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第2話 本当は恐い魔女のお話

「ねぇ、イザベラ。

ところで、そのロジャーちゃんには何か首輪みたいな目印は付けているの?」


「…ん? 首輪?」


 本格的に魔女イザベラの猫、ロジャーを共に探す事になったアイリス。


…ただ、先程までのどこか遠慮を含んだものとは一転して、その口調はとても軽い

ものへと変わっていた。


 見た目だけで言えば頭1つ分ほど背の低い年下の女の子にしか見えないイザベラ

だったが、本人曰く『これでもオマエよりは遥かに年上なんだが?』らしい。


 そんなイザベラをどう呼称し、どのような口調で話すべきか……。


 初めは目上の相手らしく『イザベラさん』と呼ぼうと考えたアイリスだったが、

その後すぐに『魔女のアタシがそんな風に丁重に扱われるのは変だろ』という理由

から、他ならぬ本人から即刻却下されてしまった……。


 そのため、とりあえず名前の方は呼び捨ての『イザベラ』で呼ぶ事に。


…しかし、そうなると今度は、名前は敬称無しで呼んでいるのに、それ以外の会話

は敬語で話すというのは、どうも不自然が過ぎるのでは? ということになり……

最終的には最初の印象通り“年下の女の子”相手のような砕けた口調に落ち着いた

のだった。


「あ~……なるほど、野良猫と見分ける為の違いはあるのかって事か?」


「ええ、そういうのは無いのかな? って」


 実際……今のように当の本人もその辺りには特にこだわりは無いらしく、遥かに

年下のはずのアイリスから放たれる気安い口調にも、気を悪くする様子もなく答え

返してきている。


…まぁ、そもそも初めから愛想が良いとは言い難い態度なので、今のアイリスには

彼女が本当は怒っているのかを明確に見分ける事は非常に難しいのだが。


「そういう事なら、首輪の代わりにリボンを結んである」


「…リボン? それはどんな?」


「白い色の、細身のリボンだ。

…ただ、飾り気の無い細いリボンが首元にあるってだけだからな。

それを目印に探すというより、そもそもロジャー本体を探した方が早い」


「………なるほど」


 わざわざそう言うということは、少なくともこの辺りに似たような黒い色の猫は

他に居ないのだろう。


 他の猫と見間違える心配がないから、本体……つまり黒猫さえ見つけられれば、

リボンで判断するまでもなく、十中八九、それはロジャーだということらしい。


「ロジャーちゃんは、こんな風によく逃げ出したりするの?」


「…ん? いいや?

そもそもあまり普段から屋敷の外には出さないし……そこいらのただの猫ってわけ

でもないからな。

魔法で体も頑丈にしているし、頭も通常の猫よりはずっと良い。

今、アタシから逃げているのも、動物の本能的なものじゃなく、鬼ごっこがしたい

だけと言うか……単純にアタシに構って欲しいだけだろう」


「へぇ、流石は魔女の使い魔なのね……。

それじゃあ……やっぱり私達と同じような言葉を話したりするのかしら!?」


 イザベラの話を聞いて、アイリスは急に期待に目を輝かせ始めた。


 早くロジャーを見つけ出し、『童話の中のように猫とお話をしてみたい』という

欲求がアイリスのやる気を一気に引き上げていく。


…だが、そんなアイリスに、イザベラは眉間に皺を寄せつつ呆れ声で答えた。


「…はぁ? オマエ、いきなり何を言い出しているんだ?

アイツは確かにアタシの飼い猫だが……別に使い魔なんて物じゃないぞ。

だから、アイツは普段から普通に『ニャー』としか言わん」


「………えっ?」


 早く猫とお話がしてみたい! という湧き出る衝動を抑えきれず『我、先に~』

とイザベラの先を歩いていたアイリスは、驚きの表情と共に振り返る。


「……そ、そうなの?」


 確かに、イザベラは話し相手だとは一度も言っていなかったが、それでもやはり

期待はしてしまうものだ。


 ご機嫌な笑顔から驚きの表情を経て、どんどんとその顔から喜色が失われていく

様は、百面相にでも挑戦しているかのようだった。


「………フッ…」


 一方、そんなアイリスの視線の先に居たイザベラはというと『良家の娘にしては

随分と感情表現が激しいヤツなんだな』と思い、しかしそんな表情豊かな様子を前

に自然と笑いが零れてしまう。


…暇潰し程度になれば良いと同行を許可したが、案外、面白い人物のようだ。


「ついさっきも言ったように、多少は魔法で弄ってはいるが……。

それでも、よくある物語の中みたいに、ロジャー自身が魔法を使えるってわけでも

ないし、さっきも言ったが人間の言葉も話さねぇよ。

…ただ、こちらの言葉や状況くらいは正確に理解できるし、自分の意思も、目線や

態度でもってこちらに伝えられる程度には高い知能があるがな」


「………そう。

それは……ちょっとだけ残念ね……」


 ロジャーの事を詳しく説明されたアイリスは、先ほどまでの歩調が嘘のように、

とぼとぼと俯いて歩くようになり……結果的に、少し後ろを歩いていたイザベラが

数秒後にはその隣に追い付く形となった。


「はぁ……オマエ、いったいロジャーに何を期待してたんだよ……」


「だ、だって……何といっても、相手は『魔女の猫』なんだから。

誰だって、そういうのを期待するものじゃない?」


 そう言うと、心底残念そうに肩を落とすアイリス……。


 先程までの元気な様子との落差もあって、その姿はイザベラに不思議な罪悪感を

感じさせるには十分な効果があった。


「…ハァ………オマエ、そんなにロジャーと話をしてみたいのか?」


「………えっ!? で、出来るの!?」


「まぁ、出来なくは無いが……そもそも、猫は人とは身体の構造が違うからな。

人の言葉を直接、話せるようにするというのは身体構造的に難しい。

だから、ロジャーが話せるようになるというより、お前にロジャーの意思が言葉に

なって聞こえるようになってもらうしかない。

つまり……ロジャーではなく、お前の方に魔法をかける必要があるん――」


「かけてっ! 魔法! 私、ロジャーちゃんとお話がしたい!!」


 イザベラの言葉が終わるよりも早く、アイリスが怖ろしい速度で反応してくる。


…そんなアイリスの凄い勢いに、イザベラは……思わず数歩後ずさった。


「オ、オマエな……本当に解ってるのか?

仮にも言い伝えに語られていた“怖い魔女”に、魔法をかけられるんだぞ?

もう少し警戒したり、恐れたりしなくても良いのか?

…代わりに何か、とんでもない目に遭うかもしれないんだぞ?」


 何と言っても『魔女の魔法』なのだ。


 それが実は危険な契約で、猫と話せるようになるのと引き換えに、とても酷い目

に合わされたり、後になって恐ろしい要求をされる可能性も否めない。


 イザベラの問い掛けは、当たり前といえば当たり前の質問だった。


「えっ? ああ……それなら大丈夫よ? だって――」


 しかし――アイリスはイザベラに視線を合わせた後、ニッコリと笑顔を浮かべる

と、童女のような無邪気さで、こう答え返した。


「だって、もし貴女が言い伝え通りの“悪い魔女”なら、自分の庭で勝手に寝ていた

失礼な小娘をタダで帰すような発想をしないはずだわ。

でも、実際には何もせずに『早く帰れ』と言ってきていたし、それどころか、貴女

はこちらの『一緒に猫を探したい』っていう私のお願いですらも、二つ返事で聞き

入れてくれたのですもの。

…だから、貴女は魔女は魔女でも“良い魔女”だったのよ、きっと!」


 自信満々にそう答えるアイリスに対して、一瞬だけ驚いた様子を見せたイザベラ

だったが……すぐに呆れたような顔へとその表情を変えた。


「…お前、よく他人に『単純だ』って、言われないか?」


「ふふっ……さぁ? それはどうかしらね?」



――実際、アイリスは別に頭が悪いわけでも、単純な娘でもなかった。


 まだイザベラが魔女だと完全に信じられていない……という部分もあるにはある

のだが、仮に本当に彼女が魔女だったのだとしても、特に問題は無いだろうという

確信だけは、彼女の中にあったのだ。


 アイリス自身、これでもある程度は立場がある家柄の生まれだ。

それ故に、幼い頃からパーティー等の人の集まる催しに参加するような機会が幾度

もあった。


 だから……というわけではないのだが、いわゆる『建前で話す人』というものの

出す、取り繕ったような独特の雰囲気には慣れていたし、敏感なつもりでいる。


 しかし、このイザベラという魔女にはそういった感覚は全く感じられなかった。


 態度こそ無愛想だが、それはあくまで“思ったことをそのまま言っているだけ”と

いった印象でしかなく、そこにそれ以上の悪意も感じられない。


 そして、その愛想の悪さも、単純に他人との会話に慣れていないのだろうという

解釈をすれば、納得もできる。


 彼女が本物の魔女であるかどうかはこの際、別にして、『森の奥にずっと住んで

いるのなら、こういった態度になるのも仕方がない』と考えていた。


 そんな“嘘の無い反応”をしているイザベラは、今のところは『あまのじゃくだが

端々から優しさがにじみ出ている、危険度の低い人物』という印象でしかない。


 そういった理由から、アイリスはイザベラの言う『魔女の魔法』に対しても特に

恐怖を覚えなかったのだ。


 彼女が仮に本物の魔女であっても、理由も無く不用意に、悪意のある魔法などは

決してかけたりしないだろう……と。



「それなら、アタシが言ってやる。

オマエは単純なヤツみたいだから、少しは警戒心ってものを持った方が良い」


「………ふふっ」


 依然として呆れ顔でこちらを見てきているイザベラ。

そんな彼女に対して、アイリスは不意にここで悪戯心が込み上げてくる。


 そして……アイリスは突然、わざとらしく真面目な雰囲気を作ると、神妙な口調

で話し始める。


「そうね……それなら、もしも貴女の魔法で酷い目にあってしまったのなら――」


「フン……どうするつもりなんだ?」


…アイリスの次に続く言葉に、無言で耳を傾けるイザベラ。


 その何処か緊迫した顔の魔女に――アイリスは急に笑顔になって言い放つ。


「その時は『まぁ、ひどい! 貴女はやっぱり恐い魔女だったのね!』と言って、

走ってここから逃げてしまえば良いのよ!」


「……………クッ……」


 どんな言葉が続くのかと思えば、ただ『その時は走って逃げる』とだけ宣言する

アイリスに……イザベラ不覚にも声を出して笑い出してしまう。


「クククッ……アハハハッ!

オマエ、よりによって酷い目に遭う前じゃなく、遭った後から逃げるのかよ?

それじゃあ、既に魔法はかけられた後なんだから、もう手遅れじゃないか!!」


 そう言って更に笑い続けるイザベラに、アイリスは追い討ちの如くこう続けた。


「あら? こう見えても私、走るのは結構得意なのよ?

ここ最近は、メアリーにだって簡単には捕まらなくなったんだから!」


「…ハハハッ! はいはい、そうかよ。

…まったく、これはとんだお転婆に当たっちまったみたいだな。

ほら、それならそのご自慢の速い足で、さっさとロジャーを見つけ出してくれ」


『おふざけはもう十分だ』と言わんばかりに、“シッシッ”と追い払うような仕草で

手を振るうイザベラは――しかし、どこか楽しげだった。


「…ククッ……」


 不意に会話に登場した『メアリー』が、どのような人物なのかは知らないが……

この美しくも儚げな容姿には似つかわしくないアイリスのこれまでの発言や行動を

振り返って、イザベラは心の中で彼女に同情した。


…さぞかしそのメアリーとやらも、このお転婆な女に手を焼いているのだろう。


「ふふっ! ええ、そうね! 任せておいてちょうだい!

すぐに私がロジャーちゃんを探し出して見せるわ!」


 まだ薄く笑ったままのイザベラを目にして、無性に楽しくなってきたアイリスは

“猫と話す”ということを楽しみにするのとは別に、ただ“イザベラと一緒に探す”

という今の行動自体に楽しみを感じて、一人で先に走り出して行く……。


「ハァ……勝手に勘違いして意気消沈したかと思えば、またご機嫌になって……。

ちょっとからかってやったら、今度ははしゃぎ始めて、最後には走り出すとは。

…どうにも、騒がしい女だな」


 そう一人呟くイザベラは、苦笑を浮かべつつ、元気に走り去っていくその背中を

のんびりと歩きながら追う事にするのだった。

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