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第5話 魔女の住処を訪ねましょう

 その日もまた……森には似つかわしくない小奇麗な格好の少女が、キョロキョロ

と辺りを見回していた。


…しかし、今回は周囲を警戒しているというよりも、何かを探しているような様子

だった。


 ただ、やはりその場所は町から少しばかり離れた、普通の森の中だ。


 木が生い茂っている以外に特に変わったものも見るべきものも無く……この土地

をよく知る周辺住民から見れば、彼女の行動は実に奇妙なものだったろう。


「ええっと、確かにこの辺りだったと思うのだけれど……」


 魔女との約束通り、2日後に森を訪れたアイリスだったが……何度探してみても

以前の分かれ道は見当たらない。


 今日は十分に時間が取れるようにと、きちんと外に出かける旨を書いた書置きを

部屋に残した上で、更に先日よりも早い時間に家を抜け出して急いでやって来たの

だが――


「…う~ん。これは…………どうしたものかしら?」


…肝心の花畑へと続く入口が見つけられないのでは、全く意味が無い。


 もしや、このまま魔女の元へは行けないのでは? という不安がアイリスの頭を

過ぎった……まさにその時だった。


「ニャー♪」


 いつから居たのか……足元には一匹の黒猫がちょこんと座っていた。


 首には白いリボンと小さな鈴……。

尻尾を機嫌良さ気にゆっくりと左右に振りながらこちらを見上げる、その愛らしい

黒猫の姿に、彼女は見覚えがあった。


「あっ! 黒猫さん! 私を迎えに来てくれたの!?」


 それは間違いなく、あの日に魔女と共に探し回った、彼女の小さな友人だった。


「ニニャッ!」


 アイリスの言葉に反応して、何処か誇らしげに短くそう鳴いてみせる黒猫。

…しかし、何故だか今日は、その声の内容が頭に響いてこない。


「…? あら、不思議ね……?

私、今日はあなたの声が上手く聞こえないわ。

あの魔法……もう効果が切れてしまったのかしら?」


 そういえば……と、魔女に魔法こそかけてもらったものの、それに関する詳しい

説明までは受けていなかった事に思い当たったアイリス……だったが――


「………っ……」


…それを思い出すのと同時に、ほんの少しだけ恥ずかしくなった。


 あの日は魔女本人にも『はしゃいでいた』と言われていたように思うが、自分の

自覚以上に舞い上がっていたらしい。


 物語の中の存在になったかのような状況に、この上なく嬉しくなったのは間違い

ないが……流石に貴族の家の娘としては少々、問題があったかもしれない。


「…でも、それも仕方がないわよね……?

だって、猫とお話が出来るようになるなんて、本当に夢のようだったのだもの」


 今日は、何故か声が聞こえない事を少々残念に思いつつ、しゃがみこんでその猫

を胸元に抱き上げ、その頭を一撫でする、アイリス。


 そして、そのままロジャーを抱き上げ、顔を上げて前方を見てみると――


「あっ! 分かれ道が……!!」


 ロジャーに触れた、その瞬間。

どういった仕組みなのか……目の前に先程まで捜し求めていた花畑へ続くであろう

分かれ道が、まるで初めからそこにあったかのように前触れもなく現れていた。


『あいりす……こんにちは……!』


「ぁ……ふふっ! ええ、こんにちは! ロジャーちゃん!!」


 道の出現に驚いていたアイリスは、腕の中に収まっているロジャーからの突然の

挨拶に反応が遅れてしまい、慌ててそう返すと、きゅっと抱く力を強めた。


 どうやら、魔女の管理する土地の外に居る際には、ロジャーに触れてさえいれば

その声も聞きとれ、別れ道も見えるようになるらしい。


「…よ~し! 今日はイザベラにその辺りを詳しく教えてもらいましょう!」


 誰にでもなくそう一人で宣言すると、新しく出来た小さな友達を抱き締めたまま

アイリスは今日も上機嫌で森の中へと歩みを進めていくのだった……。



「…なんだ。オマエ、やっぱり来たのか……」


「それは、もちろん!

きちんと約束したのだから、何も言わずに来ないのは逆に失礼でしょう?」


 分かれ道を進み、更に先日も訪れた花畑を抜けた先……。

そこには、アイリスの想像していたよりも遥かに立派な屋敷が建っていた。


 そして、腕の中に抱いたままのロジャーに『いざべら……なかに、いるよ……』

と教えられ、正面玄関の仰々しい重い扉を開くと……つい2日前と同じく、何処か

呆れたような表情の魔女、イザベラに出迎えられたのだった。


「……いや、お前はどういう頭をしてるんだ?

あれは誰がどう見ても“一方的な宣言”であって、“約束”じゃなかっただろ」


「…あ、あら? そうだったかしら?」


 言われてみると、急いで伝えたい事を言って走り去った覚えはあるものの……。

それに対するイザベラからの返事を貰った記憶は……アイリスには無い。


「あの……もしかして、迷惑だった?」


「…本来なら、2度と入って来れないように結界に細工しておくんだが……。

あの後、ロジャーがお前に会いたいと言ってきてな。

だから、まぁ……感謝するなら、そいつに礼を言っておけ」


 すると、主の声を受けて腕の中のロジャーがクイッと首をアイリスに向けてから

一声「ニャー…」と、鳴いてみせる。


『あいりす……ともだち……』


「…ううっ! ロジャーちゃんっ……!!」


『…!?』


 その真っ直ぐにこちらを見つめて来るまん丸な目と、あまりの可愛らしさに我慢

が出来なくなったアイリスは、「ありがとう!」と言う前に、ぎゅっとロジャーを

強く抱き締める。


 一瞬、ロジャーは苦しげに「ヴニャッ!?」と鳴いたが……すぐに諦めたらしく

黙ってされるがままにしていた……。



「――でも、こうして来てから言うのもなんだけれど……。

私、本当に訪ねて来ても良かったのかしら?」


 ひとしきり抱き締めて満足したアイリスは、今度こそロジャーを見つめながら、

ありがとうと感謝を伝えて、そっと床の上に降ろしてやった。


…そうして、そのまま主の下へと歩いていくその姿を追っていくうちに自然と目が

合うこととなった“森の魔女”に、アイリスは今までの態度が嘘のような真剣な声色

で、そう問い掛ける。


(………ほぅ……なるほどねぇ……)


 つい先日の奔放さと比べると、別人かと疑いたくなるような豹変ぶりに、思わず

「オマエ、頭でも打ったのか?」と言いたくなったイザベラだったが……。


 そこはやはり、長い時を生きてきた魔女だ……。

その雰囲気を一瞬見ただけで、内心でそう納得していた。


 これでもアイリスは、一帯を預かる爵位持ちの家柄の由緒正しい“ご令嬢”だ。


 先日は、それこそ幼い子供のように終始はしゃいでいる印象を受けたが……。

そこは、想定外の体験の連続だったため、興奮状態が続いていた部分が大きかった

のだろう。


 そして、接した時間が僅かだったこともあり、イザベラの中では、まだ今もその

印象が強いのは確かだ。


…とはいえ、流石にあれが万事であるならば、アイリスはとてもではないがやって

いけないはずだ。


 さほど高い身分の爵位ではないとはいっても、それでも貴族には変わりない。


 当然、貴族達が集まる公の場に出る機会があっても問題が無いように、それ相応

の教育も受けてきてはいるだろう。


 本当に考え無しの能天気……という、愚かな種類の人間でもないのだ。


 色々と手遅れの感は否めないが……ここで改めて、今回の訪問の是非を確認して

くる辺り、一応は常識も思慮も、本来の彼女は持ち合わせているらしかった。


…まぁ、見知らぬ場所に物怖じせずに突き進んだ挙句、そこで暢気に寝ていた事実

を鑑みると、好奇心旺盛でお転婆なのは、ほぼ間違いないのだろうが。


「……ふん。まぁ、別にアタシは構わないよ。

アタシの研究を横で眺めているばかりでは、ロジャーもつまらないだろうし。

オマエなら、アイツの遊び相手には丁度良いだろう。

何より、アタシの方もたまには息抜きぐらいはしたいからな……。

特に最近は研究に没頭し過ぎていたところもあるから、ここいらで一休みする頃合

でもあったんでな。

どのみち魔女であるアタシには、時間なんてのはいくらだってあるんだ。

だから……少しの間くらいなら、お前のお遊びにも付き合ってやる」


「あら、本当に!? ありがとう、イザベラ!!

それなら、明日からは来られる日には必ずここに来るようにするわね?」


「………は? いや……ちょっと待て。

それはつまり、アレか? 可能ならこれからは頻繁に来るって事か?

魔女の棲家だとかそういうのを抜きにしても、少しは遠慮しろよ……」


 つい先程までの神妙な態度はどこへやら……。

すぐに見慣れた明るい雰囲気を取り戻したアイリスは、イザベラの想像より遥かに

図々しい宣言をしてくる。


 流石に毎日のように来られるというのは想定外だ。

即座に自重するよう考えを改めさせるべく、更に言葉を続けようとするが……。


…調子を取り戻したアイリスは、そんなイザベラの想像以上に手強かった。


「あら、それは嫌よ?

だって、貴女の言う『少しの間』がどれ程の期間なのか、私にはわからないもの。

だから、なるべく沢山遊べるように、私は出来る限り来るようにしたいわ」


「…いや、だからってお前、こっちの都合も――」


「あら~? 『少しの間は息抜きする』のではなかったの?

あなたの言う『息抜き』が、その研究? の手を休めることだというなら、むしろ

私が訪れた時には、進んで相手をしてくれれば良いじゃない。

それなら、自然とペースも落ちるし、丁度良いのではないかしら?」


「……ぅ……ぐ……」


 なんとか説得しようと試みてみたものの……こちらの反論を遮りつつも、理詰め

で見事に言い包められてしまったイザベラは、苦い表情で小さく喉を鳴らす。


…その理屈の中に、つい先程のこちらの発言を拾って組み込む小技まで交えてきて

いたため、下手な反論も出来ない。


「………ふふっ」


…それに対してアイリスは、悪戯に成功した子供のようなニヤニヤした表情になり

小さく微笑んでみせていた。


(くそっ、こいつ……そういうことか)


 初めて会った時の天真爛漫な印象に惑わされていたが……。

この時になってイザベラは、アイリスという少女の人物像が、ようやく理解出来て

きていた。


 ぱっと見ではそう感じ取れなかったのだが……実際には相当に頭の回転が速い。


 おまけに口も立つし、誰にも物怖じしない度胸も持ち合わせている。

…しかも、結構な『演技派』でもあるらしい。


 生来の能天気さも勿論、あるにはあるのだろうが……。

先程も感じた事だが、本当に見た目通りの中身ではなかった……という事だろう。


…この分だと、普段のある種のあの破天荒さも、あるいは意識的に振る舞っている

可能性すらありえる。


(チッ……ムカつく顔だな……)


 そこに特に悪意が感じ取れないのは幸いだが……だからといって思っていた程は

油断したまま相手をして良い人物でもなさそうだった。


…少なくとも、こちらが不用意なことを言ってしまえば、今のようにそれを理由に

して一気に攻め込んで来る周到さと大胆さは兼ね備えているのだから。


 警戒とまでは言わずとも、今後は簡単な会話にも気を抜きすぎない方が良いかも

しれない……と、イザベラは密かに自らを戒めた。


「クスッ……納得、してもらえたかしら? 森の魔女さん?」


「…ハッ! 大した度胸の持ち主だよ。

言葉尻を拾って、あろうことか魔女であるアタシを黙らせようとするなんてな。

…とはいえ、これでアタシが怒り狂って、オマエに呪いじみた邪悪な魔法をかける

とは考えなかったのか?」


「あら? イザベラ、それは違うわ」


「…あ? 何が違うってんだ?」


 自らの言葉を即座に否定してきたアイリスに、イザベラはその真意を尋ねる。


…しかし、当のアイリスはと言うと……僅かに口元を綻ばせたまま、いかにも余裕

そうな笑みを浮かべつつ、答え返した。


「私に度胸があるかどうか……なんて、別に関係がないのよ。

私はただ、『森の魔女』を恐れていないのではなく、()()()()()()()()()()()()()

というだけの話なのよ?」


「………っ……」


 あくまでも軽い口調で、その不敵な笑みは湛えたまま……。

しかし、視線だけはこちらを射抜かんばかりに鋭くして、イザベラを真っ直ぐに

正面から見据えてくる、アイリス。


『目は口ほどにものを言う』とは言うが、正にその瞳は「これは冗談でも、嘘でも

ありませんよ?」と、強く訴えかけてきていた。


…そのあまりの真剣な視線にイザベラが驚く中、更にアイリスは続ける。


「それに、ここからが重要なのだけれど――」


 何処か緊迫した、その一瞬。

イザベラはいつの間にか、表情を引き締め、真剣な目で次の言葉を待っていた。


「………?」


…しかし、ここにきてアイリスは「クスッ」と小さく笑うと、今度は急に先程まで

の不敵な笑みから、普段の人好きする明るい笑顔へと表情を切り替えて、おどける

ように軽い口調で、こう言い放った。


「…そもそも“ただの友人”相手に遠慮なんて不要よ……そうでしょう?」


 その言葉を切欠に、緊迫していた空気が風船が割れるように一気に弾けた。

…そして、何となく数秒間の沈黙の後、堪えきれなくなったイザベラの低い笑い声

が屋敷の玄関に響き始める。


「………ククッ……アハハハッ!!

なるほど……確かに、アタシはちょっとばかり勘違いしちまってたようだ」


「ふふっ……そうでしょう?」


 イザベラがすっきりした笑顔で笑ったのを確認して、アイリスも笑い始める。


…だが、今度はそのイザベラが、不敵な笑みを浮かべて言った。


「ああ、アタシの間違いだったよ。

オマエは度胸があるんじゃなく……ただアタシに遠慮が無いだけだったらしい」


「……プッ……クスクスッ……。

ええ、そうね! きっと、それが一番の正解だわ!!」


 そう答え返して、アイリスは再び上品にクスクスと笑う。


 長い時間、この広い屋敷に1人で暮らしてきたからだろうか……。

常に何処か冷めたような……達観した老人のような目をしている、イザベラ。


…だが、その容姿は自分よりも小さな、年下の女の子にしか見えない。


 詳しい年齢までは聞いていないが、自分よりは年上らしく、その分だけ多くの

知識や経験もあるのだろう。


(…ええ……きっと、これが一番に違いないわ)


…それでも、やはり……その姿には今のような屈託のない笑顔が良く似合う。


 壁際で丸くなったロジャーが大きな欠伸をしている中……。

少女と魔女の2人は、暫くそうして笑い合っていたのだった――

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