開始から2時間も

過ぎた後の事だったのだ。


 初めはうきうきとしながら探検隊気分で居たアイリスも、どちらを向いても似た

ような景色で、更には来た道を戻っているはずなのに、景色は一向に変わらないと

いう八方塞はっぽうふさがりな状況に、次第に不安の方が勝ってきてしまい……。


「ククッ……そうは言うが、流石にあの時はアタシも驚いたんだぞ?

廊下のど真ん中で立ち往生してるのを見つけたと思ったら、こちらを視認した瞬間

に、半泣きのまま怖ろしい勢いで走り寄ってきたんだからな。

その勢いに驚いてアタシ目掛けて突っ込んで来たオマエを避けなかっただけ、まだ

マシってものだろう?」


「ううっ……だって、あの時は本当に不安だったのだもの……。

もうこのまま見つけてもらえずに、行き倒れるのかと思っていたくらいよ……?」


「まぁ、これに懲りたら得体の知れない場所で暴走するのは控える事だ。

仮にもここは“魔女の館”なんだぞ?

あまり油断して走り回ると、今に大変な目に遭うことになるかもしれないしな」


「まさか……イザベラは私が迷っているのが判っていて、わざと放っておいたの?

私がはしゃいで屋敷内をうろつくようなまねを、2度としないように……」


「ククッ……さぁ? それはどうだろうな?」


 イザベラの、そのどちらとも取れない態度に、アイリスは恨めしそうな視線で、

無言の抗議を試みるが……。


 流石は魔女というべきか……。

そんな視線には慣れっこと言わんばかりに、見て見ぬフリで流されてしまった。


「だが、まぁ……あれも良い退屈凌ぎ程度にはなった。

毎日、研究ばかりしていると、やはり体を動かす機会も減るからな……。

そういう時は決まって屋外に出て気を紛らわせるようにしてたんだが……屋敷の中

を歩き回るってのも、まぁ案外斬新で悪くないもんだったよ」


 そう答えるイザベラは、今も分厚い本を片手に、何かの作業を続けていた。

本人も言う通り、何がしかの“研究”ではあるのだろうが……。


「ねぇ……イザベラは毎日毎日、こんなに広いお屋敷で何の研究をしているの?

何かの魔法が関係する研究なのは、私にも何となく分かるのだけれど……」


 魔法のことをよく知らないアイリスにとって、ただ横で見ているだけでは研究の

内容どころか、何が起こっているのかすら判らない。


 ただ時折、何か魔法のようなものを施しては、その様子を観察しているところを

見るに、科学的なものや機械的なものではないことだけは判る。


…とはいえ、それ以上は得られる情報も無いため、結局、本人に直接訊くしか方法

は無いのは明らかだった。


 だから、というわけではないが、アイリスは密かにその研究の内容を尋ねる機会

を以前から窺っていたのだ。


「…前から気になってはいたのよ。

綺麗なお花畑も作ってあるし、初めは植物が好きで、魔法の研究もそれにかかわる

ものなのかと思っていたのだけれど……。

こうして眺めていても、そういう気配では無かったし……」


…イザベラとは、知り合ってからそう長い時間が経ったわけではなかったが、それ

でも、その人となりが解る程度には多くの言葉を交わしたつもりだった。


 その上で彼女について判った事とは、森の奥に隠れ住んでいるにもかかわらず、

特に他人が嫌いということも無く、その口調こそ荒いものの意外と世話焼き気質で

あり、アイリスが困っていると何だかんだと言いながらも助けてくれる、いわゆる

『お人好しの人格者だ』というものだ。


 そんな彼女が、こんな広い屋敷に1人きりで、自分が生きてきた時間より遥かに

長い時間、ひたすらに研究している事とは、いったい何なのか。


 アイリスは、以前からそれを知りたいと考えていたのだ。

この“優しい魔女”が、長い孤独の時間の中で辿り着きたいモノとは……。


…そして、そんな風に考えていたからだろうか。


 アイリスはイザベラの返答に対して、少々、反応を遅らせることになった。


「なるほど、花の研究ね……そんな事を考えてたのか。

それなら、まず1つ誤解を解消するが……あの花は観賞用じゃない。

あれは全て、いわゆる薬草または毒草と呼ばれるようなものばかりだからな」


「へぇ……薬草や毒草ね。 

…えっ……? どくって……あの『毒』のこと!?」


 イザベラの予想外の発言に、アイリスは瞬時に顔を青くした。


 そうとは知らず、アイリスは初めて訪れた日、あの場所で眠ってしまっていた。

今のところは特に影響は無いようだが……。


 今後、何か症状が出てくるのだろうか? と、アイリスの脳裏に一気に不安が

過ぎる。


…しかし、そんなアイリスの顔色を見て、その心中を察してくれたのだろう。

すぐにイザベラが更に詳しくあの花畑について教えてくれた。


「ああ……心配しなくても大丈夫だ。

あそこに植えてあるのは半分以上は薬草類だし……毒を含むものもあるにはあるが

それもただ触れたり、香りを嗅いだりした程度じゃ何も影響はねぇよ。

…そもそも、あの辺りのヤツは根に成分が集中してるものばかりだからな。

引っこ抜いて直接かじって大量に摂取したりしない限り、人体に影響は無い」


「…ほ、本当に?」


「…当たり前だろ。

そんなに毒性が強い花を、あんな風に無造作に屋外に植えるかよ……。

そこまで間抜けな猫じゃないが、ロジャーが走り回って毒にやられたらどうする。

…そういうのはきちんと別に屋内で厳重に栽培してるから、とりあえず安心しろ」


「…そ、そうなの……良かった……」


 イザベラの説明を聞き、思わず胸に手を当てて大きなため息を吐く、アイリス。


…そうして、自身を落ち着かせていると……ふと、つい先程の発言に思い至る。


「ええっと……? それじゃあ、ここでは強い毒のある花も育てているの?」


「ん……? ああ、そうだな。

自慢じゃないが、この世にある薬草や毒草の類は殆ど揃ってると思うぞ?

まぁ、流石に屋内のスペースには限りがあるからな……。

全てを同時に栽培するわけにもいかないから、8割方は取り出した成分をビン詰め

にして保管してるんだが――おい、どうかしたのか?」


 説明の途中、アイリスがこちらを複雑そうな顔で見てきていたため、イザベラは

一旦、話を止めて、その意図を尋ねることにした。


 すると、何とも言えない、どこか困ったような表情のまま、アイリスは恐る恐る

といった様子で、その口を開いた。


「強い毒ということは……もしかして、これは良くない種類の研究なの?

…例えば、完成した『魔女の毒薬』を、特定の誰かに飲ませたり……とか?」


 イザベラは、実際に接してみると、確かに“優しい魔女”だった。


…だがそれは、あくまでも『今のところは』や『アイリスにとっては』という言葉

が頭に付く。


 アイリスには想像も出来ない位に長い間、研究に明け暮れる程の理由がイザベラ

には確かにあるのだろう。


 そして……それが、いわゆる“正義”であるとは限らない。


…更に言うなら、アイリスはそれが他人に誇るような研究ではないだろうとも考え

ていた。


 何故なら、それが正しいものであるならば、人嫌いというわけではない彼女が、

わざわざこんな場所で隠れるように研究している説明がつかないからだ。


「あー……そうだな。

まぁ『誰にとっても良い研究だ』とは言えないし、特定の人物に飲ませる物の研究

だってのも、間違ってはいないな」


「そう……イザベラには誰か、凄く恨んでいる人が居るのね?」


「は? いいや? そんなヤツは特に居ないが?」


「…えっ? でも……その研究で完成した毒を、誰かに飲ませるんでしょう?」


 それまで俯きがちな暗い表情のままで会話していたアイリスだったが……。


 何故かイザベラが自分の予想を全否定してきたため、軽く思考が混乱しながら、

バッと顔を上げつつ、しかし、少々気が抜けた様子でそう尋ね返した。


 ただ、一方のイザベラはというと、どこかでそんなアイリスの反応を予想して

いたようで、眉間の皺を押さえながら溜め息混じりにその疑問に答えた。


「…はぁ。オマエにしてはやけに暗い雰囲気を出してるとは思ったが、やっぱり

そんな事を考えてやがったか……。

…先に言っておくが、アタシは別に毒薬の研究なんかしちゃいないぞ?」


「…えっ? あれ? そう……なの?」


「ああ。アタシがずっと研究してるのはな――『命』の研究だよ」

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