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第3話 世にも素敵な魔女の魔法

「…こんなに御主人様にあちこち探させておいて。

結局、お前はこんなところで暢気に寝てやがったのかよ……」


「ニャー♪」


 主の疲れた声を前にしながら、ちょこんと行儀良く座ったままの黒猫は、その顔

を見上げて楽しそうにひと鳴きしてみせた。



 2人がかりで本腰を入れて探し始めること……なんと一時間以上。


 花畑を中心に周囲の森の木々の陰も確認しながらぐるりと一周、虱潰しに捜索に

当たっていた2人だったが、肝心のロジャーの姿はついに見つけられず……。


 イザベラの経験上、あまり遠くには行っていないだろうということなので、一旦

は元の場所へと戻ってきただったが――。


 まさにその場所……アイリスが暢気に寝こけていた場所の程近くで、同じように

丸くなって眠る、白いリボンを付けた黒猫を発見することになるのだった。


「…ハァ……散々、歩き回ったんだがな……。

結局は初めから此処で待って居れば、それで良かったってオチか。

…おいロジャー、『あまりはしゃぎ過ぎるな』と、言っておいただろう?」


「…ニ、ニャー……」


 そんな主人の言葉に、ロジャーは今度は小さな鳴き声と共に俯くと、途端に元気

を無くして下を向いてしまった。


 そうして反省の色を見せる愛猫の傍にしゃがみこんだイザベラは、スッと自身の

指先を首に結ばれた白いリボンの結び目に近づけていく。


「…こんなに悪戯好きのお前には、もっと分かり易い目印が必要みたいだな?」


 そう言うや否や、イザベラの指先が白い光を放って淡く輝き出す。


…そして――次の瞬間。


“チリンッ”


「!! それは……鈴!?」


 まるで手品のように、一瞬でリボンの結び目に小さな金属の玉が現れていた。


 聞き覚えのある高い音色から、それが小さな鈴であることにすぐに気が付いた

アイリスは、確認するようにそう呟いた。


「…ん? ああ、そうだ。

こうしておけば、次からは動く度に音が鳴るからな。

屋敷内では少々騒がしく思う羽目になるだろうが……。

行方を探す時には、この方が都合が良いだろう?」


 困ったような顔ではあったが、ようやく探していた愛猫が見つかったからか…。

イザベラは少しだけ優しい眼差しで、そう答え返した。 


「あ、あのっ! 今の、どうやったの!?」


…それに比べて、アイリスは興奮した様子でそう質問を続ける。


『魔女だ』とは初めから宣言されてはいたものの、やはり此処まで半信半疑だった

アイリスは、目の前で起こった現象に心底驚かされたのだ。


 それと同時に、些細な事とはいえ自らの理解を超える現象への好奇心が抑えきれ

なくなり、つい前のめりになってしまった。


「ねぇねぇ! 今、魔法でその鈴を作ったの!?

本当の本当に魔法!? それってとっても凄い事よ!!」


「…いや……はしゃいでいるところ、悪いが……。

これは作リ出したのではなく、ただ他の場所から移動させたってだけだぞ?」


「………えっ? い、移動?

ええっと……それって、つまりどういうこと?」


…自分とイザベラの口調の温度差に気付いたアイリスは、そこで少しだけ冷静さを

取り戻した。


 しかし、湧き上がる好奇心まではまだ抑えられず、その意味を尋ね返す。


「…まぁ、口で言うよりこの方が早いか」


 すると、イザベラはロジャーを抱き上げながら、リボンの鈴の付いた部分が良く

見えるように、アイリスの目の前へと持っていく。


「ほら、自分の目でよく見てみろ。

鈴の付け根の金属部分がリボンに重なり合ってくっついているだろう?

これは、初めから屋敷内あった鈴をちょうどリボンの結び目の場所に重なるように

移動させただけなんだよ」


「…あっ、本当ね。綺麗に混ざって、1つになってるわ」


 そう言われて近くでよく観察してみれば判るのだが、その鈴はリボンに結び付け

られているというよりも、金属の一部が生地に直接めり込んで完全に同化している

ように見える。


「何も無いところから物体を作るってのも、一応は不可能ってわけじゃないが……

そう言う魔法は消耗が激しい上に、準備もかなり面倒なんだよ。

それに、こうして転移させる座標を他の物体が存在する場所に綺麗に重ね合わせて

やれば、重なった部分が混ざるから、鈴だけが落ちる心配も無いしな」


『魔女の魔法』と一言に言っても、どうやら色々とあるらしい。


 この時のアイリスには、鈴を作り出すのが、どう“面倒”で、何の“消耗が激しい”

のかは、さっぱり解らなかったが……。


 それでも、イザベラが目の前で“自分には到底理解できない現象を引き起こした”

という事実は、その鈴の状態を見ただけで理解できた。


「イザベラ! 貴女、本当に魔女だったのね!!」


「…ククッ、やはりアタシが魔女だって部分は、まだ疑ってたのか。

まぁ、普通はそうなんだろうがな?」


「………あ」


 再び興奮したアイリスが思わず放った言葉に、イザベラは呆れたような声でそう

返した。


 すぐに自分の失言に気が付いたアイリスだったが……時、既に遅し。

…イザベラのジトッとした冷めた視線に晒される事態になってしまっていた。


「そ、それよりも! さっきの約束! お願いできる!?」


 そのイザベラの冷たい視線から逃げたいという思いからか……若干どもりながら

アイリスは早口でそう言い放つ。


 対してイザベラは、『これくらいで許してやるか……』と言わんばかりに溜め息

を一つ吐き出しつつ、その言葉に面倒そうに反応を返してやる事にした。


「…約束? あぁ……あのロジャーと話してみたいってやつか?」


「ええ! そうよ! 私、とっても楽しみにしていたの!!

ねぇ、早速、お願いしても良いかしら!?」


 疑っていた事実に怒ることも無く、すぐに元の調子に戻ったイザベラには内心で

ホッとしつつも、やはり『猫と会話したい』という願望は強く、急かすようにそう

言って、アイリスはイザベラの返答を待った。


「……………ふむ」


…しかし、イザベラの反応は何かに悩んでいるような様子で、明らかに乗り気では

無さそうだった。


「あの……どうしたの? もしかして、何か下準備が要るのかしら?」


 魔法の知識がないアイリスには、イザベラが見せた表情の真意がわからない。

そのため、どうしても質問攻めになってしまうのが、少々心苦しい。


 もしかして、自分はとても大変なことを頼んでしまったのではないか…?


 そう思い、『やはりお願いを撤回しようか?』と考え始めたところで、イザベラ

が難しい表情のままで、不意にアイリスを見つめ返してきた。


「いいや、下準備とかそういうものは特に必要ないんだが……。

実はそんな魔法を試した事が、これまでに一度も無いもんでな。

恐らく、相手の心情を読み取る類の魔法をかければ良いだけなんだろうが……。

まぁ、とりあえず……楽しみにしているところ悪いが、お前に魔法をかけるのは、

先にアタシで試してからにさせてくれるか?」


「あっ! えっ? そう、なの?

あの……イザベラは、ロジャーちゃんの言葉を解っていたんじゃないの?」


 つい先程、ロジャーを発見した際も、イザベラはまるで会話しているような様子

だったため、てっきりロジャーの声も普通に聞こえているものだと思い込んでいた

アイリス。


…しかし、今聞いた限りでは、どうやらそれはただの勘違いだったらしい。


「いいや? 傍に居る猫の感情がいちいち流れ込んできたら、面倒そうだしな。

そもそも、詳しい感情なんて解らなくても、ロジャーの場合は鳴き声や反応で大体

は察せるし、ただの猫として一緒に暮らす分にはそれで十分だろ?」


「ああ……言われてみれば、それもそうね……」


…改めて考えて見れば、先に聞いた通りにロジャーがいわゆるお話の中の“使い魔”

的なものでも何でもなく、“ただの飼い猫”であるなら、正確な会話をする必要など

無いのが当たり前だった。


「まあ、特に危険な魔法でもないし、試してみれば良いだけだな。

そういうわけで、とりあえずお前は後回しにするから、一旦そこで待ってろ」


「…っ……ええ、わかったわ」


「…? どうした?」


「いいえ、何でもないわ♪」


 イザベラの提案に同意しつつ、アイリスは込み上げる笑いを必死で堪えた。


 一瞬、怪訝そうな表情をしていたが……こちらの様子には気付いたものの、その

理由にまでは思い至らなかったようだ。


(やっぱり、私の思った通りだったみたいね)


“試した事が無いから”という理由で、『先に自分で試す』という……イザベラ。


 それは、どう考えてもアイリスの身の安全を第一に考えての発想であり、こちら

への気遣い以外の何物でもなかった。


――どうやら、この『魔女』は自分が思った以上に“お人好し”だったらしい。


「………(ぶつぶつ)…」


 ロジャーの額に手をかざして何かの魔法を施した後、同じように自分の額にも手

を近付けて呪文らしきものを小さく呟く、魔女イザベラ。


 その横顔を傍らで眺めながら、アイリスは密かに神へと感謝していた。


(あぁ、神様……こんなに素敵な出会いを、ありがとうございます)


 もしかすると、この目の前の少女はこれからの自分にとって最高の友人になって

くれる存在なのかもしれない。


『この子になら、自分は疑いを持って接する事をしなくても良いのではないか?』

と、ここにきてアイリスは自然にそう思えていた。


 相手の立場や容姿にも遠慮していない、これまでの態度や発言の数々。

だが、それは逆に言えばアイリスと対等な関係を築ける可能性の証明でもあった。


 つまり、アイリスからすれば“打算や演技の必要の無い、数少ない本当の友人”に

なれる対象だということでもある。


(ふふっ、今日がすっかり良い日になって、これはもう嬉しい限りね)


 立場的に一般人とは言えないアイリスにとって、それはとても珍しい存在であり、

更にそれが、信頼できる人格でもあるというのは、本当に稀なことだ。


 他人から見れば、ただ森の中で不思議な出会いをしたという、ほんの些細なこと

なのかもしれない。


 しかし、それでもアイリスにとってそれは、神に感謝せずにはいられないほどに

紛れも無い“幸運”であった。




「…おい、ロジャー。お前、今日の事は本当に反省してるか?」


 そんなアイリスの心情には欠片も気付いていないイザベラはというと……自らの

施した魔法の成果を確認するため、再び抱き上げた愛猫、ロジャーと目を合わせて

一つの質問していた。


 魔法が成功していれば、テレパシーのようにこちらの頭の中にロジャーの心情が

声になって直接響いてくるはず……なのだが――。


『……ごめんなさい…………っ!?』


 問い掛けから少し遅れて、イザベラの中に消え入るような声が響いてくる。

…そして、何故かロジャー自身も目を見開いて、少々驚いている様子だ。


 どうやらロジャーの方も、自分の意思がいつも以上にはっきりと主人に伝わって

いることに気が付いているらしい。


 その反応を確認した後、イザベラは満足そうに頷いてみせると、ロジャーを一旦

地面へと降ろした。


「変な副作用も出ていないようだし、これで大丈夫そうだな。

…よし、それじゃあ、オマエ。

今からお望みの魔女の魔法をかけてやるから……少しの間、ジッとしてろよ?」


 そう言うと、今度はアイリスの額の前に手をかざしてくるイザベラ。 


 すると、アイリスはそっと目を閉じ、とても穏やかな声で返した。


「…ええ。お願いするわ」


…先程の“気遣い”が心に染み入っていたから、だろうか。


 実際に魔女の魔法をかけられる瞬間になっても、アイリスは自分でも驚くほどに

不安を感じてはいなかった。


 時間にして、ほんの数秒。

拍子抜けするほど簡単に、その魔法は完了していた。


「…よし、もう良いぞ」


「…ええ、ありがとう」


 その声と共に、目を開いたアイリスは恐る恐るロジャーの前に立つと、そのまま

彼を驚かせぬように、ゆっくりとしゃがみこんだ。


 すると、ロジャーは自らをジッと見つめる、自分と同じ青い色の瞳の見慣れない

少女を見返しながら、首を傾げて『ニャ…?』と1つ鳴いてみせた。


『? あなた……だぁれ?』


 耳には聞き慣れたいつも通りの猫の鳴き声が聞こえて来てはいるのだが、それと

同時に小さな男の子のような幼げな声が、自身の中に響いてきた。


 直接耳から聞くのとは違った感覚ながら、アイリスにもはっきりとロジャー意思

が声として認識できるようになっていたのだ。


 不思議なのは、その声を確かに目の前のロジャーが発しているということが漠然

とだが、理解できることだった。


「!! ぁ……わ、わあぁぁっ……!!」


 瞬間、アイリスが今日一番の笑顔で、目を輝かせながらロジャーを抱き上げて、

勢い良く立ち上がった。


「ふふっ! 私はね、アイリスっていうのよ!

あなたの主人、イザベラのお友達なの!

ロジャーちゃん、これからはあなたともお友達よ! よろしくね!」


「…は? と、友達……?」


 嬉しそうにロジャーへ自己紹介するアイリスの『友達』発言に、イザベラが背後

で反応に困っている中、ロジャーが再び鳴き声をあげる。


『ぼく……ろじゃー。あいりす……よろしく』


「うんっ! ふふっ…」


 猫と話せるようになったのが余程嬉しかったのか…。


 ロジャーをギュッと抱き締めたまま、アイリスはその場でくるくるとターンして

軽くダンスを踊り始める。


「ふふっ……なんだか夢みたい!

見慣れない道を進んだら、こんなに可愛い友達が一度に2人も出来るなんて!!

本当に、今日は最高の一日ね!!」


『ぐ……あいりす……く、くるしい』


 一方でロジャーは、抱き締められたまま振り回されるようなかたちになり、少々

困った様子だったが……。


 頭の良い彼は空気を読んでそのまま大人しくされるがままにされることにした。


「………ふぅ……やれやれ」


 そんな上機嫌のアイリスの傍で、イザベラは小さくため息を吐く。


 先程のロジャーへの言葉の中での、突然の『お友達』発言。

イザベラとしては、アイリスにすぐにでも問い質したいところではあったが……。


「ふふっ! ふふふふふっ!!」


 誰がどう見ても、アイリスにはこちらの言葉など、当分は届きそうに無い。


「………まぁ、いいか」


 せっかくこれほどまでに喜んでくれているのだ。


 ここでわざわざ水を差すのもどうかと思ったイザベラは、その呟きと共に様々な

物事を静かに諦めることにしようと思うのだった。

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